斉藤鉄夫の発言 (科学技術委員会)
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○斉藤(鉄)委員 私自身の理解は、これまで科学技術立国でなければ生きていけないという認識はあったけれども、今まで余りに技術に偏重し過ぎていた、これからは新しい文化の創造の一つのキーポイントとして、また担い手としての科学というものに力を入れていかなければ、技術そのものも発展しないし、また日本が文化の発信国として名誉ある地位を得ることも不可能になってくる、そういう意味で科学技術に力を入れていくのだと思っておるのでございます。
次に、その問題とちょっと絡んでくるのですけれども、科学技術基本法の中にあります言葉としての科学技術、その科学技術の意味についてちょっと御質問をさせていただきたいと思います。
先ほどから何度も言っておりますが、日本ではこれまで技術に比重が置かれていたのではないか。欧米キャッチアップ型の技術開発、産業に直接役立つ技術の開発、それで、その技術を基本的に成り立たせている科学的知見については、これは欧米で得られた知見を利用する。
例えば、今大変広く使われております液晶にしましても、原理はアメリカで発見されて、そしてそれを、あんなものを技術として実用化するのは無理だという常識の中で実際に技術にしたのは日本、それで商売でもうけたのも日本、こういうことになっておりまして、いわゆる基礎研究ただ乗り論が言われてきたわけでございます。日本の研究開発の八〇%は民間投資だということもそのことからうなずけるわけですけれども、日本の場合、いわば科学はつけ足しで、技術に重点があったわけでございます。
そういう意味で、科学技術という言葉は、何といいましょうか、科学的な知見によって裏づけられた技術に重点があったわけですが、私は、これからはそうではなくて、科学と技術、そういうふうに解釈していかなければいけないのじゃないかと思うわけでございます。科学と技術は全く違うものでございます。
科学は、物事の本質、物事の奥を流れている法則を見つけていろいろな現象を説明するという作業、これが科学でございまして、技術は、そこで得られた物事の現象の奥を流れている法則を利用して一つの人間に役立つ方法を見つけ出す、これが技術でございまして、これは全く別なものでございます。科学と技術、二つを切り離して開発することはできないわけで、中身的には一体でございますが、しかし人間の知的な行為としては全く別なものでございます。
そういう意味で、この科学技術基本法は科学と技術、その両方を発展させていくんだ、こういうふうに解釈しなければいけないと私は思っているわけですが、その点についてどういうふうにお考えでしょうか。