原田純孝の発言 (規制緩和に関する特別委員会)
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○原田参考人 原田でございます。
私の専門は、民法をベースとした法社会学的な研究でありますが、その一環として、土地とその利用をめぐる法制度について、都市部と農業、農村の双方を視野に入れた研究をしてまいりました。その際、日本と比較する形でフランスについての研究もしております。本日は、そうした研究者としての立場から、土地に係る規制緩和についての私の意見を申し述べさせていただきます。
なお、皆様も御承知のように、この問題は地方分権の問題とも密接にかかわりますので、その点にも言及せざるを得ないこと、また、時間の制約上、大枠的な論点だけをやや箇条書き的な形で述べますことをあらかじめお断りいたします。
まず、都市部の土地利用に関する問題の方から申し上げますが、最初に原則論的なことを三点ほど確認しておきたいと思います。
第一は、今日の都市化社会では、都市の土地利用に対する社会的、公共的なコントロールはまさに必要不可欠のものだということです。実際、欧米諸国では早くから、都市計画とそれに基づく土地利用規制や建築規制が極めて精緻な形で発展してきました。都市施設や市街地の整備に必要な用地を公共団体が先行的に取得する仕組みも、多様な形で整えられております。その意味で、土地に係る規制は、他の分野での規制とは本来的に異なった性格を持っていると思っております。
第二に、都市計画による諸規制は、個別の土地所有者にとっては確かに規制ですが、全体として見れば、むしろ望ましい都市をつくるために定められた土地利用の社会的なルールと見るべきであろうと考えます。土地も商品ですから一市場原理に従って取引され、その所有者が利用内容を決定する権利を持つのが原則ですが、現代社会では、その市場原理の作用を枠づける社会的なルールが不可欠になっているというわけです。
第三に、ではその都市形成の目標や計画の内容は、だれがどのように決めるのかという問題があります。町づくりや都市計画の内容について絶対的な基準はありませんけれども、いずれにせよ、経済、生活、環境、衛生、景観などのさまざまな社会的要請を考慮し、その諸要請の間で一定の調整、バランスを図らなければならないことは確かであります。
そこで、それをだれが決定するのかが大変重要になるわけですけれども、詰めて考えれば考えるほど、結局はそこに住む人々が決定するということにならざるを得ないのではないかと私は考えております。事実、アメリカでもドイツでも、都市計画の決定権は最も基礎的な地方自治体、つまり市町村にあります。フランスでは、第二次大戦中から一九七〇年代まで、最終的な決定権は国にあるとされていたのですが、八〇年代初めの地方分権化で、その権限が市町村に全面的に移譲されました。こうした場合の都市計画は、その市町村に住む住民が民主的な手続を経て合意し、決定したパブリックな共同のルールという意義を持つことになります。
さて、以上を踏まえて昨今の我が国の状況を見てみますと、幾つか気にかかる問題がございます。
第一は、これまでの我が国では、欧米諸国と比べると都市計画の規制・コントロール機能が格段に弱かった、そしてそのことが今日の都市、住宅、生活環境などをめぐる諸問題につながっていると見られることです。もちろん、近年には各種の地区計画などの新しい町づくりの手法も導入されておりますが、基本的には規制が緩いということには変わりがありません。その意味で、一般論としては、規制緩和を説くよりも、むしろ所要の規制とコントロールの機能をいかに強化していくかが検討されてよいのではないかと私は考えております。
第二に、現在検討中の規制緩和措置について申しますと、それが何のため、だれのための規制緩和であるのかが必ずしも明確でないという感じがいたします。一般的には、その目的として、都市の内部では容積率を引き上げ、職住近接型の住宅供給をふやす、また外縁部でも新規の宅地供給を促進するという点が説かれています。しかし、容積率の緩和については、採光や日照、住環境、安全等は多少犠牲にしてもよいのではという考え方が示されているのがいささか気になります。他方、外縁部での宅地供給の促進論は、これは以前
から繰り返されてきたことの再度の繰り返しにすぎません。
ですから、規制緩和によって差し当たりの住宅建設や宅地開発事業を活性化させたいというねらい自体はわかるとしても、最終的なユーザーにどのような質、規模、価格の住宅を供給しようとしているのかが見えてこないのです。また、それによりどのような都市をつくろうとしているのかも不鮮明です。一たんでき上がった市街地は、住民の生活条件を長期的に決定づけるわけでありますから、国や地方公共団体は、都市の将来像やそのための規制のあり方に対して、もっと責任を持った対応をするべきではないかというふうに私は考えております。
第三に、我が国の都市計画制度は中央集権的なシステムをとっておりますが、そのことが都市計画とか町づくりを一般の市民にとってかなり縁遠いものにさせ、ひいては都市計画の規制機能を弱めさせていたのではないかという問題がございます。
例えば、行政改革委員会の意見書には、規制緩和の理由として、規制を受ける国民にとって、なぜそのような規制を受けるのかが不明確だという趣旨の指摘がありますけれども、この「規制を受ける国民」という表現は、我が国の計画規制がいわば官から与えられた規制であって、パブリックな共同のルールにはなっていないことを示しております。ですから、規制を使うのも官であって、国民ではないということになります。
さらに、現行の仕組みのもとでは、規制にしろ規制緩和にしろ、どうしても全国一律的なものになりがちです。その上、官の側では、その規制を膨大な量の通達等で詳細化し、それを民間の事業者に対する行政指導や交渉を通じて個別的に適用してまいりますから、国民にとってはそのルールがルールとしてどう機能しているのかも非常に見えにくいということになります。
我が国でこうしたシステムがとられてきた理由は、一つには、欧米へのキャッチアップを目指して急速な経済発展と都市拡大をする必要があったということとかかわっていたように思われます。しかし、そうした時代がひとまず終わった今後におきましては、どのような町づくりをするか、そのためにどのような規制、コントロールをかけるかについては、もっと分権的な仕組みを取り入れていくべきであろうと私は考えております。
ただし、土地利用についての分権化と規制緩和は、フランスなどの経験を見ましても、あらかじめ留意しておいた方がよいと思われる問題点も伴っておりますので、それを簡単に指摘しておきます。
第一に、都市計画の分権化は、計画主体となる地方自治体に一定の裁量の幅を認める限りで、そのこと自体が規制緩和としての意味を持ち得るということです。フランスの場合には、分権化と八〇年代半ばの規制緩和措置とが重なりましたために、計画規制の適用に混乱が生じたケースも見られました。
第二は、地方自治体への権限移譲は、自治体のレベルでは逆に権限の集中をもたらすことがあるということです。フランスでは、その結果としての権限の乱用や恣意的な行使という問題も発生したようです。
としますと、第三に、そうした事態をチェックする仕組みを用意する必要が生じます。すぐ考えられるのは、国や第三者的な機関でということですけれども、都市計画に関してより重要なのは、情報を広く公開した上で、住民自身によるコントロールの道を積極的に開くことであろうと思います。この点、フランスやアメリカでは、町づくりに関する行政決定の是非を住民の側から裁判等で争う余地が広く認められているのですが、御承知のように、我が国ではその余地は極めて狭く制限されております。国会で関係の問題を御論議される際には、この点の見直しの是非をぜひ御検討いただきたいと思う次第です。
続いて、農業、農地にかかわる問題について私の意見を申し上げます。
ここでもまず原則論から入りますが、第一に、農政は、国の全体の食糧の自給、確保とその価格、そのために必要な国境措置や農地の総量の維持、国土の全体的な利用、保全などにかかわりますので、本来分権化にはなじみにくい性格を持っています。その点、各都市ごとにやれる町づくりとは性格が異なるわけです。もちろん、農業政策、とりわけ構造政策を地域の実情に即して進めることは必要ですが、農政そのものの分権化ということは、フランスなどでも問題になり得ませんでした。
第二に、農地に係る規制に関しましては、地方分権とも絡めた形でその転用規制の緩和が問題とされております。しかし、私は、次のような理由から、その緩和には十分の慎重さが必要であると考えております。
まず、我が国の農業を立て直し、食糧供給力の維持、向上を図るためには、農地を農地として維持、保全する確固たる制度があらゆる意味で不可欠であります。その意味で、先ほどの外縁部での宅地供給の促進論などに安易に迎合することは避けるべきだと思います。
この農地保全の中核をなすのが農地法の転用規制です。それに対して、都市計画法の市街化区域の線引きは、農地法の転用規制を外すための制度として導入されました。市街化調整区域の制度も、現状では農地保全のために十分な機能を持ち得ておりません。だからこそ、農業サイドからは、農用地区域を指定して、そこでは農地法の転用規制を特に強化するという対応をとる必要があったわけです。
ドイツやフランスでは、都市計画で具体的な基盤整備と開発行為が決定された区域以外の土地については、一切の建築や開発を禁止するという土地利用の大原則があるのですが、日本では、農地法の転用規制が、部分的にではあれ、それにかわる役割を果たしていると見ることもできます。ですから、仮に今後都市計画の分権化が進められるという場合にも、農地の転用規制の基本的な責任は国に残しておく必要があると考えます。農地の維持、保全は国民全体の食糧基盤の確保にかかわるということからいっても、その方が適切であると言えましょう。
最後に、第三に、いわば農業内部的な農地の保有・利用規制としまして、農地法の権利移動統制があります。これについても、その耕作者主義の原則を緩和、さらには撤廃して、株式会社や一般の市民にももっと自由に農地を持てるようにせよという意見がございますが、それに対しては私は反対の意見を持っております。なぜかと申しますと、農地法の耕作者主義の原則は、戦後の我が国農業と農村社会のあり方を最も根本的なところで決定づけている大原則であります。その大原則を単に規制緩和ということだけで軽々に緩和、撤廃することは、農業、農村と日本社会の将来に対して、行き先の全く不透明なままで極めて大きな変動要因を持ち込むことになるというふうに思うからであります。
多少早口で述べましたので、わかりにくい点がなかったかと恐れますけれども、以上でございます。御清聴ありがとうございました。(拍手)