加藤紘一の発言 (金融問題等に関する特別委員会)
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○加藤参考人 私が水町氏と知り合いになりましたのは、昭和五十六年の五月で、鈴木善幸内閣の初の訪米のときでございました。この訪米は、そのときに日米共同声明が出されて、そこで日米は同盟関係にあるということを政治声明に言ったということで、その後、伊東正義外務大臣が辞任に至るという大変ドラマチックなことになった訪米でございますが、そのとき私は随行議員としてつきまして、それから、水町氏が随行医として、鈴木首相の主治医として同行されました。それが初めての出会いでございます。
私たちの、派閥と言って言葉がいいのか、グループのリーダーの主治医、命を全部預けている方でありますし、それから、水町さんの当時の奥さんが岸信介さんのめいごさんに当たるということも聞いておりまして、やはり政界の方を大変多く知っておられる方、私よりずっと若いんですが、いろいろな人を知っている人なものですから、まあ話がいろいろ弾んで、その後、ゴルフをしたりのつき合いが続いたということでございます。