金融問題等に関する特別委員会

1996-06-04 衆議院 全363発言

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会議録情報#0
平成八年六月四日(火曜日)
    午前十時開議
出席委員
  委員長 高鳥  修君
   理事 小里 貞利君 理事 尾身 幸次君
   理事 大島 理森君 理事 小沢 辰男君
   理事 松田 岩夫君 理事 森本 晃司君
   理事 早川  勝君 理事 錦織  淳君
      伊吹 文明君    石橋 一弥君
      柿澤 弘治君    金子 一義君
      木村 義雄君    岸田 文雄君
      栗原 博久君    高村 正彦君
      白川 勝彦君    中村正三郎君
      野呂田芳成君    原田昇左右君
      穂積 良行君    堀之内久男君
      山本 公一君    横内 正明君
      安倍 基雄君    愛野興一郎君
      江田 五月君    加藤 六月君
      鹿野 道彦君    北側 一雄君
      笹川  堯君    鮫島 宗明君
      野田  毅君    平田 米男君
      村井  仁君    坂上 富男君
      田中 昭一君    永井 哲男君
      細谷 治通君    小沢 鋭仁君
      田中  甲君    穀田 恵二君
      佐々木陸海君    吉井 英勝君
      海江田万里君
 委員外の出席者
        参  考  人 加藤 紘一君
        参  考  人
        (全国銀行協会
        連合会会長)  橋本 俊作君
        参  考  人
        (東京国際大学
        経済学部教授) 田尻 嗣夫君
        参  考  人
        (慶應義塾大学
        経済学部教授) 池尾 和人君
        参  考  人
        (全国農業協同
        組合中央会常務
        理事)     高野  博君
        参  考  人
        (弁 護 士) 清水  直君
        参  考  人
        (東京大学名誉
        教授)     館 龍一郎君
        金融問題等に関
        する特別委員会
        調査室長    藤井 保憲君
    ―――――――――――――
委員の異動
六月四日
 辞任         補欠選任
  金子 一義君     白川 勝彦君
  岸田 文雄君     山本 公一君
  穂積 良行君     高村 正彦君
  田中  甲君     小沢 鋭仁君
  吉井 英勝君     穀田 恵二君
同日
 辞任         補欠選任
  高村 正彦君     穂積 良行君
  白川 勝彦君     金子 一義君
  山本 公一君     岸田 文雄君
  小沢 鋭仁君     田中  甲君
  穀田 恵二君     佐々木陸海君
同日
 辞任         補欠選任
  佐々木陸海君     吉井 英勝君
    ―――――――――――――
六月四日
 住専問題の早期解決と徹底究明等に関する陳情
 書外十件
 (第三四七
 号)
 住専関連法案の廃案に関する陳情書外百二件
 (第三四八号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進
 等に関する特別措置法案(内閣提出第三五号)
 金融機関等の経営の健全性確保のための関係法
 律の整備に関する法律案(内閣提出第九四号)
 金融機関の更生手続の特例等に関する法律案
 (内閣提出第九五号)
 預金保険法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第九六号)
 農水産業協同組合貯金保険法の一部を改正する
 法律案(内閣提出第九七号)
 特定住宅金融専門会社が有する債権の時効の停
 止等に関する特別措置法案(保岡興治君外五名
 提出、衆法第三号)
     ――――◇―――――
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高鳥修#1
○高鳥委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法案、金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律案、金融機関の更生手続の特例等に関する法律案、預金保険法の一部を改正する法律案、農水産業協同組合貯金保険法の一部を改正する法律案及び保岡興治君外五名提出、特定住宅金融専門会社が有する債権の時効の停止等に関する特別措置法案の各案を一括して議題といたします。
 これより参考人加藤紘一君に対して質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高村正彦君。
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高村正彦#2
○高村委員 この三カ月間、政治的謀略によって加藤参考人に対し疑惑なるものがでっち上げられて、誹謗中傷が繰り広げられてまいりました。でっち上げられた疑惑は、大別して、共和からの一千万円献金、静岡県信連からの一億円献金、北朝鮮への米援助にまつわるものの三つあるわけでありますが、私は主として共和からの一千万円献金についてお聞きいたします。
 加藤参考人が、平成二年二月八日から十日の間に、新宿のセンチュリーハイアットホテルで共和の森口五郎元副社長から現金一千万円を受け取ったのではないかということは、平成四年、加藤参考人が官房長官時代にも指摘されましたが、二月八日から十日は加藤参考人は地方に行っていたことが立証できて、決着がついた問題であります。
 しかるに、水町垂範氏が本年三月四日に、平成二年一月三十一日に加藤参考人がセンチュリーハイアットで共和の森口氏から一千万円受け取ったと声明を出したことによって、解消されたはずの昔の疑惑が日付を変えて蒸し返されているわけであります。
 ちなみに、声明が出された三月四日という日は、新進党が、我が国会始まって以来初めて座り込みピケによって国会を三週間もハイジャックするという暴挙を開始した日と一致するわけであります。
 そして、わずか三日後の三月七日に、極めて手回しよく、新進党の山田正彦議員らは加藤参考人を所得税法違反だとして東京地検に告発いたしました。その後、証人喚問要求が出て、それを実現することがピケを解く条件だ、予算を通す条件だとエスカレートしていったわけであります。
 我が党の中では、疑惑をでっち上げて予算等を人質にし無理やり喚問して相手方に打撃を与えるという五五年体制下の悪弊にいいかげんに終止符を打とうということで、参考人招致にも応ずるべきでないという筋論が強かったわけでありますが、国民の前に真実を明らかにしたいという加藤参考人の強い意向で、本日、参考人招致が実現したわけであります。
 そこで、加藤参考人にお尋ねいたしますが、この間の、心境をお聞かせいただきたいと思います。
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加藤紘一#3
○加藤参考人 過去約三カ月でございますけれども、私の個人のことにつきまして、例えば共和の問題、それから北朝鮮疑惑、この疑惑は最後になりましたら、まあ笑止千万でございますが、私がサリンを輸出するのに関与したという話までエスカレートいたしました。にせ札をつくったのじゃないかというところまでエスカレートいたしました。いずれこの問題は新進党さんからきょう、疑惑を出されたわけですから御質問が丁寧にあると思っておりますが、それにしっかりお答えしたいと思っております。それから、静岡県信連から一億円をもらったという話まで出されました。
 私は、政治家個人といたしましては、こういう問題についてはぜひ発言したいというふうに思いました。しかし同時に、よく考えてみますと、私は自由民主党の幹事長でありますし、その公的立場は非常に大きいものだと思っております。私の記憶している限り、与党第一党の三役クラスの人が、国会中に、現職のときに、幹事長ないし総務会長とか、こういう方が証人喚問に出されたケースはなかったと思っております。過去三、四十年、そういうことはなかったと思っております。
 そういうことがなぜ起きるようになるのだろう、そう考えると、私は、どうも新しい選挙制度と関係なしともしないのではないかという気もいたしますが、そういう公的な立場から出るべきではないという同僚の皆さんの意見との間の相克でございました。きょうここで、私の知り得る限りをお話しできることをありがたく思っております。
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高村正彦#4
○高村委員 所得税法違反で刑事告発されたことについては、どのように感じておられますか。
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加藤紘一#5
○加藤参考人 所得税法違反は全くの潔白でございますし、それから、その他いろいろ、政治資金規正法等の議論がされておりますけれども、私は政治資金規正法上は取扱責任者ではございません。そういった意味で、告発されておりますけれども、私は、その身の潔白がいずれ、早晩明らかにされると思っております。
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高村正彦#6
○高村委員 加藤参考人は、水町氏とはどういうきっかけで知り合いになられたのでしょうか。
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加藤紘一#7
○加藤参考人 私が水町氏と知り合いになりましたのは、昭和五十六年の五月で、鈴木善幸内閣の初の訪米のときでございました。この訪米は、そのときに日米共同声明が出されて、そこで日米は同盟関係にあるということを政治声明に言ったということで、その後、伊東正義外務大臣が辞任に至るという大変ドラマチックなことになった訪米でございますが、そのとき私は随行議員としてつきまして、それから、水町氏が随行医として、鈴木首相の主治医として同行されました。それが初めての出会いでございます。
 私たちの、派閥と言って言葉がいいのか、グループのリーダーの主治医、命を全部預けている方でありますし、それから、水町さんの当時の奥さんが岸信介さんのめいごさんに当たるということも聞いておりまして、やはり政界の方を大変多く知っておられる方、私よりずっと若いんですが、いろいろな人を知っている人なものですから、まあ話がいろいろ弾んで、その後、ゴルフをしたりのつき合いが続いたということでございます。
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高村正彦#8
○高村委員 加藤参考人は、昭和六十二年九月四日、水町氏の結婚の仲人をしておられますが、その前に、当時の奥さんという話が出ましたけれども、これが四度目の結婚だということは当時御存じでしたか。
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加藤紘一#9
○加藤参考人 今言いましたように、前の奥さんは、つき合いというか、水町さんと一緒に食事したことがありましたが、実はその方が初めての結婚御相手だと思っておりまして、だから、私は二度目の仲人をしたという意識でございました。四度目の結婚であったということを知ったのは、ごく最近でございます。
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高村正彦#10
○高村委員 マスコミ等では水町氏のことを加藤参考人の元後援会長と言っているわけでありますが、実際はどういう立場にあった方なんでしょうか。
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加藤紘一#11
○加藤参考人 今回、水町氏がいろいろ御発言なさるときに、水町氏当人は言っていないと思うんですけれども、新聞の見出しに元後援会長という名前が出るものですから、正直言いまして、本当の後援会長、本当の連合後援会長さんから大分おしかりを受けております。それから、地元の後援会長さんからも抗議が来ております。
 我々政治家というのは、田舎には各市町村単位に後援会がありますから、田舎にはいろいろな名前の後援会長さんが四、五十人、三、四十人いて、地域ごとですから、そして最後に連合後援会長さんがいるという仕組みに大体皆さんなっているんではないかなと思います。東京の後援会長さんと言われる方は一人でございます。これはもう二十数年来私を面倒見てきている御長老でございます。
 ただ、私を囲む会というのが幾つかできます。例えば同級生仲間で囲む会ができたり、それからゴルフ仲間で囲む会ができて、そして、まあ年に一遍ずつこれで飲もうやみたいなことになると、あ、これが後援会だね、じゃ、あなたが言い出しっぺだからあなたが後援会長さんになりなさいと冗談ぼく言う、まあそういうケース、よくあると思うんですが、そういった幾つかの囲む会がある中の一つの会長さんでございます。
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高村正彦#12
○高村委員 水町氏を中心とした会は、政治資金団体としても登録されていたのではありませんか。
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加藤紘一#13
○加藤参考人 そういう通称囲む会というのは、別に任意団体でできるわけでございますから、届け出も何もしない、ごく当たり前の集いと言っていいと思いますが、水町さんがやってくれておりました紘和会というのは、政治資金団体としての資格を得るための届け出をしております。
 通常、最近はそういうものはたしか一つしか許されなくなったと思いますが、平成二年とか、政治資金規正法改正以前、政治改革以前は、比較約何といいますか自由でありまして、当時、私は十一ぐらい持っていたと思います。水町氏の紘和会もそういう届け出をしたという意味では普通の囲む会とは違う性格を持っておりますが、政治資金団体というのは、ほとんど実際上は、事務はそれぞれの代議士さんの事務所でやっていくわけですが、この水町さんの紘和会だけは水町氏事務所で直接東京都に届け出をしていたという関係でございます。
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高村正彦#14
○高村委員 紘和会の経理、あるいは紘和会には会員がどういう人がいるんだとか、あるいはどれだけ収入があったんだとか、どういうことに使ったんだとか、そういう経理は水町サイドでやっていたということですが、水町さんから参考人サイド、加藤事務所の方に、これだけ金が入ってこういうことで使ったんですよという報告はその都度あったんでしょうか。
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加藤紘一#15
○加藤参考人 実はそこが問題でございました。
 初めて政治資金団体として届け出していただくときに水町さんは、これでしっかりとあなたを応援していきます、政治資金規正法上の届け出もしっかりやっておきますので御心配なく、かりそめにもあなたが後ろ指を指されたりするような事態にはならないようにしますからということをいろいろおっしゃっていまして、その後も、ちゃんとそこはやっておきますからということを私に言ってくれていました。
 ただ、秘書の方は、紘和会にどなたがどういう資金を下さっているのか、それから、それがどういうふうに使われているのかということの、お尋ねしても報告がないものですから、余り教えてもらえないものですから、それは、代議士がカンパしてくれた人に会ったときのお礼の仕方、接し方もありますから、ぜひそこは教えておいていただきたいということを何か大分言ったらしく、しょっちゅう何かトラブっていたような気がします。
 まあ我々代議士というのは、そういう資金団体の事務を任せておれば、秘書がどうやっているか、後援会の方がどうやっているか、そんな細かなことまで聞くのも失礼ですし、それだけの時間がございませんので、余り私自身はつまびらかではありませんでしたけれども、しょっちゅうトラブっていたことは事実だったようであります。
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高村正彦#16
○高村委員 このたび水町氏が、仲人までしてもらった参考人に対し、明らかに敵対者として振る舞っているわけでありますが、四度目ということになると一生に一度の仲人に対する感じ方と違うのかもしれませんが、それにしても、普通では考えられないことだと思います。何か特別の理由、思い当たることはありますか。
 加藤参考人の性格からしますと、自分が仲人した人のことをあれこれ言うのを好まないと思いますので、水町氏が六月七日付週刊ポストで語っていることをもとにしてお聞きいたします。
 水町氏の話を要約すれば、水町氏が経営するクリニックにつき、一億円の増資を計画した。そのうち五千万をD氏に出してもらうことを期待した。しかしD氏は断ってきた。D氏はその際、このことは加藤先生御承知のことですと言った。加藤氏に電話したところ、加藤氏は、「付き合う相手をきちんとしたいと思うのは、経済人として当然の判断だと思う」と平然と言った。それで水町氏は怒った、こういうようなことを週刊ポストに語っているわけであります。
 そのようなこと、あるいは当たらずといえども遠からずというような、そういうことでもいいですが、そういうようなことはあったのですか。
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加藤紘一#17
○加藤参考人 プライベートなことでございますので余り語るべきではないと思いますが、その種のことはございました。
 ただ、一つだけ申し上げておくのは、私が水町氏に、私の別のスポンサーといいますか、支援経済人を紹介いたして、それで、そこでおつき合いが始まったようですが、私がその融資の話に関与したことはありませんし、私がそれにどうしろこうしろと言ったつもりはありません。その経済人の方に、水町氏のいろいろなクリニックの経営等については厳しく指導してあげてくださいということを、紹介するとき、つまり四、五年前だったと思いますが、三、四年前か四、五年前に言ったことは事実でございます。そういったことを何か誤解されたのかもしれませんし、もう一つ、私、つき合う相手をしっかりしろというのは、水町氏のことではなく、ちょっと誤解があるようでございます。
 時間がありませんから、ごたごた申しません。その件が、確かに意思疎通を欠くようになった原因であるということは言えると思います。
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高村正彦#18
○高村委員 加藤参考人とすれば、そのことを、プライベートのことだから詳しくは述べたくないけれども、そのことが、水町氏が敵対者として振る舞うようになった直接のきっかけだった、こういうふうに考えられるということですか。
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加藤紘一#19
○加藤参考人 そうだと思います。そういう意味では、非常にプライベートな話だと思っております。
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高村正彦#20
○高村委員 加藤参考人と共和の元副社長森口五郎氏とは、どういう関係だったのでしょうか。
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加藤紘一#21
○加藤参考人 私は、直接は存じ上げません。私は、私のために水町氏がやってくれておりました、先ほど言いました紘和会というところで、年に一、二回でしょうか、私が国会報告をし、みんなで水割りを飲んで食事をするという会が、まあパーティーみたいなものが百人前後の数でやられたと思うのですが、その年一回か二回のパーティーに一、二回顔を出されたりしたという関係であったと思います。
 それから、その水町さんがやったゴルフコンペに私も一緒に行っていたということが写真等で、後で紹介されておりました。
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高村正彦#22
○高村委員 そういう会に森口さんが来ておられて、ああ森口さんが来ているな、そういうことに気がついたとか、そういうようなことは記憶にありませんか。
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加藤紘一#23
○加藤参考人 そうですね、森口氏も平成四年のあの事件以来有名な方ですから、今になれば当然そう思うでしょう。しかし、そうですね、代議士というのは、そういう会にいろいろ出ていきますが、自分で組織したり、例えば、この方とこの方にこの会に入ってもらいたいというような、そんな依頼をして、自分で主導的につくった会は、それが仮に百人でも全部覚えている場合がありますけれども、人様につくっていただいた会とか、人様のための何十人、百人近いコンペに自分もちょっと招かれて行ったという場合にはほとんど覚えないというのが実態ではないかなと思います。
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高村正彦#24
○高村委員 森口さんと少人数で会ったことはないということですか。
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加藤紘一#25
○加藤参考人 はい、その紘和会及び水町さんの会の関係以外ではお会いしたことはありません。
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高村正彦#26
○高村委員 加藤参考人は、平成二年一月三十一日、新宿のセンチュリーハイアットホテルで共和の森口五郎副社長から一千万円を受け取ったことがあるという疑惑を持たれているわけでありますが、そういったことはありますか。
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加藤紘一#27
○加藤参考人 平成四年にも、またそれから今回のいろいろな報道等においてもいろいろ話題にされましたので、私なりにいろいろ考えてみましたけれども、その覚えはどうしてもございません。
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高村正彦#28
○高村委員 覚えがないということは、あったかどうかよくわからないということですか。それとも、幾ら考えても、覚えがないということは、そういうことはないということなんですか。
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加藤紘一#29
○加藤参考人 私にとりましては、覚えはないということは、そういうことはないということであります。
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