保利耕輔の発言 (予算委員会)

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○保利委員 政党間の話し合い並びに議長の御尽力によりまして、予算委員会が開会される運びとなりました。まことに私は喜ばしい限りだと思いますが、しかし、この二十日余りの間のありさまというものについて、暫定予算の審議に入ります前に、私は、どうしても述べざるを得ない、そういう気持ちを持っております。
 平成八年度予算の審議に入ります前に、私ども、予算委員会の理事会において、その審議の総枠組みについてお話し合いをいたしました。その結果、総括質疑においては一人二時間、そしてまた、その上に、一般質疑については一人一時間半、そういう総枠組みの中で審議をしようということで、淡々と審議を続けてまいりました。総括質疑については既に九日間を要し、四十八時間近くの審議を行いましたし、さらに、一般質疑についても四日間やりました。あるいは、参考人等の質疑も二日間、それから、公聴会二日間、集中審議二日間、分科会二日間。総合計実に百七十九時間二十三分、これは委員部において調べていただきましたらば、そういう結果が出ております。
 これだけの審議を尽くしまして、三月四日に至りまして、残りは、あと総括の残りとそれから一般質疑の残りとをやろう、そうすると大体当初申し合わせた総枠の時間を消化するに至るので採決の過程に入ろうということをいたしたのでありますが、実は、三月四日の朝から委員室が封鎖をされまして、そして、この審議をすることができなくなったわけであります。
 私は、国会は国権の最高機関であるということを考えますと、これは全国各級の議会、いろいろな議会があると思いますが、そこの模範となるべきがやはり国会というものであろう、それでこそ憲法四十一条の国権の最高機関であるという価値が出てくるんだろうと思っております。
 実力行使をもって政策要求をするということがもし認められまするならば、そして、これが全国的に広まるということになりまするならば、議会制民主主義というものは崩壊の道をたどるというふうに私は考えておりまして、今度の実力行使というものは、私は、極めて遺憾でありますし、今後、やはり政党間でいろいろ話し合いをしていただかなければならないと思っております。
 特に、憲法五十八条の中に規定してあります事項がございまして、その中に、国会の秩序を乱した者は懲罰に付することができるということまで憲法にうたわれているということを重視しなければならない、私はそのように考えておるわけでございます。
 そこで、今回のこうした行為というものが憲法五十八条に言うところの国会の秩序を乱した者に当たるのか当たらないのかということについて、法制局の見解を求めましたところ、政府の法制局はそのことを申す立場にないということでありました。衆議院の法制局にもお伺いを立てたのでありますが、これは法制局として判断すべき事項ではなくて国会が判断すべきことであるということでありました。議長さんは退去勧告をなされておりますということを考えますと、議長のお考えはもう確定をしておるというふうに考えていいんじゃないかと思います。
 今後こうした問題は、私はこれ以上きょうは申しませんけれども、政党間できちんと話し合いをして、こういう行為は今後議会の中ではしないんだということを申し合わせていただきたい、こういうふうに望んでおるものであります。
 きょうは暫定予算の審議でありますので、時間が限られておりますので、この点についてはここまでにいたしておきます。
 さて、暫定予算の審議という事態に相なりました。暫定予算というのは本来やるべきものではないし望ましいものではないと私は考えておりますけれども、やむを得ず、政府としては五十日間の暫定予算を組んで、総額十一兆六千二百十五億の歳出を審議にかけられるという事態に相なりました。
 ところで、これはちょっと私の話が長くなってしまいますが、戦前にはこの暫定予算という思想はなかったと私は記憶をいたしております。つまり、大日本帝国憲法の第七十一条によりますと、「帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ」という規則がございまして、これは憲法の七十一条でございますけれども、そういうことで、もし予算が年度内に成立しない場合には前年度の予算をそのまま執行したというのが戦前の規則であったように思います。それはいわゆる施行予算と言われておりまして、そういう形で行われておりましたが、終戦のときに、やはりこれではまずいだろう、昭和二十年度の予算を昭和二十一年度にそのまま使うのはまずいだろうということで、特別な法律を出して改定予算というのを組んだという歴史があるようであります。
 ところで、この改定予算に至ります前の帝国憲法時代の、「予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ」、いわゆる施行予算というのは、どのくらいやられたものか。ちょっとこれは歴史の問題ですけれども、主計局長、もしお調べでございましたらお答えをいただきたいと思います。

発言情報

speech_id: 113605261X02119960327_008

発言者: 保利耕輔

speaker_id: 33589

日付: 1996-03-27

院: 衆議院

会議名: 予算委員会