根本匠の発言 (厚生委員会)
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○根本委員 自由民主党の根本匠です。
この法案は人の死と向き合う法案ですから、私も、政治家にとってこれほど重い法案はないと思います。その意味で、私も、政治家の責任と良識にかけて、この問題は真剣に考えました。私は、前回は、中山案に御質問をいたしましたので、今回、金田案、対案が出てまいりましたので、金田案について質疑をしたいと思います。
私は、金田案にせよ中山案にせよ、本法の一番の懸念は、臓器移植先にありきではないのか、あるいは移植のために死を早めるのではないのか、これが一番懸念される点で、これは参考人質疑でもありました。一方で、心臓移植経験者からは、脳低体温療法などあらゆる治療を試みた後で、それでも脳死になる人があるなら移植をどうか認めてほしい、こういう意見もありました。
私は、この立法の前提は、大前提は二つあると思うのですね。一つは、医の倫理、信頼性、これが絶対的に確立されていなければならない。法的にこの医の信頼性、倫理性が確実に担保されること、これが絶対条件であります。
具体的には、脳死判定基準、この基準によれば、蘇生限界点を確実に超えていると判断される、これが必要ですし、脳死判定については、臓器移植医療と完全に隔離された中で客観的公正になされなければなりません。それから救命救急医療、これは脳低体温療法初めあらゆる救命救急医療をやってもらう。もう一つは、移植医療の水準が確立されていなければならない。
私は、この四点において、医の倫理、信頼性、これが絶対的に確立されていなければならないし、法的にもこれを担保しなければならない、こう思っております。
それからもう一点は、金田案と私は見解が異なりますが、脳死は人の死だ、これを認めて、臓器を提供したいとする本人の意思、自己決定の尊重、これが大事だと思います。この点では、諸外国の立法例と比べて、我が国は、家族による意思のそんたくを削りましたから、自己決定の尊重、厳しい条件をこの法案でつけたということだと思うのですね。
一番論点になっている、脳死は人の死か、これは随分議論が出ました。議論が出た中で、科学的、医学的に見ると脳死は人の死である、この点はほとんど異論がないのだろうと思うのですね。もう一点は、脳死は人の死である、これは社会的な合意が必要だと私も思っております。
ただ、脳死臨調など、これまでさまざまな角度から議論がありましたし、世論調査もありました。私は、脳死は人の死であるということを、社会的な合意を一〇〇%とる、これは非常に難しいと思うのですね。やはりこの法案で本来求めるべき、つまり法案としての社会的合意、これは、脳死が人の死か、これは個々人の宗教観なり死生観で意見は分かれますが、脳死を人の死と認めて、しかも臓器提供の意思を有する人の意思、自己決定、これを、脳死を人の死でないと、認めない人もこの自己決定を受容できるか、こういうことだろうと私は思っております。
その意味で、金田案が出ましたので、私も、かつては脳死状態を人の死とせずに法律が構成できるのが、脳死が人の死かということで分かれているから、私はこれがベターなのかなと思っていたのですが、脳死状態から臓器を取り出すということについては立法上いろいろな問題があると思ったものですから、私はやはり、死というのは客観的に決めるべきだ、こういう考えでおります。
その意味で、死体と脳死状態、今回書き分けてありますが、その趣旨、理由を簡潔に御答弁いただきたいと思います。