柳沢伯夫の発言 (行政改革に関する特別委員会)

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○柳沢委員 我々の金融監督庁法案及び関連する法律の整備に関する法案も、多くの質問時間を費やしましてはぼまとめの段階に入ってきた、こういうことでございます。非常に重要な問題ですから、それについて野党の皆さんの方からも対案が出るということも当然なことだというふうに受けとめておりまして、これについて、私どもの立場からのコメントというか質疑をさせていただきたい、こういうことでございます。
 我々のこの法案が審議に入りました後も、まさに激動の時代というか、金融が大きな変貌を遂げる中で、また過去のいろいろな不祥事があらわれているということを見るわけでございまして、そういう意味では、我々の委員会が今審議に当たっているこの法案の重大さというのは余計に浮き彫りになっている、そういうような時期である、こういうふうな認識をしているわけでございます。
 ただ、きょう、私は三十分の持ち時間でございまして、大変変則的な質疑の方式をとることをまずあらかじめ申し上げ、お許しを賜っておきたいと思います。
 一問一答の形式をとりますと、質疑者の意図とは違って、答弁者が時間を費やすというようなことになりますと、私が予定しておる質疑をすべて網羅することが到底できなくなるだろう、こう思いますので、できるだけ皆さん方の答弁の時間も確保したいと思いつつ、私の方から先にお話をさせていただいて、それについて総括的にまた皆さんの方からの御答弁というか御回答をいただきたい、このようにお願いを申し上げる次第です。
 今回の状況を総括させていただくわけですが、こういう金融監督検査が問題になった背景というのは、一つは何よりも金融破綻です。金融破綻がそここで起こる、しかもその破綻の規模は非常に大きくなっている、こういう背景があります。同時に、業態の垣根が崩れまして、金融がすべてユニバーサルのサービスに融合してきている。こういう事態も、これまでの金融検査のあり方でいいのか、金融監督のあり方でいいのか、こういうことで私どもは金融機関の検査監督の再編成をしなければならない、そういうことになっていた、これが最大の背景であります。
 我が国では、それに対して政府・与党でいろいろ考えた結果、どういう結論に達したかというのを復習しておきますと、日本銀行の考査は法律に改めて定めることにはいたしましたけれども、基本的には現状維持でいこう、こういう方式。それから、政府の検査監督については、金融制度の企画立案からこれを分離する。こういう結論で、これが今考えられるベストな案であろう、こういう考え方に立って案が形成されたということでございます。
 それで、改革の背景となった考え方を、これは、自民党あるいは他の与党、さらには政府、それぞれ大勢の方がいらっしゃいますから、以下申し上げることがすべての人の共通認識だとまでは私言うつもりはありませんけれども、私なりに整理をさせていただきます。
 まず、中央銀行の検査監督については、日々の市場の動きに最も密着した機関の検査監督であって、これはこれなりに大変意義がある、こういうことであろうと思うのです。
 しかし、今新進党案の提案者である鈴木委員の提案理由説明を聞きますと、頭から、中央銀行の検査監督については他の中央銀行の業務と利益相反がないということを簡単に言い切られましたけれども、先生ほどの学者でございますから、多分それは、知見がありながら、ここではそういう立場をとられたのだろうとは思います。
 世に言われるところはどういうことかというと、そこに利益相反があるのだ、こういうことでございます。それは、明らかに中央銀行は最後の貸し手でございまして、日本の場合でいうと日銀特融、こういうことがありますから、金融検査に行った場合に、この日銀特融との間でやはり緊張関係がある。あえて言えば、利益相反関係があって、そうして金融検査のことであらわれる事実というものに対して全くニュートラルではあり得ない、そういう立場にあることは識者が指摘しているところです。
 第二番目には、金融調節との関係です。これも、中央銀行の中で金融の検査監督をやっているところはとかく低金利政策をとりやすい、だから、大局的に見ると、インフレを呼び起こす割合が多いとされる、そういうことを分析して主張している学者さんもいらっしゃるようでございます。つまり、中央銀行の検査監督にも、中央銀行の他の業務との間で利益相反がないということは言えない、こういう考え方を我々はとりました。
 それから第三番目は、総理もお答えになったことですけれども、何といっても中央銀行の検査監督は行政権ではありませんから、そこにおのずと、これを拡大していくことには限界が見られる、こういうことであります。
 次に、政府の検査監督について申し上げます。
 政府の検査監督は、日々の金融市場とはちょっと離れたところにおりますから、必ずしもその意味では適任者ではないかもしれない、こういうことを言われております。
 第二番目に、今鈴木委員も言いましたように、財政支出の間にやはりある程度の利益相反がある、これは、指摘されるとおりです。
 しかし、第三に、デリバティブがどんどん膨れ上がるようなこの金融市場の中で、これからの損失というのは思いのほか大きくなってくることが予想されております。なるがゆえに、巨大な損失を見込むと、やはり最終的には財政が面倒を見なければならないではないかというようなことで、世の中の傾向は、もし金融検査機能というものを統一するならば、中央銀行に統一するのではなくて、政府側の機関として取りまとめていこうというのが大勢だ、こういう知見を述べる識者もいらっしゃるわけであります。
 それから第四番目に、行政権ゆえに、業態の融合に対しては、つまり保険だとか証券だとかというものに対しては、金融と一緒にこれに対応して金融検査の対象にしていくということはやりやすいことですね。こういうことが我々の検討の結果出てきたことでございます。
 そこで、結論として、二元的な、つまり中央銀行と政府による二元的な検査監督というのはやはりやむを得ないんだ。それぞれが長所を持っているし、また利益相反という弱点も持っている、こういうことで、私どもは二元的な検査監督の道を選択した、こういうことでございます。
 それから同時に、政府の検査監督について最も弱点とされる財政支出との相反関係については、そこを注意深く、不即不離の関係にしよう、こういうようなことで、今度企画立案から切り離して、これを総理府に持っていった。
 これが我々の結論なんです。かなりよく考えた末の結論であったということは、今までの私の説明でほぼおわかりになろうと思うわけであります。
 そこで、しかし、それに対して今回、問題点の指摘が今までの審議を通じてございました。どういう問題であったかというと、突き詰めて言うと、やはり財政との関係が多かった。
 これは、利益相反があるではないか。あるいは、新聞記事の論説のコラムを引いて、金融制度の企画立案、あるいはその前に財政がある、その下に免許がある、あるいは免許の取り消しがある、あるいは日々の日常活動についての監督がある、さらに監督の資料を得るための検査がある、そのどこを切るのが一番合理的な制度として仕組めるか、さんざっぱら我々は与党の中で議論したのです。
 しかし、今回の審議の過程で、その切りどころが誤っているではないかという議論もありました。あるいは、我々の案のように、ある程度不即不離の関係に、適切な緊張関係を持った距離というところで仕組んだにもかかわらず、なおまだ不当な圧力が財政当局から働くのではないか、そういう指摘もあったわけであります。
 しかし、よくよく私の話を聞いていただければ、これは、圧力だとかなんとかいっても、同じ屋根の下にいる官庁ではない。別の官庁になることの重みということ。これは、後で私は総括で、皆さん方、ここに並んでいらっしゃる方々が、北脇さんを除いて、私の知っているところでは、余り行政経験がおありにならない。それがための弱点として、行政組織なり行政機関なりというものを見る目がちょっと、何というか、失礼な物の言い方になってしまうのですが、成熟しておらない。もうちょっと御経験を積むと、そういったことが事実問題として肌でわかるようになってくる。そういうような……(発言する者あり)いや、ちょっと静かにしなさい。人の言うことはよく聞きなさい。いやいや、そんなことはない、ちゃんと説明しますから。
 そういうことで、二つの官庁の間には、検査だけを別の官庁にしても、検査をやった結果を今までのようにすぐ銀行課に持っていってしまって、これどうしましょうというのとはやはりわけが違う、そこにある種の透明性、ある種の客観性というものが生まれてくる、こういうふうに私どもは考えております。
 ここが確保されることによって、結局財政が出ざるを得ないときもあるのです。ですから、全く離れてしまうわけにはいかない。こういうことの中で、私どもは、非常に適切な距離を設けたという制度が我々の制度であるということを主張したいし、また御理解もいただきたい、こういうことであります。
 それから、財務局の問題も、非常に枝葉の問題と私はあえて考えたいのですけれども、指摘をされる方がありました。
 これも、総本山が分離されているときの地方支分部局の委任事務が、どういう格好で処理されるか。このことについて、先ほどこちらから大変不規則発言が多く寄せられましたけれども、やはりこれは実体験というか、実際の体験に基づく感覚、こういうものが判断の基準にならざるを得ませんね、どのぐらいの距離感が出てくるかというのは。そのことについてはやはり少しまたお考えもいただきたい、こういうことであります。
 形式がすっきり整っていない。しかし、行政組織としての、ユニットとしての、例えば人事だとかその他指揮だとかというようなことについて一体どういう影響が、三、四人とかあるいは十人ぐらいの役所をつくったときにどういうことになるか、こういうようなことについてもやはり少し吟味をしていただきたい、御主張なさるならばそういうこともお考えいただきたい、こういうふうに思うのでございます。
 以上が、我々の案の背景にある考え方、それと同時に、皆さんの指摘に対して、我々がどう考えているかということを申し述べさせていただきました。
 次に、対案として出された新進党さん及び民主党さんの案について、私どもの、私の考え方を申させていただきます。
 まず新進党さんの案ですけれども、これは、中央銀行の検査監督にも利益相反がある、このことがまず一番の基本です。そのことが、だからこそ、各国とも今度金融の検査監督についての機能をどのように再編成していくかということについても、これは我々の審議中にたまたま出たあのイギリスの金融検査監督の再編成の案というようなものを引くまでもなく、各国とも中央銀行にさっと取りまとめてしまうことにはかなり慎重だということの背景としてあることをよくひとつ御認識賜りたい、これが第一点です。
 第二点は、先ほども言ったことですからもうつづめて申しますけれども、大口損失の可能性がありますので、これに配慮して、やはりほかの世界の大勢も、私、これは最初、冒頭のこの委員会における発言でも申し上げたんですけれども、どちらかといえば、統合するのならば政府側に統合するということの方が多いということです。中央銀行の側に事もあろうに統合してしまうということについては、何か世界の大勢とはちょっと離れたアイデアではないか、こういうことでございます。
 それから第三番目は、これはもう言うまでもないことですけれども、中央銀行は行政機関ではありません。そこで、私が最初のときにも指摘しましたけれども、契約外の、例えばそれが銀行であっても、あるいは金融機関というか銀行、バンキングがやっているビジネスにあっても、契約外のものまでこれを対象に取り組んでいくということについては、やはり無理がある。契約先のところと契約外のもののところに本当に、例えばそうやったとしても、同じような態度で日銀の職員がそこに取り組めるだろうか。こういう懸念は、受ける側は当然持つことは想像にかたくないんです。そういうようなことがある。
 まして、証券は証券の、山一証券のころから、日本銀行でも取引先は相当持っておられるようですけれども、しかし、証券の検査というのは、日銀さんがこれまでやってきたようなところとは、視点は随分違うはずですね。そういうような、証券行政の一環としての証券会社の検査監督、あるいは保険、保険まで今度取り込む、こういうことなんですけれども、これはやはり幾ら何でも無理なのではないか、こういうように思います。
 先ほど、私は、鈴木委員の提案理由説明を聞いておりましたが、何というか、検査監督のところをこの金融委員会の所掌にする理由は、非常に消極的なものと聞こえました。確かに、金融委員会は金融調節については、まさに鈴木委員の主張のとおり、そうしたいんだ、これは非常に熱っぽく語られて、それは立場は違うんですが、よくわかるんですよ。しかし、金融監督検査を金融委員会の所掌事務にするということについては、行政改革の中だから、ほかの行政機関を設立するわけにはいかぬからここのところへ集めちゃうんですと。
 これは、聞いたら、もうそこに当たる職員の士気に大きな影響をもたらす御発言だったと私は思いますよ。ついでにやっちゃ困るんです、そういうことは。そんな消極的なことでは困るんです。委員が、金融調節あるいは金融政策の機能を金融委員会にやらせたい、所掌させたいと同じような情熱、同じような重要性、こういうものをやはり、金融検査監督をこの委員会に所掌せしめるならば、同じようなものを持っていただかないと困ります。私はそれを聞いて、まあちょっとやっつけ仕事のような気味があるなと思って聞いておったのでございます。
 第四番目は、金融検査監督の中の検査は、確かに日銀職員にやらせるとなっている。監督はどこでやらせるんだ。これは金融委員会の事務局でやらせる、皆さんが提案された法律を読んでみれば、そういうふうに見られるわけです。
 私、よくわかりません、ここのところは。わからないけれども、冒頭の、金融検査監督を金融委員会に所掌させるんだということについても大した理由はなかった上に、監督だけ、小さい五、六十人の事務局か何かつくって、そこでやらせる。どうやってそこの役人さんたち、職員さんたちの士気を確保していくんですか、維持していくんですか。どうやって人事の円滑を確保していくんですか。
 そういう思いつきでは困るんです。私は、はっきり申し上げておくんです。職員の組織、行政組織というものについて、先ほど私が言ったように、余りにもナイーブ過ぎると言ったのはそういう点なんです。
 それから、企画立案との関係です。
 金融制度の企画立案は大蔵大臣に所掌させる。金融委員会は偉い方が並ぶんでしょう。しかし、政治家と政治家でない方が対等の形で切り結ぶということはなかなか難しいんです、正直言って。かえって、こういうことをやって、企画立案については大蔵大臣と金融委員会がお互いに提携するとかなんとかというようなことを言っても、そうはなかなかいかないんですよ。
 私は、逆に、こういうところで大蔵大臣との間をある種、何というか、仕事の上では主従のような関係を伴わざるを得ない企画立案について、そういう関係を樹立したならば、金融委員会の金融政策における独立性まで損なわれる危険性すら持った組織だと言わざるを得ない、このように思うのでございます。
 そういう意味で、私は、行政実務というものについては、ちょっとまあ必ずしも透徹した考え方が貫かれていると言いがたいというのが、私の皆さんの案を聞いての感想でございます。
 次に、民主党の案について申し上げます。
 民主党の案は、財政、金融の分離ということをナイーブに実現しようというものであります。これは、立場が違いますから、そこの議論にはきょうは入りません、私は。入らないんですが、企画立案事務との分離がない。ここの意味が、これから我々は、我々の行政改革で企画立案と執行の分離をしていこう、こういうように私どもはやっておるわけですけれども、そこの重要性ということをちっともわかっていらっしゃらない。全くナイーブ過ぎると思います。
 私どもが今度行政改革の中で企画立案と執行を分けようというのは、議院内閣制のもとでは、行政権というのは立法補佐機能を持たざるを得ない。しかし、その結果として、立法補佐機能、つまり企画立案と執行とが混然一体、融合してしまっている。そこから行政府の人たちの肥大化、強大化、権限の強大化ということが起こっているんです。つまり、仕事をつくる人と仕事をする人が混然一体と融合してしまうことのとがめが出ているんです。
 我々の歴史に、その一番端的にわかる例を持つています。軍部なんですよ、軍部。日本の戦前戦中の軍部は、まさに統帥権の名のもとで、仕事をやる人が仕事をつくっていったんです。同じことが戦後の官僚機構の中で行われてやしないか、こういう反省なんです。ですから、防衛庁は、その反省のもとでシビリアンコントロールというものをつくって、制服の人は企画立案はしない、仕事はっくつちゃいけない、背広の人たちがつくったルールのもとで誠実に仕事をしていく、これにとどまるべきだ、これがシビリアンコントロールですよ。
 ですから、我々が今度、企画立案と執行を分けようというのは、あたかもこのシビリアンコントロールを、あえて言えばレジスレーターズコントロールにしようということなんですよ。企画立案者と執行とを分けて、執行は本当に企画立案者が言ったルールに基づいて誠実に実行するのみ、実際自分で仕事をつくりなんかしちゃいけない、こういうことなんです。これはプラスの方向で、仕事がふえる方向についても、ふえる方向について我々は大きな災厄をこの時期受けているわけですけれども、仕事をやらないことについても同じなんです。
 皆さんの案で一つ例を挙げますとどういうことになるかというと、金融の技術革新について、大所高所から判断してやるというようなことにブレーキがかかるんじゃないか。これは私が言っているんじゃないんです。金融の検査監督機能を企画立案から分けるときの学者の議論なんです。非常に消極的だと言うんです。そういうようなことで、私どもは、企画立案との分離がないということについて、大変大きな問題を感じている。
 それから、金融政策との関係ですね。金融政策との関係で、日本銀行の金融政策に対して物申すのは、民主党案では、一体どなたなんでしょうか。金融庁長官なんでしょうか、あるいは大蔵大臣なんでしょうか。金融庁長官としたら、私は、これまたちょっと格落ちだと思います。
 日本銀行の金融政策、金融政策といったって、私は個人的な意見を言うわけですけれども、あくまで経済政策の中の一環ですよ。ですから、日本銀行が金融政策で独立したい、これはいいですよ。しかし、絶対に政府全体の経済政策から離れるわけにはいきません。なぜ、独立をさせることがこれだけ強調されるかといったら、それはやはり政府の側からインフレ圧力がかかるからなんです。このことだけをはっきりと明確に、中央銀行が断れる立場をいかにつくってやるかなんです。そういうことなんです。
 ですから、金融政策との関係でも、例えば大蔵大臣が行くんですといったら、大蔵大臣、日ごろの金融のことを何もやってない人が突如として金融政策の話といったって、それは無理というものでしょう。金融庁の長官が行くといったら、これは格落ちでしょう。
 もっと格落ちのことを最後に申し上げます。
 これは、金融制度の企画立案をする大臣はいるんですか、いないんでしょうか。総理大臣と言うんでしょうね、恐らく。それも、余りにも物を知らなさ過ぎる。どういうことかというと、法律を立案して、閣議で決定して、それでこの国会にまで持ってくる間には相当の調整が要るんですよ。総理大臣がやるわけにはいかないんですよ。
 余り私は、ここで実例を引いて言うと、これはいろいろ問題になりますから申し上げたくないんですけれども、やはり大臣をいただかない役所が、法律改正をしたくてしたくて仕方がないんだけれども、させてもらえない、こういうことのために、どんどんどんどん行政がゆがんでいる例が我が国の状況にもあるんです。
 これから、金融において、企画立案というのは非常に大事なんですよ。今、安定的な金融制度の状況じゃない。どんどんどんどん金融の技術革新というのは日進月歩で、これを受けとめて、金融制度の改革をどんどんやらなきゃならないというときに、担当の大臣がいないなんというようなことでやっていけるんでしょうか。あえて言えば、ナイーブ過ぎる話です。
 最後に、もう一つちょっと言います、せっかくあれしましたからね。
 業務停止のときに、農林の系統金融機関には、農林大臣に突然共管を申し込むというんでしょう。それは、池田さん、もとは民社党だったか何だか忘れたけれども、有事駐留の考え方と同じですよ。有事駐留の考え方で、要するに、日ごろは駐留は困る、しかし有事になったら急に駐留して戦争やってくれ。私に言わせたら、本当にもう何とも言いようのないそういうばかげた議論が昔ありました。それと同じなんですよ。今まで何にも金融のこと、情報をもらわずに、業務停止のときだけ情報をもらって、さあ、あなた、共管だから何とかせい、こんなでたらめ言われたら困るよというのが農林大臣の立場じゃないでしょうか。
 結局、私の質問時間、皆さんの答弁の時間を残そうと心がけてやったんですが、こういう状況なんですよ。だから、もう議論の帰趨というのは、これは皆さんの答弁がどうあろうと、私はちょっと問題にもしないという感じなんですが、要するにそういうことでありますので、どうぞ、何かコメントがあったら、してください。

発言情報

speech_id: 114004278X00919970526_008

発言者: 柳沢伯夫

speaker_id: 2771

日付: 1997-05-26

院: 衆議院

会議名: 行政改革に関する特別委員会