ロバート・アラン・フェルドマンの発言 (行政改革に関する特別委員会)

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○フェルドマン参考人 アメリカとの比較の点ですけれども、米国の金融機関に問題があったときにどういうふうに責任がとられるかといいますと、もちろん日本のように上の方が辞任するとか、そういうことはよくありますけれども、まず、株価が落ちるという市場の反応が非常に大きなポイントだと思います。
 市場の目から見て金融機関がうまくやっているかどうかという判断がすぐ下されるわけですから、そういう意味で、その銀行の、あるいは金融機関の動きが正しいかどうかに関して、投資家の判断がすぐわかるわけです。大きく株価が落ちた金融機関があっても、その銀行あるいは金融機関がまだしっかりしているから大丈夫だと思う人が自分のお金を投資してもいいわけですから、すぐ責任をとって、もっといい金融機関をつくり直そうという働きが動くわけですね。あるいは、株価が下がった場合に、いわゆるテークオーバー、買収ですね、それが可能になるわけですから、そういう意味で、株価あるいは株式市場の動きによって規律が成り立つことがあります。
 もう一つの責任のとり方ですけれども、やはり問題が生じたときに金融機関からお金が流出するという働きがあります。かなりディスクロージャー、情報開示が進んでいるアメリカの中では、やはり問題があったときに、投資側がそれをすぐつかんで、自分のお金だから持って逃げようという動きが非常にはっきりしてきます。そうしますと、割と細かく、毎日毎日の出来事を見て投資側が動きます。株式の投資家あるいは預金者に当たる、各金融機関に負債を提供する方の動きも同じですけれども。とにかく、米国の場合は、大きな間違いを起こしたときにやはり投資側が責任をとるという非常にいいところがあると思います。
 日本と比較しまして、預金は保証がつくものですから、それはやはりそのまま保証した方がいいと思われますけれども、保証がつかないところも、ある意味で保証されているという神話があるのですね。これは、これから投資家の動きを効率的にさせるために、はっきりと外した方がいいのじゃないかと思います。やはり投資家あるいは預金者が自分で自分のお金を守るという態度をとらないと、その責任のとり方が変わっていかないのじゃないかと思います。
 結論として、預金者、投資家が自由に、確かな情報をもとにして自分のお金を動かす制度をつくった方が、日本の責任のとり方をよくすることになるのじゃないかと思います。

発言情報

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発言者: ロバート・アラン・フェルドマン

speaker_id: 5421

日付: 1997-05-28

院: 衆議院

会議名: 行政改革に関する特別委員会