杉山雅洋の発言 (運輸委員会)
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○参考人(杉山雅洋君) 早稲田大学の杉山と申します。
旧国鉄の長期債務の処理問題につきまして、私の考えているところを三点申し上げてみたいと思います。
第一点目は、処理のための基本方針として何を考えるべきかという点でございます。
御案内のように、債務の額が膨大でございますので、当面の緊急処置をまず講ずる必要があるのではなかろうか。そして、それと同時並行的に抜本的な対応をするべきではないだろうかというように考えております。
当面の緊急処置として何が要求されるかということになりますと、金利負担の軽減策が何より必要だというように思います。その点におきまして、閣法第二六号には基本的に同意するものでございます。
ただ、金利の負担問題は当面の処置だけでなくしてこれからも必要であるというように考えますので、この閣法二六号に記されておりますような対応策につきましてはまた別途考えてみる必要があろうかというように思います。基本的な考え方は同じでございますけれども、方法として別の角度から論じる必要があるのではなかろうか。後ほど時間がありましたら具体的に申し上げてみたいと思います。
それから、抜本的な対応策でございますけれども、これは債務が清算事業団に二十五兆強残された。それは一体なぜ残されざるを得なかったのか。また、改革十年たってその額が二十八兆を超えるように膨らんでしまった。その膨張の原因がどこにあるのか。これを考えて、それに照らして対応することが必要だろうというように思います。
前者については、競争市場となった交通市場の中で競争対応型の政策をとるのが筋であったというように思いますけれども、必ずしもそのような政策をとれなかった。これが大きな原因ではなかろうか。具体的に申し上げますと、縮小再建を考えるべきであったのが必ずしもそうではなかった、拡大再建と言われてもいたし方のない政策をとったという点でございます。
それから、後者につきましては、具体的な債務処理がおくれてしまった、資産売却、具体的に申し上げますと用地売却、株式売却のタイミングを失してしまったという点があろうかと思います。
このように考えてみますと、昭和六十年七月に国鉄再建監理委員会が出しました意見書、これが核心を突いているのではなかろうかなと思います。意見書をひもといてみますと、自主財源を充ててもなお最終的に残る、当時の試算ですと十六兆七千億でございますけれども、それは最終的に国民負担に求めざるを得ないと明記されているわけでございます。
そして、この意見書の考え方が六十三年一月、あるいは平成になりますと元年十二月の閣議決定を見ております。したがいまして、この閣議決定を基調とすべきなのではなかろうかなと思います。閣議決定が覆されたケースは、オイルショックのような特別な事情を除きましてほとんどないというように私は理解しております。閣議決定の持つ重み、これを尊重すべきではなかろうかなと思います。
そういたしますと、国民の税負担ということになりますので、歳出削減等の大前提は申すまでもありません。その際に、安易な処理をぜひ回避していただきたい。それから、国民の理解が得られるようなそういう方策が必要ではなかろうかなと思います。緊急事態であるがゆえに国家百年の計を考えることが重要だというように思います。
次は、第二点目でございますけれども、処理のための基本理念として何を考えるべきかという点でございますが、私は資源配分の効率性を前面に考えるべきではなかろうかなと思います。
そのための具体的手段として考えられますのは受益者負担原則でございます。これは合理的でわかりやすいシステムでございますし、また資源の効率的配分に有効な原則であります。今言われております規制緩和、市場原理を活用しろという声にも合致する、そういう方策であるというように私は位置づけております。
やや具体的に受益者負担原則を考えてみますと、道路のケースと鉄道のケース、二つあろうかと思います。
一つは道路でございますけれども、これは道路特定財源を一般財源に転用してみたらという声が非常に強いわけでございますけれども、これが果たして受益者負担原則にのっとっているのかどうなのかという点を考えてみたいと思います。
御承知のように、道路特定財源は揮発油税、石油ガス税、自動車重量税、ただし自動車重量税は形式上は一般財源になっておりますから、今ここが論点とされております。この特定財源が余っているのではなかろうか、あるいは道路資本ストックが既に十分ではないか、ならばこれを一般財源にして多目的に利用したらいかがかと、こういう提案でございますけれども、私は、道路特定財源が受益者負担原則にのっとっているという点から考えてみますと、転用論、すなわち一般財源化は好ましくないんではなかろうかなと思います。
その一つの理由といたしまして、道路資本ストックが十分であるという判断は少なくとも私にはしかねるという点と、それからもう一つは、このような特定財源制度を継続していきますと財政の硬直化を招くのではなかろうかという指摘があるわけでございますけれども、ならば一般財源に移した場合に財政の硬直化が防げるかどうかという点、これは過去の経緯に照らしても非常に疑問でございます。したがいまして、道路特定財源制度は受益者負担原則に基づいてこれを考えるべきではないかというのが私の立場でございます。
次に、鉄道についてでございますけれども、これは新たに鉄道利用者に鉄道利用税を課すべきではないか、あるいはJRに追加負担を求めるべきではないかと、このように言われておりますけれども、まず鉄道利用税でございますが、これは受益と負担の関係が明確になっておりません。すなわち、現在ないしは将来の利用者に鉄道利用税を賦課いたしますと、その受益が彼らに戻らないという点から見てみますと受益者負担原則にのっとっているというようには理解しがたいわけでございます。
それから、JRの追加負担でございますが、これはJRを旧国鉄と同じと見るのかどうなのかという点でございますが、私は国鉄改革の趣旨に照らして現JRは旧国鉄とは別に考えるべきではなかろうかというように思います。
追加負担を求める理由といたしまして、現JRは旧国鉄から資産を継承したのではないかと、こういう点が言われているわけでございますけれども、その資産の継承は、JRが企業としてネットワークを存続させる、あるいは維持させるために必要な資産を継承したのか、場合によりますと、本来は企業としては好ましくないそういう線路まで維持させられたんではなかろうか、このように考えてみますと、これも受益者負担原則には好ましくないというように思います。
そういたしますと、道路利用者あるいは鉄道利用者、JRが負担すべきでないということになりますと、じゃ何を考えるべきなのかという点でございますが、三点といたしまして、私は各種方策の組み合わせ、言ってみますとポリシーミックスとでもいいましょうか、これを提唱してみたいというように思います。
一つ一つの方法には問題点がございます。その問題点をできる限り小さくして、対応でき得るようなそういう組み合わせをこれから真剣に模索すべきではないだろうかなというのが考え方でございます。
過去の債務についてでございますけれども、これは何よりも金利負担の軽減が必要とされます。具体的に言いますと、有利子債務の無利子化、あるいは財投の繰り上げ償還、さらに低利民間資金への振りかえ等々がございます。ただ、これを行う場合に、一般会計にそのままの形で移しかえますと、歳入歳出が明確になっておりません。旧国鉄の債務処理というのは、国民的な大きな課題でございますし、また国民の負担を求めなければならない、そういうものでございますので、歳入歳出が透明であるというような形で、一般会計につけかえというよりはむしろ特別会計をつくって、その姿が納税者に明確な形で映るような、そういうシステムが必要ではなかろうかなというように思います。
また、新たな償還財源が必要になってまいりますけれども、これは資源配分をゆがめないような形での税負担、ただし期限つきの形ということになりますけれども、このような手段が必要かなというように思います。純理論的に言いますと、直接税が資源配分をゆがめないということでございますけれども、直接税の場合には負担の公平性という問題が出ますので、これは慎重に議論する必要があろうかと存じます。
さらに、無利子国債、何らかの特典をつけませんとこれは市場でさばけませんから、特典をつけた形での無利子国債、ただしこれは公平性の問題もあろうかと思いますし、また市場がそれを受け入れるだけの余地があるのかという点もあろうかと存じます。しかし、一つの手段として考えてよろしいのではなかろうか。
このように考えてみますと、一つ一つには問題がございます。ですから、この案一本でいけというのは非常に難しい。そこで、各案を組み合わせてみて、そして債務の償還計画を明示して、そしてこの償還計画のためにはこのような対応が必要なんだという数案を考えて国民に提示すべきなのではなかろうかなというように考えます。その際に、私どもは情報が限られております。したがいまして、政府広報等を通じまして国民に実態を知らせて、そして広く議論をくみ上げるということが必要ではなかろうかなというように思います。
いずれにいたしましても、そこに財源があるからというような形ではなくして、論理が明確に伝わるようなそういう形で対応をしていくということが何より要求されるのではなかろうかなというように存じます。
私の考えている基本的なところは以上でございます。