宮澤弘の発言 (行財政改革・税制等に関する特別委員会)
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○宮澤弘君 ただいま大蔵大臣は、責任は全くないとは言えない、それから今後の対応で万全を期したいというようなことをおっしゃいました。ちょうど衆議院の行政改革に関する特別委員会の速記録、同趣旨のことを大臣は発言をしておいでになります。
ちょっと読ませていただきますと、「銀行局検査については、精緻な根気強い検査を今日までやってまいりました。その網をくぐったとすれば、表現のしようがございません。」、「表現のしようがございません。」というのは、これはちょっと手がつけられないと、こういう意味でおっしゃったのだろうと思います。「そういう意味で、責任はということを毎回言われておりますが、これは実態を明らかにすること、そして、二度とさようなことが起きないようにしてまいりますこと、このことに尽きるかと思います。」と、ただいまお話がありましたような答弁をしておいでになります。
「このことに尽きる」というふうに言っておられますので、先ほどもおっしゃいましたけれども、責任というのはこの辺までが自分の責任だと考えていると、こうおっしゃることだと思いますし、また、監督官庁の責任ということについて後で自分の意見を申し上げたいと思いますけれども、また、批判はまともに受けるし、体制の整備を怠っていたとすればそれは自分の責任だというふうに反省の弁も述べておられます。
そこで、これは総理にも伺おうと思いましたけれども、恐らく主管の大蔵大臣が述べられたことに尽きるのではなかろうかと思いますので、私はここではあえて総理には承りません。
そこで、いささか私見を述べさせていただきたいのでありますが、今回の不祥事を通じまして、企業のあり方とともに行政のあり方も問われていると思います。そう考えなくてはならないと私は考えております。監督官庁の通常言われております護送船団方式の行政は長い間信じがたい、私はこの信じがたいという言葉を申し上げましたのは、今度の二つの企業の経緯を見ておりますと、まことに信じがたいと言うほかはないのでありますが、信じがたい放漫の企業経営を生んだと私はそう思います。安易な経営姿勢、それからディスクロージャーの不十分な隠ぺいされた体質、これが総会屋につけ込むすきを与えた経営だったと私は思います。
企業に総会屋がつけ入るような古い体質が温存されていることに監督官庁は気がつかなかったのでありましょうか。私はそうではないと思います。特にすぐれた公務員集団であります監督官庁でありますから、そういう体質になっているということを気がつかなかったはずはないと思います。長い間に総会屋のつけ入る病根が根づいているのに、恐らく気はついていたんだろうと思います。気はついておりましたけれども、積極的に業界のそういう体質の改善の指導をすることを怠ったというか、指導するに至らなかったということではないかと私は思います。
企業、行政ともにぬるま湯に入ったような護送船団方式に安住していたのではないだろうか、護送船団方式が生んだぬるま湯行政の、甘えの構造の結果起こったのが今回の不祥事ではなかろうかと私は思います。その限りにおいて監督官庁としての責任があるのではなかろうかと、私はこのように考えております。
しかし、その場合の監督官庁の責任と申しますのは、何大臣でありますとか、何局長でありますとか、そういう人に具体的な責任があるかどうかといった種類の責任論では私はないと思うのであります。業界の古い体質の改善に目をつぶって、長い間旧弊に安住していた監督行政の姿勢そのものの責任が問われているのではないか、こういうふうに私は思います。
私はそういう見解を持っておりますが、そこで総理、今私が述べました私の見解についてどういうふうにお考えになりますか。御答弁をいただきたいと思います。