プラサート・チチャイワタナポンの発言 (国際問題に関する調査会)

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○参考人(プラサート・チチャイワタナポン君) 直嶋先生の御質問はうちのアジアの国々でもよく議論します。私は日本に留学したことがあって、日本社会でアジアとの関係はその難しさを実感しました。
 一つは、日米関係の方が非常にウエートが重くて、北東アジアには緊張や衝突の可能性のある諸問題などがたくさん残っていて、冷戦が崩壊しても緊張やいろんな問題がそのまま残っている、それは理解します。安全保障の面では、アメリカの軍事的なプレゼンス、また在日米軍基地の重要性は改めて必要だとは理解できます。しかし、安全保障の面だけじゃなくてあらゆる面にわたってアメリカの位置、そのウエートがアジアとの関係よりもずっと大きくて、それが問題だと私は思います。日米関係と日本とアジアの関係の二つの柱を立てておいて、その両方とも大事だという認識がまず必要だと思います。
 日米関係の方にウエートを与え過ぎている例はたくさんあります。例えば文化交流の面は、国際交流基金の中に日米センターがあるんですね。また、ASEAN文化センターがありました。後ほどアジアセンターに名前を変えてちょっと改造してきましたが、日米センターの方の予算が非常に大きい。例えば、九四年の日米センターの予算は当時のASEAN文化センターよりも十倍多かった。今日、ASEAN文化センターはアジアセンターに変わってきました。例えばことしの予算を見ても、日米センターの方は二倍多いです。文化交流の面も非常にアメリカの方にウエートが重い。日本はちょっとアメリカには弱いということは、我々アジアの人々はよく意識します。
 これは難しいことですけれども、日本の将来はアジアにもある、アジアの国々の繁栄、安定及び日本との友好関係が大事だという認識はもっともっと再認識してほしいという期待です。まず、日本はアジアだ、日本はアジアの一員だ、ユー・アー・ジャパニーズエイジアン、あくまでもアジアだという認識です。
 アジアとのつき合いは難しい、その点は理解できます。戦争責任を厳しく追求したり、非常に厄介なこと、また日本の事情の理解も不十分、その点は確かにあります。しかし、これを乗り越えるのは一つのチャレンジです。うまくこのジレンマを乗り越えられた人の中で、故大来佐武郎先生の名前を取り上げたいと思います。
 大来佐武郎先生は戦前、青年時代、アジアの理念に燃えて、その世代は非常に理想主義者時代の人々で、戦後このジェネレーションの日本人がアジアとの友好関係のきずなをつくったんです。議論をするよりもアクションでそういうアプローチをとられてきたわけです。大来佐武郎先生の偉大な遺産は、今日のAPECの基盤となったPECCの仕事をずっとされてきた。アジアの人々と一緒に仕事をされる過程でフレンドシップ、友好関係が生まれてくる。いろんな計画を立てて一緒に仕事をする、アジアのために何かをやろうと。そこで一緒に仕事をしながら友好関係が生まれてくる。そこで大来佐武郎先生のジェネレーションの貢献が大きい、また尊敬されています。
 結局、アジアは一つの大きな柱であるという認識、日本がアジアの一員だという認識、そこで何かアジアのためにやろうという決意、これは行政側だけじゃなくて、政党の皆さんもできると思います。国の代表者が座られる各政党、自民党から共産党までがアジアのために何かをやろう、一つのアクションをとりたいと。奨学金制度にしろスラムの貧しい子供の教育、そこの奨学金、移動図書館の書類の提供など、少し記念になるようなことを各政党もでき、そのアクションを通じて日本はその厄介なことを乗り越えられ、また感謝され友好関係が生まれてくる。
 これはちょっと各政党に対して一つの期待ですけれども、ドイツの政党は非常にアクティブで、行政の方とともに政党がいろいろ財団をつくって
 一つのいいことを残しておきたいと。日本ではちょっと顔が見えない。各政党のミッションは、例えばタイのスラムの視察は恐らくしたことがないと思います。何らかの形で一つの貢献を見つけること、そこで理解、尊敬が生まれてくると思います。
 ちょっと長くなりました。

発言情報

speech_id: 114014308X00419970303_013

発言者: プラサート・チチャイワタナポン

speaker_id: 20545

日付: 1997-03-03

院: 参議院

会議名: 国際問題に関する調査会