木庭健太郎の発言 (臓器の移植に関する特別委員会)
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○木庭健太郎君 第一班につきまして御報告いたします。
派遣委員は、竹山委員長、河本委員、小山委員、谷川委員、大森委員、大渕委員、中尾委員、橋本委員及び私、木庭の九名で、去る十二日、大阪市において地方公聴会を開催し、六人の公述人から意見を聴取した後、委員から質疑が行われました。
まず、公述の要旨を簡単に御報告申し上げます。
最初に、移植医である京都大学移植免疫医学教授田中紘一君からは、脳死者からの臓器提供ができない中、生体肝移植が治療法として確立されたが、対象者が小児中心に限定され、臓器提供者の安全に問題があること、我が国でも脳死についての考え方を決め、外国のように脳死者から善意の臓器提供を受ける道を開いてほしいこと等の意見が述べられました。
次に、法律家である弁護士・日本弁護士連合会刑事法制委員会事務局次長岩田研二郎君からは、ドナーを臓器提供の客体ではなく、権利行使の主体としてとらえ、その自己決定に最大の根拠を置くべきこと、脳死を一律に人の死とする中山案には問題があり、脳死を人の死としない猪熊案が多数の国民の意向に沿うものであること等の意見が述べられました。
なお、臓器移植のために脳死判定された者についてのみ死とする修正を行う場合、中山案の基本的立場は変更されるのか、同じ脳死状態が患者や家族の主観により生体、死体となるのは法的安定性を損なうのではないか等の問題が指摘されました。
次に、医事法が専門の金沢医科大学教授金川琢雄君からは、移植の場合だけ脳死を死とすると死の概念が二つでき、法的安定性を欠くこと、脳死についての社会的合意がない現状では脳死判定実施に家族の拒否権を認めるべきこと、臓器提供は本人の意思表示のみで認められるべきこと、脳死体と心臓死体では臓器摘出の要件に違いがあるが、三年後に見直されるのであればやむを得ないこと等の意見が述べられました。
次に、医師であり、民間での臓器移植法案作成作業にかかわってきた神戸生命倫理研究会代表額田勲君からは、法律を制定しなくとも臓器移植は可能であるとの立場から、医学界内部の合意のための対話が行われていない状況のもとで、立法をもって合意不在を代替させることは政治の過剰介入になるおそれがあること、社会的合意の形成は、法廷での論議を尽くして国民の反応を積み上げ、慣習法的に完成されていくべきであること、修正については、独自の解釈の余地を残し、法の権威を失墜させるおそれがあること等の意見が述べられました。
次に、拡張型心筋症のため移植を受けた心臓移植者都倉邦明君からは、移植手術前には五年間入退院の繰り返しだったが、昨年二月にアメリカで移植を受け、現在は拒絶反応もなく元気な体に回復していること、臓器移植については、立法により、手術を待つ人の期待、希望にこたえるべきこと、移植を受けた者としては、せっかくもらった命をいかに社会に貢献できるかを考えていること等の意見が述べられました。
最後に、宗教者である大谷大学教授・真宗大谷派住職小川一乘君からは、仏教の根本的立場から、人間の都合によって生と死を決定し、法で規定することは重大な問題をはらんでおり、人間同士の命のやりとりはやめるべきこと、脳死による臓器移植はだれかの死を待つ医療であり、正当な医療とは言えず、命の尊厳という制約の範囲内で行われるべきこと、修正については、基本的には臓器の有効利用に変わりがないので賛成できないこと、提供者の善意が強制された善意となる可能性があること等の意見が述べられました。
公述人の意見に対し、各委員より、死の判定と思想の自由、人の死を法律で規定することの当否、脳死状態と植物状態との区別、脳死を人の死とする社会的合意の有無、臓器移植を橋渡しする法的整備の必要性、世界的に臓器提供者が減少している理由、医師として脳死判定が必要な場合、脳死判定における家族の同意の任意性とその範囲、臓器提供の意思表示の有効性、脳死判定基準の見直しの必要性、死の自己決定の問題、国会の審議のあり方、臓器移植に限って脳死を認める修正についての考え、修正した場合の中山案との基本的同一性など多岐にわたる質疑が行われました。
会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はこれにより御承知願いたいと存じます。
以上で第一班の報告を終わります。