臓器の移植に関する特別委員会

1997-06-16 参議院 全497発言

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会議録情報#0
平成九年六月十六日(月曜日)
   午前九時十一分開会
    —————————————
   委員の異動
 六月十六日
    辞任         補欠選任
     千葉 景子君     今井  澄君
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    委員長         竹山  裕君
    理 事
                加藤 紀文君
                関根 則之君
                成瀬 守重君
                木庭健太郎君
                和田 洋子君
                照屋 寛徳君
                川橋 幸子君
                西山登紀子君
    委 員
                阿部 正俊君
                石渡 清元君
                尾辻 秀久君
                大島 慶久君
                小山 孝雄君
                塩崎 恭久君
                田浦  直君
                田沢 智治君
                中島 眞人君
                長峯  基君
                南野知惠子君
                宮崎 秀樹君
                大森 礼子君
                木暮 山人君
                水島  裕君
                山崎 順子君
                山本  保君
                渡辺 孝男君
                大脇 雅子君
                菅野  壽君
                今井  澄君
                千葉 景子君
                中尾 則幸君
                橋本  敦君
                佐藤 道夫君
                末広真樹子君
                栗原 君子君
       発  議  者  大脇 雅子君
   委員以外の議員
       発  議  者  猪熊 重二君
       発  議  者  竹村 泰子君
       発  議  者  朝日 俊弘君
       発  議  者  堂本 暁子君
   衆議院議員
       発  議  者  中山 太郎君
       発  議  者  自見庄三郎君
       発  議  者  能勢 和子君
       発  議  者  山口 俊一君
       発  議  者  福島  豊君
       発  議  者  矢上 雅義君
       発  議  者  五島 正規君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  小泉純一郎君
   政府委員
       厚生省保健医療
       局長       小林 秀資君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        吉岡 恒男君
       常任委員会専門
       員        大貫 延朗君
   法制局側
       法 制 主 幹  大島 稔彦君
   衆議院法制局側
       第 五 部 長  福田 孝雄君
   説明員
       法務省刑事局刑
       事課長      藤田 昇三君
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  本日の会議に付した案件
○派遣委員の報告
○臓器の移植に関する法律案(衆議院提出)
○臓器の移植に関する法律案(猪熊重二君外四名発議)
○臓器移植法案の廃案に関する請願(第一八七二号外三件)
○臓器移植法案の継続審議に関する請願(第二六五五号)
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竹山裕#1
○委員長(竹山裕君) ただいまから臓器の移植に関する特別委員会を開会いたします。
 臓器の移植に関する法律案(第百三十九回国会衆第一二号)及び臓器の移植に関する法律案(参第三号)、以上両案を一括して議題といたします。
 去る十二日、当委員会が行いました委員派遣につきまして、派遣委員の報告を聴取いたします。
 まず、大阪班の御報告を願います。木庭健太郎君。
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木庭健太郎#2
○木庭健太郎君 第一班につきまして御報告いたします。
 派遣委員は、竹山委員長、河本委員、小山委員、谷川委員、大森委員、大渕委員、中尾委員、橋本委員及び私、木庭の九名で、去る十二日、大阪市において地方公聴会を開催し、六人の公述人から意見を聴取した後、委員から質疑が行われました。
 まず、公述の要旨を簡単に御報告申し上げます。
 最初に、移植医である京都大学移植免疫医学教授田中紘一君からは、脳死者からの臓器提供ができない中、生体肝移植が治療法として確立されたが、対象者が小児中心に限定され、臓器提供者の安全に問題があること、我が国でも脳死についての考え方を決め、外国のように脳死者から善意の臓器提供を受ける道を開いてほしいこと等の意見が述べられました。
 次に、法律家である弁護士・日本弁護士連合会刑事法制委員会事務局次長岩田研二郎君からは、ドナーを臓器提供の客体ではなく、権利行使の主体としてとらえ、その自己決定に最大の根拠を置くべきこと、脳死を一律に人の死とする中山案には問題があり、脳死を人の死としない猪熊案が多数の国民の意向に沿うものであること等の意見が述べられました。
 なお、臓器移植のために脳死判定された者についてのみ死とする修正を行う場合、中山案の基本的立場は変更されるのか、同じ脳死状態が患者や家族の主観により生体、死体となるのは法的安定性を損なうのではないか等の問題が指摘されました。
 次に、医事法が専門の金沢医科大学教授金川琢雄君からは、移植の場合だけ脳死を死とすると死の概念が二つでき、法的安定性を欠くこと、脳死についての社会的合意がない現状では脳死判定実施に家族の拒否権を認めるべきこと、臓器提供は本人の意思表示のみで認められるべきこと、脳死体と心臓死体では臓器摘出の要件に違いがあるが、三年後に見直されるのであればやむを得ないこと等の意見が述べられました。
 次に、医師であり、民間での臓器移植法案作成作業にかかわってきた神戸生命倫理研究会代表額田勲君からは、法律を制定しなくとも臓器移植は可能であるとの立場から、医学界内部の合意のための対話が行われていない状況のもとで、立法をもって合意不在を代替させることは政治の過剰介入になるおそれがあること、社会的合意の形成は、法廷での論議を尽くして国民の反応を積み上げ、慣習法的に完成されていくべきであること、修正については、独自の解釈の余地を残し、法の権威を失墜させるおそれがあること等の意見が述べられました。
 次に、拡張型心筋症のため移植を受けた心臓移植者都倉邦明君からは、移植手術前には五年間入退院の繰り返しだったが、昨年二月にアメリカで移植を受け、現在は拒絶反応もなく元気な体に回復していること、臓器移植については、立法により、手術を待つ人の期待、希望にこたえるべきこと、移植を受けた者としては、せっかくもらった命をいかに社会に貢献できるかを考えていること等の意見が述べられました。
 最後に、宗教者である大谷大学教授・真宗大谷派住職小川一乘君からは、仏教の根本的立場から、人間の都合によって生と死を決定し、法で規定することは重大な問題をはらんでおり、人間同士の命のやりとりはやめるべきこと、脳死による臓器移植はだれかの死を待つ医療であり、正当な医療とは言えず、命の尊厳という制約の範囲内で行われるべきこと、修正については、基本的には臓器の有効利用に変わりがないので賛成できないこと、提供者の善意が強制された善意となる可能性があること等の意見が述べられました。
 公述人の意見に対し、各委員より、死の判定と思想の自由、人の死を法律で規定することの当否、脳死状態と植物状態との区別、脳死を人の死とする社会的合意の有無、臓器移植を橋渡しする法的整備の必要性、世界的に臓器提供者が減少している理由、医師として脳死判定が必要な場合、脳死判定における家族の同意の任意性とその範囲、臓器提供の意思表示の有効性、脳死判定基準の見直しの必要性、死の自己決定の問題、国会の審議のあり方、臓器移植に限って脳死を認める修正についての考え、修正した場合の中山案との基本的同一性など多岐にわたる質疑が行われました。
 会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はこれにより御承知願いたいと存じます。
 以上で第一班の報告を終わります。
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竹山裕#3
○委員長(竹山裕君) 次に、新潟班の御報告を願います。関根則之君。
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関根則之#4
○関根則之君 第二班につきまして御報告いたします。
 派遣委員は、照屋理事、川橋理事、石渡委員、中原委員、松村委員、山崎委員、渡辺委員、栗原委員及び私、関根の九名で、去る十二日、新潟市において地方公聴会を開催し、六名の公述人から意見を聴取した後、委員から質疑が行われました。なお、現地において、真島議員が参加されました。
 まず、公述の要旨を御報告申し上げます。
 最初に、新潟大学医学部泌尿器科教授高橋公太君からは、臓器移植法案の早期成立を要望すること、献腎移植により完全社会復帰が可能であるが、腎移植の希望者に比べて献腎が極めて少ないこと、脳死下での腎臓の提供があれば腎移植の成功率が高まること、我が国では脳死による臓器移植ができないため、一部の恵まれた患者だけが多額の費用を負担して海外で移植を受けていること等の意見が述べられました。
 次に、刑事法学者・北陸大学法学部教授中山研一君からは、修正案では臓器移植以外の場面における脳死した者の身体の取り扱いが不明確であり、したがって、脳死の判定は臓器移植が必要な場合に限るという明文を加えるべきであること、臓器移植の場面では脳死判定をして死の宣告をし、臓器移植以外の場面では脳死判定による死の宣告をしないことを合理的に説明する必要があること、アメリカでも臓器移植以外の場面では脳死を人の死とする必要があるのかが議論されていること等の意見が述べられました。
 次に、金沢大学法学部教授深谷松男君からは、人の死の概念は一元的に定めるべきであること、死体ではない脳死状態の者からの臓器の摘出は、人の存在価値に格差を認めるもので受容できないこと、三徴候説も脳の死の判定方法の一つであること、脳死判定に対する拒否権を認めると人の死を個人の意思に従わせ、法的に不安定な状態を生じたり、相続等における法的紛争発生の危険があること、脳死を人の死と認める中山案は基本的に支持できること等の意見が述べられました。
 次に、ノンフィクション作家向井承子君からは、脳死を人の死として性急に立法化することには反対であること、臓器移植は、最高の倫理的・技術的水準による脳死判定から臓器提供に至るまでの手続を整備し、社会の理解を得ながら進めていくべきであること、新聞報道だけを論拠とする修正案についての議論は理解できないこと、アメリカの臓器移植では脳死から三徴候死に戻ろうとする傾向があること等の意見が述べられました。
 次に、臓器移植者黒田珠美君からは、オーストラリアで肝臓移植手術を受けた後、人生が変わり、明るく積極的になれたこと、肝臓移植のためにオーストラリアを訪れる患者の七〇%が日本人だとされており、いつまでも外国に頼り続けることには疑問があること、海外での移植は経済的に大きな負担がかかること、肝臓移植者として国内で初めて男の子を出産し、子供は免疫抑制剤の影響もなく元気に成長しており、移植を受けてよかったと感じていること等の意見が述べられました。
 最後に、牧師岸本和世君からは、臓器移植そのものには反対ではないが、臓器移植法案には基本的に反対であること、脳死を人の死とするか否かを法律で規定することに疑義を持っていること、死の判定が臓器提供の意思の有無で左右されることは好ましくないこと、竹内基準は見直しが不可欠であること、インフォームド・コンセントの確立していない我が国の医療の現状では、法案の「医師の責務」の規定程度では不十分であること等の意見が述べられました。
 公述人の意見に対し、委員より、臓器移植法案と刑法三十五条の正当行為との関係、臓器移植等について同意を要する家族の範囲、臓器移植に限り脳死判定をする場合の法的問題点、海外における臓器移植に依存している日本の医療の現状に対する諸外国の評価、臓器提供者の年齢の下限、修正案によって死の概念が二つ生じることへの法的評価、医師や医療に対する不信解消のための条件、参議院における審議のあり方、臓器売買その他臓器の商品化の可能性など多岐にわたる質疑が行われました。
 会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はこれにより御承知願いたいと存じます。
 以上で第二班の報告を終わります。
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竹山裕#5
○委員長(竹山裕君) これをもって派遣委員の報告は終了いたしました。
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竹山裕#6
○委員長(竹山裕君) 臓器の移植に関する法律案(第百三十九回国会衆第一二号)及び臓器の移植に関する法律案(参第三号)について、前回に引き続き質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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田沢智治#7
○田沢智治君 私は、自由民主党を代表して質問をいたしたいと存じます。
 本日、臓器移植に関する法案審議の日程が終局をすると聞いておりますが、人間の生死に関する重要法案である以上、もっと慎重に対応すべきであると思いますが、衆議院から送付されました日程が会期終了間近であったため十分な審議ができなかったことに対し、心から遺憾の意を表したいと存じます。
 今、臓器移植法案の総括質疑をするに当たりまして、中山案提案者そして猪熊案提案者の方々に対し心から敬意を表したいと存じます。
 申すまでもなく、政府は平成元年にいわゆる脳死臨調を設置し、およそ二年間の慎重な審議を経て、平成四年に脳死臨調が答申を提出されたのであります。その後、今日に至る間、移植を必要とする患者の約八千人が亡くなっていることも事実であり、患者、家族の悲痛な訴えとともに悩み苦しんだことも私たちの心情の中におさめておるのでございます。
 私たち生命議連は、中山会長を中心にこの現実を直視いたしまして、国会では、この脳死臨調の答申を踏まえ、脳死及び臓器移植に関する各党協議会を設けて、その場で国民各界各層と国会議員の間で幅広い議論を積み重ねて、立法に向けて努力をしてきたのでございます。長期にわたる検討した経過を踏まえて成案をまとめ国会に提出したという経緯がございます。
 他方、いわゆる猪熊案は、中山案がまとめられた経過で積み重ねられたような国民各界各層の議論の集積をいつどのような過程の中で検討されてこの法案を提出したか、まずもってお伺いしたいと存じます。
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猪熊重二#8
○委員以外の議員(猪熊重二君) 私たちがいわゆる対案を提出しましたのは、中山案の抱えている矛盾というか非合理性というか、そういうことを考えた結果として対案を提出したわけです。
 要するに、中山案は、脳死は人の死であるということを一般化して、その上での臓器移植法を法案として作成されたわけです。しかし今、田沢先生おっしゃいました脳死臨調も、脳死を死とする社会的合意は存在するということをいろいろ述べておられるわけですけれども、その場合にしても、必ずしも世論調査の数字が正しいわけじゃありませんが、脳死をイコール死と認める者が四四・六%、これを否定する者が二四・五%という状況のもとにおいて、脳死を死とする社会的合意はあるという結論を出された。その結論に乗っての中山案ということになりますと、私たちの立場からすれば前提において間違っているんじゃなかろうかということからこの対案の検討を始めたわけです。
 脳死を死とする社会的合意があるかないかという問題は、ただいまも申し上げましたように、単に多数決の問題ではないとはわかっておりますけれども、しかしその脳死臨調の調査の後から今日までの世論の動向を見た場合にも、脳死を一般的に人の死とする国民の皆さんの数は五〇%から一番多いときで六〇%、つい最近だと四〇%台に落ち込んでいると、また脳死を人の死と認めないという国民の皆さんの数もやはり三〇%、四〇%というふうに動いております。
 結局、脳死を人の死としていいのかということに対する国民の確定的な見解はない。要するに、国民の心は揺れ動いているということを前提にして、脳死を一般的に人の死とすることなしに、しかし社会的な法律的な事実として臓器移植を求める人と臓器提供してもよろしいという人との、この国民の中に存在する二つの方々のために、その両方のかけ橋というか橋渡しというか、それに資するだけの法律をつくったらどうだろうということで対案を提出した次第です。
 以上です。
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田沢智治#9
○田沢智治君 ただいまお話を承りましたけれども、当特別委員会の公聴会においても、当事者である患者さんや医師会、医学界にはほとんど賛成される方がいないように思われておるのでございます。
 それは、猪熊案の第七条に脳死状態の人を死でないとした上で心臓などの臓器の摘出を認めることに法文上なっており、脳死状態を生きている人とし、心臓などの臓器を摘出した瞬間患者が死亡することになります。猪熊案では、臓器を摘出する医師はみずから手を下して患者を死に至らしめることになるので、そのような行為は医の倫理に反すると考える医師は数多くあります。
 また、猪熊案では、心臓などの臓器の提供を受けようとすると、臓器提供者の生命を絶たなければなりません。多くのレシピエントは、みずからの延命のために他の患者を死に至らしめること、このような行為を受容することはできないということを申しております。
 衆議院における参考人の意見の陳述及び参議院の公聴会での意見陳述においても、移植を受ける方々の意見を拝聴しますと、移植を受ける側の患者としては、他人の生命を絶つことは非常に強い抵抗感があって、とても生きている人から移植を受ける気持ちにはなれないと陳述をしております。
 猪熊案においては、法律の目的は、移植を受けなければ助からない患者さんを救うことにあるとしております。しかし、移植を受ける患者さんがちゅうちょするような、あるいは倫理的に苦しい思いをするような、基本的な部分でこの法案には大きな問題点があるのではないかと私は思うのでございますが、猪熊案の提案者に御見解を伺いたいと存じます。
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大脇雅子#10
○大脇雅子君 私どもは、一律に法律で脳死を死と定めるべきではないという基本的な考え方に立っております。したがいまして、そうすることによって人権の享有主体としての脳死状態にある人という考え方をとることになります。その結果、他の法律との整合性の問題もそこで解決をされるというふうに考えております。
 死体からしか臓器を受け取るという気持ちになれないというお言葉がありますが、その方たちも愛と命を受け取っているんだというふうに述べておられますから、臓器を提供するという本人の意思を尊重し、その臓器を提供するという自己決定権、命の終えんに対する人間の尊厳に立脚したその思いというものをもとにいたしまして、臓器を提供する意思がある場合には違法性を阻却するという考え方を持っているわけであります。そういう意味で、抑制的になることはございますが、まさにそれが法案の命であると考えております。
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田沢智治#11
○田沢智治君 ただいまの説明では私は理解しがたいのでございます。猪熊案では、脳死状態を特別な状態として、本人の意思があれば臓器を摘出することも許されるとおっしゃっておりますが、そうなると、同じく生きている者でありながら脳死状態にある者と脳死状態にない者との間に生命の価値の差を設けることになり、結果として人間の生を二つに分けることになると思うのであります。
 このような考え方は、等しくあるべき生命に軽重をつける考え方であり、一歩間違えば、ある一定の状態にある特定の生命を軽視することにつながりかねないと懸念されるのであります。
 私は、そういう意味でこの点についてどうお考えになられるか、猪熊案の提案者にお伺いをいたします。
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猪熊重二#12
○委員以外の議員(猪熊重二君) 今、先生がおっしゃられたような批判が、いわゆる違法阻却説に対していろいろ言われていることは私も知っております。しかし、私たちが出した法案は、ドナーの命が軽くてレシピエントの命が重いというふうなこととは全く無関係であります。
 それはどういうことかというと、例えば正当防衛の場合に、加害者がいて、ここに加害者の攻撃によって今危機に瀕している人がいるというときに、第三者である私がこの加害者を射殺した場合に、私は他の要件があれば正当防衛として別に犯罪にも何にもなりません。なぜか。それは、加害者の命が軽いから殺していいんじゃないんです。また、被害者になる可能性のあるこの被害者の立場にある人の命が重いから、だから加害者の命を殺して被害者の命を助けた、この命は軽重があるというふうなことは正当防衛論において全く論じられていません。当然のことなんです。加害者の命も被害者たるべき者の命も、命に差があるから、だから加害者を殺していいんではないということ。加害者の行為が社会的に許されないから射殺されてもやむを得ないという社会的評価があるはずです。これと同じように、例えばドナーとレシピエントの命の差があるから、だからドナーの命を終わらせてもいいというふうなことは私たちは全然考えておりません。
 どういうことかというと、ドナーが自己決定に基づいて、脳死状態に陥ったら、その正当な要件のもとの脳死判定を受けて回復の見込みがないということをみずから納得したときには、私にもし世の中に役に立つことがあればということの本人の自己決定を尊重し、またレシピエントの臓器をいただいてもっと生きたいという、両方の命を、特にドナーの自己の生命の尊厳に対する自己決定を尊重しようということでこういうことを考えましたので、ドナー、レシピエントの両方の命の差というのは全く私はそういうふうなことは考えてもおりませんし、この法案がそういうことを意図しているとか結果しているというふうな御意見は、まことに申しわけありませんけれども田沢先生と見解を異にしますので、よろしくお願いします。
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田沢智治#13
○田沢智治君 法務省にお伺いしますが、臓器移植に関して、脳死状態に陥った患者を被害者として医師が殺人罪で告発された事件が数あると思うんですが、現在どのくらいあるかお教えください。
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藤田昇三#14
○説明員(藤田昇三君) 御説明いたします。
 法務当局において把握しておる事件といたしましては合計九件の事件がございます。
 内容的に大別いたしますと、臓器移植・摘出行為自体によって患者を心停止に至らしめたものとして告発をされたものが五件、人工呼吸器の取り外しなどの臓器摘出のための準備行為によって患者を心停止に至らしめたとして告発されたものが四件でございます。
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田沢智治#15
○田沢智治君 もう一問お伺いします。
 ある人の生命を救うために他の者の生命を犠牲にすることが刑法上許される場合があるのか。現在審議されている法案についての問題とは別に、一般論としてお答えいただきたいと存じます。
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藤田昇三#16
○説明員(藤田昇三君) 刑法上、一定の緊急状態において行われた行為につきましては、刑法三十六条に定めております正当防衛、あるいは刑法三十七条に定められております緊急避難として違法性が阻却されることがございます。
 ちなみに、この正当防衛あるいは緊急避難として違法性が阻却されるかどうかということにつきましては、急迫不正の侵害であるかどうか、あるいは緊急性があるかどうか、行為の必要性や相当性の有無等につきまして個別具体的な事実関係に基づいて総合的に判断されるものでございまして、かつその判断につきましては保護法益が人の生命にかかわる重大な問題でございますから、慎重な検討が必要とされるものと考えております。
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田沢智治#17
○田沢智治君 ただいま法務省から御答弁がありましたが、人の生命にかかわる問題であるから慎重に検討されなければならないとの答弁であります。
 私は、猪熊案の中の脳死状態の人が加害者としての位置づけというのはおかしいのであって、動けない人間がなぜ加害者になるのか。そういうようなことを思うとき、やはり刑事上許されるものと考える視点に立った立法化については大変疑問が残ると私は思います。
 脳死が人の死であるかどうかについては、国民のほぼ半数が脳死を人の死として受け入れるとする反面、約半数が脳死をもって人の死とすることに疑問を感じているというのは間違いなく実態であろうかと思うのです。理屈では割り切れない国民感情があることはやはり認めなければならないと私も思っております。
 猪熊案は患者の自己決定権の尊重を徹底して主張されておりますが、そうであるならば、本人が脳死をもって人の死と考え、自己の立場においても脳死は人の死とする意思を明確にしている場合にまであえて脳死状態を生きている人とする必要があるのかどうか。これはやはり疑問が残るのではないかと存じますが、いかがですか。
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猪熊重二#18
○委員以外の議員(猪熊重二君) 今、先生がおっしゃられた意見は、私もある意味においてそういうことも考えなければならぬなとは思っております。
 それから、先ほど私が正当防衛の場合を申し上げたのは、今のような場合と同じという意味ではなくして、命の軽重を認めているということではないですということの例として申し上げましたので、正当防衛の場合と今回のドナー、レシピエントの問題が同じ位置づけであるということを申し上げたのではございませんので、よろしく御理解いただきたいと思います。
 それで、今、田沢先生からおっしゃられたことは非常に難しいことで、もし自己の生命に対する自己決定権を尊重するということをもっと推し進めれば、脳死判定されて脳死状態に陥ったときは、私は脳死者として死者としてもらってよろしいという意思表示があればそこまで認めてもよろしいのではないか、こういう御意見で、確かに本人の自己決定というものを究極に推し進めていけばそういう考え方も当然あり得る。
 ただ、そこで問題なのは、そうすると人の死の類型に二つの類型を認めることとなるというところが非常に問題だろうと思うんです。私たちの案は人の死は心臓死というか自然死というか三徴候死というか、その一つであるというふうな立場に立っております。いわゆる中山案は一般類型としての死の類型を二つに認めております。
 今、田沢先生がおっしゃったように、本人の自己決定に基づいて私は脳死を死でいいという人には死にしたらどうかといった場合に、その場合にも死の類型を二つ認めることになるということの妥当性等についてなお検討する必要があると思いますが、確かに、先生がおっしゃられたように、自己決定を究極にさらに一歩進めれば脳死状態をその人の死としてもよろしいんじゃないかという御意見はなるほどということでいろいろ検討させてもらいたいと思います。
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田沢智治#19
○田沢智治君 時間がなくなりましたが、中山案においては、第三条に「国及び地方公共団体は、移植医療について国民の理解を深めるために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」とされております。この規定を修正することはないと聞いておりますが、もしそうであるとするならば、国民が臓器移植については実際公正公平に行われるのであろうか、医療技術の高度化、移植医療の高度化等を含めてやはり進捗状況等に強い関心を持っていろいろの意見を提言してきておるのが実態でございましょう。
 そこで、国民の立場から私は提案を申し上げたいと思うのでございますが、移植医療の進捗状況と政府の施策を明らかにした年次報告、これは国会に毎年報告すべきであろうと私は思うのです。移植医療の学術的な報告は移植関係の学会で報告されておりますが、研究論文や学会の発表などでは移植医療についての国民の理解を深めることはできません。ぜひ政府の責任において、国民への理解を深めようとするならば、移植医療の進捗状況というような資料をやはり情報開示の方向で国民に公開することが私は大切であろうと思うのであります。
 人工臓器等の開発も国民は望んでおるように思うのでございます。また、臓器配分機構のあり方について透明で公正公平に運営されている実態等について、国がそういう意味において関与すべきところがあるとするならば関与すべきであるし、現在国がどういうような状況でこういうものに対処しておられるのか、まずもってお聞かせをいただきたいと存じます。
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中山太郎#20
○衆議院議員(中山太郎君) 田沢委員御指摘の、移植の法案が通った後、移植でどのような人たちがドナーになり、どのような数が行われた、どのような種類の移植が行われたということを、公平公正に行われることを確保するために国会に報告しようという先生の御提案には賛成でございます。
 次に、移植医療に関する臓器の配分の公正公平という問題で、臓器配分のネットワークをいかにすべきかという御議論はほとんどなされておりません。これは非常に重要な意味を持っておりまして、各国におきましてもこの臓器配分の機構というものはどうあるべきかと。例えば、アメリカのUNOSのような場合には、臓器提供を受けられる方々が二百ドルの登録料を払ってレシピエントとして登録される、そういったようなこと。それから、これを管理する管理機構の問題。それから、配分する人の感情というもの、人間関係を一切入れない科学的なフィッティングを行う、こういうことが原則でございます。
 この法案が成立をいたしました後は、この問題につきましては所管官庁である厚生省の現在の腎移植ネットワークでは私は十分ではないと考えております。これにつきまして、今後さらに法律の実施までに私どもは国民が見て納得のできるような臓器配分のシステムを我が国に確立しなければならない、また国会は絶えず臓器配分のシステムについて監視をするべきであろうと思います。
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田沢智治#21
○田沢智治君 厚生大臣。
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小泉純一郎#22
○国務大臣(小泉純一郎君) 移植医療については、国民の理解、そして信頼を確保していくということは大変重要だと思っておりますので、今後移植分野における情報についてはできるだけ公開していくという方向で努力をしていきたい。御趣旨については賛成であります。
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竹村泰子#23
○委員以外の議員(竹村泰子君) 田沢先生のおっしゃるとおり、まことに重大なことでございますし、私どもがお聞きしている限りにおいても現況といたしまして憂うべき事例も幾つかございます。ですから私どもは、政府の施策についてということで厚生大臣今お答えになりましたけれども、本当に厚生省、厚生大臣の責任は非常に大であるというふうに思っております。当然国会への年次報告はあってしかるべき、ぜひそうあってほしいというふうに考えております。
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田沢智治#24
○田沢智治君 厚生省。
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小林秀資#25
○政府委員(小林秀資君) 田沢先生の御質問の中にありました臓器の公平公正な配分というお話でございますが、中山先生からも今お答えがありましたように、私どもとしても国民の貴重な臓器を本当に公平適正に分けることが大変大切ということで、同様に考えております。
 そして、現在は腎臓につきましては腎臓移植ネットワークというものを平成七年の四月からオープンさせまして、ここにおいて全国統一的に白血球の血液のタイプ別だとか、そういうことをきちっと見て、そして分けておるところでございます。
 心臓、肝臓についてはこういうネットワークがまだできていないわけでございます。中山先生はここについて大変御心配をいただいたわけでございますが、我々としてはここを何とかきちっと整備して、そして国民の期待にこたえる、国民が安心して臓器を提供いただけるようなシステムづくりをやらなくちゃいけないと思っております。現在、腎臓移植ネットワークというものがありますので、それを活用し、それを基盤として多臓器ネットワークの整備に向けて全力を挙げてまいりたい、このように思っております。
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山崎順子#26
○山崎順子君 平成会の円より子こと山崎順子でございます。
 私は、脳死を人の死と定義していいのかということに大変疑問を持っておりまして、またそれをこういう立法府で決めなければいけないことにかなり危機感を持っております。
 そうした立場からきょうまた御質問させていただきたいんですけれども、まず、なぜ脳死を人の死と定義してはならないと思っているかと申しますと、私たちは、脳機能の全体がまだ完全には知られていないし、完全な測定もできていないと思っているからでございます。脳の機能というものは解明し尽くされていませんし、基本的な諸感覚までを脳死状態である人が完全に失っているかどうか、これも解明できていないと思います。また、脳死者には意識がないと決めつけることもできませんし、人の生命を脳の機能の問題に還元してしまうことも誤りではないかと考えております。
 そしてまた、近親者により生きている人として認識されているときには、たとえ医者がその人は脳死だと言っても、そこには社会的コンテクストにおける個人が存在しておりまして、やはり脳死を人の死とは認めてはいけないのではないか。また、死んでいるかどうか疑わしい場合、そうした者は生きているとして保護するのが原則ではないかと考えております。
 そういった意味で、中山案と同じ脳死した人ということであるとしても、脳死状態という形でその人は生きているとして考えるという猪熊案に賛成して今まで何度も質問をさせていただきました。そして、きょう総括質疑ということになりまして、いずれの法案が通るにしましても詰め切れていない部分がかなりあるのではないかということを心配いたしまして、きょう幾つか質問をさせていただきます。
 まず、中山案の提出者にお伺いしたいのですけれども、もし脳死判定をしますとその時点で死亡宣告がなされるのか。その場合に、臓器提供者、臓器を提供してもいいという善意の意思のある方、またその意思のない方の場合では違ってくるのか、そのあたりについてお伺いしたいと思います。
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矢上雅義#27
○衆議院議員(矢上雅義君) 山崎議員の質問にお答えいたします。
 まず、脳死判定は臓器提供を予定しない場合についても家族の同意が得られれば行われるものでありますので、臓器提供とは関係のない一般的な脳死判定につきましては、一般的に認められている医学的知見であるいわゆる竹内基準により判定されると思います。その場合、死亡宣告の時刻は、第二回目の判定を行い判定項目のすべてを満たしたことを確認したときになるものと承知いたしております。
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山崎順子#28
○山崎順子君 ちょっとわからないんですが、臓器提供者で家族の同意があればそこで脳死判定をして死亡宣告が出ますね。そうすると、意思のない方の場合は死亡宣告はいつになりますか。もう一度そこだけお答えください。
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矢上雅義#29
○衆議院議員(矢上雅義君) 医療の現場におきまして治療行為、診療行為の一環としてお医者様から家族に説明がなされまして、そこでインフォームド・コンセントをなされまして、きちんとした上で判定が行われますとすると、第一回目が済みまして第二回目の判定後、すべての項目を満たした状態、満たした時刻に死亡宣告がなされると思います。
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