山崎順子の発言 (臓器の移植に関する特別委員会)

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○山崎順子君 平成会の円より子こと山崎順子でございます。
 私は、脳死を人の死と定義していいのかということに大変疑問を持っておりまして、またそれをこういう立法府で決めなければいけないことにかなり危機感を持っております。
 そうした立場からきょうまた御質問させていただきたいんですけれども、まず、なぜ脳死を人の死と定義してはならないと思っているかと申しますと、私たちは、脳機能の全体がまだ完全には知られていないし、完全な測定もできていないと思っているからでございます。脳の機能というものは解明し尽くされていませんし、基本的な諸感覚までを脳死状態である人が完全に失っているかどうか、これも解明できていないと思います。また、脳死者には意識がないと決めつけることもできませんし、人の生命を脳の機能の問題に還元してしまうことも誤りではないかと考えております。
 そしてまた、近親者により生きている人として認識されているときには、たとえ医者がその人は脳死だと言っても、そこには社会的コンテクストにおける個人が存在しておりまして、やはり脳死を人の死とは認めてはいけないのではないか。また、死んでいるかどうか疑わしい場合、そうした者は生きているとして保護するのが原則ではないかと考えております。
 そういった意味で、中山案と同じ脳死した人ということであるとしても、脳死状態という形でその人は生きているとして考えるという猪熊案に賛成して今まで何度も質問をさせていただきました。そして、きょう総括質疑ということになりまして、いずれの法案が通るにしましても詰め切れていない部分がかなりあるのではないかということを心配いたしまして、きょう幾つか質問をさせていただきます。
 まず、中山案の提出者にお伺いしたいのですけれども、もし脳死判定をしますとその時点で死亡宣告がなされるのか。その場合に、臓器提供者、臓器を提供してもいいという善意の意思のある方、またその意思のない方の場合では違ってくるのか、そのあたりについてお伺いしたいと思います。

発言情報

speech_id: 114014604X00719970616_026

発言者: 山崎順子

speaker_id: 2161

日付: 1997-06-16

院: 参議院

会議名: 臓器の移植に関する特別委員会