守住有信の発言 (逓信委員会)

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○守住有信君 自民党の守住でございます。
 きょうは、電気通信事業法、その他コモンキャリアと言われているNTT法、KDD法の一部改正、これについて御質疑したいと思います。
 その前に、きのう、参考人で三人の方から十分この委員会で御意見等、質疑もありましたけれども、聴取したわけでございます。その中で、三番目の方が一橋大学経済研究所の教授鈴村興太郎さん、一方では公正取引委員会の情報通信分野競争政策研究会というのがありまして、それの会員もしておられまして、この方の御意見が非常に興味深かったわけでございます。
 制度論としての結論はそうなっておりませんけれども、今後この方の御意見を郵政省、政府側として十分会議録も読んで、今後の法の運用という面で、公正取引委員会、根來委員長以下、かつての法務次官でございましたけれども、公正取引、公正、透明とか理念がいろいろ言われます、その実行行為をやっている最大のシンボルが公正取引委員会でございます。そのメンバーのお一人でもあり、学問的にも経済政策的にもずっと勉強しておられる方です。結論は別でございますけれども、しかし、特に公正、透明、公平な競争原理の導入どいうものの中で、この方の御意見というものを政府委員以下、各クラス、各課長まで十分読んでいただいて、この法の執行という面で、今後の法の運用、その中でこの方の考え方、御意見というものを十分入れて公正な法の運用に当たっていただきたい。
 これは小さい話だけれども、ドコモの問題でも公正取引委員会から指摘を受けておることは御承知でございましょう、事実上独占ということでね。子会社の方ですな。データとドコモ、二つの大きなNTTの子会社だけれども、その運用面において、マスコミ報道ですけれども公取から指摘を受けておる。そういう事実もあるわけで、今後この改正法、大きな基本的な第二の改革でございますけれども、それを公正に行政が執行していくときに、運用面についてですけれども、この方の御意見を十分そんたくして研さんしてやっていただきたいということをまず冒頭お願い申し上げておくわけでございます。
 それからもう一つ、この方のレジュメがきのう出ておりまして、「意見陳述 鈴村興太郎」ということでずっとありますが、その最後のところで、
  (2)今回の改革の骨格は、世界の通信大競争に取り残されることを懸念した橋本首相が、NTTの国際進出解禁を郵政省に指示したことがきっかけとなって、郵政省とNTTが協議を経て合意した案に沿って作られたと報じられている。規制機関と被規制企業の延々十四年間にわたる不毛な対立に、政治が指導力を発揮して終止符を打ったといえば平仄があうが、昨年春の最終答申を作成した電気通信審議会のメンバーでさえ、この決着のプロセスと内容を関知していないと聞く。この点からみても、今回の決着方法には、公共的意思決定の仕組みとして問題が多い。国政の最高意思決定機関として、重要な懸案事項に関する意思決定を規制機関と被規制企業の協議に委ねる手続きを看過せず、公開性・透明性・手続き的公平性を備えた公共的意思決定の制度的仕組みを構想・設計する重要な作業に、是非とも今後邁進していただきたい。
 こういうのが最後に御意見として書かれていたものでございます。こういうことをお聞きしたり読んだりするにしても、今後の、金融の方はビッグバンに向かっておりますけれども、長い間の情報通信体制の新たな、私も電電公社の民営化をやった張本人でございますけれども、それ以降の流れというものが、宮津さん、社長も二代目でございますな、その流れを、電気通信ばかり私はやるわけにいきませんもんですから、地方区議員ですから農業問題や建設や地方自治の問題にいろいろ関係してきましたけれども、十四年間、しかし絶えずそれが念頭にあったわけでございます、この問題が。百点かどうか評価は別にいたしまして、やっと今までの状態から一歩脱皮して大きく飛躍するチャンスが出てきた、こういう評価も私はいたしておるわけでございます。
 それから、せっかくNTTもお見えですから、私は役人時代から、その後も逓信委員会におりましたときも、一体電気通信のスタートは何であったか。実は電信なんですな。電信がスタートですよ。郵便は前島密といって、非常にいろんな歴史的なあれが絶えず後輩に向かって、後輩もじゅんじゅんと次の世代に申し送りをしております。歴史の原点、電信のスタートは志田林三郎、御承知ですな。
 私がかつて、電気通信のスタートは、最大の功績者はどなただと聞いたら余り知らなかったですよ。やっぱり歴史、発展形態というものを踏まえて、そして新しい技術革新からこうなっていく高度化時代。しかし、そのときもやっぱり一遍原点に戻る必要があるんですよ。
 シンボル的には志田林三郎、御承知かと思いますけれども、皆さん方にもお教えしておきます。同じ九州は佐賀県多久市の生まれ、幕末でございます、東大なんかなかった時代、百姓の子の生まれだけれども、佐賀藩が学資を出して東大の前身に出してやって、そして電信に関心を持たれてイギリスに留学された。郵政大臣にも申し上げておきますけれども、当時、逓信省というのはスタートからあったわけじゃございません。郵便は農商務省の一部、農林系、それから電信は今で言う通産ですな、商工の流れの一部。
 それで、あの方が局長ぐらいの時代かな、郵便局と電信電話との合体の議という提言をなさいました。そして逓信省の初代の電信局長。事務次官が前島密、郵便の父。そして大臣は、例の明治維新のとき御活躍なさいまして北海道でも最後の戦いをやられた榎本武揚が大臣で、電信局長が志田林三郎。そして、みずからその電信と郵便の合体の議というものを唱えられまして逓信省ができて、郵便局で電信もやる、電話もやるという明治時代の発展の流れがずっとある。
 そしてその後、例の戦後、国鉄公社、専売公社、公社制度が占領時代に導入されました。当時は逓信省から郵政省、電気通信省。電気通信省がそのまま電電公社になった。
 こういうことで私も歴史学に関心がありますのでずっと調べていったら、当時郵政省では電気通信監理官、監理官というのがありまして、電気通信局じゃないんですよ、監理官。そして、お一人は電電公社から監理官を迎える。もう一人は電波の技術屋が参る。二人。それであとは、課長クラスは課長と言わないで参事官と言うんです。固有名詞がついたんです。だから、わかっているのは電電公社とKDDだけだ。ユーザーの世界も新しい世界も全くわからない。監理官室、個人の名前がついておる。何の仕事をしているかわからない。個人の参事官、固有名詞の看板がついておる。
 その後私、電気通信の初代の政策局長になって、例えば大蔵省に行く。主計局がある。運輸、郵政の担当主計官。廊下に額縁が出ておる、郵政・電電係。片や向こうは国鉄ですよ。ところが、運輸係、運輸・国鉄係なんというのは看板も出ていない。電電公社がそのまま直に主計局と予算の編成、こういう時代。だから、監理官制度なんてはっきり言ったら電電公社の上に乗っかっておると私は言っておった。大ガメこけたら子ガメがこけてなんて言い方をしておった。大ガメとは巨大なコングロマリットの電電公社でございます。
 時間がないから入り口はこの程度にいたしておきますけれども、やっぱり温故知新で、新しい変革に向かって挑戦していく、国際社会に向かって国際電気通信。そのときに、やっぱり国家、国民、歴史というものを踏まえてやっていただきたい。こういう思いでございますので、それを冒頭申し上げました次第でございます。
 今まではNTTとKDDの参考人でございますけれども、せっかく十二年前から新規参入が、略称して言えばNCCですな、そのNCCにも国際へ出ておられる企業体の方と国内で苦労してやっておられる方と両方おられますので、きょうは、それぞれ代表という意味でお二人、参考人としてお呼びしたわけでございます。
 今までは両方から、あるいはきのう三人の学者の方々から、新規参入の事業体の代表もおられましたけれども。それぞれみずから経営責任をとってこの十年近く社長として、あるいは業界代表としてやっておられる。今度の法律案について、特に今後の法の運用というか運営、これにつきまして、それぞれ政府側なりあるいは今までの巨大な事業体側にいろいろ御意見なり御要望なりおっしゃりたい点を、これは会議録に残りますので、今の瞬間だけじゃありません、後世代に残るという意味で、時間がないから絞って御発言をいただきたい、あるいは御要望をいただきたい、こう思う次第でございます。よろしくお願いします。

発言情報

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発言者: 守住有信

speaker_id: 7127

日付: 1997-06-12

院: 参議院

会議名: 逓信委員会