小野清子の発言 (文教委員会)
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○小野清子君 ありがとうございます。
人の痛みを分かち合う、あるいは命を大切にする等々、私は共同・寮生活などというものがこれから考え直されていかなければならないんじゃないかと思うんです。例えば中高一貫教育というものが今提唱されておりますし、また、人の心の痛みがわかるようにという免許法の改正もしましたけれども、教員がただそれを実体験することだけではとてもとても教え切れるものではない。
そういう意味では、例えば中高一貫教育の中において、ある時期、半年くらいは寝食をともにして、やっぱり親友というもの、本当に信じ合う子供をお互いがっくり合えるような状況でなければ、家の中が空っぽで、このA君にしても、自分の部屋に入って、このときだけが心休まるなどということを言っているのを見ますと、ある意味では大変気の毒だと思います。ですから、気ままな自由を個室で満喫している悲劇が今回の悲劇ではないかと私は思います。共回生活というのは一見窮屈なんですね、他人に気を配らなきゃなりませんし、我慢しなきゃならない。しかし、集団生活のもたらす別の意味でのバイタリティーというものはすばらしいものがある。そこにやはり感動とか、?りさを乗り越える克己心とか、まさに生きる力というものが生まれてくると思うんです。
私は、今回のことを通して、これからの学校教育の中における社会教育の接点としてのこのような共同部生活環境というものをぜひつくっていくべきではないかと思いますけれども、いかがなものでしょうか。