有本章の発言 (文教委員会)
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○参考人(有本章君) 今申されましたように、チュートリアルというような制度はイギリスで非常に発展しておりまして、チューターがきちっとマンツーマンで教育をするわけでございます。これをやるためには学寮型というか、かなり大学の規模が小さいということ、それから教育に比重を置くということでございます。リベラルアーツを中心にしてイギリスからアメリカのカレッジあたりに継承されてきた流れでございますので、日本は旧制の高校あたりではあったと思うんですが、今は非常に大衆化しておりますので、ここのところをきちっとやっていこうとすれば、先ほどの話じゃありませんが、かなり大学にお金をかけて、それで規模を小さくして教員をふやしてやっていくということが必要になろうかと思います。
これが難しいということになりますと、先ほど言いましたように、教育というところにできるだけ比重を置いて考えるという発想の転換をある程度やらないといけないんじゃないかというふうに思います。
任期制というのはそういう点とどういうふうにかかわってくるかということになりますが、先ほど言いましたように研究のところに比重を置きやすい傾向がありますので、それはやはり評価システムというようなものを入れて、そこの中で総合的に考えていく必要があるんじゃないかなというふうに思います。
それから、教師にとって魅力のあるということは、やはり自分にとって専門分野の研究ができ、そして若い人たちに教育ができるということでございますので、教育研究がきちっとできるということでございますので、任期制というのはそういう点で、先ほど講座制の話をしましたけれども、一つの大学にずっと初めから終わりまでいて純粋培養ですから、できるだけ同じ属性の者が多数を占めるようにしていくわけでございます。だから異質な要素をできるだけ排除するわけです。外国人の教師とか、それからほかの大学の出身とか、そのほかいろいろ、さっき女性も出ましたが、こういったようなものを今まではできるだけ少なくしたと思うんです。そうじゃなくて、今からは多様な組み合わせの中でやっていくということで、これはそういう風土ができておりませんから、これを切りかえるというのは非常に難しいところがあります。
だから、任期制というのはある意味で先導的にそういうものを活性化していくという意味で評価をしているわけでございます。これが中ができてそれを入れるということになりますと、百年河清を待つごとし、もう百年かかっておるわけですから、これから百年たってもできないわけです。
だから、欧米では少なくともそういうことをきちっとやってきたわけですから、そういう国際化が非常に今から進んでいく段階では、今言ったように通用性、互換性というものを持たせていくということが、大学教員にとっても将来的には長い目でみれば非常にやりがいがある、魅力があるものになっていくということじゃないかなというふうに思います。学生にとってもその方がいいし、教員にとってもその方がいいと。ちょっと意識のギャップがございますから時間がかかると思いますけれども、私はそういうふうに今からはしていかないと、やはり日本は今までのようなパターンで終始していくということになるんじゃないかなというふうに思います。