田中眞紀子の発言 (文教委員会)

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○衆議院議員(田中眞紀子君) 交流体験ということを考えておりますけれども、介護というのは、介護福祉士さんとか、かなりやはり専門的な技能を要するものです。そういうときには、今、小野先生が危惧を示されたようなことが受け入れ側も、それから本人も、それから生徒さん自身も非常に負荷がかかると思いますので、そういうことではなくて、具体的には例えば本を読み聞かせてさしあげるとか、話し相手になるとか、配ぜんの手伝いをするとか、お花を生けるのでもいいですし、おむつをたたむというふうなことでもいいと思うんですね。
 要するに、自分自身が参加をしていくことによって、相手に迷惑をかけない範囲内で自分が何ができるかということに自発的に参加をしていくことでありまして、じかに資格もない人が突然わあっと迷惑も考えずに行って、患者さんを起こしたり引っ張ったりしょうとか、そういうことでは決してありません。車いすの動かし方一つにしましても、リフトアップするとかいろんなやり方がありますし、ベッドも、ギャッジアップをするとかいろいろ専門的なものが必要ですから、そういうことではなくて、自分のできる範囲でもって何をするか、これがいわゆる何度も言っている社会連帯のパブリックマインドでございまして、役所も、文部省だけではなくて、厚生省だけではなくて、学生も自治体も福祉施設もみんなが全員で、自分が何ができるか、そういう日本人をつくるために自分が何ができるかという志をみんなが持つ、啓発するきっかけにしたいということでありまして、危険な状態にしようというふうなことを毛頭思っておりません。
 それから、現実に教師にならなくても、こういう体験をした方が社会の底辺に広がっていくということが理想でございます。
 ですから、要は国民皆介護であるわけですけれども、ちょっと質問からずれますけれども、やっぱり学校の先生になる人はその影響力は大きいわけですし、本来でしたら、弁護士さんもお医者様も国会議員も、先生と言われる人がそれにふさわしい資質を持っているかどうかというのは大変大きな問題なわけですから、国民皆介護なんですけれども、まずやはり教職、特に心のやわらかい子供たちに接触をする先生は、先生を志す人たちは、せめてそういうことを自分で、人に迷惑をかけずに、自分なら何ができるかということを自分から積極的に能動的に働きかけていく、そういう心も自然に涵養されていくべきものではないかというふうに考えます。

発言情報

speech_id: 114015077X01719970610_014

発言者: 田中眞紀子

speaker_id: 23495

日付: 1997-06-10

院: 参議院

会議名: 文教委員会