小西芳三の発言 (外務委員会)

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○説明員(小西芳三君) 小西でございます。よろしくお願いします。
 ただいまペルー事件の教訓というお話がありましたけれども、これにつきましてはむしろ御質疑と申しますか、質問のところでお答えさせていただくという形にさせていただきます、時間の関係もありますので。確かにこの事件は大変なインパクトを与えていまして、いまだにいろんなところで人質その他後遺症は残っておりますけれども、それはできれば質問のところに回させていただきたいというふうにお願いします。
 私、七分間で三点申し上げたいと思います。
 一つは、フジモリ大統領は一九九〇年から七年間大統領を、これは二期目ですがやっておりまして、二つの大きな成果を上げている。一つは、それ以前のペルーの経済というのは、これは言ってみれば非常に混沌とした、インフレ率は四けたとか、外貨はもう払底するとか非常にひどい状況で、国民全体に対して大変な負担を強いるといいますか、希望のない状態だったわけです。フジモリさんが一九九〇年に選ばれて以来、いわゆるワシントン・コンセンサスと申しますか、ネオリベラリズムといいますか、現在の世界のマクロ経済政策の趨勢となっております政策をきちんと取り入れて、非常に強い意思を持って一部の抵抗も排しながら、特に第一期の五年間集中してその努力をやってきました。
 その成果が上がって、例えばインフレ率もことしはもう一けた台、九%ぐらいにおさまるだろうと。それから、外貨も大統領になった時点ではもうゼロというかほとんどなかったのですけれども、七年たった現在百億ドルの外貨というところまで来ております。それから、民営化ということを非常に積極的にやりましたので、長期の資本がどんどん入ってきております。
 それ以外にも、国営企業の民営化のみならず、やはりペルーは資源国ですから、その資源に対する投資がチリ、スペイン、米国、それから英国、最近はカナダも、近々カナダの工業大臣が来て多分四十億ドルぐらいの投資案件を発表するんじゃないかということで、経済のパフォーマンスをマクロで見ますと非常によくなってきております。それが第一点でございます。
 ただし、二期目に入りまして、今のワシントン・コンセンサスのマクロの経済政策をやりますと、途上国共通の問題点としてその政策で取り残される非常に重要な分野というのがあるわけです。それは貧困の問題であるとか失業者の問題です。フジモリ大統領は第二期に入って、九五年から政策の重点を、従来のものは続けながら貧困対策、それから失業者の救済といいますか、雇用をふやすという方向に努力の重点を移しております。ただ、この二つの問題は、マクロ政策の転換に比べまして実は時間もかかるし、非常に難しい問題です。そこで非常に苦労しております。そこでまた、日本の援助の必要性もあるということかと思います。それがフジモリさんが今直面している問題ということで第二点目です。
 三番目に、テロの現状がどうなっているのかということで、これは諸先生方関心があると思いますけれども、既に昨年の十二月十七日のあの事件が起こった時点で、実はフジモリさんの第一期のもう一つの大きな成果はテロ対策であったわけです。これは大成功をおさめた。それ以前の、例えば一九八〇年代の末からフジモリさんが大統領になっての二、三年間、これはリマ市内でほとんど毎晩のように爆弾が破裂するとか、もう何千という人が生命を奪われるというような、テロがしょうけつをきわめた時期があったんですが、これは、軍、警察の協力を得てはぼ九三年の半ばぐらいにはおさまったわけです。
 したがって、あの事件が起こるまで三年半ほど、一応ペルーのテロ、もちろん一つの流れはMRTAで、これはいわゆるカストロ主義と言われておりますし、もう一つは昔のも沢東主義に近いセンデロ・ルミノソ、これもほぼテロが終わったんじゃないかというのが一般的な認識であったわけです。
 しかし、テロについての情報収集というのはペルーの関係当局は十分やっていますが、やはり少数になったとはいえ残党が若干残っているわけでして、それが、今までのフジモリ政権のテロ対策に対して一種の自分たちの存在力を誇示するという目的があったと思いますが、ああいう事件を引き起こした。それに対してペルー側も大きな反省を持っておりまして、したがって内務大臣、警察庁長官、これは直ちに辞任、それからそれ以外の指揮系統にあった二十三名の関係者も今軍事法廷で裁判が続いております。
 現状はどうかといいますと、その後、対策をさらに強化しておりまして、MRTAの方はセルパに匹敵するもう一人の指導者が生き残っております。これはボリビアとペルーとの国境の間を行き来しているという情報をつかんでおります。それから、むしろこれからもし仮に何かあるとすれば、センデロ・ルミノソ、こちらの方が毛沢東主義で非常に手段も強硬ですから危険なんですけれども、これが一般的に今情報関係者の間で言われているのは、百八十ないし二十が、アンデスのどっちかというとボリビアに近いような地域の山岳地帯にまだ残っている。それに対するシンパが、シンパというのは自分は武力活動をやらないけれども便宜を図るというのが約千人ぐらい全国にいるんではないか。そういうのが現状でございます。
 以上です。

発言情報

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発言者: 小西芳三

speaker_id: 10126

日付: 1997-10-30

院: 参議院

会議名: 外務委員会