塚田千裕の発言 (外務委員会)

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○説明員(塚田千裕君) このような機会をちょうだいいたしまして心から御礼申し上げます。
 私は、ブラジルの最近の事情、日伯関係及び非常に大きな日系人社会がございますので、その日系人社会の状況等を中心にお話をさせていただきます。
 ブラジルは一九六四年から八五年まで二十一年間軍事政権が続きました。その後、民主制になりまして現在に至っております。現在のカルドーゾ政権は一九九五年にスタートしたわけでございますが、その前、大蔵大臣として有名なレアル・プランというものを策定いたしまして長年のインフレの克服に成功いたしました。経済はカルドーゾ大統領の采配によって立ち直ったというわけでございます。昨年はインフレが一〇%にとどまりまして、ことしはもっと低い、恐らく六%から八%でおさまるであろう、先進国並みの一けたのインフレにおさまる、そういうところまで戻ってまいりました。
 一方、いろんな意味でブラジルは大きな国になりまして繁栄をしております。安全保障理事会の改革、国連改革が進めば、ラ米からはブラジルが安保理の常任理事国に選ばれるであろうという展望が開けておりまして、ブラジル自身も当然それになりたいという気持ちでいろいろ活動をしております。
 インフレがこのようにおさまったというのは実に四十年ぶりのことでございまして、ブラジル人の八〇%は物価というものは毎日上がるものだと思っていたわけでございますが、四十年ぶりにそういう普通の国になったというわけでございます。
 一方、日伯関係でございますが、九五年は修好百周年、外交関係を持ってから百年を祝いましていろいろ行事がございました。昨年の三月にはカルドーゾ大統領が国賓として日本に招かれまして、国会におきましても演説をいたしたことは私どもの記憶に新たなところでございます。昨年の八月には橋本総理が中南米四カ国訪問をなさいました。ブラジルにお見えになられたのは八二年の鈴木善幸総理のとき以来、十四年ぶりでございました。
 さらに、ついこの間、史上初めて天皇、皇后両陛下がブラジルとアルゼンチンを訪れられまして、官民挙げての自発的な歓迎を受けて大きな成功をおさめられました。私もすべての行程にお供いたしました。特にサンパウロのサッカー場では七万人の大観衆のどよめく中で大変な歓迎を受けられまして、私も深い感動を覚えた次第でございます。全体としてブラジル社会には大きな感動を与え、また日系人社会には精神的励みになった、これでまた頑張ろうという気持ちを与えられたという日系人が多かったと私は思います。
 さて、その日系人社会でございますが、ブラジルでは百三十数万、六世までの日系人がございます。中南米全体ではペルー、アルゼンチン、メキシコ、ボリビア、パラグアイ、コロンビア、それぞれ数の大小の違いはありますが、全部まぜると百五十万人ほどの日系人がございます。この日系人社会の紹介をしたいと思います。
 六世まで出ておりまして、各界に人物を輩出しております。全体としてはおおむね安定的な生活を営んでおられる、あるいは繁栄をしていると言っていいと思います。また、ブラジル社会からも相応の尊敬を得ている、これを目の当たりにすることは、大使としてブラジルに駐在しておりましてこんなにうれしいことはございません。
 ただ、日系人社会も幾つかの問題点に遭遇しております。それを一、二御紹介したいと思います。
 一つは、一世が老齢化していることでございます。百三十数万の中で一世、つまり日本で生まれてブラジルに渡った人は今や十万人を切ろうかという数に減りつつあります。これは、ある意味では当然でございまして、ブラジルは一九七〇年代に移民受け入れ国であることをやめました。東京オリンピックのころは七千万の人口が今や一億六千万でございます。日本に追いついたのが私がブラジリアにおりました一九八〇年でございました。したがって、ブラジルは今や移民受け入れ国ではございません。
 一方、日本の方も高度成長以降、移民、移住者ということで外国に行く日本人はいなくなりました。そういうわけで、移住者の供給がございませんので一世は減る一方でございます。非常に寂しいと。
 一例を申し上げますと、天皇、皇后両陛下が移住六十周年、七十周年、二十年、三十年前においでになられたときはサンパウロで七万人のサッカー場を超満員にした歓迎会であったわけでございますが、今回は一万人規模のスポーツセンターでの会合であった。ただし、サンパウロの一つ南のパラナというところでは非常にまだ元気でございまして、サンパウロに負けない大歓迎会が行われました。こういう老齢化の問題がございます。
 二つ目には、日本語、日本文化の継承の問題がございまして、残念ながら二世三世四世と世代が下るにつれて日本語の能力が落ちていくのは当然でございます。それにつれまして日本のいろいろな純風美俗といいますか、いい徳目が失われていく、これは一世が嘆くわけでございますが、そういう問題がございます。
 三番目は、これも日本と同じなんでございますが、お年寄りがふえる、そうすると孤老と呼ばれるひとり暮らしの老人の問題、あるいはこういう老人をどうやって介護するかというのが日系社会の大きな問題でございます。
 四番目は、リーダーの交代の問題でございます。やはり日系社会を活力あるものにしていくためにはいろいろ活動をしなければいけませんけれども、団体をつくり、まとめ、事業をするためには指導者が必要です。ところが、顔となるような指導者が老齢化してどんどんかわる。二世三世になりますとやはり感受性が違ってきますので、今までのリーダーとは肌合いが違う。新リーダー、日本の方にも十分に顔を向け、なおかつブラジル社会の中でコミュニティーを引っ張っていくリーダーをどうやって養成するかという問題がございます。
 五番目に、ちょっと視点は変わりますけれども、日本へ逆にやってまいりまして就労するいわゆる出稼ぎの問題がございます。現在、二十万人とも言われております。これはペルーやボリビアからも来ておりますが、こういう人たちが日本でいろいろな問題に直面している、この問題がございます。
 日系社会は、以上申し上げたような問題に直面しておりますが、我々は何をしているかと申しますと、政府レベルではかってのような大量の移住者は送れませんけれども、青年ボランティアというような形で若い人に何らかの形で行ってもらってそのまま永住してもらう、あるいは企業進出があれば社員として行っていてブラジルが好きになって事実上永住してもらう、例えばそういう形のものがございます。あるいは日本語の問題につきましては、JICAだとか交流基金だとか、日本の都道府県、市町村あるいは日本の宗教団体、果てはことしから始まりましたNHKのケーブルテレビ、こういうようなものを通じまして日本語の維持発展ということに努めております。
 私もこのNHKのケーブルテレビを見ておりますが、これは大変なインパクトがございます。リアルタイムで放送されますので、私、職住接近でオフィスには二分で行けるのでございますが、朝九時、日本のNHKの夜九時の総括のニュースを見て、それから事務所に行きますので日本のことは何でも知って仕事が始められる、大変ありがたい状況でございます。これは私だけではなくてすべての日本人、日系人がブラジルでその恩恵にあずかっております。
 以上、総括、結びといたしまして、日系人は日伯関係の大きな外交資産、宝であると私は思っています。また、三世以降になりますと、三世は六四%が非日系人と結婚するということで、ブラジル人と血を分けた、国民同士血を分けた関係になっております。私はブラジルをいとこの国と呼んでおります。こういう国は恐らく日本はほかに持っていないんではないかと。これまた日本にとっての大きな武器ではないかと私は思っております。
 昨年の二月、カルドーゾ大統領に私、信任状を奉呈いたしました。そのとき、カルドーゾ大統領にこのように申し上げました。日本ではどんな日本人でも、家庭の中か、友達か、知り合いか、あるいは村のどこそこにはブラジルへ今行っている、こういう人がいるんだよと、そういう立場にあると。それは庶民だけではなくて、政界でも財界でも、偉い人でもみんな同じような状況、つまりブラジルはそれほど親しみを持たれている国なんですよと言ったところ、カルドーゾ大統領は莞爾といたしまして、それはいいことを聞いた、自分も日本を知ることがブラジルの政治家、ブラジルのリーダーの資格としたい、そのように努めたいと、こう答えておりまして、私は、このようなブラジルは非常に大事にしていかなくてはいけないんじゃないかと思って日夜励んでおります。
 どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 塚田千裕

speaker_id: 25565

日付: 1997-10-30

院: 参議院

会議名: 外務委員会