山本一太の発言 (外務委員会)
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○山本一太君 小渕大臣は私と同じ群馬県、上州の御出身でございまして、今私の地元では福田、中曽根総理に次ぐという期待を込めて第三の男、こういうニックネームで呼ばれているわけでございます。きょうはその地元の大先輩に、自民党両理事の御好意もありましたけれども、こうして外務委員会の場で初めて質問をさせていただくということで大変うれしく光栄に存じております。
いろんな意味も込めて、きょうは一時間ということでまず国連の話、特に安全保障理事会の改革の話とODAの話を中心にこれから大臣の御見解をいろいろ伺っていきたいと思うんですが、その前に一言だけ大臣を御激励申し上げたい、このように思っております。
大臣の国際舞台での本格的なデビューは八月の国連総会であった、このように思うわけでございます。私も一泊二日というかなり厳しい日程ではございましたが、大臣に御同行させていただきましてアナン事務総長、それから今度の新しいウクライナの総会議長、そしてまた私の元の同僚であった日本人職員との懇談等々、同席をさせていただき大変勉強をさせていただいたわけでございます。その現場にいた雰囲気、あるいはまたその後内外からのさまざまな情報を総合的に考えますと、率直に大変いいデビューを飾られたのではないか、このように思った次第でございます。
大臣がオルブライト長官と日米外相会議に入る直前に、ジョージタウン大学時代の恩師であった長官にお目にかかる機会がございました。もう一人、私の衆議院の盟友である河野太郎議員もやはりジョージタウンでオルブライト教授の授業をとった仲間でございまして、大臣がまず日米外相会議の部屋に行く途中で二人してオルブライト長官をつかまえて少しお話をさせていただきました。
そのときにオルブライト長官に、小渕外務大臣は今までの外務大臣とはやや重みが違いますという話を河野太郎と二人でしたところが、そのままお伝えしますが、いろんな方からそういうふうに聞いてきた、きょうは大変楽しみにしていますというふうにおっしゃって部屋に行かれたわけでございます。大事な日米外相の最初の遭遇も極めてスムーズにいったということはその後の大臣と長官の関係を見ていれば想像にかたくない、このように思っておるわけでございます。
日本外交は大変課題が山積しておるわけでございます。日米関係、日ロ関係、日中関係そして朝鮮半島の問題、テロの問題、国連外交の問題、大変難しい時期ではございますけれども、ぜひとも大臣が対人地雷全面禁止条約の署名で発揮をされたあのリーダーシップ、イニシアチブを用いていただきまして、外交を間違いのない方向に牽引していただくことをお願い申し上げたいと思います。そして、常任理事国入りについては、小渕外務大臣の時代に日本の常任理事国入りが決まったと、こういうふうに歴史に名前を残すような大臣を目指して頑張っていただきたいと思いますので、一言激励を申し上げたいと思います。
ちょっと激励の時間が予想よりも長くなってしまったんですけれども、早速質問の方に入らせていただきたいと思います。
今、日本では橋本内閣の行革が最後の正念場を迎えておるわけでございますが、大臣御存じのとおり、国連の行財政改革というのも長年にわたって議論をされてきたわけでございます。そして、国連の行革の一番の目玉が何といっても安全保障理事会の改革、安保理の改組ということになるわけでございまして、私はこの中で日本が常任理事国入りをするというのは極めて当然のことだ、このように思っているわけでございます。
例の枠組み決議もなかなか年内の実現が難しくなったというようないろんな状況を受けて、改めて大臣の常任理事国入り問題に対する御決意を伺いたいと思います。