横島庄治の発言 (国会等の移転に関する特別委員会)

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○参考人(横島庄治君) 昭和三十年代に磯村英一先生が唱えられたのは明確に遷都でございました。富士のすそ野に皇居を含めた遷都をしてはどうかという御発想でございます。その理由は、東京への一極集中をこのまま放置しておくと抜き差しならないものになるという都市計画家としての炯眼だったと思います。
 それはさまざまな理由でとんざするわけでありますけれども、亡くなられる直前に私、磯村先生とこの問題でお話をする機会がございました。磯村先生は遷都論を唱えた第一号目の主唱者だった、その先生が今反対をなさっているのは何ゆえなのかという御質問を申し上げたところ、実は、私は遷都なら賛成だけれども首都機能移転はまやかしだから反対だと、こうおっしゃっておりました。お亡くなりになられた今、そういうことをこういう席で申し上げるのは何かと思いますけれども、皇居との関係というものを磯村先生は非常に重く考えながら、皇居との関係を単純に切り離して首都機能ということが果たして日本的かどうかという御疑問があったと思います。
 今の鈴木先生のお話はまさにその裏の関係でございまして、磯村先生の理論は理論として、今のこれからの首都というものは、あるいは首府でもいいと思います、国家をすべて象徴するようなあらゆる機能を一括して持って、そしてこれが日本国でございますというふうに形で示すというようなことの必要性が求められている時代ではないと私は思っております。
 ですから、ごく能率的に行政の連絡がとれ、立法府としての役割が果たせ、そしてなおかつ申し上げさせていただければ、立法府と行政府がある意味ではよき対立関係にあって、そして立法府が独自にさまざまな調査データ、研究データをお持ちになって、あるときには立法府と行政府が相対立するような議論も繰り返しながら国のあすを考えていく、こういう姿が一番望ましいんではないか。
 そのためには、やはりある意味では立法府と行政府を部分的には機械的に分けるというようなことも非常に有効な一つの建設的措置ではないかと私は思っておりますけれども、そんなことも含めますと、電気通信によって、国会に立法府側の局長の答弁が要るならテレビで呼び出してもいいわけでございますから、国会と霞が関が離れても余り痛痒はないはずでございます、行政、企画立案部門がくっついているわけですから。
 そうなりますと、我々これから国会にも行政府にも期待したいのは、そのような立場で国会も独立し、行政府も独立して一つのいわばパワーシフトをしていくといいましょうか、そういう関係の中でよき行政運営を行うということが望ましいとすれば、小さな国会を先生方が最もよき議員活動ができるようないい場所に、そしてそれは便利でなければいけないと思いますし、国際的にも便利であることが大事ですから国際空港があるということは譲れない条件でございます。そういうところに置いて、そして必要なものは電気で呼び出す、あるいはテレビで呼び出すということで十分に果たせるのではないか。そうだとすれば、国会の建物から、たたずまいから位置関係までがらりと変わるものが出てくるんではないか、これが一点でございます。
 もう一点は、全体像を今審議会で話しているところに水を差すことになるかもしれませんが、おっしゃるとおりでありまして、今地方分権と行政改革が片方で怒濤のごとく変化を遂げております。その流れを見届けないまま首都機能移転先の形や姿や中身を考えるということは、実は非常に矛盾した手順になっていることは事実でございます。そのために、財政改革期間中の三年間を凍結と言ったのは別の理由でございますけれども、まさにその矛盾を克服する絶好の三年間ではないかと私は思っておりまして、多少議論が行ったり来たりすることはむしろよき試練と受けとめて、この三年間を有効に使って、少し後戻りの議論といいましょうか、戻った議論もこの際しておく方が
 いいんではないか、こんなふうに思っております。

発言情報

speech_id: 114114298X00319971120_024

発言者: 横島庄治

speaker_id: 34849

日付: 1997-11-20

院: 参議院

会議名: 国会等の移転に関する特別委員会