八代勉の発言 (文教委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(八代勉君) 八代でございます。今お話しになりました山下さんのような華やかな経歴は全くございません。学校の体育とそれからコミュニティー、地域のスポーツの状況を身近なところではい回りながら調べている、そういう程度の者でございます。
今、スポーツのすばらしいお話がございましたが、私は特に、自分のフィールドとの関係で、地域におけるスポーツの振興をメーンのテーマにして少しお話をさせていただきたいと思います。余り話がうまくありませんので、ちょっと資料をつくっておきました。その概要のところをお読みいただけばいいんですが、一分程度で終わってしまいますので、少し説明させていただきたいと思います。
もう先生方の検討の中で、スポーツが人類の文化であるということについては既に語られ、十分理解されているというふうに理解しております。ただ、我が国の実態を見ますと、まだまだ文化という名にふさわしい状況ではないということも言えると思います。今、山下先生の方からスポーツの後進国、発展途上の国であるというような位置づけをなさいましたが、まさに私もそのように思っております。
文化だ文化だと最近特に言うようになったわけですけれども、スポーツがもたらしてくれるさまざまな効果とかベネフィットが期待できるほどスポーツをやっている人の数は多くございません。後で申し上げたいと思います。そして、もっと問題なのは、この十数年、東京オリンピック以降ですから三十年ぐらいになるんでしょうか、そのころスポーツ振興という言葉が世の中に初めて出たかと思いますけれども、いまだにスポーツ振興という言葉でお金をいただいておるような状況で、なかなか実際に言葉で言われるほど状況が変わっていないという事実をやはり直視しなければいけないと思いますし、いろんな調査を見ましても、特にこの十五年間ほど、それほどスポーツ実践者はふえていないんじゃないかという見方が私どもの一般的な見方でございます。そして、スポーツをやる人も、個人の自由でもあるわけですけれども、地域に根差したスポーツ活動が非常に少ないというようなことも非常に大きな問題点だと思っております。
もっと根本的なところへいきますと、スポーツに対する価値観の違いあるいは価値の置き方が非常に低い。主要五教科なんというのは教育でよく語られますけれども、もちろん体育は入っておりません。そんな意味では、きょう、こういうところでスポーツのことを論じてお話しさせていただくだけでも、職員室でたまに年に一回出てくる体育の話題に似た感じを持つわけですけれども、そのような位置がまだまだ続いてきている。これをやはり変えていかなきゃいけないというのが私の根本にございます。
したがいまして、我が国におけるスポーツ振興の方向としては、私どもが言っているような、生活の中に溶け込んだ、文化という名にふさわしい状況をやはり時間をかけてつくり上げていくことである。その事実をつくっていくということは、別の言葉で言えばスポーツ人口をやはりもっとふやしていく。そして、特にスポーツが与えてくれる社会にとっての便益、後で申しますが、社会的な便益を上げていく。私は、その中で特に地域社会の再構成といいましょうか、コミュニティーの形成、町づくり、これが非常に重要なベネフィット、便益だと思っておりますけれども、そういうものを目指していかなければいけないと思っております。
具体的には、地域に根差した、そして住民のボランティア活動をもっともっと多く用いた、ボランティア活動を基軸としたスポーツの振興が求められる。そのためには、住民の活動の拠点となる身近な施設の充実は何より必要なことでございますし、住民活動を支援するためのお金も欲しいなと思っておりますし、さらに、住民のボランティア活動だけではなかなか事は進みません。そのボランティアを束ね、組織したりあるいは調整をする、そういうスポーツの専門家をぜひコミュニティーレベルで養成あるいは配置していただきたい、こんなことを思っております。これが私の申し上げたかった概要でございますが、もう少しございますので、少しお話をさせていただきます。
もう周知のことでございますが、スポーツは人類の文化とされています。特にその中に、さまざまな個人的あるいは社会的な便益をスポーツがもたらしてくれるからというふうに私もとらえております。特に個人については、健康や体力の問題にしましても、今や生きがいだとか交流、さまざまな個人にとっての便益というのはよく理解されておりますけれども、むしろ政治が関与し、あるいは行政がたくさんのサポートをしていくその背景には、社会的な便益を期待するからだと思っております。青少年の健全育成、これは長い歴史を持つスポーツの社会的な便益の一つでございますし、かつては能率の向上等も企業のスポーツでよく用いられておる一つの便益でした。私は、地域社会の形成というものに今一番関心を持っているところでございます。スポーツの持っているこの両方の便益、個人、社会両方の便益をもっと大きくしていく、あるいはバランスのとれた形で大きくしていくというのが今求められておりますし、そうなって初めて文化という名にふさわしい状況と言えるんじゃないかと思っております。
同じようなことなんですけれども、スポーツは今日の社会が持っておりますさまざまな問題解決に貢献できる可能性をたくさん持っている。山下先生もそのことについてたくさんお触れになりましたけれども、私、学校の関係を少し持っておりますが、もうまさに学校週五日制が始まらんとしている中で、学校だけではなくて、地域あるいは家庭と連携を図りながらスポーツを初めとする教育をしていかなければいけない時代になってまいりました。今の子供たちに生起しておりますさまざまな問題点は、もうよく言われているとおりでございますが、単に体力の問題だけではなくて、心の優しさやあるいはたくましさ等々の問題がむしろ深刻だとも考えられます。
あるいは高齢者の問題にしましても、日本の高齢者の扱い方というのは、コミュニティーの中に置きながら、あるいは家庭、在宅でというよりも、特定の施設に収容するという形がまだ多いというようなことを見る中で、やはり我々は、多くの元気な高齢者に対して、スポーツを楽しんでいただくだけではなくて、スポーツをつくる立場の人として迎え、彼らに生きがいを与えていく、こういうこともできると思っております。
医療費が三十兆円を超えたということも報道されておりますが、どの国もやはりスポーツと医療費の軽減の問題を何らかの形で結びつけようという努力が出ておりますし、地域社会の問題については、何度も申しますが、亡くなっていたのに地域のだれも気づかなかったというような寂しい事件もよく起こります。あるいは、地域社会の中で子供を育てるという環境は、今むしろ非常に弱まっているというようなこともございます。このようなさまざまな社会の問題を解決していくということを、本当に本音でスポーツを活用していくという必要を私は感じております。
三番目に、スポーツというのは、行う、これは当然でした。そして今、見て楽しむ。山下先生のすばらしい柔道の、我々も覚えておりますが、オリンピックでの活躍は見る人に感動を覚えさせる、これはもう当然でございます。行うことも見ることも大事であるということは多くの人たちが言うところでございますが、私は、もう一つ、最近よくかかわるという言い方をする人もいますが、私は創造の創という言葉を使って、「創って楽しむ」と。スポーツを「創る」というのは、何かニュースポーツをつくるわけじゃございません。それも一つあるんですけれども、スポーツの仲間をつくるのもありましょうし、スポーツのイベントをつくるとか、さまざまな地域の中で食べる側に回っていた人間が、今度は「創る」側に回る。ですから、スポーツは、見て、行って、そして創って、創ったということは他者にそのスポーツの楽しさ、喜びを与えるということですけれども、スポーツと人間とのこの三つの関係をもっともっと重視していくことがこれからのスポーツを振興していく上でとても大事なことだと思っております。
特にこの第三番目のかかわりについては、ほとんど調査結果もございませんけれども、例えばスポーツに関するボランティア活動等をやっているという人は、恐らく極めて低い状況ではないかと思います。
ちょっと先を急ぎます。四番目のスポーツの特性については、これはちょっと省略させていただきますけれども、スポーツといってもさまざまなスポーツがございます。人間の一年のシーズンの中でのスポーツの楽しみ方、そして、人間の生涯にわたるライフステージに応じたスポーツの楽しみ方ということを考えたり、あるいは、種目が多様だけではなくて、クラブに入って楽しむスポーツもございますし、いろんな人から物事を教わったり、イベントに参加して楽しむスポーツもございますし、夫婦でふらっと裏の庭で軽いバドミントンの打ち合いをするのもスポーツでございます。
いろんなスポーツの楽しみ方、行い方があるということを考えながら人々の多様なニーズにこたえていく、これが実は今文部省が、そういうことを総合的にできるスポーツ環境ということで、総合型地域スポーツクラブづくりに平成七年からかかられたと、私自身はそういうふうに理解しております。そういう意味では、幼児から高齢者まで、障害者をももちろん大事な仲間に包み込んだ地域の中で楽しめるスポーツの装置といいましょうか、システムとして総合型の地域スポーツクラブ、これをつくっていくことが日本のスポーツの文化としての価値を高めていくためにも必要かと思います。
実施状況については、日本人のスポーツをやっている人は大体成人の三割、七割の人たちはほとんど週単位の運動はしていない。これも非常に問題だと思います。その状況がこの十数年ほとんど変わっていないということを申し上げたわけですが、この資料に載せておきましたのは諸外国の比較の例でございますけれども、日本の男女ともこの比較した国に比べて極めて少ない運動量であることが一目瞭然でございます。
三ページ目に書かせていただきましたスポーツクラブヘの参加状況。日本のクラブは三十人程度の小さい小規模型のクラブでございます。今文部省が目指しているのは、千人とも、あるいは多ければ多いほどいいコミュニティーをベースにした総合型のスポーツクラブですから、このクラブとはかなり様相が違いますけれども、今回と書いてあるのは平成六年の意味なんですが、平成六年の実態を見ますと、国民の一六%がスポーツクラブに入っている。ちなみに、ドイツはもう既に三五%を超えたスポーツクラブヘの参加率だということも聞いておりますし、下にいろんな国のスポーツクラブヘの加入状況等も資料の中へ添付させていただきました。
そこで、こういう状況を踏まえて、これからの日本のスポーツの振興についてどういうように取り組んだらいいかということについて簡単に申しますと、今までのスポーツはどうしてもやはり行政におんぶにだっこの、しかも、施設を町の中心部に据えた中央集中型のスポーツ振興システムであった。これをやはり住民がもっと、先ほど「創る」という言葉を申しましたが、スポーツイベント、スポーツ教室、あるいはスポーツ施設の自主管理、こういうことを自分たちで住民がみずからやっていく、そして、身近な施設を使った住民主導型あるいは参加型の地域分散型のスポーツシステムへ転換していかなきゃいけない。その転換された形が、ここに書きました小学校区あるいは中学校区において住民を主体とした総合型の地域スポーツクラブということになると思っております。
日本の三千数百の自治体がみんなこういう形でいけるかどうかは全く私もわかりませんけれども、基本的に、今までやはりどうしても住民は甘やかされていた面がございます。施設等々まだまだ不足ですけれども、自分の町は自分でつくるということと同じように、その一環としてのスポーツを自分たちでつくっていく、こういう考え方と行動が今求められているというように思っております。
そのような仕組みをちょっと図であらわしてみました。わかりにくい図なんですけれども、行政は一たん外へ出て、スポーツ経営に必要な資源は人、物、金、情報とよく言われますが、特に施設等の、そして指導者等の、住民がスポーツを自分たちで自主的に進めていくための元手となる資源を整える役割に行政は徹していただく、そんな中で自分たちの創意を、そしてボランティア活動を通して自分たちのスポーツの楽しみを自分たちでつくっていく、こういう仕組みをぜひこれから構築していく必要がある。現に、進んだ地方自治体の振興方法というのは大体この住民主導型ととらえていいかと思いますので、全く世の中にこういうものがないわけではございません。
このようなことを私は考えておりまして、そのためには、自主的な住民の活動あるいはボランティア活動をやるためには活動の拠点がないことにはどうしようもないものですから、身近なスポーツの活動拠点が欲しい。新しい施設をつくるのは大変ですから、学校という非常に世界にも誇る財産を日本は持っております。この学校の施設を大幅に改築していく、あるいはつくりかえていくことによって質的、量的な性能をアップさせれば、これが非常に重要な地域住民の活動拠点になろうかと思います。そしてボランティア活動を組織化していくわけですけれども、ボランティアだけではなかなか事が動きませんので、そのボランティアを束ねる指導者の配置にもぜひ力を入れていかなければいけないということ、そのようなことをスポーツ振興として特に考えております。
しかし、そんなに急にできることではございませんので、このような方向を持ちながら、ドイツのスポーツクラブも既に百年の歴史を持ちながら現在三三%から三五%の参加率であるということを聞きますと、平成七年から始まったこの日本の総合型スポーツクラブ構想も、そのぐらいの長期的なビジョンを持ちながらこのような状況を少しずっつくり上げていく。そして、行政と住民と両方がお互いに役割を分担しながら共同し合ってこういうスポーツの状況をつくり上げていく、こういう社会が望ましい社会ではないか、このように思っております。
どうもありがとうございました。