辻一彦の発言 (本会議)

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○辻一彦君 私は、民友連を代表して、ただいま議題となりました原子力基本法及び動力炉・核燃料開発事業団法の一部を改正する法律案につき、総理並びに担当大臣に質問をいたします。
 一九九五年十二月、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」ナトリウム漏れ火災事故を初めとして、昨年一年は、動燃東海事業所再処理工場における火災爆発事故、「ふげん」の重水漏れ、東海事業所低廃棄物ずさん管理、人形峠残鉱問題などが続出いたしました。このような動燃の打ち続く事故は、原子力行政への大きな不信を招き、まことに遺憾な年であったわけであります。
 この不信を払拭するには、事故原因の徹底究明と、厳しい反省の上に立って、責任の所在を明らかにし、十分な情報公開のもと、今、一歩立ちどまり、原子力の研究開発について広範な国民論議を起こし、国民合意を形成することが第一と思いますが、これについて総理の所信をお伺いいたしたい。
 原子力発電所から出る使用済み燃料について、使い捨て方式をとる米、ロと再処理方式をとる仏、日本と大別されるが、我が国においても、今日、硬直した再処理路線の柔軟な見直しが必要になっているのではないか。
 今にも枯渇すると言われたウラン鉱は、石油四十三年に対し七十三年間可採可能と推定されている。一九七一年当時、政府は、高速増殖炉の実用化は三十年後と国会で答えている。九四年の原子力利用開発長期計画、いわゆる長計では、二〇三〇年ごろ技術体系を確立するとあるが、実用化はさらに二十年後とも言われている。既に、政府の見通しでも、六十年ないし七十年もおくれている。これらの状況を考えれば、高速増殖炉の開発は、二年や三年を急ぐ必要はないと考えるが、どうか。
 今日、政府のプルサーマル計画は、プルトニウム需給の数合わせであると言わざるを得ない。原子力利用開発長期計画では、プルトニウム利用の主役は新型転換炉、高速増殖炉であったが、新型転換炉はコスト高から開発が中止となり、高速増殖炉も、三十年—五十年先のこと、見通しは立っていない。使用済み燃料の全量再処理路線をとる限り、原子力発電とともに出るプルトニウムは、余剰を持たないという国際的約束を守るため、全部を一般軽水炉で燃やすプルサーマル計画に振り向けざるを得ないのが実情でないか。
 九四年長計によれば、今後、我が国は十五年間に八十トンのプルトニウムを使う計画である。冷戦時代、米ソ両国、米ロ両国が核弾頭に詰めたプルトニウムは、おのおのおよそ百トンとも言われている。八十トンはこれに匹敵する量であり、いかに商業用とはいえ、このような大量のプルトニウムを使うことは国際社会からの批判を招くことになるのではないか。
 イラク、北朝鮮では、数百グラムから数キログラムのプルトニウムが核拡散防止の上から世界の大きな問題になっている。もちろん、我が国はIAEA、国際原子力機関の厳しい核防護の監視下に置かれているとはいえ、このようなプルトニウム大量消費社会への道を歩むことは、非核三原則、核拡散防止につき道義的説得力を国際的に失うことになるのではないか。我が国の国是からしてもとるべき道でないと思う。原子力の利用は、技術論のみならず、もっと幅広い文明論から論議をされるべきものと思うが、どうか。
 アメリカでは、使用済み燃料は再処理をせずに使い捨てのワンスルー方式をとるとしている。水中プールに保管をしている。しかし、この中にプルトニウムを将来エネルギーとして生かす道があるなら、あるいは人間が制御できる道があるのなら、三十—五十年は水中につけて様子を見ようという考えもあると言える。仮にこのような道があるとしたら、資源小国の我が国がプルトニウムを早く取り出し燃やしてしまうより、その見きわめがつくまで水中保管あるいは乾式保管の方式をとることで大量のプルトニウム使用の道を避けることを考えることも一つの選択肢でないかと思うが、どうか。
 一方、原発立地の自治体では使用済み燃料がたまり続け、半永久的に使用済み燃料の保管地となるのではないかとの不安が高まっている。政府、原子力委員会は、これに対して中間貯蔵保管の方針を決めているが、いつまでに敷地外に搬出するか、その時期を明確にすべきであり、法律に書き込むべきではないか。見解を伺いたい。
 また、今やエネルギーや電力は湯水のごとく使えばよいという時代は既に過ぎている。エネルギー確保には国民もひとしく痛みを分け合うことが必要であり、使用済み燃料中間貯蔵保管を消費地の近くにも分散する考えはないか。
 今や地球環境問題が世界最大の課題となっている。化石燃料から出るCO2による地球の温暖化、酸性雨、オゾン層破壊とともに、原発による廃炉を含む放射性廃棄物が地球環境の大きな課題となるおそれが十分にある。政府の対策は極めておくれているが、国際的な管理、監視体制を構築すべきであり、そのために我が国がリーダーシップをとるべきと考えるが、この問題をどう認識しているかを伺いたい。
 エネルギーの確保とは、エネルギー源の適切な組み合わせが必要であり、今日原子力が電力の三分の一を供給している事実から、原子力発電の安全性の最優先と万一に備えての防災体制の確立はぜひ必要である。立地自治体より要望の強い原子力防災特別措置法制定につきどう考えるかを伺いたい。
 動燃の打ち続く事故から、安全に対する動燃と国民意識との乖離、外国やみずからの体験から十分に学ばない独善性、技術過信、情報隠し、閉鎖性集団的体質が指摘をされておる。動燃はまずみずからの意識改革が第一に必要でないか。動燃の解体的改革は必要であるが、組織を変え、新法人に移ってもこの意識が変わるわけではない。意識改革には動燃の縦割り運営の見直し、組織、体制における工夫が要るのではないか。これをどう考えるかをお伺いいたしたい。
 一面、動燃が、ウラン採鉱、ウラン濃縮技術や再処理技術研究開発に果たした役割も大きい。これら新法人から分離される職員の安定雇用にも十分配慮する必要がある。これらをどう考えるか。
 高速増殖炉懇談会は、最初に結論ありきの人選との批判を聞いた。新法人の運営審議会委員の認可に当たっては十分な配慮が必要と思うが、どう考えるかを伺いたい。
 動燃の一連の事故は、動燃そのものにも問題があったのは事実である。だが、監督官庁の科学技術庁も大きな責任がある。
 さきの東海の廃棄物のずさん管理で、ドラム缶の地下保管倉庫に水がたまっていることを指摘しながら、十数年も水づけを放置し、あまつさえやってもいない工事の建設から取り壊しの予算まで認めて、十数年も放置しておいた科学技術庁の監督官庁としての責任は一体どうなのか。
 フランスのスーパーフェニックスのナトリウム漏れ火災対策でも現地調査をせず、動燃のナトリウム火災対策の報告を受けて、独自の検討も不十分のまま「もんじゅ」事故に至った監督官庁の責任について「もんじゅ」報告書は何ら触れられていない。科技庁の反省と総括、責任の所在を明らかにした報告書を提出すべきではないか。報告書の再提出を要求する。
 科技庁の監督不十分の原因を考えると、我が国の原子力行政が、政策の推進と安全規制を実質的に同一の官庁が持ち、かつ、原子力安全委員会が十分な規制権限と機能を持たず、スタッフも極めて弱体なところに原因があるのではないか。アメリカの原子力規制委員会は、独立した強力な行政委員会で、三千名のスタッフを擁している。これに比べて我が国の原子力安全規制当局は、余りにも弱体であると言わざるを得ない。政府は、行革、官庁再編の中で、内閣府に原子力安全委員会を位置づけようとしているが、この際、原子力安全委員会を、八条諮問委員会から三条行政委員会に改組、拡充し、強力な原子力安全規制機関を独立させるべきと思うが、どう考えるか。
 「もんじゅ」の運転再開は急ぐことはない。今日、世界が高速増殖炉から撤退しているときに、特にフランスでは、日本の「もんじゅ」二十八万キロワット原型炉に対してもう一段上の百二十五万キロワット実証炉スーパーフェニックスを、技術的、経済的困難さから廃炉と決定をしている。このような中で、「もんじゅ」の運転再開の可否については、国民的論議を起こし、広く国民世論に問う必要があると思うがどうか。
 さて、以下は私の私見であるが、「もんじゅ」は、まず、三年間凍結をする、二、この間、徹底した総点検を行う、三、第三者による検討機関を設置し、事故原因の徹底究明と安全問題につき徹底論議を行い、公開をする、四、原子力安全委員会による安全性の再審査、五、新原子力円卓会議を設置し、再処理、核燃料サイクル、プルサーマル、使用済み燃料中間貯蔵保管、高レベル放射性廃棄物最終処分問題について広範な国民論議の展開、六、この上で、三年後、政府は、「もんじゅ」運転再開の可否を国会に諮る、以上の提言について、動燃改革法案に取り入れる考えはないか。
 重ねて最後に申し上げますが、拙速を避け、国民論議を尽くすことを強く要求して、私の質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣橋本龍太郎君登壇〕

発言情報

speech_id: 114205254X02219980327_015

発言者: 辻一彦

speaker_id: 31434

日付: 1998-03-27

院: 衆議院

会議名: 本会議