堂ノ脇光朗の発言 (外交・防衛委員会)
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○参考人(堂ノ脇光朗君) ただいまの宮澤先生の御質問に、まず先に私からお答えいたしたいと思います。
第一点でございますが、NPT条約第六条によります核兵器諸国の核軍縮義務、これがいかに果たされているかということにつきましては、しばしば、例えばNPT条約の再検討会議の場とかいろいろな国連の場で、アメリカ、ロシアなどはこれまでSTARTIに合意した、STARTIに合意した、現にどれだけの核兵器が解体されつつあるとかそういう話をするわけでございます。
しかし、米、ロシア間の核軍縮の実際の姿を見てまいりますと、初めは紀元二〇g二年と言っておりましたけれども、今では七年と申しておりまして、七年までにSTARTIが完全に実施されますと米ソ両国が六千五百発。それから、それにSTARTⅡを加えて実施されますと米ソ両国がそれぞれ三千からⅢ千五百発。それから、さらにSTARTⅢが合意されて実施されますと紀元二〇〇七年の段階で二千発から二千五百発ということでございます。
これはなぜそういうふうに、数は減るけれどもなかなか一挙に減らないかと申しますと、核兵器の解体は技術的にも非常にお金もかかるし手間もかかるし、機密の問題もあるし、それから危険性も伴うということで進まないのが一つと、それから、ロシアの場合でございますとSTARTⅡの批准すらできていない。いろんな事情があるわけでございまして、そういうふうに考えていくと、非常に進展が遅いということがいつも言われているわけでございます。そういう米、ロシアの核兵器の大幅な削減がなければ、中国もフランスもイギリスも自分たちは何もする必要はないと言っている。そういうところで、非常に核軍縮義務の履行が行われているかどうか問題があると言われるわけでございます。
具体的にそれでは何をすればいいかといいますと、一つは、そういうロシアによる核兵器の解体がSTART条約によって行い得るよう技術協力とか、場合によっては資金協力とかを日本もある程度行っておりますけれども、そういうことをすることが一つございます。それからほかにも、核軍縮に関しましてはよく話題になります軍事用核物質の生産停止の問題、カットオフ条約と言っておりますけれども、これを早く開始すべきであるということがあるわけです。
これはジュネーブの軍縮会議の場でこの数年間懸案になっておりますけれども、なかなか進んでいない。それで日本は、これを進めるためにカットオフ条約の技術的側面をまず討議したらどうかと。条約そのものの交渉になかなかみんなが乗ってこないものですから、技術的側面で何があるのかということで、IAEAの専門家とかそういう人を招きまして、ことしの五月に既にそういう会議をやっております。
これはなぜそういうことをしたかと申しますと、CTBT条約に先立って地震の専門家が集まって二十年来専門家会合をやってきて、これがCTBTの検証制度を可能にさせたという背景がございます。その例に従って日本が提案して、幸いアメリカとか主要な国の参加者があったわけでございますが、こういうことを行っている実情がございます。
なかなかはかばかしい核軍縮の進展というものはないのでございますけれども、それについて非同盟諸国とか非核兵器諸国がフラストレーションを起こさないように説得をする必要もあるし、逆に核兵器国に対しては何とか早く先に進むようにと説得する必要もある。まだるっこいといえばまだるっこいのでございますが、それが実情かと思います。
第二点の御質問でございますが、アメリカの核の傘のもとにあるのに日本が核軍縮などと言っているのは自己矛盾ではないかということはよく聞かれる議論でございまして、特に一九五五年、六年、中国が核実験を行っておりますときに我が国が抗議をいたしましたが、それに対する反論として中国側が使った議論であることは皆様御記憶だと思います。
この点に関しまして、私は例え話で答えるのが一番いいのかなと。日本が核の傘の下にあるのは、核兵器で襲われる危険性があるから一種の保険としてやっているんです、戸締まりなんです、それを外しなさいというのは何ですかと、そういうことですね。
もっと具体的に言いますと、世界に今二百ぐらいの国がございますが、二百人の人口の村があって、その中に五人だけがピストルを持っているということがあったとします。それで、そのうちの一人はピストルの練習をしなきゃいかぬといって練習をする。それで日本が抗議をする、そういうものはやめてくださいと。そうすると、その人が、おまえは何を言っているんだ、おまえはもう一人のピストルを持っている用心棒みたいな人に守ってもらっているからそんなことを言っているんじゃないかと。そっちの方は、守っているおまえの用心棒は千回も撃つ練習をしている、私はまだ十遍ぐらいしかやっていないんだから何を言うかとか、そういう議論でございます。
それに対しては、日本はそういう武器をなくしてほしいんです、それは私の用心棒にもそう言っているんです、みんながなくしてほしいんですと言うのは当然だと思うんですね。それで、しかもその一人が実際に唯一の被害者だ、何年前か知らないけれども、実際に被害を受けたんです、私は。だからなくしてほしいんですと。それがなぜいけないか。少しも矛盾がないと私は考えております。