町村信孝の発言 (文教・科学委員会)
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○国務大臣(町村信孝君) 基本的には、それぞれの学校、それぞれの地域がいろいろな試みをすることの一々について文部省ができるだけ口を出さないようにと、私はこう思っておりますので、こうした措置を彼らが独自にとるということについて、とてもよかったねとか、とても悪かったねということは私は言わないようにしております。
ただ、委員御指摘のように、じゃ実態はどうかというと、またこれは私どもも間接的な報告を受けただけですから必ずしも正確かどうかわかりませんが、要するに中間テストとか期末テストという定期的なテストをやめる。そのかわりに、要するにある程度一つの単元とかまとまりのごとに小テストを何度もやる。それによって日々とか月々のその子供たちの理解の度合いとか進みぐあいといったようなものを詳細に把握する、そしてそのことによって生徒のすぐれた点をもっと伸ばしていく、あるいは足らざる点をすぐ補っていくというきめ細かな学習指導が可能になるということであります。
したがって、考えようによってはかえってこれは大変だろうと思います。生徒も大変だし、先生も大変だろうと思います。年に一回試験の方がある意味では、大ざっぱだけれども、楽な面はあります。一夜漬けでやればいいんですから。これは、一夜漬けはだめですよと言っているわけですからね。そういう意味では、どちらが競争的であるかどうかというのは必ずしもわからないところがあります。
ただ、私は、委員御指摘になられた、もうちょっと一般論で言うと、競争そのものを教育の現場でどう考えていったらいいか、受けとめていったらいいかという問題であります。
行き過ぎた競争といいましょうか、例えば一点を争う競争とか、あるいは偏差値が一点違うからあなたはA高校ではなくてB高校に行きなさいとかいったような、いささか瑣末にわたるような点数主義、そのこと跡ある意味では一点を争う点取り競争になってしまうというような競争を、私は本来の教育のあり方からいって行き過ぎであり、おかしいだろうと思います。
ただ、これではおよそ競争的な面を一切排除していいかというと、私はそれはいかがかなと。そういう意味では、私は北岡委員の御指摘に賛同するものであります。
どうも最近、子供たちのハードルを低くすることがストレスの解消になり、伸び伸びとした子供に育つということが言われます。一面では正しいかもしれませんが、たかがこの程度のハードルが乗り越えられなくてどうして人生にもっともっと大きくあるハードルを乗り越えることができますか、とても金メダルをとれませんよと。何もみんながオリンピックで金メダルをとるわけじゃないわけですが、人生それぞれいろんな金メダルが僕はあると思うんですよ。そのときに、一切の苦労というものをしないでおいて、安易に楽々とゴールに到達できるほど人生は甘くないということを子供のうちから理解してもらうためにも、節目前置の競争といいましょうか、ハードルというものが時として高く時として低いものがあっていいんだろう、私はこのように理解をいたしております。