町村信孝の発言 (文教・科学委員会)

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○国務大臣(町村信孝君) 事件そのもののことにつきましては今裁判中ということもありますのでコメントは差し控えさせていただきますけれども、今御指摘になった家庭の教育力、確かにかつてと比べるとこれは低下をしている。
 しかし、考えてみると、昔はそれこそ子供がたくさんいて、親の注意が十人も兄弟がいると一体どこまで行き渡るんだろうかというときに、それなりの教育が行われ、もちろん兄弟間の切磋琢磨というものももしかしたらとても大きかったんだろうと思いますが、むしろ一人二人のお子さんだと親の注意は十分行き届くはずなのにかえってその教育力が低下するというのは、一体これはどういうことなのかなと、考えてみてもなかなか難しい問題であろうと思います。
 確かに、子供の方でいろいろな意味で自制心が足りなくなった、さっき申し上げたような状況もあると思います。豊か過ぎるがゆえの悩みといったようなこともあると思います。また、親がなぜ指導力がなくなってきたんだろうかということを考えてみると、いろんなまた理由があると思いますけれども、よかったかどうかは別として、例えば戦前であれば修身という、それにみんなが従っていたかどうかは別にして、そういう一つの目安みたいなものがありました。それに従って我が家ではそういう教育をしよう、あるいは修身とは全く別の次元で、それぞれの家庭の中で多分教育方針というのがありたんだろうと思います。
 最近は、みんな親が迷ってしまって、悩んでしまって、どういう教育をしていいかよくわからないというような現象が明らかに見られる。子供が少ない割には、また著しい無関心の親がいたり、あるいは余りにも干渉をし過ぎる親がいて、子供がみずから育つ芽を摘んでしまうといったようなことがあったりします。でありますから、今ちょうど中教審で三月末ごろに中間とりまとめが行われ、そこで家庭に対する幾つかの提言をしていただけるようになります。
 それぞれの家庭でこういうルールを持ちなさいなんということは余り言いませんが、例えば、家庭の中で一定の家族め取り決め、約束事をつくる。太郎さんは新聞を朝とりに行くんだよ、次郎君は休みの日は必ず家の掃除をするんだよとか、あるいは朝起きたらおはようとみんなで言おうとか、そんなことを中教審が言うのという御批判も実はあるんですけれども、私は、そういうことをそれぞれの家庭に問いかけてみて、あなたの家庭はどうですかと考えてもらうそういう材料を提供して、ああやっぱり我が家には我が家なりのそういうルールをつくろうねというふうになって、一つの家庭教育の方針がそれぞれの家庭ででき上がればいいなと、こんなふうに考えているところであります。

発言情報

speech_id: 114215074X00819980312_026

発言者: 町村信孝

speaker_id: 34906

日付: 1998-03-12

院: 参議院

会議名: 文教・科学委員会