明石康の発言 (国際問題に関する調査会)

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○参考人(明石康君) 今、魚住委員がお触れになった私の論文でも言っておりますとおり、私は、国連というのは基本的には主権国家、各国政府のつくるものであり、また、各国政府が国連の主人公であるという状況は当分続くだろうと考えます。しかしながら、これからは政府以外の、NGO、職能団体、各国議会、マスコミ、専門家集団、そういうものの果たす役割は大きくなる一方であろうというふうに考えます。それはやっぱり、各国の中においても政府の役割が制限され、そういう市民社会、市場の役割が大きくなっているということに国際社会の側からの変化が対応しておるんだというふうに考えます。
 そういう意味で、日本のNGOというのは欧米のNGOに比べて発達がおくれておる。非常に献身的な個人とかボランティアはおりますけれども、本当にプロフェッショナルなよく組織されたNGO団体というのは、欧米にはきら星のごとく多いのでありますけれども日本にはまだ十分に育っていないし、それを育てていくとしても数十年かかるんじゃないかという感じがしております。だから、その育成は急務であろうと思います。
 それから、確かに国連は主権平等の精神に立っており、内政不干渉の原則というのは国連憲章第二条第七項にきちんとありますけれども、今、魚住先生がいみじくも御指摘になったように、その内政不干渉の原則というのは国連五十数年の歴史を通じていろんな意味で狭く解釈される傾向にあります。各国の人権じゅうりんの行為に対して発言するのはもはや内政干渉ではないという解釈が確立しておると思います。例えば中国における人権に関していろんなことをいろんな国が言いますけれども、そのことに関して特に異を唱える国というのは余り存在しないし、そういう一種の、語弊がありますけれども、おせっかい主義というのがある意味で二十一世紀の世界ではないかと思います。
 そういうことで、節度を守り、余計なことに口を入れない。特に我が国の場合、アジアに対するいろんな過去の経緯がございますので、より一層の自制心を持って行動し、相手を批判するのに気をつけるということも私は非常に大事ではないかと思います。そういう意味では、アメリカとかヨーロッパと同じように行動してよいのかということになりますと問題がありますけれども、しかしながら人権問題の推移をたどってみますと、世界人権宣言採択以来、五十年の間に国際社会は大変な進化を遂げましたし、現在は国連の人権高等弁務官までできております。従軍慰安婦の問題なんかも国連で取り上げられるような時代になってきて、まさにおせっかいを受ける側にも我が国は立つわけでありますけれども、そういうのが大きな流れとしてまた二十一世紀にはより強くなるであろうということは一つ言えると思います。
 それとの文脈で、各国議会に対する期待も非常に大きいものがあります。各国の行政府は外交の主体でありますけれども、その背景になる政策とかビジョンをつくるのは各国の立法府だと思います。私は、国連におりましたときもできるだけ各国の議員団が会いたいというときには会うようにしておりました。というのは、議員の人たちの意見の方がおもしろいということが間々あるものでありますから、少なくとも自分たちの持っておる夢とか期待とか注文とか批判、それを率直に語ってくれるという意味で議員団の存在は非常に大きなものがあると思います。
 日本の国連外交にとっても、私は、議員団が大きな意味での応援団として、例えばスカンディナビア諸国とかカナダの国会議員団が次から次と大挙してニューヨークに国連総会の間に押しかけるような形で、日本の議員団も超党派的に国連の現地でどういう形で国際外交が展開しておるかということを見られ、またそれにみずから参加されるということがよろしいんではないかと思います。
 また、余り大勢の人が押しかけると、佐藤大使その他、代表部には大変な迷惑がかかることになるかもしれません。できれば英語その他の点でいつも通訳と一緒でないような議員団の意見交換の仕方、交流の仕方、そういうのができればますますすばらしいであろうというふうに考えます。

発言情報

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発言者: 明石康

speaker_id: 32147

日付: 1998-09-25

院: 参議院

会議名: 国際問題に関する調査会