明石康の発言 (国際問題に関する調査会)
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○参考人(明石康君) 田先生の言われた大きな歴史的な眺望に私は大体賛成しております。
確かに、国連憲章がつくられた一九四五年というのは、どうしても戦勝国中心の憲章をつくることになりましたし、国連憲章が採択されたサンフランシスコ会議のときには核兵器というのはまだ現実に存在しておりませんでした。そういうことで、国際連盟規約に比べても、国連憲章というのは軍縮というものに力点を置いておらないわけです。ところが、現実に国連が発足した第一回の国連総会で一番先に採択された決議は軍縮に関する決議でありました。そういう意味で、国連の現実と憲章に既に乖離が始まって現在に至っておるということは一つあると思います。
しかしながら、雰囲気が全く新しい、革新的な国連をつくらなくてはいけないというところまでいっておるかということに関しては、残念ながら答えはノーであると思います。確かに、四五年の国連を変えなくてはいけない。今や、加盟国は当時の五十一カ国から百八十五カ国、三倍以上になっております。一九六四年以降は、その加盟国の五〇%以上が新興国、開発途上国になっておるわけです。
そういう意味で、国連の中のバランス・オブ・パワーは変わってきておる、したがってその雰囲気も違ってきておるわけであります。私は、これからの常任理事国が、核兵器をつくる能力があるのに政治的な決意としてそれをつくらない、そういう決意をしておる日本とかドイツを中心にそういう存在になるということは全く大賛成であります。そういう意味で、インドの核爆発という五月の事件は非常に不幸な事件であったと思います。
それから、二十世紀が戦争の世紀であったというのも全く田先生のおっしゃるとおりで、私は、この世紀は科学技術、生活水準の向上において本当に歴史的な世界的な進歩を遂げた世紀であったと思いますけれども、今、先生が挙げられた戦争という事実のみならず、その戦争の犠牲者になった人を見ますと、第一次大戦の場合、一割が民衆であり九割が軍人でした。第二次大戦の場合は、約半数が軍人であり残りの半数が民衆でした。九〇年代の内戦の時代になりまして、実に犠牲者の九割が無事の民衆、特に女性であり子供であるわけです。そういう意味では、人類は決して進歩していないところか退歩しておるというのが悲しい事実ではないかと思います。
これをどういうふうに変えるかということに関して、私は国連に対して希望を捨てるべきではないと思います。しかしながら、それに対して満足しておってもいけないわけで、日本が同憂の国と語らって新しい雰囲気をつくっていく、国連におけるそういう革新的な力になっていくと。
その場合に、今までの連合国を中心にした国連を敵にするのではなくて、例えばフランスとかイギリスは常任理事国ではありますけれども、分担金の額においては我が国よりも小さいわけです。しかしながら、これらの国の総合的な外交力を見ますと、安保理での発言なんかでも情報の量でもすばらしいものを持っておりますから、国の能力を武力で判断するのは論外でありますし、私は分担金の額だけで判断するのも間違いだと思うんです。そういう意味では、札束でほっぺたをたたくような仕方での国連外交はしたくない、また、すべきではないというふうに考えております。