小林守の発言 (環境委員会)

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○小林(守)委員 こんな短時間でそんなに早口で全部言われても、どうもなかなかよくわからないのですが、どう見ても、国内措置を最優先する、国内措置が中心であって、あくまでも排出量取引とかクリーン開発メカニズムというのは補完的な措置である。
 日本でいえば六%の削減目標があります。これは拘束力のある六%。例えば、政府の方で今考えられているのだろうと思いますが、六%のうちの一・八%は排出量取引とか共同実施などの削減量によって何とか賄っていこう。国内措置ではなくて、先進国間共同実施とか途上国とのクリーン開発メカニズムとか、そういうものを利用した形での削減措置として、国外での削減という形で一・八ぐらいをパーセント値としては考えていきたいという数値が検討されていると思うのですが、全体六%削減の中から一・八%ということになると三割なんですね。
 これは、一般的にNGO団体なども、国内措置として七割はやれ、それでも補完措置として三割ぐらいは対外的な協力の中で実現してもいいのではないかというような考え方があるようですけれども、一・八というのは、そういう点では許容範囲のぎりぎりの数字だと思うのですよ。
 しかし、アメリカなどでは全くそういう考え方ではなくて、国内措置よりはもっとコストの安いところでやっていった方が、コストが安くて、しかも削減量、自国の削減努力はある程度緩やかにしておいて、途上国等で頑張ればそれだけの削減の量は達成できるという形になると、まさに抜け穴に使われる。しかも、先進国の責任というものがいつの間にかあいまいになってしまう。
 地球的規模のCO2を削減するのだということになればそれは合理性はあるのですけれども、しかし、今日までの温暖化をもたらしてきたものの、先進国の責任という視点から考えるならば、これは、地球倫理というか地球的な公平という観点からいうならば、新たな不公平を生み出すことになるのではないか、このように考えるのですが、日本はどうしてキャップをつける、上限設定をすることについて反対なのか。
 それは、取り組みをおくらせるというような日本の政府案を恐らく事務局の方へ送っているはずであります。我々はそれを見ていますから、恐らくそういうことを送ったというふうに思うのですが、そういう考え方に立つならば、やはり矛盾が生じるのではないか。基本的に国内措置でやるのですよということを前提に考えるならば、それを抜け穴として、国内措置を余りやらずに外からの削減でカバーしようというような基本的な姿勢の先進国に対して、そういう国がいろいろあるわけですから、それに対して上限設定をすべきだということは私は合理性のある考え方だというふうに思うのです。
 日本があくまでも国内措置を優先するのだという基本的な立場に立ち、しかも、数値的にも、七割は国内措置で達成するのだというとりあえずの数値目標を出しているからには、上限設定に対して反対する理由はないのではないか、私はこのように思うのですが、いかがですか。

発言情報

speech_id: 114404006X00119981203_019

発言者: 小林守

speaker_id: 31758

日付: 1998-12-03

院: 衆議院

会議名: 環境委員会