宮澤喜一の発言 (財政構造改革に関する特別委員会)

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○宮澤国務大臣 私も、過去二年ぐらいのことを顧みますと、我が国の経済の運営の方針と実際に起こりました実情とは非常に多くの食い違いを生んでおって、それをどういうふうに表現をいたしましょうと、決して経済運営が適切であったとは申せない、そのことは認めなければならないと思います。そして、この財革法もまたその一つの要素であったということも、これも事実であったように思います。
 現実に財革法、財政改革というものが国民の意識に上りましたのは、実は平成八年のあの総選挙のときでございまして、自民党自身が財政再建を掲げておりますし、また、消費税率を引き上げるということにつきましても、何と申しますか、いろいろ議論はございましたけれども、何となくそれもやむを得ないのかなというような底流があったことも事実でございますから、このままでは二十一世紀に向かって非常に財政は大変になるという意識があったことは事実であろうと思います。
 しかし、そのときは、実は外の経済状況で申しますと、平成八年度はGDPは三・二%というプラスの成長をしておるものでございますから、何となくこれでやれるんだという意識がまたその根底にあったように考えます。しかるところ、そのGDPの成長は、実はその後に誤りであるということがわかるわけでございますけれども、そういう中で、政府は第一回の財政構造改革会議を平成九年の一月にやっておりまして、そして、平成九年を通じまして財政構造改革の方針を決定いたしております。
 これは、あえて大蔵省ということを日野委員が御指摘になられましたけれども、大蔵省と申しますよりは、何となく、我が国経済が二十一世紀を迎えるに当たってこの際財政改革をしておかないと、少子・高齢化もあるし、いろいろなことから問題が多い、殊に長期計画に問題が多い、キャップをかける必要があるという意識があり、他方で、それをやっていっても何となく経済はもつのではないか、そういう楽観がその根底にあったのではないかと思います。
 私自身、実はこの第一回の財政改革会議に、当時橋本総理大臣が総理大臣経験者をこの会議に招かれましたので、私自身ずっと参画をいたしましたから、その責任を持っておるものでございますけれども、やはり財政改革が大事なのではないかという意識を持っておりましたし、それをやっていても大丈夫だろうというような多少楽観を持っておったことは、正直、告白をしなければならないと思います。
 しかるところ、そしてその財政改革の考え方は大体秋ごろにはできてくるわけでございますけれども、十一月に我が国の金融異変が起こっております。三洋証券、北拓は十一月でございますが、その前に、タイに金融異変が起こりましたのは八月でございます。タイ、インドネシア、それが動いております。それらのことが片っ方で起こりながら、我が国は財政改革の方の道を進んでいった。そういう、どう表現したらよろしいのでしょうか、我が国が独自に考えていたことと実際に起こっていた経済の体質の内外の悪化というものが全く違った方向を歩いたということは、どうも私は事実であると申し上げざるを得ないと思います。
 そういう中で平成十年度予算は十年度予算として組むわけでございますが、これは歳出削減をいたしております。また、公債発行額を減額いたしております。そういう中で、しかし経済状況は実は非常に悪くなってきておった、こういうことであると思います。

発言情報

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発言者: 宮澤喜一

speaker_id: 13804

日付: 1998-12-02

院: 衆議院

会議名: 財政構造改革に関する特別委員会