植竹繁雄の発言 (内閣委員会)
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○植竹委員 私は、自由民主党を代表いたしまして、このたびの国旗・国歌に関する法律案につきまして質問をいたします。
私は、この法案が提案されましたとき、本当に心から感激いたしました。というのは、二十一世紀を踏まえまして、総理大臣の答弁もあるとおり、本当によくよく検討されてやられたということに関して、私も心から敬意を表するものであります。
国旗と申しますのは、私も子供のころは本当に国旗を見るたびにあこがれ、国歌を歌うことによって身の引き締まる思いをしたのを子供心に覚えておるわけでありますが、今日、国旗につきまして、若い世代に、この国旗と国歌というものに対する感覚が非常に違っているかに思えるのであります。
というのは、私ども、特に国内におりますより海外に行ったときに、海外でこの日の丸の旗、国旗及び国歌を聞きますとき、本当に日本人として誇りに思い、また名誉に感ずるのがこの国旗・国歌でございます。
そういう点につきまして、そのほか、例えばスポーツで優勝し、そして国旗・国歌が上がる、あるいはテレビ等におきまして、例えばエベレストを踏破し、そして日の丸が翩翻と翻っている姿、あるいは南極大陸を横断し、それを日の丸によって写っている写真を見ますと、本当に日本人の重さというものを心から感じるのであります。
しかし、日の丸に関しましては、昨今、例えばこの国会の周辺を見ましても、日の丸があるいはほかの国の国旗が飾ってあるということは、外国の賓客のためにあるんじゃないか、あるいはオリンピック等の若い選手を見ますと、優勝したら、日の丸そして君が代というものが本当にスポーツだけのものが中心であるというような錯覚に陥っている人々が多い。
実は、私も先般若い世代の方に国旗及び国歌について尋ねました。そうしましたら、確かに日本の国歌であり国旗であるという人も大勢おりました。しかし、一方では、初めに出てきた言葉が、あれはオリンピックやそういうときに掲げられる、優勝者に掲げられる、その賛意のための日の丸であり、また君が代であるということを聞きましたときに、本当に日本の将来はこれでいいのかと非常に疑問に感じたのであります。
私は、そういう点におきまして、今回の国旗及び国歌が、これを成文化したということは今後日本の将来に関して大いに意義があるんじゃないかと考えるわけであります。これは、長年にわたる日本の歴史の中においていろいろと慣習的にありましたけれども、やはり価値観がいろいろありますときに、この辺で成文化するということは、日本の歴史と伝統を後世に残していくためにも大変今回の措置は意義があるものと考えるわけであります。
また、私も先般外国へ行きましたときに感じたのは、とにかくこれは目に見える日の丸、それ以外にも、国歌につきましては、例えば外国では、有名なチャイコフスキー、いわゆるロシアの大作曲家でございますが、この方が作曲したところの一八一二年序曲というものがあります。これはフランスとロシアの戦争をテーマとしたものでありますが、その中にいわゆるフランスの国歌であるラ・マルセイエーズというものが演奏されております。そうしますと、すぐこれはフランスであるということが一般の耳にわかるわけであります。それを考えるときに、国歌というものがその国のシンボルであり、またその代表的な表示であるということを考えますときに、本当に文化的にもこの国歌というものが非常に重要なものであることを感じたわけであります。
私は、それを考えますときに、今二十世紀から二十一世紀へ行くときに、やはり日本の歴史と伝統というものを後世に残すためにも、この国旗・国歌を成文化したということは本当に意義があり、政府に対して心から賛意と敬意を重ねて申し上げるところであります。
そして、その反面、私は歴史の重さというものを感じるわけであります。それは、私は先年中国に参りました。中国に参りましたそのときが、ちょうどあたかも、日本の南の東シナ海の島でございました、ある日本人がそこに上陸したというようなことが言われました。たまたまその時間が明日江沢民主席とお会いする前日でございました。そして私どもは、本当にこの緊急上陸ということが、外交上中国と日本の間にどれほど弊害になるのではなかろうかと心配したわけであります。そして、あれやこれや考えた末、ぶつかってみようということで江沢民主席とお会いいたしました。
そういたしましたら、江沢民主席は一言もおっしゃらないで、私が驚いたことには、突然に主席は、私が子供のころ習った「出た出た、月が、まるいまるい、まんまるい」というような童謡を歌われたのであります。
そして、その趣旨というものは、何といっても日中の友好は実に二千年以上の交流がある。そういうことで、今いろいろな物事が起きても、それは一時限のことであり、この日中の友好関係というものは実に二千年にわたるそういう大きな流れである。例えば、その間に不幸な出来事があったけれども、それは一時的な問題であり、そのときのことはその時限で考えるもの。中国と日本との関係を、本当に悠久の二千年以上の交流であるということを示唆された。
そして、それを見ているのが、あの丸い丸いお月様が天上から見ているのではないか。そういうような中国と日本との関係である。我々はそうやって手に手をとって相携えていくのだ、そういうことを示唆されましたときに、本当に中国のその歴史の重さということを痛感いたしたわけでございます。
そこで私は、そういうことを考えますときに、この歴史的な認識と申しますか、歴史の認識の重さというものは、本当に一国において大変重要であり、今後二十一世紀といいますか、二〇〇〇年といいますか、そういう新しい世紀に入っていくときに、これは新たに考えなければならないと痛感したのであります。
そこで、そういう意味において、この歴史的な重さということについて、私は、本当にこの大事な変わり目の今日、これをどうあるべきか。官房長官の御意見を伺いながら、今後我々は一生懸命日本の進展のために頑張っていきたいと思います。官房長官にその歴史の認識についての御所見を賜りたいと思うのであります。