内閣委員会

1999-07-01 衆議院 全246発言

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会議録情報#0
平成十一年七月一日(木曜日)
    午後一時三十分開議
  出席委員
   委員長 二田 孝治君
   理事 植竹 繁雄君 理事 小此木八郎君
   理事 小林 興起君 理事 萩野 浩基君
   理事 北村 哲男君 理事 佐々木秀典君
   理事 河合 正智君 理事 三沢  淳君
      小野 晋也君    大村 秀章君
      小島 敏男君    佐藤 信二君
      桜井 郁三君    近岡理一郎君
      虎島 和夫君    平沢 勝栄君
      堀内 光雄君    矢上 雅義君
      河村たかし君    藤村  修君
      山元  勉君    石垣 一夫君
      倉田 栄喜君    西村 眞悟君
      児玉 健次君    穀田 恵二君
      濱田 健一君    中田  宏君
 出席国務大臣
        国務大臣
        (内閣官房長官
        )       野中 広務君
 出席政府委員
        内閣総理大臣官
        房内政審議室長 竹島 一彦君
        内閣法制局長官 大森 政輔君
        内閣法制局第二
        部長      宮崎 礼壹君
        内閣総理大臣官
        房審議官    佐藤 正紀君
        防衛庁防衛局長 佐藤  謙君
        文部省初等中等
        教育局長    辻村 哲夫君
        文部省教育助成
        局長      御手洗 康君
        文化庁次長   近藤 信司君
 委員外の出席者
        内閣委員会専門
        員       新倉 紀一君
委員の異動
七月一日
 辞任         補欠選任
  亀井 静香君     小島 敏男君
  虎島 和夫君     小野 晋也君
  桧田  仁君     大村 秀章君
  武藤 嘉文君     桜井 郁三君
  石田幸四郎君     石垣 一夫君
  鰐淵 俊之君     西村 眞悟君
  石井 郁子君     穀田 恵二君
  深田  肇君     濱田 健一君
  笹木 竜三君     中田  宏君
同日
 辞任         補欠選任
  小野 晋也君     虎島 和夫君
  大村 秀章君     桧田  仁君
  桜井 郁三君     武藤 嘉文君
  石垣 一夫君     石田幸四郎君
  西村 眞悟君     鰐淵 俊之君
  穀田 恵二君     石井 郁子君
  濱田 健一君     深田  肇君
  中田  宏君     笹木 竜三君
本日の会議に付した案件
 公聴会開会承認要求に関する件
 委員派遣承認申請に関する件
 国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出第一一五号)
    午後一時三十分開議
     ————◇—————
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二田孝治#1
○二田委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、国旗及び国歌に関する法律案を議題といたします。
 趣旨の説明を聴取いたします。野中官房長官。
    —————————————
 国旗及び国歌に関する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
    —————————————
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野中広務#2
○野中国務大臣 このたび、政府から提案いたしました国旗及び国歌に関する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 我が国におきましては、長年の慣行により、日章旗及び君が代が、それぞれ国旗・国歌として国民の間に広く定着しているところであります。
 そこで、政府といたしましては、このことを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、この法律案を提出することとしたものであります。
 次に、法律案の内容について、その概要を御説明いたします。
 第一に、国旗は日章旗とすることとし、その制式を定めることとしております。
 第二に、国歌は君が代とすることとし、その歌詞及び楽曲を定めることとしております。
 以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。
 何とぞ、慎重に御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
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二田孝治#3
○二田委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
    —————————————
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二田孝治#4
○二田委員長 この際、公聴会開会承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 ただいま議題となりました本案につきまして、議長に対し、公聴会開会承認要求を行うこととし、公聴会は来る八日木曜日開会し、公述人の選定等は委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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二田孝治#5
○二田委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
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二田孝治#6
○二田委員長 次に、委員派遣承認申請に関する件についてお諮りいたします。
 ただいま議題となりました本案につきまして、審査の参考に資するため、来る六日火曜日及び七日水曜日、委員を派遣いたしたいと存じます。つきましては、議長に対し、委員派遣承認申請をいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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二田孝治#7
○二田委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 なお、派遣委員の人選、派遣地等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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二田孝治#8
○二田委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
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二田孝治#9
○二田委員長 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。植竹繁雄君。
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植竹繁雄#10
○植竹委員 私は、自由民主党を代表いたしまして、このたびの国旗・国歌に関する法律案につきまして質問をいたします。
 私は、この法案が提案されましたとき、本当に心から感激いたしました。というのは、二十一世紀を踏まえまして、総理大臣の答弁もあるとおり、本当によくよく検討されてやられたということに関して、私も心から敬意を表するものであります。
 国旗と申しますのは、私も子供のころは本当に国旗を見るたびにあこがれ、国歌を歌うことによって身の引き締まる思いをしたのを子供心に覚えておるわけでありますが、今日、国旗につきまして、若い世代に、この国旗と国歌というものに対する感覚が非常に違っているかに思えるのであります。
 というのは、私ども、特に国内におりますより海外に行ったときに、海外でこの日の丸の旗、国旗及び国歌を聞きますとき、本当に日本人として誇りに思い、また名誉に感ずるのがこの国旗・国歌でございます。
 そういう点につきまして、そのほか、例えばスポーツで優勝し、そして国旗・国歌が上がる、あるいはテレビ等におきまして、例えばエベレストを踏破し、そして日の丸が翩翻と翻っている姿、あるいは南極大陸を横断し、それを日の丸によって写っている写真を見ますと、本当に日本人の重さというものを心から感じるのであります。
 しかし、日の丸に関しましては、昨今、例えばこの国会の周辺を見ましても、日の丸があるいはほかの国の国旗が飾ってあるということは、外国の賓客のためにあるんじゃないか、あるいはオリンピック等の若い選手を見ますと、優勝したら、日の丸そして君が代というものが本当にスポーツだけのものが中心であるというような錯覚に陥っている人々が多い。
 実は、私も先般若い世代の方に国旗及び国歌について尋ねました。そうしましたら、確かに日本の国歌であり国旗であるという人も大勢おりました。しかし、一方では、初めに出てきた言葉が、あれはオリンピックやそういうときに掲げられる、優勝者に掲げられる、その賛意のための日の丸であり、また君が代であるということを聞きましたときに、本当に日本の将来はこれでいいのかと非常に疑問に感じたのであります。
 私は、そういう点におきまして、今回の国旗及び国歌が、これを成文化したということは今後日本の将来に関して大いに意義があるんじゃないかと考えるわけであります。これは、長年にわたる日本の歴史の中においていろいろと慣習的にありましたけれども、やはり価値観がいろいろありますときに、この辺で成文化するということは、日本の歴史と伝統を後世に残していくためにも大変今回の措置は意義があるものと考えるわけであります。
 また、私も先般外国へ行きましたときに感じたのは、とにかくこれは目に見える日の丸、それ以外にも、国歌につきましては、例えば外国では、有名なチャイコフスキー、いわゆるロシアの大作曲家でございますが、この方が作曲したところの一八一二年序曲というものがあります。これはフランスとロシアの戦争をテーマとしたものでありますが、その中にいわゆるフランスの国歌であるラ・マルセイエーズというものが演奏されております。そうしますと、すぐこれはフランスであるということが一般の耳にわかるわけであります。それを考えるときに、国歌というものがその国のシンボルであり、またその代表的な表示であるということを考えますときに、本当に文化的にもこの国歌というものが非常に重要なものであることを感じたわけであります。
 私は、それを考えますときに、今二十世紀から二十一世紀へ行くときに、やはり日本の歴史と伝統というものを後世に残すためにも、この国旗・国歌を成文化したということは本当に意義があり、政府に対して心から賛意と敬意を重ねて申し上げるところであります。
 そして、その反面、私は歴史の重さというものを感じるわけであります。それは、私は先年中国に参りました。中国に参りましたそのときが、ちょうどあたかも、日本の南の東シナ海の島でございました、ある日本人がそこに上陸したというようなことが言われました。たまたまその時間が明日江沢民主席とお会いする前日でございました。そして私どもは、本当にこの緊急上陸ということが、外交上中国と日本の間にどれほど弊害になるのではなかろうかと心配したわけであります。そして、あれやこれや考えた末、ぶつかってみようということで江沢民主席とお会いいたしました。
 そういたしましたら、江沢民主席は一言もおっしゃらないで、私が驚いたことには、突然に主席は、私が子供のころ習った「出た出た、月が、まるいまるい、まんまるい」というような童謡を歌われたのであります。
 そして、その趣旨というものは、何といっても日中の友好は実に二千年以上の交流がある。そういうことで、今いろいろな物事が起きても、それは一時限のことであり、この日中の友好関係というものは実に二千年にわたるそういう大きな流れである。例えば、その間に不幸な出来事があったけれども、それは一時的な問題であり、そのときのことはその時限で考えるもの。中国と日本との関係を、本当に悠久の二千年以上の交流であるということを示唆された。
 そして、それを見ているのが、あの丸い丸いお月様が天上から見ているのではないか。そういうような中国と日本との関係である。我々はそうやって手に手をとって相携えていくのだ、そういうことを示唆されましたときに、本当に中国のその歴史の重さということを痛感いたしたわけでございます。
 そこで私は、そういうことを考えますときに、この歴史的な認識と申しますか、歴史の認識の重さというものは、本当に一国において大変重要であり、今後二十一世紀といいますか、二〇〇〇年といいますか、そういう新しい世紀に入っていくときに、これは新たに考えなければならないと痛感したのであります。
 そこで、そういう意味において、この歴史的な重さということについて、私は、本当にこの大事な変わり目の今日、これをどうあるべきか。官房長官の御意見を伺いながら、今後我々は一生懸命日本の進展のために頑張っていきたいと思います。官房長官にその歴史の認識についての御所見を賜りたいと思うのであります。
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野中広務#11
○野中国務大臣 植竹委員御指摘のとおり、日の丸・君が代は、我が国の長い歴史認識の中で培われてきたものであると存じておるところでございます。
 おっしゃいますように、一時期これが誤った方向に使われたとき、あるいはそういう時代を経験をいたしましたけれども、私どもは大きな犠牲の上に新しい憲法をつくることができ、その憲法を基本として今日まで五十余年、あの忌まわしい戦争に参加することもなく、また戦争に巻き込まれることもなく今日を築くことができたこと、これを重く受けとめ、新しい世紀にどのようにしてこの国が世界に伍していくかを考えますときに、戦後私どもがこの二十世紀中に取り残してきた幾つかの問題を、この機会に新しい世紀へ引き継がないように何をなすべきかということを重く考えていかなくてはならないと思うわけでございます。過去の歴史をかがみとしながら、未来に向けてこの国が他の国々と伍してやっていけるような、そういう節目にありたいものと考えております。
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植竹繁雄#12
○植竹委員 官房長官から大変すばらしい御答弁をいただきました。
 本当にこの歴史の認識というものは、今後我が国の将来にとって大変重要なことでありますし、さらに、この日本が独立した、外国から内政干渉というようなこともされないためには、どうしても歴史的な認識というものを確立していくことが私は非常に重要でないかということを考えまして、ただいまの官房長官のお言葉を本当にありがたく受けとめておりますところでございます。
 さてまた、国歌君が代でございますが、「君」とは、先般総理大臣が御答弁になりましたように、本当に天皇は日本の象徴であるということでございます。
 これも歴史的に見ますと、例えば仁徳天皇時代、かまどの煙が立つのを見て、本当に平和で豊かな国であるということは古来の歴史の中で言われておりますが、私はこれを考えますときに、本当に天皇というものは穏やかな、そして日本の象徴的にあった、そういうことを感じるわけであります。
 特に天皇がそういう地位にありますと、古来から日本を政治的、行政的に統合してまいりました、例えば藤原時代におきましても公家とか、あるいは平家の関白、摂政といった卿相、あるいは源氏の征夷大将軍といった行政の長、そういうものは幾多ありました。しかし、その中にあっても、決してその者が天皇になるということはなかった。天皇はやはり日本のもとであり、象徴であって、すべてそういう為政者が行ってきたということを考えます。
 また、実は先般の第二次世界大戦におきまして、私は忘れ得ない一こまがあるわけでございます。私も戦前に生まれた一人といたしまして、本当にあの終戦のときには、大問題だ、今後の日本の将来はどうなるかと危惧したときでございます。
 あの当時、連合軍の最高司令官だったマッカーサー元帥が、今日比谷にあります第一生命ビルに天皇陛下が訪問されたとき、初めはマッカーサーは迎えにも来なかった。そして、日本の天皇制についてあるいは共和制をも考えた、そういうときにあったとき、あの昭和天皇が、たとえ我が身がいかになろうとも日本の将来を救うという御発言があったということ。それを武人であるマッカーサー元帥はいたく感激し、そして日本の将来、日本を束ねている象徴としての天皇に本当に感激せられまして、天皇が御退室のときには玄関までお送りされたということは、まさに日本が天皇が象徴であるということを示したのではないかと思っているところでございます。
 そういうことを考えまして、これからの問題は、人間、日本人の象徴としての天皇の位置はこれから不滅であると考えておるわけでございます。そして、国歌で君が代の「代」というものは、まさに治世ということがございますが、これも天皇と日本というものは一体であって、それを象徴として束ねておられるのが天皇陛下である。先般の総理大臣の御答弁も、その象徴という点につきまして、国会答弁においてより細かく御説明されたということを伺いまして、大変私は感激したところでございます。
 という意味におきまして、今後、この天皇の象徴という点につきまして、政府におきましてももっともっと、どういうふうに広報的に全国民によく知らしめることが必要かと思いますが、そういう点につきまして、官房長官におかれましてはどういうふうにこれを全国民に、よりPRといいますか御説明といいますか、そういうふうにしていかれるか。その御意見をお伺いいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。
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野中広務#13
○野中国務大臣 日本国憲法はその第一条に、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とされているわけでございまして、御指摘のとおり、象徴には主権を有する日本国民という意味が含まれておると考えております。
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植竹繁雄#14
○植竹委員 ありがとうございました。
 もうちょっと時間があるので、もう一言伺いたいと思うのでございます。
 私は、国旗・国歌というものは、ずっと今まで来た、国旗の場合は長年の慣習の中においていろいろと使われてまいりましたが、今回国旗・国歌を成文化したというのは、今まで申し上げましたとおりでございますけれども、慣行と慣習とどういうふうに違うのか、その点を最後にお伺いいたしまして、私の質問を本当に終わらせていただきます。
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竹島一彦#15
○竹島政府委員 国旗・国歌について、慣習とか慣行とかということが言われますけれども、私どもは、国旗につきましては、これは今回の国旗法とは違いますが、明治三年の太政官布告における商船規則というものがございまして、それが日の丸の旗の制式として定着をしていたということにつきましては、慣習法といってもそれにふさわしい実態があったかなと。
 ただ、国歌君が代につきましては、法律的なものは一切ございません。ただ、古今和歌集に起源を発する古歌に始まって、その後ずっと時代を経て、民間の間で祝い歌として歌われて、明治になりましてこれが国歌であるという意思が表明されました。ただ、それは法律的な行為ではございませんでした。ただ、それが事実上慣習として国歌として国民の間に定着している、そのことを慣習と表現しておるわけでございます。
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植竹繁雄#16
○植竹委員 ありがとうございました。以上でもって終わります。
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二田孝治#17
○二田委員長 次に、佐々木秀典君。
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佐々木秀典#18
○佐々木(秀)委員 民主党の佐々木秀典です。
 いわゆる国旗・国歌法が提案をされるに当たって、そしてされてから、我が党では、民主党の中に国旗・国歌問題のプロジェクトチームをつくりました。私もそのメンバーでありますけれども、プロジェクトチームでは六回にわたって討議を行っております。真剣な討議が行われております。
 率直に言って、我が党ではこの法案に対して、党としてどうするのかということについてはまだ最終的な結論を得ておりません。きのうも報道されましたけれども、私どもの党では法案に対する対応の機関として総務会がございます。これは、与党の自民党さんにもおありになることと思いますけれども、昨日夕方からこの総務会で国旗・国歌法案についての議論が行われておりますけれども、ここでもさまざまな意見があって、まだこれも最終的な結論に至っておりません。
 プロジェクトチームの中でも本当に各種の意見が出されました。国旗として日の丸、国歌として君が代、それについては賛成だという意見、あるいはそのものについても反対という意見、あるいは日の丸を国旗、君が代を国歌とすることについては賛成だ、しかしこれを法制化することについては、それについても賛成だという意見、あるいは、いやいや、それについては必要がないあるいは反対だという意見、非常にいろいろな意見が出ているわけであります。
 他党と比較をして民主党の態度ははっきりしていないではないかという御批判もあるようでありますけれども、それだけ我が党は一人一人の党員議員が真剣にこの問題について考え、協議に参加しているということをぜひ御理解いただきたいと思うのであります。
 国旗・国歌法案が今、国会に提出されて議論されているということは、今までにないことはなかったようであります。このことについてはまた後ほどお聞きいたしますけれども、しかし、今政府が出してこれを成立させようとしていることは、今までかつてないことであるだけに、私は大変重要な問題だと思っております。
 確かに、国旗として日の丸が大方から認められているのではないか、あるいは君が代についても、戦前から今日にかけて、国歌として一般的な承認を受けながら、演奏されあるいは歌われてきたのではないかということが言われている、これが大方の国民の間に定着しているのではないか、このことについてもまた後ほど議論させていただきますけれども、そういうことが言われているのは間違いありません。
 しかし、たとえ国旗として日の丸が、あるいは国歌として君が代が、そういう認識のもとに使われ、歌われてきたとしても、それを法律によって定めるということについてはいまだかつて我が国ではなかったわけであります。それをやろうとしている。
 このことについては、官房長官もお話がありましたように、過去の忌まわしい歴史、特に戦争の歴史の中で、特に国旗は、ある意味では日の丸は気の毒だったと私は思うのですけれども、侵略の歴史、その旗印にされたということは紛れもない事実であります。
 そしてまた、君が代も、戦後新しい憲法ができるまでの間、日本は主権在民の国ではなかった。天皇を中心にしたまさに君主国家であった。そして、その君主である天皇をたたえ、天皇の御代の栄えを願う歌、それが君が代だったという認識は、まさにその当時の国民の間には定着していたと思うのであります。
 実は、私は北海道の旭川市で生まれ育ちましたけれども、くしくも私の母校であります小学校は旭川市立日章小学校と申します。日章旗の日章という字が使われているのであります。ただ、そうはいっても、実は私は小学校という学校には行ったことのない世代であります。
 と申しますのは、私は一九三四年、昭和九年の生まれですけれども、小学校に入ったのが昭和十六年、まさに第二次大戦がその十二月に起こったわけですけれども、その年の一年生。私どもがその小学一年生になったときから、小学校の名称は国民学校に変わったわけであります。ですから、私は国民学校の一年生、日章国民学校の一年生として小学制度に入学した。それまでは日章尋常高等小学校と言っていたようであります。
 そして、第二次大戦が終わったときに、私は国民学校の五年生。その翌年、私どもが六年生として国民学校を卒業して、そこでまた再び小学校という名称に変わったわけでありますので、私は丸六年間国民学校に行っていた。したがって、小学校には行っていなかった、こういうことになるわけであります。
 私のそうした小学校時代というか国民学校時代というのは、まさに戦争真っ盛りの最中でありますから、ひたすら軍事教育を受けていた。私どもも軍国少年として育ってきたし、そういう教育を受けてまいりました。学校の名前がそういう名前だからということではありませんけれども、まさに毎日毎日、日の丸に接し、あるいは式典その他のときには君が代を歌った世代であります。
 ですから、全くそのころは違和感はなかったわけですけれども、しかし、私の記憶によっても、日の丸はともかく、君が代という歌は大変に歌いにくい歌であったなという記憶を持っております。そして、戦争が終わってすっかり日本の体制が変わった。そして、新しい憲法ができた。民主主義の国になった。主権在民という理念が打ち立てられたわけであります。
 私は、実はたまたまこの間、ある方のお葬式で何十年かぶりに、その私の国民学校時代に、担任ではございませんでしたけれども、一時期ちょっとお世話になったこともあり、教わった女性の先生にお会いをすることができました。そして、その女性の先生は、私のことを久しぶりに会ったといって喜んでくださったのですけれども、実は、戦争が終わって余り長い時間ではありませんでしたけれども、先生は学校をおやめになった。私は、結婚をされておやめになったのだろうと思っていたのですけれども、実は、この間お会いをしてお話を聞いたときに、そうではないということを聞きました。
 というのは、その先生がおっしゃるには、私は、その戦争の最中に子供たちに文部省などの方針に従った教育を施していた。ところが、自分が信じて教えていたことが戦争が終わってみて間違っていたこと、そして、私たちが教えようとしてきたことがいかに真実に反していたかということを知った。私は、それについて大きな大きな責任の重さを感じた。そして、このまま教師を続けていくことに自信を持てなくなった。そういうこともあって実は教師をやめたんだというお話を聞いたわけであります。
 私は、確かに子供心に、私どもを教えてくださった先生が、その戦争を境にしてどんなにかお苦しみだったろうということを長じてから知る機会が何度もございました。本当に教育者は大変だったんだろうと思うことしばしばでございました。そういう中に、例えば日の丸だとか君が代の思いというものも私は込められているのだろうと思うのです。
 今までこの国旗・国歌をめぐっての全国民的な論議というものが果たしてあったかどうかということは言えないかもしれません。部分的なものであったかもしれないけれども、しかし、ある人々にとっては大変な重さでこれが受けとめられているのは間違いありません。そして、それが現実の問題としては、これはまた後で質問の中でもお聞きをすることになると思いますけれども、教育の現場でさまざまな問題を起こしている。
 ことしの二月でしたでしょうか、広島県の高等学校の先生が、この国旗の掲揚などの問題をめぐって板挟みになって、みずからの命を絶ったという痛ましい不幸な事件があったということにも象徴されているように、この国旗・国歌というものに対する問題というのは、それぞれの人の思想や良心にかかわったり、あるいは歴史観にもかかわっているということになるわけであります。この点は、官房長官のお答えの中でもしばしば出てまいります。
 それだけに私は、そう軽々しい問題ではない。例えば、今の不況をどうするかというような問題だとか、あるいはどうやって食べていくのかというような問題ではないにしても、人間の良心だとか精神だとかにかかわる非常に重大な問題だと考えているだけに、私たち民主党の中では真剣な論議が行われているのだということをぜひ御理解をいただきたいと思うのです。
 そこで、まず官房長官にお伺いをいたしますけれども、確かにこの間の本会議での質疑もありましたけれども、国旗・国歌をなぜ今ここで法制化しようとするのかという、この理由をいま一度率直にお示しをいただきたいと思います。
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野中広務#19
○野中国務大臣 日の丸・君が代が長年の慣行によりまして、それぞれ国旗・国歌として国民の間に広く定着をしていることを踏まえまして、提案理由にも申し上げましたように、二十一世紀を迎えることを一つの契機といたしまして、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であると認識をいたしまして、このたび法制化をお願いをすることとした次第であります。
 ただいま佐々木委員から、みずからの少年期を語りながらお話がございました。佐々木委員と私とは九歳の違いがあります。けれども、その九歳の違いは、小学校五年生とそして兵役で終戦を迎えた、その違いがあるわけでありまして、その違いを思いますときに、あと一年足らずも戦争が続いておったら、私はこの席で佐々木委員に答弁することはなかったかと思うときに、おかげさまで命をいただいて、この五十年平和を享受することができて、生かさせていただいた幸せをかみしめておるわけであります。
 けれども、新しい憲法のもとで我が国がスタートをいたしましたけれども、国家の骨幹となる国旗とかあるいは国歌というものについて成文化をせず、中途半端に私はその時代をずっと送ってきたような気がいたします。
 今日我が国は国際化が進み、そしてそれぞれ多くの市町村に至るまで他の国々と友好、盟約の都市をつくり上げて、国際交流が進んでまいります。国際交流が進んでまいります中で、外国から人を受け入れ、また外国に若い人たちが行く、そういうときに、みずからの国の国旗・国歌、そして他国の国旗・国歌に敬意を表する手段を知らない日本の若い人を思うときに、教育のありように心を打たれるわけであります。
 教育のありようを思いますときに、この教育の現場で国旗・国歌を掲揚し斉唱することが多くの問題を惹起いたしまして、先ほどお話がございましたように、広島県の世羅高校の石川校長も、これを斉唱しあるいは掲揚することを人権差別だと言われる教職員組合やあるいは運動団体の交渉の中に疲れ、そして大変なはざまに置かれて、とうとう命を絶たれたという話を聞きました。幾たびか私どもも、また地方の政治をやっておるときに、この問題をめぐる厳しい対立のあった現場を知ってまいりました。
 二十一世紀をもうあと一年半で迎える今日、我々はこの半世紀を振り返りながら、積み残してきた問題をいかに解決していくかということの政治家としての責任を考えますときに、今申し上げましたように、二十一世紀に新たな問題を少しでも残していかない、そういうためにも、ここで成文化をしておくことが重要な問題であると認識をさせていただいた次第であります。
 以上、法制化に至る経過を私なりに、佐々木委員がみずからの国民学校時代に触れられまして申されましたので、やや私も私なりの歩みを触れながら、感情的なものを入れて申し上げたかもわかりませんけれども、いずれにいたしましても、今日まで慣行とされてきた、そして国民の中に定着した問題でありますけれども、成文法の根拠を持って、これから教育の場はもちろんのこと、国民がそれを理解し、責任を持って国旗・国歌を誇りを持ってやっていける法文化を目指していきたいと考え、御審議をお願いしておるところでございます。
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佐々木秀典#20
○佐々木(秀)委員 官房長官も御自分の体験を交えてのお話でございました。しかし、今お話がありました幾つかの点は、私は、そういう御経験を踏まえ、物事を真剣に考えておられる官房長官のお言葉として、直ちに私どもが納得するような結論に結びついてくるのかなということについては、いささかの疑問を感じざるを得ないのであります。
 例えば、これを法制化しなければならないという理由に果たして今おっしゃったようなことがなるのか。それからまた、国民の間に本当に定着しているのかというふうな問題は、この後に私は聞いていきたいと思います。
 それでは、今もお話がありましたように、今まで慣習的にずっと国旗・国歌として認められてきたというお話ですけれども、いまだかつて法制化の試みというのはなされたことがあったのかどうか、このことについて確かめておきたいと思います。
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竹島一彦#21
○竹島政府委員 お答え申し上げます。
 私ども調べた限りでございますが、過去に一回ございます。
 昭和六年でございますが、大日本帝国国旗法案が議員立法で提案されました。第五十九回帝国議会でございます。衆議院に昭和六年の二月十九日に提出され、三月二十六日に可決され、貴族院に送付されたわけでございますが、三月二十八日が第五十九回帝国議会の最終日であったことから、貴族院では審議が行われず廃案となった、こういう経緯がございます。
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佐々木秀典#22
○佐々木(秀)委員 もう一回確かめます。それ一度だけですか。それ以外にはなかったということで確認していいですか。
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竹島一彦#23
○竹島政府委員 法案としては提案はされておりませんけれども、昭和四十九年、田中内閣において、田中総理が法制化ということについて国会で答弁されておられる、こういうこともございます。
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佐々木秀典#24
○佐々木(秀)委員 つまり、戦前には、一度それが試みられたことがあった。しかし、一院では通ったけれども、一院では通らなかった。それで、廃案になったということですね。つまり、これを通すための会期の延長などということも行われなかったということになる。戦後については、今日まで一回もなされなかった。田中総理の法制化についての御意向を表明した御発言はあったけれども、しかし、法制化の試みは今回が初めて、こうなるわけでありますね。それだけに、私は今回は重いと思うのです。
 それで、さっきも官房長官お話しのように、また私が少年時代の話をしたように、私どもの意識としては、国旗・国歌という思いが毎日日常的にあって、おつき合いもして、その意識は、それこそ国民の間にはその当時すっかり定着していた。そういう時期でも、政府は、日の丸を法制化する、君が代を国歌とするという法制化の試みは全くしなかったわけです。これはどうしてなんでしょうか。あるいは、これを現政府はどのように受けとめておられるのか。官房長官、御感想を伺います。
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野中広務#25
○野中国務大臣 その当時、法制化のことがどう考えられなかったかということを今さら検証することは不可能でございます。
 ただ、私どもがこの機会にやはり法制化をお願いしておくべきだと考えましたことは、長い間慣行となって国民の間に定着をいたしておりますものの、先ほども申し上げましたように、教育現場を中心といたしまして、国旗・国歌をめぐりましてはそれぞれ対立や争いのもとになってきたこの五十年を振り返りますときに、その中心は、私も現場で知っておりますけれども、どこに根拠があるんだ、根拠があったら示せということが交渉の中心でありました。
 それぞれその衝に当たっておる人たちは、法文化の根拠がないことに大変な苦しみを味わいながら、例えば、学校現場では広島の世羅高校の石川校長のように、指導要領のみで根拠を示せと言われて、そのはざまの中で大変な孤立感を強めてこられたということを思いますときに、私どもは、この二十世紀の締めくくりとして、二十一世紀へ次の問題を引き継がないためにも、ここで法文化の明確なことをしておくべきでなかろうかとお願いを申し上げた次第であります。
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佐々木秀典#26
○佐々木(秀)委員 今の御答弁を聞いて、はしなくも政府の本音が出てきたような感じが私はいたします。
 きれいごととしては、二十一世紀、新世紀を迎えるに当たって、ここでいわば国のシンボルとしての国旗あるいは国歌というものを、国民の間に定着もしてきているんだから、お互いに確認をして大切なものとするためにというように言われてきたのじゃないかと私は思うのだけれども、今の官房長官のお話だと、実はこれが、教育現場でこれをめぐっていろいろな問題が起きている、これを法制化することによって、そういうことが法的な根拠を与えることによって解決できるのではないかというような御趣旨に私は今お聞きをいたしました。そこにやはり動機があるのかなと実は承っていたわけであります。
 先ほど来申し上げておりますように、定着の問題だとか、果たしてこれが法制化されても、そういう教育現場でのいろいろな錯綜というものが解消されるのか、これについては私は非常に疑問を持っております。持っておりますけれども、これはちょっと後に置いておきます。
 それで、今のお話でも、先ほど来の御答弁の中でも、国旗・国歌というものが、日の丸・君が代が国民の間に定着してきたというようなこと、あるいは、今まで法制化されたことがなかったのは、慣習としてあるいは慣習法としてこれが根づいてきたんだというお話がこれまたありました。
 確かに、これは、諸外国の例を見ても、国旗や国歌の定め方というのはさまざまだと私は思うのです。例えば、フランスでは、国旗・国歌ともに憲法に規定が置かれている。ところが、イギリスでは、慣習として位置づけられて、国旗・国歌に係る法令はない。それからまた、イタリアでは、国旗は憲法、国歌は慣習として認められている、あるいは歌われている、演奏されている。こういうことになっているのですね。
 このことは、実は、過日の本会議でも、私ども民主党の代表質問に立った伊藤英成さんがこのことを指摘しているわけです。それからまた、先ほどの御答弁の中でも、慣習あるいは慣習法の重みというようなものについてもお話がありました。私は、まさにそうだと思うのです。
 そこで、実は、私どもの民主党の幹事長代理の鳩山由紀夫さんから、先日、ある示唆に富んだお話を承りましたので、先ほど、彼にそれを披瀝していいかと言ったら、いいというお許しを得ましたので、ここで御披瀝を申し上げて、皆さんにもお考えいただきたいと思うのです。
 というのは、鳩山由紀夫代議士が、今から一月ぐらい前だそうですけれども、もう引退なすった松野頼三先生にお会いになったそうです。松野頼三先生とこの国旗・国歌の問題について話をする機会があったそうです。そうしたら、そのとき、はしなくも松野頼三先生が、戦後先生が国会に来られたとき、まだ保守合同の前だったそうですけれども、一年生か二年議員のときだったそうです。この松野頼三先生たちは、その当時の若手の議員たちが、国旗・国歌を法制化した方がいいのではないかという議論の上で、その法制化の準備をしたことがあったそうです。
 そうしたら、そのときに、松野先生たちの先輩だった、もちろん私どもにとっても大先輩でありますけれども、後に衆議院の議長をお務めになった星島二郎先生が、その松野先生たちの法制化の動きについて、君たち、そういうことを、国旗・国歌などというものは軽々に法律をつくって定めるというべきものではない、イギリスの例にも見られるように、慣習としてあるいは慣習法の裏づけがあって国民の皆さんの中に認識をされ尊重をされる、そういうことが大切なことではないのか、つまり、法制化するということは法律によって定めるということなんだから、あるいは政権がかわったり、また政治状況が変わって、その法律を変えることによって別な歌を国歌とし、あるいは別な旗を国旗とするということだってできるんだよということを言われたそうです。
 慣習法あるいは慣習によってということになると、そんなことにはならないんだ、だから、そういう法律によってでない方がもっと重みがあるんだ、国旗・国歌というものはそれによってむしろ大事にされるんだというお話があって、松野先生たちはその法制化をしようという活動をおやめになった、そういうエピソードを鳩山由紀夫さんにお話しになった、そのことを私は聞かされたわけです。
 そのことを思うにつけても、私は、やはりここで法制化するということについては慎重に考えていくのがいいのではないか、それがあるべき姿ではないかと思っているわけであります。私は大変示唆に富んだ話と承っております。
 このことについて、伝聞でありますから、直接のことではありませんから大変恐縮ですけれども、官房長官、御感想ありますか。
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野中広務#27
○野中国務大臣 大先輩であります松野先生のお言葉を、鳩山先生を通じて御紹介されたわけでございます。松野先生が当選をされまして一年生、二年生の時代ということを振り返ってみますと、恐らく、星島二郎先生たちが政界のトップにおられて、時代を背景として考えますと、あの当時そういうお言葉が出て当然であったであろうと私は思うわけでございます。
 ただ、それからはや四十年余りを経過した今日の状況を考えますときに、教育の中に位置づけられた国旗・国歌、あるいは我が国全体社会における国旗・国歌、あるいは、国際交流が進む中におきまして、先ほど申し上げたように、他国の国旗やみずからの国の国旗・国歌に対して敬意を払う、そういう教えられ方をしておらない国民の教育のありようを考えたときに、やはり私どもとしては、この際、二十一世紀を前にいたしまして、ここで法制化をお願いすることが我々のとるべき道であろうと考えた次第でございます。
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佐々木秀典#28
○佐々木(秀)委員 どうもそこのところが私は納得いきません。我が国の旗として日の丸を法制化することによって、例えば子供たちが外国の国旗に対する尊敬の念を持つということにつながるのかどうか、これは全く別の問題じゃないでしょうか。
 私は、国際的な日本の位置づけの中で、よその国と仲よくし、よその国の人々を敬い、そしてまたそこで用いられている国旗を大事にするというようなことは、別にこの法制化とはつながらない問題だと思うんです。そんなことは子供たちの中に、いろいろな教育の仕方で幾らだって教えていけることだし、それによって他の国に若者たちが迷惑をかけた事例があるのかというと、そんなことを私はつまびらかに聞いておりません。
 むしろ、かつて一時期、長崎において、在日中国人の方だったでしょうか、日本の国旗を燃やしたことがあったということで物議を醸したことがあったというようなことはありましたけれども、今、我が国の少年、青年たちが海外に出ていく。このごろは、例のワールドカップのときなんかにも随分サポート、行きましたよね。だけれども、彼らなんというのは、大変姿勢がいいということで褒められてもいるわけですね。そういう人たちが以前に比べて、他国に対して、その国旗などに対して無礼を働いているなんということで問題になったことは余りないんじゃないでしょうか。それだけに私は、今の官房長官のお話というのはどうもちょっと納得がいかないんですね。
 それから、幾つか腑に落ちないことがあるわけですけれども、盛んに国民の間の定着性ということを言われる。私は逆に、定着しているんだったら何も法律で決めなくたっていいじゃないかという議論だって成り立つと思うんですが、しかしもう一つ、果たして定着しているかどうかということについては、何によって、何を根拠にして、何を検証されてそう言われているのか、これもまたはっきりしないところがある。
 確かに、この問題をめぐって報道機関が独自の調査をされて、たびたび発表をされておられます。例えば最近では、六月三十日付の朝日新聞では、これについての世論調査の結果を発表しておられます。
 ところが、これについては、少なくとも全部が全部日の丸・君が代の法制化に賛成しているというわけではない。法制化について、必要だという意見が四七%に対して、必要のないという意見が四五%、ほとんど拮抗しているわけであります。しかも、これを今通常国会で成立させなければならないかどうかということについては、この通常国会で成立させることについては急ぐべきでない、もっと議論を尽くすべきだというのが全体の六六%にも及んでいるというわけであります。
 そんなことを考えますと、一つは、定着の度合いというのは、これで見るように、いろいろ認識はあります。しかし、少なくとも八〇%、九〇%というところまでいっているかということになると、いろいろ問題がある。しかも、国旗と国歌が一様ではない。国旗の方については、日の丸については国旗と認めるにやぶさかでないという人が確かに多いけれども、君が代については、その歌詞あるいはメロディーなどからいって、どうも違和感を感じるとか親しめないとかいうような意見が旗に比べると大分多いんですね。こういうように、一様ではないということもあります。
 ところが、今政府が出されている法案は、国旗及び国歌に関する法律ということで、条文としてはたった二条しかない。極めて少ないんですね。これを旗と歌と一緒にしている。それで、旗についてはこういうデザインが入っている、そしてこういう楽譜がついている。珍しいですね。
 今まである日本の法律、どのぐらいになるか数知れずですけれども、こういう法律というのは初めてでしょう、文字以外のものがこうやって法律の中に書かれるというのは。極めて異例だと私は思うんだけれども、せめて、今の国民の世論などを考えた場合に、国旗と国歌の扱いというのは、私は別であってもいいのではないかという思いがするんですよ。なぜこれを一緒にしなければならないのか。
 これを一緒にするんだったら、もう一つ、国花というのがあります。日本の国の花、何。何でしょう。私はよく聞くのは、直ちに言われるのは、菊じゃないかとか、あるいは桜じゃないかとか、これはいろいろ違うんでしょうね。
 実は私の地元の旭川市は市の花として決めている花があるんです、ナナカマド。市の鳥としては、このナナカマドの実をついばみに来るキレンジャクという鳥がいて、これを旭川の鳥だなんて勝手に決めているんですけれども、別に条例で決めているわけではありません。しかし、市民の間には定着して、みんなそう思っています。いろいろなデザインにも使っています。
 こういう国旗だとか国歌だとかというのを法律化するんだったら、それじゃ日本の国の花、フラワー、これについても、菊なのか桜なのか決めようかという議論が出てきてもおかしくないし、だけれどもやはり、こんなものは私は必要がない、みんながそう思っていればいいことだ。あるいは、日本の国の山は何か。これはだれしも富士山と言うと思うんです。これもそれじゃ法制化する必要があるか。こんなことは意味がないと思うんです。
 それぞれのことを考えると、私は、何もここで法律で決めたから大事にされる、大事にされないなんということになるものではないんだろうと思うんです。むしろ、国民がその旗にあるいは歌に親しみを覚えるかどうか、そしてそれを大事なものと受けとめていくかどうか。むしろそちらにかかっているんじゃないかなと思うんですね。そういう意味では、日の丸と君が代とには大分差があるんだろうと私は思うんです。
 特に君が代については、政府の全体の歌詞の解釈といいますか、その意味内容、ここのところ、いろいろな答弁を見ていますと随分違ってきていますね。これは、質問主意書、非常に石垣先生から丁寧な御質問があって、それに対して政府が答弁しているのがありますけれども、このときの答弁と、今度のこの国会での論議が始まってからの本会議での答弁なんか、この歌詞の解釈、随分違っていますよね。
 そして、例えば君が代について言うと、「君が代は」というのは時代的なものだけではなくて国もあらわすんだというようなことまで言われている。ところが、その後に「君が代は千代に八千代に」と続いてくる。ここで使われている「君が代」の「代」と「千代に八千代に」の「代」とは同じ文字なんですよ。
 そうすると、これはどういうことになるんですか。君が代の「代」は国だとすると、千代の方も、これは時代的な感覚じゃなくて国の意味もあるんだ、これはどう考えたって、どう解釈したっておかしいでしょう。
 私は、せめてこの「代」が世の中の世、世界の世だというのならまだわかりますよ、社会だとか国だとかということをあらわすと。だけれども、「代」というのは、これはだれがどう見たって時代の代じゃないですか。事ほどさように政府の態度というのは一貫していない。どれが本当に正しいのかということについて、むしろ国民の皆さんに混乱を与えているんじゃないでしょうか。
 それと、大体法制化についての態度も違うでしょう。ことしの二月段階では、小渕総理大臣は法制化しませんとはっきり言っていたじゃないですか。それを二転三転して出してくる。この間、本会議での答弁では、よくよく考えたらということをおっしゃった。よくよく考えた結果どうなったから法制化するんだというそこがない、欠落しているじゃないですか。よくよく考えたら、もう一遍やめればいいじゃないですか、そんなことなら。そう言ったっておかしくないでしょう。
 官房長官、そこをどうすり合わせたんですか。そのよくよくの話と今の君が代の解釈の違い、変遷、この辺についても全くこれは無責任だと私は思いますよ。これはどうなんですか。
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野中広務#29
○野中国務大臣 私、佐々木委員と論争する気は全くございませんけれども、君が代及び日の丸が国民の間に定着をしておるということにつきましては、昭和四十九年十二月に総理府広報室が国旗・国歌に対する世論調査を行っております。この際におきます日の丸の旗は日本の国旗としてふさわしいと思う者の比率が八四%、君が代は日本の国歌としてふさわしいと思う者の比率は七七%でありまして、大多数の国民は日の丸が国旗であり、君が代が国歌であると考えておるということが当時の調査からもうかがえるわけであります。
 また、今回政府が国旗・国歌の法制化につきまして検討に着手することを表明いたして以来、報道各社におかれましても、先ほども朝日新聞の調査の結果について御紹介がございましたけれども、それぞれ報道各社の調査の結果も、国旗・国歌に関する問題は、先ほど申し上げたこととそう変わらない結果を出しておるわけでございます。
 そういう経過を踏まえまして、私どもといたしましては、一方における我が国の国旗・国歌がオリンピックやあるいは国の内外で広く認識をされておるということ、すなわち定着をしておるということを裏づけるものの民意であると考えておるわけでございます。
 総理の答弁が変更したのではないかという御指摘でございますけれども、六月二十九日の衆議院の本会議で伊藤英成議員と志位和夫議員の質問に対しまして、君が代とは、日本国民の総意に基づく天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国と答弁をしたものでございまして、この答弁は、基本的にこれまでの総理大臣及び文部大臣の答弁の趣旨を踏まえもして論理的に整理をしたものでございまして、それが食い違っておるということではないわけでございます。
 なお、総理が本会議場でよくよく考えてという言葉を使われましたことについてお話がございましたが、確かに、総理が委員会審議を通じまして現在法制化を考えておらないという答弁をされましたことは事実でございます。
 けれども、その後、はしなくもと委員はおっしゃいましたけれども、私考えますと、今からも重くも、広島の世羅高校の石川校長が、日の丸・君が代の掲揚、斉唱を通じて、そして激しい交渉の中から、その大変な交渉過程を経て、孤立感の中からついに自殺をされたという重苦しい、また犠牲の大きい、再び起こしてはならない問題に私どもとしては直面をしたわけであります。
 これについて、参議院におきましても具体的な質問が相次いで、同じ広島で経験をされた宮澤大蔵大臣からも、一人の政治家としての真情を吐露される発言もあったわけでございます。
 こういうことを考え、いろいろな側面を考えますときに、やはりこの機会に、二十一世紀に先送りすることなくこれを法制化することが我々政治家に与えられた責任であると考えて、今回御審議をお願いすることにした次第であります。
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