安住淳の発言 (農林水産委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○安住委員 後からやるつもりだったのですが、これを前倒ししてちょっとやります。話がちょうどそういう話に、続きの方が皆さんわかりやすいと思いますから。
それでは、構造改善局長がいらっしゃいますから具体的にちょっと詳しい話をしますけれども、昭和三十七年に農地法が改正されました。この時点でのことを申し上げると、農業生産法人制度が初めて導入されるわけであります。そして、土地の信託制度が創設されますね。農地取得の上限の緩和というものもここで初めて出るわけです、大臣。
私はちょうどこの年に生まれたから余り偉そうなことは言えませんが、農地解放があって十五年近く過ぎた。しかし、あの農地解放を考えると、四百七十五万世帯の農家に百九十三万ヘクタールを売り渡したという歴史があります。解放した地主がたしか百二十五万戸。つまり、かなりの土地が細分化をされて、これが効率化を阻み、また同時に、時代背景からいうと、池田首相の所得倍増ではないですが、高度成長に走るためには二次産業に多くの人材が必要である。ですから、離農者というものをできるだけふやして人をシフトさせるためにも、農業にへばりついてやっている人をできるだけ少なくしよう、これは堂々と池田さんは、前の委員会で私言いましたけれども、資料にも書いてあるし、そういう方向だった。
そのときの農業所得というのは、たしか、資料を見ないでしゃべるから間違っているかもしれませんけれども、四十万ちょっとですよ。大臣はさっき八百万と言ったけれども、それは……(中川国務大臣「今ですよ」と呼ぶ)今ね。だけれども、そのうち農業所得というのは違うんですよ、百十万か二十万じゃないですか。あの当時は四十数万円で、たしか二十万ちょっとなんですよ、農業所得が。所得の半分ですわね。
そういうことからいっても少な過ぎるから、当時役所にいた人は既にもう退官なさっていらっしゃるんでしょうけれども、そこで多分、農地法の改正というのから土地の規制をできるだけ強めていこうという話になってきたんじゃないですか。
歴史的な経緯というのは私の認識で間違いないですか。