農林水産委員会

1999-05-20 衆議院 全262発言

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会議録情報#0
平成十一年五月二十日(木曜日)
    午前十時二分開議
  出席委員
   委員長 穂積 良行君
   理事 赤城 徳彦君 理事 増田 敏男君
   理事 松岡 利勝君 理事 横内 正明君
   理事 小平 忠正君 理事 木幡 弘道君
   理事 宮地 正介君 理事 一川 保夫君
      今村 雅弘君    小野寺五典君
      金子 一義君    金田 英行君
      岸本 光造君    熊谷 市雄君
      熊代 昭彦君    塩谷  立君
      鈴木 俊一君    園田 修光君
      戸井田 徹君    中山 成彬君
      萩山 教嚴君    御法川英文君
      水野 賢一君    宮腰 光寛君
      宮本 一三君    矢上 雅義君
      安住  淳君    今田 保典君
      鉢呂 吉雄君    堀込 征雄君
      上田  勇君    漆原 良夫君
      木村 太郎君    井上 喜一君
      佐々木洋平君    菅原喜重郎君
      中林よし子君    藤田 スミ君
      前島 秀行君
 出席国務大臣
        農林水産大臣  中川 昭一君
 出席政府委員
        農林水産大臣官
        房長      高木  賢君
        農林水産省経済
        局長      竹中 美晴君
        農林水産省構造
        改善局長    渡辺 好明君
        農林水産省農産
        園芸局長    樋口 久俊君
        農林水産省畜産
        局長      本田 浩次君
        農林水産省食品
        流通局長    福島啓史郎君
        食糧庁長官   堤  英隆君
        水産庁長官   中須 勇雄君
        自治大臣官房総
        務審議官    香山 充弘君
 委員外の出席者
        文部大臣官房審
        議官      銭谷 眞美君
        農林水産委員会
        専門員     外山 文雄君
委員の異動
五月二十日       
 辞任         補欠選任
  木部 佳昭君     戸井田 徹君
  神田  厚君     今田 保典君
同日       
 辞任         補欠選任
  戸井田 徹君     水野 賢一君
  今田 保典君     神田  厚君
同日       
 辞任         補欠選任
  水野 賢一君     木部 佳昭君
本日の会議に付した案件
 食料・農業・農村基本法案(内閣提出第六八号)
    午前十時二分開議
     ————◇—————
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穂積良行#1
○穂積委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、食料・農業・農村基本法案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。安住淳君。
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安住淳#2
○安住委員 おはようございます。
 きょうで四日目に入りました農業基本法、しかし実際はかなりもう質疑をしていまして、私もきょうで四回目ぐらいの質問でございますが、短い一時間の時間でございますけれども、きょうはちょっと別の観点といいますか、法案の中身というよりも、我が国農業が今後どういうふうな推移をするのかということを、いろいろな観点から少しお話をさせていただきたいと思っております。
 一九六一年に制定された農業基本法が始動して以来四十年弱の時間が過ぎましたが、私は、今日本の農業というのは、大きな意味で言えば構造調整の時期だろうなと思うんですね。だからこそ基本法というものが出てきたわけでありますが、その中で、それぞれの分野にわたって、では、農業基本法が一九六一年にできてからどう変わってきたのかということと、それに基づいて、それでは、そのまま推移をすれば、十年後、また二十年後どうなるのかということをまずきちっと踏まえなければならないと思っております。
 最初に中川大臣に聞きますが、私のこの感覚では、大きな構造調整の時期を迎えたというのは、大きな意味では、じり貧状態がどうも続いていて、その傾向に歯どめが全くかかっていない、それはある意味では、多種多様な施策を講じてきたにもかかわらず、その有効性がもうひとつではなかったかなという認識に私は立っております。
 最初に伺いますが、まず、この基本法の中でも大きな争点になっている自給率の問題ですね。昭和三十五年にはカロリーベースで七九%、それが非常に低落をして四一%。それでは大臣、これは、今のままの推移でいけば、農林水産省では、例えば平成二十二年とか、今から先十年後というのはどのように推移すると思われておられますか。
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中川昭一#3
○中川国務大臣 おはようございます。
 まず、食料自給率、今御指摘のとおり、昭和三十五年にはカロリーベースで七九%であったものが、直近の平成九年には四一%となっております。
 平成七年に閣議決定いたしました農産物の需要及び生産の長期見通しにおいては、実は二十二年という数字がないのでございますけれども、平成十七年度には四四から四六%と見通されております。これは、平成五年の数値を基礎に、生産についての持てる力の最大限の発揮によって、可能な限りの我が国農業生産の維持拡大を意欲的に見込んだものであります。
 また、就農人口、高齢化等について申し上げますが、基幹的な農業従事者数は、昭和三十五年には一千百七十五万人であったものが平成十年には二百四十一万人でございます。基本問題調査会の論議の過程で、この異動等が継続することを前提として推計した平成二十二年には百四十七万人になると見通されております。このうち六十五歳以上につきましては、現時点で百七万人が平成二十二年には七十四万人になると見通されております。
 農地面積につきましては、昭和三十五年には六百七万ヘクタールであったものが現時点では四百九十一万ヘクタールとなっております。基本問題調査会の議論の過程で平成二十二年の面積を推計しましたところ、まずケース一といたしまして、今後、農地転用、耕作放棄地等のこれまでの発生状況が継続する、要するに今のトレンドで行くと仮定した場合には、現在の農地面積から壊廃面積を調整いたしまして四百四十二万ヘクタール、それからケース二といたしまして、農家戸数の増減あるいは経営規模の縮小、拡大等の趨勢が続いたという数字を入れて仮定した場合には、農業経営に利用される面積としては三百九十六万ヘクタールとされております。
 それから農家総所得は、昭和三十五年には四十五万円であったものが平成九年には八百八十万円となっております。将来の推計は、物価、経済状況等にも左右されますので特に推計を行っておりません。
 一戸当たり平均経営規模は、昭和三十五年には〇・九ヘクタールであったものが平成十年には一・六ヘクタールとなっております。平均経営規模としては将来の推計は行っておりませんが、平成七年に閣議決定した農産物の需要及び生産の長期見通しにつき農政審議会で議論した過程においては平成十七年の農業構造の展望を見通しており、ここにおいては、稲作単一経営では十ヘクタール程度の規模の経営体が約五万程度形成されるというふうに見込んでおります。
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安住淳#4
○安住委員 質問をしないところまで丁寧に答えていただきまして、ありがとうございました。それはいいんですが、私もその数字は全部知っております。
 しかし大臣、私が聞きたいのは、それでは個別に伺いますが、ここはもうなぜということに対してちゃんと答えてもらいたいんですが、例えば経営規模について、昭和三十五年の時点で〇・七七、あの農地解放の時点でいろいろな数字がありますけれども、大体言われているのは、〇・四ちょっと、農地解放当時、平均〇・四ヘクタールぐらいだった。それが三十五年で〇・七七、今、七年で〇・九二ですよね。これは、集約化は図られたと思いますか。もし思ったとおり図られていないとすれば、何が原因だと思っていらっしゃるんですか。
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中川昭一#5
○中川国務大臣 昭和三十六年の基本法制定当時には、もちろん経営規模の拡大というのが一つの大きな目標であったわけでありまして、それに向かってのいろいろな施策も講じてきたわけでございます。
 一つには技術、あるいはまた、いろいろな合理化の進展によりまして労働時間が非常に少なくなってきた。特に稲作が顕著だと思いますけれども、一ヘクタール当たりでも、一俵当たりでもいいんですが、非常に労働時間が少なくなってきた。一方、高度経済成長の関係で、農地自体の価格も上昇して、土地に対する資産としてのウエートが非常に高くなってきた。
 これが両方複合的に作用した結果、いわゆる兼業農家としての農業所得もふえましたし、他産業へ行く時間の余裕も出てきたことによって所得がふえていったということで、いわゆる農地の流動化が逆に進みにくくなったということで、土地を手放さない、また、買おうとしても買えないということで、先生御指摘の趣旨のとおりでありまして、思ったとおりの経営規模の拡大が、そういう多方面のプラス要因が逆に経営規模の拡大に結びつかなかったというふうに理解をしております。
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安住淳#6
○安住委員 大臣、昭和三十五年に一千百七十五万人がいて、〇・七七ですよ。今二百四十一万人でしょう、農業就業者人口というのは。それでいて、大臣の北海道は別にして、一ヘクタールもないんですよ。これは失政と認めても私はいいと思いますよ、農林省。
 後で土地の問題をまた詳しく前回に引き続き私やらせてもらいますが、昭和二十年、二十一年、ずっとあります。二十七年に農地法が制定されて、三十六年に基本法の制度があって、農地法の改正があって、四十三年には都市計画法の制定があって、るるずっと来た。確かに、耕作地主義ということに一貫して農林省は、法案の中身だけ見ると、それはるる努力はしてきたのだと思いますよ。昭和五十五年、農用地利用増進法の制定なんてありますね。しかし、結果としては、思ったほどの集約化なんか進んでいないんじゃないですか。
 具体的に言えば、土地は耕す者のためにあると私は何度もこの委員会で言いましたけれども、そのことを徹底し切れなかった反省というのはないんですか。それに対して、ちゃんと農業基本法で何をするかという話を本当はやりたいんですよね。
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中川昭一#7
○中川国務大臣 全体としては、昭和三十五年に比べて一・二倍程度の伸びにしかすぎないと言っていいんでしょう。しかし、土地利用型農業に着目しますと、特に北海道の場合には三・六倍になっておるわけでございまして、北海道は専業であり、また土地の値段も北海道以外の地域に比べれば安いという事情もあって三・六倍に拡大をした。しかし、それ以外の施設型あるいは本州の地域では、全体としてそういう低い数字になったということでございます。
 施策としてもいろいろと、規模拡大あるいは農地の流動化といった施策をとってきたところでありますけれども、強制的に、あなたのところはもう農地を手放しなさいとかそういうことはできないわけでございまして、土地を持つこと、あるいは小規模で農業、稲作を営むことのメリットも農業者自身の側にあった結果としてそういう結果になっているということも事実ではないかと思っております。
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安住淳#8
○安住委員 いや、大臣、農水省は、結果的に土地の集約化を目指したんじゃないですかと聞いているんですよ。だけれども、今の厳然たるこの数字を見ると、それはそうなっていないですねということだけまず最初に答えていただけますか、そういう現状認識。
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中川昭一#9
○中川国務大臣 ですから、昭和三十五年から現時点まで全体として見ますならば、一・二倍というのは、三十数年間の数字としては目指した方向に達していないということは言えると思います。
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安住淳#10
○安住委員 後からやるつもりだったのですが、これを前倒ししてちょっとやります。話がちょうどそういう話に、続きの方が皆さんわかりやすいと思いますから。
 それでは、構造改善局長がいらっしゃいますから具体的にちょっと詳しい話をしますけれども、昭和三十七年に農地法が改正されました。この時点でのことを申し上げると、農業生産法人制度が初めて導入されるわけであります。そして、土地の信託制度が創設されますね。農地取得の上限の緩和というものもここで初めて出るわけです、大臣。
 私はちょうどこの年に生まれたから余り偉そうなことは言えませんが、農地解放があって十五年近く過ぎた。しかし、あの農地解放を考えると、四百七十五万世帯の農家に百九十三万ヘクタールを売り渡したという歴史があります。解放した地主がたしか百二十五万戸。つまり、かなりの土地が細分化をされて、これが効率化を阻み、また同時に、時代背景からいうと、池田首相の所得倍増ではないですが、高度成長に走るためには二次産業に多くの人材が必要である。ですから、離農者というものをできるだけふやして人をシフトさせるためにも、農業にへばりついてやっている人をできるだけ少なくしよう、これは堂々と池田さんは、前の委員会で私言いましたけれども、資料にも書いてあるし、そういう方向だった。
 そのときの農業所得というのは、たしか、資料を見ないでしゃべるから間違っているかもしれませんけれども、四十万ちょっとですよ。大臣はさっき八百万と言ったけれども、それは……(中川国務大臣「今ですよ」と呼ぶ)今ね。だけれども、そのうち農業所得というのは違うんですよ、百十万か二十万じゃないですか。あの当時は四十数万円で、たしか二十万ちょっとなんですよ、農業所得が。所得の半分ですわね。
 そういうことからいっても少な過ぎるから、当時役所にいた人は既にもう退官なさっていらっしゃるんでしょうけれども、そこで多分、農地法の改正というのから土地の規制をできるだけ強めていこうという話になってきたんじゃないですか。
 歴史的な経緯というのは私の認識で間違いないですか。
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渡辺好明#11
○渡辺(好)政府委員 重要な点を幾つか御指摘がございました。確かに、基本法制定当時においては、土地の自己所有という農地解放当時以来の影響が残っておりましたので、所有による規模拡大というところに重点が置かれていたわけでございますけれども、実際上は、社会経済情勢なり、先ほど大臣がお話をいたしました技術の問題あるいは土地の資産的保有の問題、そういうことで所有権を移転させるということはなかなかできなかったわけでございます。
 兼業の機会も増大をいたしましたし、そういうふうなことで、所有権の移転による規模拡大というのがなかなかできないということが社会経済情勢全体の中でわかってまいりましたので、先ほど御指摘があった、むしろ賃借による利用権の設定ということで、一番画期的なのは五十年代半ばの農用地利用増進制度だろうと思います。貸しやすく借りやすいという、そういうふうな状況の中で、今日、利用権の集積による規模拡大が進んできているわけでございます。
 それから、先ほど先生から御指摘がございました、数字の総平均によって規模拡大が進んでいないという御指摘でございますけれども、私ども、確かに都府県において一戸当たりの経営規模は一・二倍ということでございますけれども、三ヘクタール以上層の農家の耕地面積シェア、これは昭和三十五年当時三%から現在二一%まで増加をしているということでございますので、そういう点では農地の集約というのは相当な進展を見ているという評価もできるのではないかというふうに思っております。
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安住淳#12
○安住委員 一理あると思いますよ。しかし、これは農業法人の問題まで進んでいきますから、その話で言うと。
 それは、今局長さんがおっしゃった話で言うと、それだったら、昭和四十五年にたしか農地法をまた改正してあるはずですよね。その改正をしたときの審議の中身というのを私読んだことがあるんですよ。それはたしか、所有権の移転が本当に全然進まないから、売買、賃貸をさらに進めるというのを昭和四十五年の改正案でやった。そのときには小作料規制の緩和や農業生産法人の要件を緩和したり、それから、経営規模拡大のための農地保有合理化法人による農地等の売買を認めるようになった。つまり、農協の委託経営もこの時点で始まるわけです。
 やれどもやれどもとは言いませんが、しかしこれは、社会的に見ると、ちょうどこの時期というのは土地の高騰の時代といいますか、列島改造論のブームに応じて、どうも農地というのは耕しただけでは余りもうからないけれども、特に都市近郊はそうですが、持っているだけで、一山当てるとは言わないが、資産になるぞと、だから幾らでもとにかくその土地にしがみついていこう、やはりそういう社会風土というのがあったのではないか。それを引きはがすために、規制がかかった中で農林省はさまざまな努力はしたのだと思いますが、結果としては、賃貸も含めて申し上げると、やはり思うように進まなかったということがあったのだというふうに私は認識をしております。いかがですか。
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中川昭一#13
○中川国務大臣 具体的な数字は局長の方からお答えさせますが、日本の伝統的な長い農業の歴史の中で、やはり土地に対する執着というのは、長い間の農業者を初めとする一つの日本の文化、歴史を支える大きな一つの要因であったのではないか。したがって、こういう場でこういうことを言っていいのかわかりませんが、いわゆるたわけ者という言葉がありますけれども、これは決していい意味ではないということで、そんなようなこともあった。
 一方では、やはり経済的要因から離農するということもなかなか、ほかのところの就業機会を農地を所有しながらできるという経済情勢もあったわけでございまして、高度経済成長で他産業の就業機会もふえる。一方、農地の価格も上がるという形で、確かにそういう意味で、農地を持ちながら、農業をしながら他産業での所得もふえるということがあった。
 それに対して、インセンティブとしていろいろな施策を講じたわけでございますけれども、それがまさに基本法の一つの目標でもあったわけでありますけれども、日本経済全体から見て、農政全体から見て、あなたはもう離農した方がいいんじゃないですかとか、土地を手放した方がいいんじゃないですかというようなことを強制的にできるということは、日本の社会体制ではできないわけでございますから、そのぎりぎりの中でいろいろな努力をしてきたということが一つの歴史的な結果であったのではないかというふうに思っております。
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渡辺好明#14
○渡辺(好)政府委員 先生、四十五年の農地法改正にお触れになりましたので、ちょっとその点についてコメントをさせていただきたいと思います。
 確かに、四十五年の改正はかなり大きな改正でございまして、四点ほど大きな内容があるんですけれども、その中でも、目的規定を改正いたしまして、土地の農業上の効率的な利用を図るためというのを加えました。それは、今大臣からも御説明をいたしましたように、兼業、そして耕作が手抜きになるというふうなことを踏まえてこの目的規定をつけ加えたわけでございますし、同時に、農地保有合理化法人制度を創設いたしたわけでございます。
 そういう手だてを打ったわけでございますけれども、まだその当時におきましては、いわば借り手側の権利といいますか、それが非常に重視をされていた時代でございまして、貸し手にとってみれば高額な離作料を取られるというふうなこともございまして、この点についての、先ほどの私の答弁でいえば貸しやすい、借りやすい、返しやすい、こういうふうな状況をつくり出すまでにもうしばらく時間がかかりました。五十五年の農用地利用増進法の制定によりまして、そういう分野について画期的な前進が図られたという認識でございます。
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安住淳#15
○安住委員 大臣、昭和四十六年当時の我が国の耕地面積は幾らだったか御存じですか、たしか五百八十万だった。いや、急に、通告も何もない話ですから別に正確な……。そんなものじゃないですか。
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中川昭一#16
○中川国務大臣 手元にあるのが、耕地面積、四十年が六百万、五十五年が五百四十五万ですから、先生御指摘のように、ちょうど中間ぐらいですから、五百六、七、八十万ぐらいじゃないかと思います。
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安住淳#17
○安住委員 現在に話を戻してくると、今四百九十万でしょう。やはり私はこう思うのです。これは別に農水省を責めているわけでもなくて、世の中の社会情勢の中で農業をどう考えるか。やはり百万ヘクタールが農地でなくなっているわけですよ。そうでしょう。それは多分、都市開発やなんかが進んで、相当の農地が化けてしまったのですね。そう思いませんか、大臣。
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中川昭一#18
○中川国務大臣 減った原因は、もちろん農地からほかの産業用の施設に変わったという部分もあると思いますし、また、農村地域における道路とかあるいは公共的ないろいろな施設に、公共用の土地収用という別の一つの制度もございますし、そういう意味で、農地から公共用施設に変わっていったという面等々いろいろあると思います。
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安住淳#19
○安住委員 そこで、今度は昭和四十七、八年ごろに米価はどうだったかというと、私の記憶では、毎年のように大変な上がり方をする。官房長、そうですね、四十七、八年というのは大変なんです。つまり、農家から見ると、いろいろな矛盾と、やはり基本が見えなくなってきている時代だったと思うのですね。一方で大変な減反をここで強いたわけですね。
 ばらばらな、ちょっとまとまりのない話をさせてもらうと、たしか四十五年で持ち越し在庫が七百二十万でしょう。それで、五百八十九万、三百七万とくるわけですよ。またそれが五十年代に入って、六百六十六万という昭和五十五年の数字があるのです。つまり、減反が始まって、当時大体二五%ぐらい、国家予算で一兆円という話を私はこの間しましたけれども、四十五年、六年というのはそういう年です。
 そういう中で、当時のことを余り責めてもしようがないのですが、多分その時点では、一等農地というか、農地をできるだけ守って、なおかつ土地の集約化を図っていって、規模拡大をして足腰の強い農業をつくるという大きな目標があったにもかかわらず、今私が説明したような社会状況があって、しかし減反に伴って、また米価も上がった。だから結局、思うように後継者がといいますか、今で言う、つまり認定農家になり得るような、柱になるような農家というものができなかったのではなかったか、私はそういうふうに考えているのですけれども、いかがですか。
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中川昭一#20
○中川国務大臣 先生は先ほどから米中心に御議論されているというふうに理解をしておりますが、確かに米に関していえば、昭和四十年ぐらいに自給を達成いたしまして、その後四十年代、五十年代初頭と二回にわたって大過剰を経験したわけであります。そういう意味で、米については一〇〇%以上の、お天気次第でございますから作況が一〇〇を割ることもときどきありますけれども、そういう中で、農政全体としての位置づけと、その中で中心的な稲作、米についていえば、まさに先生御指摘のような需給の、供給過剰の状態が続いてきた。
 では、なぜほかの部分に振り分け、全体として減っている、しかも自給できない主要な作物もいっぱいあるのにもかかわらず、米以外のところにいかないかといえば、やはり米が主食であり、生産者にとってもメリットがありということで、結局、米だけを見ればそういう状態がずっと続いてきたというふうに私も思います。
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安住淳#21
○安住委員 いや、私は米の話をしているんじゃなくて、農地の流動化を妨げてきて規模の拡大ということができなかった、それが結果的には、きのうもどなたかの質問のときにありましたけれども、内外価格差をやはり生んだ原因ではなかったかな、私はそういうふうに思っているんです。
 しかし、全く何もしてこなかったと言っているわけじゃないですよ。認めますよ。例えば、平成五年の農地法の改正、それからこの間の十年の改正、私は、流動化に対する一定の制度は多分ようやくできたんだろうなと。
 そこで、それでは基本法の問題に入ります。大臣は、四百九十一万ヘクタールというものをこれから先十年後も維持しなければならないと思っていらっしゃるのか、なおかつ、そのためにはどういうことが必要だと思っていらっしゃるのか、まずこれから伺います。
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中川昭一#22
○中川国務大臣 基本法の基本理念の一番最初にあります、二条の食料の安定供給と、十九条にあります、不測の事態における食料安全保障の観点からの確保については、可能な限り国内生産を中心として確保していかなければならないというふうに考えております。
 そのためには、農地だけではなくて、担い手あるいは技術、あるいは国民的な理解等々いろいろな要素も必要でございますけれども、特に品目ごとの作付等も十分考慮し、それを総合的に積み上げた形で、今後ともこの農地を維持しながら、いわゆる国内生産を基本とするという趣旨がより高い水準で達成できるようにしていかなければならないというふうに考えております。
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安住淳#23
○安住委員 それは前提としてわかりますが、しかし、私は何らかの歯どめと何らかの規制をかけないと、四百九十一万ヘクタールが十年後にそのまま維持できているとは、今までの社会の流れからいって考えられないんですよ。
 つまり、私自身も、土地を固定化するということに関して言えば、憲法上も含めて、相当私有権の問題に踏み込んだ話になるかもしれません。しかし、自給率という点から言えば、本来であれば一〇〇%にするには一千七百万ヘクタールも必要な国で、わずか、とらの子のと言ってはあれだが、四百九十一万しかもうない。これを本当に守っていくということであれば、大臣、何とかでなければならないなんという話じゃなくて、もっと踏み込んだ考えが必要だし、なおかつ、農業生産法人のところでやりますけれども、規模拡大と、それから、きょうはWTOの話は避けますけれども、これから非常に足腰の強い、国際的に内外価格差を埋めていくということを、例えば米だけに限って言えば、やるということになれば、それは、基本計画をつくるんでしょうけれども、相当の決意と覚悟が私は必要だと思うんですが、いかがですか。
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渡辺好明#24
○渡辺(好)政府委員 食料の安定供給、それから安全保障、この点から農地をしっかり確保していかなければいけないという点は、まことにそのとおりでありますし、先生がおっしゃっておられる危機感につきましては、私どもも全く同様に考えております。
 こういう観点から、実はこの国会に農振法の改正もお願いをしております。農振法の改正の中におきまして、国が農地の確保に関する基本的な方針を定めるということで、国としての意図をきちんと表明する、そして農振地域の中の、とりわけ農用地区域内の優良農地の確保については、どういう線引きをするかということを、従来の通達ではなくて、法定でしっかりと事由を世の中に知らしめていく。それに、さきの国会で成立をさせていただきました農地法による転用につきましても、その基準を法定で明確にするというふうなことをやっているわけでございます。
 そういったことと、先ほど来御説明申し上げておりますような作物別の必要面積の積み上げ、そして、この面積をどういう農地の利用、つまり現状を見ますと、耕作放棄地もございますし、それから冬場の水田の利用率は三割以下というふうな現状もございますので、そういった利用の仕方ということの組み合わせにおきまして、基本計画上にきちんと明記をし優良農地を守っていく、農地の総量を守っていくというふうなことをはっきりさせていきたいというふうに考えております。
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安住淳#25
○安住委員 我が党は、きょうの新聞にも出ておりましたが、修正案を出しました。修正案といいますか、我々の党としては、食料の自給率の向上というものを明記すべきだと。
 私は個人的には、大臣、農地の耕作面積を維持するということも、かなり大きな柱として、法案の中に書くのは難しいかもしれないですけれども、一つの重要な柱として掲げていって、この基本計画の中にも取り入れるべきではないかと思うんですけれども、いかがでございますか。
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中川昭一#26
○中川国務大臣 先生の御質問のポイントは、やはりきちっと農地を確保して、そして食料をきちっと国内で生産していくという御趣旨だろうと思います。
 全体としての食料については、二条あるいは基本計画等であるわけでございますが、農地につきましても、二十三条で国内の農業生産に必要な農地の確保、有効利用を図るため、農地として利用すべき云々、そのためにはその他必要な施策を講ずるものとするということで明記をしてございます。
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安住淳#27
○安住委員 これは通告していないですから多分数字はわからないと思いますけれども、渡辺さん、四百九十一万ヘクタールあるでしょう。そのうち休耕田とか耕作放棄地ですね、休耕田といっても、減反に伴って何も、例えば転作をしないとかじゃなくて、全く田んぼをつくっていなかったり、また耕作放棄している、こういうのは全体の何割ぐらいあるんですか、ざっとでいいですから。
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渡辺好明#28
○渡辺(好)政府委員 ざっとした数字ということでございますので、お答え申し上げます。
 耕作放棄地は現在十六万ヘクタール、それから不作付地、一年間作付を行わなかった農地というのも同じ十六万、両方合わせて三十二万程度と記憶しております。
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安住淳#29
○安住委員 今の制度でいうと、例えばそれに対する課税制度なんかについては、普通の農地と変わりませんか。
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