大見忠弘の発言 (経済・産業委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(大見忠弘君) 日本は今まで評価をするということは意識的に避けてきた国ではないかと思うんです。大変難しいという理由で、だからやめましょうというふうな方向に動いた国だろうと思うんです。これは、一つにはコンセンサス社会だとかそういうことと全部リンクしていると思うんですけれども、なかなかよくわからない事柄をなるべく定量的に表現するという努力を日本は怠ったと思うんです。
アメリカあるいはヨーロッパは、そういうなかなか定量化しにくいものをなるべく客観的にみんなが認めるような数値にしていきましょうという努力をし続けてきたと思うんです。例えば日本なんかの場合で、最近は多くなってきたんですけれども、アワード、各種の賞、これもなかなか日本ではつくれないですね。よし悪しの判断が非常に難しいからというので、難しいということでやめましょうという方向に行っちゃうんです。
このアメリカやヨーロッパと日本の差が結局、混沌としていてまだもやもやしている状況の中から新しい社会の構造であるとか産業の構造であるとかというのをつくり上げていくときの非常に大きな差になるんです。不十分であろうと何だろうとまず定量化を努力してみる、まずいところがあれば次々と是正する、そういう努力をし続けてきた国と逃げまくった国の差が今出ているんだと思うんです。
樋口会長が今おっしゃられた、アメリカ側から格付をされたときに何をと思うことが日本人には多々あると思うんです。これはそれぞれの民族で全然風俗習慣が違いますし、やっぱり狩猟民族、肉食系の諸君と農耕民族の草食系の人間では非常に違うところがあります。ですから、そういうときに、このやろうと思っても、我々はこういうものがいいですよというカウンタープロポーズができないときには世界の議論のテーブルに乗れません。もやもやしたものをいかに定量化するかということが新しい学問をつくる道であり、新しい社会構造をつくる道であり、新しい産業構造をつくる道なんです。結果として、ハイテクはあってハイテクビジネスはないよ、こういう国になっているんだと思うんです。
そういう評価のイシューをしっかり、しょっちゅういろんな人からけちょんけちょんにしかられますね。しかられると逃げまくるということが日本人には多いと思うんですけれども、そういう御批判を全部吸収しながらブラッシュアップを続けていく、こういう努力をしないと強い国にならないと思います。