市橋克哉の発言 (行財政改革・税制等に関する特別委員会)
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○参考人(市橋克哉君) 名古屋大学の市橋です。よろしくお願いします。
現在、この国会に提出されております地方分権一括法案について、大学で行政法を担当している者として少しお話をさせていただきたいと思います。
まず、この地方分権一括法案の中で最も大きな改正点は、既に三人の参考人の方々からお話がありますように、機関委任事務制度が廃止されたということです。これは地方自治の発展を願う人々の長年の要求でした。私もこの点で画期的なことだと考えています。特に、ここにおられる諸井委員長を初めとする分権推進委員会の皆様の苦労のたまものだというふうに考えています。
しかし、機関委任事務の制度を廃止した後に地方分権一括法案が新しくつくろうとしている仕組みについて見ると、幾つかの点で私は危惧の念を持っています。それは、今回の地方分権の目標でありました、先ほどからも出ていますが、国と地方公共団体との関係をこれまでの上下主従の関係から対等、協力の関係へと変える、そのために従来の国による地方公共団体への関与の仕組みを改めて、これを縮減するという点でして、果たして地方分権一括法は本当にそのようなものになっているのだろうかという問題です。
ここでは、この国による関与という問題に絞りまして、少し意見を述べさせていただきます。
専門が行政法ということで、これからお話しすることは少し細かい話になるかと思いますが、お聞き願えればと思います。
第一に、地方分権一括法で掲げられた関与の法定主義に基づいて挙げられている多数のそして多様な関与の中で最も大きな問題は、先ほども池田参考人の方から指摘がありましたが、自治事務に関して行われる是正の要求だと思っています。
地方自治法改正案を見ると、国から是正の要求が来ると地方公共団体は、これは改正案の二百四十五条の五第五項ですが、「違反の是正又は改善のための必要な措置を講じなければならない。」とされておりまして、地方公共団体には違反是正と改善措置の義務が課せられることになりました。
新たに設けられた地方公共団体が国の関与を訴える紛争処理の仕組みにおいても、この是正の要求は、許可の拒否その他の処分と並んで公権力の行使に当たる関与、これは地方自治法改正案の二百五十条の十三の第一項ですが、とされまして、明確に権力的な関与の一つとなっています。
この結果、是正の要求に不服がある場合には地方公共団体は必ず紛争処理手続を使って争わなければならず、争った訴えが入れられなかった場合にはもちろん、争わない場合にも違反是正、改善措置をとらないことは違法となるため、その是正の要求には従わなければならないということになりました。
是正の要求は、現行の地方自治法二百四十六条の二第一項が定める内閣総理大臣の措置要求に倣ったものとされていますが、現在の措置要求については非権力的な関与の一態様と解されています。この点は長野士郎氏のコンメンタール等でもそのように言っています。これは、代執行のような強制措置をとることができないのはもちろんですが、是正の要求のように、違反是正、改善措置義務を課す規定や、これを公権力の行使として訴える仕組みもありません。
したがって、地方公共団体は、みずからがとった、またはとらない事務処理が正しいと考えるときは、自己の責任において措置要求に従わないという対応をとる道も確保されていたと思います。そして、そのように対応したからといって、それが直ちに違法となるものでもなかったと考えます。
地方公共団体の自治事務の処理について国が権力的な関与をなし得る場合、これは現在の法律では、いずれも個別の法律の中に命令あるいは指示などのそういう権力的関与ができる旨を定めた根拠規定が置かれているときに限られています。例えば港湾法の四十七条で、港湾管理者が差別的取り扱いをした場合、運輸大臣が命令を出せるといったような、こういうものです。
地方自治法の改正案でも、権力的関与である指示の方を見ると、「国民の生命、身体又は財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」に限って、個別の法律にその根拠規定が置かれているときになし得るものです。これは、権力的関与を用いるときには必ず個別の法律の具体的な根拠が必要であるとする法治主義の考え方からすると当然の法的な規律だと思います。
したがって、もし是正の要求を権力的関与として国が行えるようにするのであれば、やはりこれまでの命令や指示の場合と同じように、個別法に具体的な根拠規定を設けることが必要だと思います。地方自治法に是正の要求に関する一般的な根拠規定を置くだけでは足りないと考えています。また、是正の要求をなし得る場合を定める要件についても、指示の場合の要件である「国民の生命、身体又は財産の保護」といったこととのつり合いを考慮して、例えば、国民の生命、身体、財産または環境上の利益の保護といった具体的な要件を少し広げて設けて、その行使を厳しく限定することが必要だと考えます。
もし、是正の要求について、個別法に具体的な根拠規定を設けることなく、地方自治法改正案が定めた一般的根拠規定だけでその関与を許すのであれば、この場合の是正の要求は、法治主義の考え方にのっとって、実体的にはあくまで非権力的な関与であって、紛争処理の手続上、処分として扱う必要があるため権力的関与として構成したにすぎないと考えるべきだと思います。この場合、地方公共団体が負う違法是正・改善措置義務も、法的拘束力がある本来の義務ではなくて、事実上の尊重義務というふうに解すべきだと思います。
次に、地方自治法改正案に置かれた一般的根拠規定ではなく、個別法の根拠規定に基づいて行われている地方公共団体に対する権力的関与の中にも見過ごせない問題があります。それは、国の直接執行と呼ばれているものです。
地方分権推進委員会第二次勧告や地方分権推進計画を見ますと、国民の利益を保護する緊急の必要がある場合に、本来、自治事務として地方公共団体が処理する事項を国が直接執行すると述べられています。この考え方を受けて、例えば、国民の健康を守るため緊急の必要があると厚生大臣が認める場合にあっては、都道府県知事等の権限に属する事務を厚生大臣が行うといった規定が設けられています。
しかし、衆議院の審議においてたびたび問題にされていましたが、例えば建築基準法十七条一項及び七項のように、建設大臣が、国の利害に重大な関係がある建築物に関し必要があると認めるときは都道府県知事に指示をし、都道府県知事がその指示に従わないときは、審議会の確認を受けてみずから直接執行ができるといった規定が置かれています。ここでは、国民の生命、健康といった最も重要な法益に対する直接差し迫った具体的危険が存在しなくても、国が抽象的、一般的な国の利害に重大な関係があると判断すれば、広く直接執行ができる道が開かれていると思います。
国の直接執行には、この建築基準法十七条一項及び七項のように、まず指示によって地方公共団体を義務づける。それから、その義務履行がない場合にみずからかわって執行するという仕組みを持つ点で、代執行のタイプのものがあります。しかし、これは法定受託事務や現在の機関委任事務にあるような裁判を経て行われる執行ではありません。
それから、水道法の四十条一項及び三項のように、災害その他非常の場合に当たると国が判断すると、地方公共団体に対する指示等の義務づけを行うことなく、その事実だけをもって直ちに国が直接執行してしまう仕組みまであります。これは、直接的な実力行使をしていませんけれども、形の上では即時強制タイプのものではないかというふうに考えます。
こうした直接執行は、地方公共団体にとっては、単に法的拘束力を持つだけではなく強制力を持つという点で、指示等の通常の権力的関与よりさらに権力性の強いものになっていると言えます。したがって、これらのタイプの直接執行については、指示の場合の要件よりもさらに狭めて、国民の生命、健康がまさに侵されようとしているという緊急の場合にのみ厳しく限定して、先ほどから自己決定が強調されていますが、住民自身による対応では間に合わないという事態において発動すべきものと考えます。その限りで、裁判の道を排除するという、適正な手続を横に置くということも緊急避難的に許されるというふうに考えています。
しかし、もし、この種の直接執行について、個別法の幾つかの規定に見られるように、広い要件のもとで用いることを認めると、もう一つ裁判との関係で次のような問題があることも看過できないと思います。
それは地方自治法改正案の二百五十一条の五第八項を見てもらうとわかりますが、一方で行政事件訴訟法の八条二項及び二十五条から二十九条までの準用を認めていません。これは何を言っているかというと、不服申し立て前置があっても緊急の必要がある場合には不服申し立てを経ないで裁判所に行けるというのが八条二項です。それから、二十五条以下は御存じのように執行停止の仕組みです。これが準用から排除されています。それからもう一つ、四十四条に公権力の行使は仮処分ができないという規定があります。したがって、民事の争いもできません。
そうなってくると、新しい紛争処理の手続をつくっていただいたわけなんですが、この裁判は裁判をやったとしても直接執行が目前に迫っているという状況において、地方自治法改正案が認める紛争処理の仕組みを利用して争訟を提起したとしても、仮処分も執行停止の仕組みも結局使えないということになります。争訟係属中に直接執行をとめる道がありません。この間に直接執行されてしまえば訴えの利益がなくなりますから、裁判は維持できないということになります。この点で、ぜひ行政事件訴訟法の準用に関する規定に着目をしていただいて、見直しをしていただけないかというふうに思っています。執行停止の仕組みを盛り込む必要があると思います。
また、執行停止の仕組みを欠いた紛争処理の仕組みにもし手をつけないとするならば、地方公共団体は確実な救済の道として、もう一度原則に立ち返って、みずからの自治権が侵害されたというふうに主張し、みずから原告となり、今度の仕組みは機関訴訟という特別の仕組みを使っていますけれども、これでは救済の道が確保できませんから、通常の裁判、つまり通常の行政訴訟の道が開かれているということを改めて確認しておく必要があります。今度の仕組みがあるからもう普通のものは使わなくていいんだとか、そういう議論がもしあるとすれば、大変問題な状況が起こる可能性があると思います。
最後に、国による地方公共団体に対する関与の問題について、特に問題が大きいと考えています点について意見を述べさせていただきましたけれども、この間の衆議院での審議を拝見していまして、ほかの問題もそういうものが多々あるということは既に参考人の方々からも言われていますが、この関与の問題についても議論はまだまだ始まったばかりであるという印象を持っています。
したがいまして、地方自治法改正案はもちろん、四百七十五本という膨大な数の個別法の規定にも十分目を配り、さらには行政事件訴訟法等にも目を配っていただいて、きめ細かい審議をぜひお願いしたいというふうに思います。
どうもありがとうございました。