亀井郁夫の発言 (国旗及び国歌に関する特別委員会)
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○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。
国旗・国歌を法制化する、それについて審議するこの特別委員会で質問の機会をいただきましたことを心から感謝申し上げ、いささか緊張ぎみでございますけれども、いろいろとお尋ねしたいと思うわけであります。
私の地元であります広島の世羅高校の石川校長先生がみずから命を絶つという痛ましい事件があり、それを契機にして国旗・国歌の法制化に小渕総理は踏み切られたわけでございまして、そういう意味では、その法案が今や成立間近ということでございますので、本当にうれしく存ずるわけでもございます。
御案内のように、石川校長先生は、この春の卒業式に国旗の掲揚、国歌の斉唱をぜひやりたいということで努力されたわけでありますけれども、先生方の同意を得ることができなくて、とうとう最後に、卒業式の前日でございますが、二月二十八日の日に、何が正しいかわからない、管理能力はないことかもしれないが、自分の選ぶべき道はどこにもない、こういった遺書を残してみずからの命を絶たれたわけであります。
この言葉は、解放同盟広島県連が事実上支配してしまっております広島県の教育の状況と、逼塞状況にある広島県の教育の状況を本当に率直に、また如実に物語っている言葉ではないかと私は思うわけでもございます。
広島県の場合は、宮澤大蔵大臣が予算委員会で、四十年前から大変だったということを率直に申し上げられましたけれども、そのとおりでございまして、三十年前の四十三年に解放同盟と教職員組合とそしてまた同和教育研究協議会の三つが一緒になりましていろいろ動き始めました。それから解放同盟の糾弾活動が大変厳しくなったわけでございまして、多くの先生方がみずから命を絶つということでございまして、昭和六十年ごろまでに十数名の方々が命を絶たれたわけであります。これはわかっている方だけでありまして、言われない方が多いものですからもっともっとおられるんだと思いますけれども、そういう状況が続いたわけでございます。
それではいけないということで、昭和六十年に広島県議会が立ち上がりまして、こんなことを続けるんだったら同和対策事業についても考えるよということを言ったわけでございます。そうすると、これが大変解放同盟を刺激いたしまして、猛反撃を受けることになりまして、非常に混乱が続いたわけであります。
そういう状況の中で、当時の竹下県知事が間に立ちまして、解放同盟と教職員組合、さらには同和教育研究協議会に加えまして県知事と県会議長と教育長の三者が加わりました形で確認書がつくられたわけでございます。今、八者懇の確認書と言われておりますけれども、これでございますが、問題はその中に同和教育や差別問題については解放同盟と連携を密にしてやるという内容の文書があったわけでございます。これをもとにいたしまして、解放同盟は大手を振って広島県の教育現場に入ることができるようになったわけでございまして、一段と厳しくなったわけであります。
そういう流れの中で、平成四年でございますけれども、これも二・二八文書とよく言われておりますけれども、当時の教育長であった菅川先生が出された文書がございまして、これが解放同盟と教職員組合に出された確認書でございますが、その文書の中は、文言的にも非常に問題があるし、国民的に国旗・国歌は、日の丸・君が代は国民的なコンセンサスをまだ得ていないというふうな表現になり、いろいろと問題があるので、その意味ではこういうことを教育的内容として盛り込む必要があるんだということを書かれた文書を出されたわけであります。
それ以降、平成四年の春から国旗は一〇〇%上がるようになりましたけれども、しかしその前提としては、校長先生が必ず卒業式や入学式の日か前の日に生徒を集めて国旗の意味をちゃんと説明するように、ということはどういうことかというと、日本が侵略戦争において使ってきた日の丸の旗なんだと、そういったことで非常に厳しい面での歴史的意味をちゃんと説明するようにということが条件になって、広島県の公立学校ではこれがずっと繰り返されてきたわけであります。
そういうふうな状況の中で、昨年の参議院の予算委員会で小山先生の紹介によりまして福山の中学校の佐藤先生という先生が参考人として立たれて、広島県の教育現場の荒れようを率直に話されました。それで、文部省もこれは大変だということで四月に調査に入られまして、そして十数項目にわたって是正勧告を出されたわけでございますけれども、その中にこの国旗の掲揚、国歌の斉唱ということが入っておったわけでございます。
そういうことから、県の教育委員会は教育長を中心にしまして是正勧告を実施して、そして改善を図っていきたいという努力を続けておられますけれども、そうした中で世羅高校の校長先生の自殺という事件が起こったわけでございますので、その背景を御理解いただきたいと思うわけであります。
私もあれ以来、三度ばかり仏壇参りをしてまいりました。五月の連休明けに参ったとき、ちょうど四十九日の後でございましたけれども、そのときに参り、またさらに七月に参りましたけれども、ここで驚いた事実を皆さん方にお話し申し上げたいと思います。
もうかれこれ四カ月も五カ月もたつんですけれども、しかしいまだに、かつて石川校長先生と職場をともにしておられた世羅高校の先生方がだれ一人として線香を一本も上げに来ていないという事実であります。私は驚きました。人間としてこういうことが許されるのかということでございます。石川先生も非常にまじめな方で、気もそんなに強くなかったんだと思うんですけれども、そういうことでみずから命を絶たれたわけであります。先生方とそんな大きなトラブルがなかったように聞いておりますから、恨まれてあの世に行かれたわけではないんですから、一人ぐらいは線香を上げに来ましたという先生がおってもいいんじゃないかと思うんですが、ゼロということに驚いたわけであります。
そうすると、数十名の世羅高の先生方が完全にマインドコントロールされているのか、あるいは何かが怖くて参ることができないのか、私は二つに一つだろうと思うわけでありますけれども、そういう意味では、全員がマインドコントロールされて人の心を失ってしまったとは私は思いたくありません。ですから、私はやはり怖いんだろうと思うんです。何が怖いのかというと、これは推測でございますけれども、解放同盟であり教職員組合だろうと私は思うわけでございます。
このように大変大きな問題になっておりまして、そうした状況につきまして私は本当にこれじゃいけないなという思いを強くしたわけでございますが、こうした広島県の教育現場のありようにつきまして、官房長官並びに文部大臣に御感想をお聞きしたいと思います。