国旗及び国歌に関する特別委員会

1999-08-02 参議院 全226発言

⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

会議録情報#0
平成十一年八月二日(月曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 七月三十日
    辞任         補欠選任
     本岡 昭次君     直嶋 正行君
     松 あきら君     山本  保君
     笠井  亮君     林  紀子君
     山下 芳生君     畑野 君枝君
 八月二日
    辞任         補欠選任
     直嶋 正行君     佐藤 雄平君
     畑野 君枝君     笠井  亮君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         岩崎 純三君
    理 事
                鴻池 祥肇君
                溝手 顕正君
                江田 五月君
                森本 晃司君
                笠井  亮君
                林  紀子君
    委 員
                市川 一朗君
                景山俊太郎君
                亀井 郁夫君
                中川 義雄君
                南野知惠子君
                橋本 聖子君
                馳   浩君
                森田 次夫君
                足立 良平君
                石田 美栄君
                江本 孟紀君
                佐藤 雄平君
                竹村 泰子君
                直嶋 正行君
                山下 栄一君
                山本  保君
                畑野 君枝君
                山本 正和君
                扇  千景君
                山崎  力君
   国務大臣
       文部大臣     有馬 朗人君
       国務大臣
       (内閣官房長官) 野中 広務君
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長
       兼内閣総理大臣
       官房内政審議室
       長        竹島 一彦君
       内閣法制局長官  大森 政輔君
       内閣法制局第二
       部長       宮崎 礼壹君
       内閣総理大臣官
       房審議官     佐藤 正紀君
       総務庁長官官房
       審議官      久山 慎一君
       外務省アジア局
       長        阿南 惟茂君
       文部大臣官房長  小野 元之君
       文部省初等中等
       教育局長     御手洗 康君
       文部省教育助成
       局長       矢野 重典君
       文部省高等教育
       局長       佐々木正峰君
       文部省体育局長  遠藤 昭雄君
       厚生省社会・援
       護局長      炭谷  茂君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        志村 昌俊君
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠選任の件
○国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)



    ─────────────
この発言だけを見る →
岩崎純三#1
○委員長(岩崎純三君) ただいまから国旗及び国歌に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る七月三十日、本岡昭次君、松あきら君、笠井亮君及び山下芳生君が委員を辞任され、その補欠として直嶋正行君、山本保君、林紀子君及び畑野君枝君が選任されました。
    ─────────────
この発言だけを見る →
岩崎純三#2
○委員長(岩崎純三君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →
岩崎純三#3
○委員長(岩崎純三君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に林紀子君を指名いたします。
    ─────────────
この発言だけを見る →
岩崎純三#4
○委員長(岩崎純三君) 国旗及び国歌に関する法律案を議題とし、前回に引き続き質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →
馳浩#5
○馳浩君 おはようございます。自由民主党の馳です。
 まず冒頭に、ちょっと質問通告はしていないんですが、ただ、衆議院の方でも議論があったと思いますので教えていただきたいんですが、この法案は、第一条「国旗は、日章旗とする。」、第二条として「国歌は、君が代とする。」とありますが、「とする」というふうな書き方をした場合に、これは法律的ないろいろ技術論があるのかもしれませんが、私は一応もともと国語の教員なんですけれども、「する」という場合には主語が必要なわけでありまして、その主語は政府となると思うんですけれども、国旗・国歌を政府が決定するというふうな姿勢は、国民主権の我が国の体制からすればどうもちょっと違和感を私は感じてしまいます。
 慣習法として定着しているというのであるならば、国旗は日章旗である、国歌は君が代であるというふうな文章の方が明確ではないかなと私は思うのでありますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →
竹島一彦#6
○政府委員(竹島一彦君) 今回の法律案の策定に当たりまして、今、先生御指摘のようなことも考えたわけでございますけれども、実態は、政府としては、国旗が日の丸の旗であり国歌が君が代であるということが国民の間に広く親しみを持って受けとめられているという意味で、定着しているという事実、言いかえれば慣習法として定着しているという事実に立脚いたしまして今回の法制化を図ったわけでございますが、法制化を図るのは今回が初めてでございますので、AはBであるという、言ってみると定義のようなことではなくて、まさに国会の御意思として「国旗は、日章旗とする。」といういわば創設的な規定にするというのが、今回初めて立法化するということにかんがみましてふさわしい、適当であるというふうに考えたわけでございます。
 ですから、その「する」と考えるのはだれかということになりますと、それはまさに国会ということになろうかと思います。
この発言だけを見る →
馳浩#7
○馳浩君 わかりました。ありがとうございます。
 今、竹島さんもおっしゃいましたが、慣習法として定着しているという事実についての質問をさせていただきます。
 いわゆる日の丸も君が代も慣習法として成立していると述べておられますが、昭和五十四年四月十日、衆議院内閣委員会の会議録によれば、真田内閣法制局長官は、日の丸・君が代を国民的習律と答弁しております。そして、昭和六十三年三月十五日の参議院予算委員会会議録によれば、味村内閣法制局長官は、日の丸は慣習法となっているが、君が代は事実たる慣習になっていると答弁しておられまして、微妙に言葉遣いが違うわけですが、そもそも法律用語としての慣習法、国民的習律、事実たる慣習の違いをどう政府は解釈しているのか、どう使い分けているのかを教えてください。
この発言だけを見る →
大森政輔#8
○政府委員(大森政輔君) 言葉の意味についてのお尋ねでございます。
 まず、国民の社会生活を行う上におけるしきたりというものを慣習と呼んでいるわけでございます。そして、そのうち法的確信を伴うものを慣習法と言うわけでございます。
 そして、ただいま御指摘になりました国民的習律という言葉でございますが、これは余り法律学の上では使わない用語ではあるんですが、要するに、国民的習律とは、一般国民の間で行われている慣習を、それの持つ規範的意味合いを含めて表現したものというふうに私ども後輩としては解しているわけでございます。
 したがいまして、国民的習律の中には、先ほど申し上げましたような慣習法の意味合いを持つものと、それに至らない慣習にとどまるものと両方の意味を含んでいる概念ではなかろうかというふうに解しているわけでございます。
この発言だけを見る →
馳浩#9
○馳浩君 もう一点、事実たる慣習という部分。
この発言だけを見る →
大森政輔#10
○政府委員(大森政輔君) 先ほど、法的確信を伴うものは慣習法、そしてまだ法的確信を伴うに至っていないものを慣習と申し上げましたが、これはまた事実たる慣習という呼び名もあるわけでございます。慣習と事実たる慣習は同じ意味で申し上げております。
この発言だけを見る →
馳浩#11
○馳浩君 君が代はいつから慣習法となったのでしょうか。
この発言だけを見る →
大森政輔#12
○政府委員(大森政輔君) なかなか答えにくいお尋ねでございます。
 慣習法というのは不文法であると。したがって、明確な法律の制定行為によらないという事柄の性質から考えまして、特にある時点において慣習法として成立しているかどうかということの判断は、これはできるわけでございますけれども、国歌は君が代とするということがいつからというお尋ねでありますと、それは明確に特定の時点からということをお答えするのは甚だ困難であると答えざるを得ないと思います。
この発言だけを見る →
馳浩#13
○馳浩君 日の丸・君が代を慣習法と肯定するにはきちんとした裏づけ調査は欠かせないと思います。政府は、昭和四十九年十二月の年号制度・国旗・国歌調査以来、公式の調査はしておりません。その後、何年も経過した後に君が代は事実たる慣習から慣習法になっているわけですが、どんな裏づけ調査から君が代は慣習法になったと考えたのでしょうか。そして、どういう政府部内での議論に基づき慣習法になったのでしょうか。
 憲法第四十一条、言うまでもありませんが、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」ということで、国会の立法権と深くかかわる重要問題であると思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →
大森政輔#14
○政府委員(大森政輔君) まず、国歌は君が代とするということがいつから事実たる慣習から慣習法に転化したのかということに関連したお尋ねでございますけれども、私ども、過去の答弁を分析してみまして、昭和五十四年四月十日の真田元内閣法制局長官の答弁、そして六十三年三月十五日の当時の味村長官の答弁は、必ずしも君が代に関していまだ事実たる慣習の段階にとどまっているということを述べたものではないんじゃなかろうかと解しているわけでございます。
 真田元長官の答弁に関しますと、国民的習律という言葉を使っておるわけでございますが、この中には慣習法的な性格を有するものと有しないものと両方の意味合いが含まれていると。したがって、当時、真田元長官としては、規範的意味合いを否定した意味で答弁したわけじゃないんじゃないか。
 また、味村元長官の答弁中には、確かに「事実たる慣習が存在する」と、このように「事実たる慣習」という言葉を使っているわけでございますけれども、その際も、その後に引き続いて「君が代が国歌であるということは国民的確信になっている」という言葉をも述べておりまして、この味村答弁も、必ずしも規範的意味を有することを否定しているものではないんじゃなかろうかというふうに現在私どもは考えているわけでございます。
 したがって、四十九年の調査、そして今の答弁、そのあたりで慣習が慣習法に昇格したというような経過と理解することは正確じゃないんじゃなかろうかなと現在は考えているわけでございます。
 これは前置きでございますが、そして、いかなる調査によって慣習法を認定したのかということに関しましては、お尋ねの昭和四十九年十二月当時には、既に商標法第四条第一項第一号あるいは自衛隊法百二条第一項等では「国旗」という語が用いられております。また、学習指導要領中にも「国旗」という言葉が含まれております。
 そして、このような法律中あるいは法的性格を有する大臣告示に関するもののほか、昭和五十年三月の三木総理の答弁がございまして、政府は以来一貫して、これらの法令中における国旗とは日章旗とされ、国歌は君が代とされるという規範が成立している旨の答弁をしているところでございまして、先ほど申しましたように、この前後で事実たる慣習が慣習法に昇格したというようなことはないんではなかろうかと。この前後、相前後、慣習法として一貫して成立していたのではなかろうかというふうに考えている次第でございます。
この発言だけを見る →
馳浩#15
○馳浩君 一般論として、だれがどんな手続のもとで慣習法の存在を認めるのでしょうか。国会はその認定に関与するのでしょうか。
この発言だけを見る →
大森政輔#16
○政府委員(大森政輔君) 冒頭で申し上げましたように、慣習法が成立するというためには、ある事実が長い間国民生活の中で、あるいは行政において繰り返し行われるということが必要であります。
 これは、るる答弁中で、長年の慣行により国民に定着しているという言葉で説明してきているわけでございますが、それが法的確信を伴って慣習法になっているかどうかということについての判断権者の問題につきましては、その事柄が問題となる局面における判断権を有する者がまず判断をするわけでございます。その事柄が具体的な争訟事件になりまして、裁判所に係属するということになりますと裁判所が判断すると。そして、我が憲法上は、最終的には最高裁判所の判断に服するということになるわけでございます。
 また、したがいまして、具体の法令等の制定あるいは適用の場面におきまして、それを所管する行政機関においても、当該法令の有権解釈を通じて判断することがあり得るということになるわけでございます。国旗・国歌についても、この理の一般適用の問題でございます。
 国会の場で政府についての見解はどうかということを尋ねられますと、やはり国旗・国歌は国としての基本的な制度であるということを踏まえまして、尋ねられる限り、政府としてもみずからの見解を申し述べることになるということでございます。
この発言だけを見る →
馳浩#17
○馳浩君 いや、国会はその認定に関与するのかしないのかという質問だったんですが、ちょっとわかったようなわからないような答弁なので、余り深く突っ込みません。次に行きます。
 君が代も慣習法と考えて、関連質問をいたします。
 すなわち、慣習法としての法ならば、一般論からいえば、論理必然的に慣習法の条文の解釈も法律と同様に解釈が確立していなければならないと思います。
 問題は、君が代の歌詞であります。
 君が代は、それ自体が慣習法であることに意味があり、歌詞の意味、解釈が確立していなくても国民の権利義務には無関係であり、したがって確立する論理必然性はないと思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →
大森政輔#18
○政府委員(大森政輔君) 君が代の歌詞の意味につきましては、確かに委員御指摘のとおり、それ自体は国民の権利義務に直接の関連を有しないということはそのとおりでございます。しかしながら、今回御審議いただいております法律案の中におきまして、君が代の歌詞についても法文中に書き込んでおりますので、その歌詞の意味についてその基本的な解釈を示すということは、提案者たる政府のみならず、国会としてもやはり一つの当然の責務でなかろうかと思います。
この発言だけを見る →
馳浩#19
○馳浩君 しつこい質問になりますが、法的には公権的に解釈する必要もないと私は思っておりますが、これを公権解釈する法的以外の理由は何でしょうか。その意図するところは何でしょうか。
この発言だけを見る →
竹島一彦#20
○政府委員(竹島一彦君) 私ども、君が代も慣習法として定着しているというふうに考えておりますが、そのときの君が代というのはまさに君が代、国旗が日の丸であると同様に、国歌は君が代であるということでありまして、君が代の歌詞全部につきまして慣習法として解釈ができ上がっているというふうには受けとめておりません。
 しかしながら、今回法制化をお願いしておりまして、それで、今法制局長官がお答えになられましたように、歌詞についても法律に書かせていただいているということでございます。それにつきましては、前にも申し上げましたけれども、衆議院の段階で、政府が法律を国会に提出申し上げる前に石垣一夫衆議院議員から質問主意書が出されておりまして、その中で、君が代の「君」とは何か、君が代の歌詞の意味は何か、政府の見解を問うというのがございました。それに対するお答えを政府として申し上げたということが経緯として一つございます。
 それから、第二点目は、今法制局長官がお答えになられましたように、法律を提出申し上げる以上、その歌詞は何かということを政府として見解を用意しておくというのは当然の責務かということで、政府の見解を申し上げているということでございます。
この発言だけを見る →
馳浩#21
○馳浩君 君が代の解釈の政府見解の拘束性について質問いたします。
 国民には、政府の解釈は解釈として、別に自分なりの解釈をする自由はあるのでしょうか。
 関連して、例えば君が代の「君」や「代」の解釈について学校の先生が政府見解と異なることを教える裁量権はあるのでしょうか。特に、「代」を時間をあらわす語として使えるのか、さらに「君」を天皇を含めた二人称のあなたと解釈できるのか。
 もう一つは、私は、先ほど申し上げたように、国語の教員としてこの和漢朗詠集にとられている君が代の歌詞を文学作品として生徒に授業で教える場合に、君が代の「が」を明確に古典文法として教えなければならないんです。
 古典文法の成立というのは、大体、中・後平安時代に確立したものでありますが、その「が」というのは、まさしく君が代というのは、「君が」で連体修飾語となって「代」に係るものでありまして、この場合の格助詞の「が」の使い方というのは、もう一つ同じような使い方として使える格助詞に「の」があるんです。「が」と「の」の違いというものをやっぱり授業で教えざるを得ないんです。
 残念ながら、残念ながらというか、「が」というのは自分と同等に近い人に対して使うときであり、自分より上位、位が上の人に対して使う場合には「の」を使っているんです。ですから、広く天皇というふうに解釈するときには君の代としなければならないというふうに、私は授業でやる場合にはそう教えざるを得ないんです、国語の問題として。
 私が何を言いたいかといいますれば、文学作品として国民の間に広く定着しているこの和歌を、時代によって、政府の体制によって違う解釈を国民に示すということに私は違和感を感じるんです。無理を感じる。
 ですから、ここでも解釈の拘束性ということについて質問させていただいておりますが、こういうふうに我々教員が現場で教えるときに、その自由な裁量権はあるのですかという確認の意味で質問を申し上げているわけでありまして、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →
大森政輔#22
○政府委員(大森政輔君) 国語問題につきましては後ほど文部省、文部大臣から御答弁があると思いますが、私は法的拘束力に限定いたしましてお答えいたします。
 一般論で申しますと、法律の規定の意味解釈につきましては、これは国民一般としては、政府がこういう意味である、あるいは国会審議においてこういう意味であるということが明らかにされましたところと異なる解釈をするということにつきましては、何らその自由を制約するものはございません。
 そうは申しましても、やはり法律の解釈といいますのは、法律の正しい意味内容を探求、確定するということでございますから、国会において、この表現は、この部分はこういう意味であるということをるる議論されて、それならばよしということで採決され成立したと。それでまた、政府の提案としてこれはこういう意味で書いたのでありますと、それを国会の方で肯定されて成立するということになりますと、法律の正しい意味内容はそういうことであるというのは、客観的にはおのずから確定するのではなかろうかと思います。
 しかしながら、そうは言いましても、おれはそうは思わない、こう解するということも、それ自体としては自由でございます。
この発言だけを見る →
御手洗康#23
○政府委員(御手洗康君) 学校におきまして国歌君が代の歌詞の意義を正しく理解させるということは極めて重要でございまして、学習指導要領もそれを各学校に求めているところでございます。
 文部省といたしましては、これまで国歌君が代の指導に当たりましては、小学校におきます社会科と音楽、この指導が相まって、少なくとも小学校卒業までに、国歌君が代は日本国憲法のもとにおいて天皇を日本国並びに日本国民統合の象徴とする我が国がいつまでも繁栄するようにとの願いを込めた歌である、こういった趣旨をしっかりと理解できるようにということでお願いしてきたところでございます。
 このこれまでの文部省の考え方は、今回の法案の審議等に際して示されました政府の見解と異なるものではないと私ども考えているところでございますが、今回、法案の審議に際しまして政府としての見解が示されたわけでございますので、今後は各学校におきまして、御指摘の点等も含まれまして、政府見解にのっとった適切な指導が行えるよう私どもとしても配慮していく必要があると考えているところであります。
 なお、御指摘の、国語においてどう教えるかと。
 国語において国歌君が代を教材として取り上げなさいということは、学習指導要領においては何らどの学年についても触れていないわけでございますけれども、国歌の歴史的な由来なり、あるいはその歴史的に使われてきた過程なり、こういったものを理解させていくということは、国歌の君が代の歌詞の正しい理解を行っていくということで極めて重要でございます。
 そういった学習の過程、あるいは国語におきます文学作品としての取り扱い、これはまた別途文学作品としての取り扱いがあろうかと思いますけれども、学習の過程におきまして、そういった文学的な意味も含め、あるいは歴史的に使われてきた経緯等も含めて教えていって、最終的に政府の見解にのっとった適切な理解が導かれればよい、そういった指導が適切ではないかと思っているところでございます。
 なお、学校におきますこういった指導につきましては、教師、学校に対して義務づけを行っているものでございまして、教師や学校はこういった考え方にのっとって指導を行っていただきたいと思っているところでございますけれども、最終的に個々の児童生徒が君が代の歌詞の意味などについてどのように受けとめるかということにつきましては、個々人の内心にかかわる事項であろうかと考えているところでございます。
この発言だけを見る →
馳浩#24
○馳浩君 もう時間がありませんので、最後に私の意見を申し上げて終わります。
 非常に私が思うのは、君が代、あるいは古今和歌集におきましては我が君というふうにうたわれておりますが、こういう日本の文化、伝統として、すばらしい和歌として、長らく日本の伝統として定着してきたこの和歌を国歌として法的に制定するという意義は、私は非常にあるというふうに申し上げているだけであって、時代を振り返って、平安時代におきましても、特に北家藤原氏などは天皇家と外戚関係を結ぶことによって政治的な権力をほしいがままにするという、当時においてさえ天皇家を政治的に利用するというふうな時代背景があったわけです。ただし、そういう政治的な背景と、この君が代の歌という文学的作品としてのすばらしさ、国民への定着度というのは意味が違うということを私は申し上げたいのでありまして、こういう時代を経ても古典作品として広く国民に親しまれ得る歌を今国歌として制定しようとしている非常に大切な意味があるということを私は申し上げたいということを申し述べまして、私の質問を終わらせていただきます。
この発言だけを見る →
亀井郁夫#25
○亀井郁夫君 自由民主党の亀井でございます。
 国旗・国歌を法制化する、それについて審議するこの特別委員会で質問の機会をいただきましたことを心から感謝申し上げ、いささか緊張ぎみでございますけれども、いろいろとお尋ねしたいと思うわけであります。
 私の地元であります広島の世羅高校の石川校長先生がみずから命を絶つという痛ましい事件があり、それを契機にして国旗・国歌の法制化に小渕総理は踏み切られたわけでございまして、そういう意味では、その法案が今や成立間近ということでございますので、本当にうれしく存ずるわけでもございます。
 御案内のように、石川校長先生は、この春の卒業式に国旗の掲揚、国歌の斉唱をぜひやりたいということで努力されたわけでありますけれども、先生方の同意を得ることができなくて、とうとう最後に、卒業式の前日でございますが、二月二十八日の日に、何が正しいかわからない、管理能力はないことかもしれないが、自分の選ぶべき道はどこにもない、こういった遺書を残してみずからの命を絶たれたわけであります。
 この言葉は、解放同盟広島県連が事実上支配してしまっております広島県の教育の状況と、逼塞状況にある広島県の教育の状況を本当に率直に、また如実に物語っている言葉ではないかと私は思うわけでもございます。
 広島県の場合は、宮澤大蔵大臣が予算委員会で、四十年前から大変だったということを率直に申し上げられましたけれども、そのとおりでございまして、三十年前の四十三年に解放同盟と教職員組合とそしてまた同和教育研究協議会の三つが一緒になりましていろいろ動き始めました。それから解放同盟の糾弾活動が大変厳しくなったわけでございまして、多くの先生方がみずから命を絶つということでございまして、昭和六十年ごろまでに十数名の方々が命を絶たれたわけであります。これはわかっている方だけでありまして、言われない方が多いものですからもっともっとおられるんだと思いますけれども、そういう状況が続いたわけでございます。
 それではいけないということで、昭和六十年に広島県議会が立ち上がりまして、こんなことを続けるんだったら同和対策事業についても考えるよということを言ったわけでございます。そうすると、これが大変解放同盟を刺激いたしまして、猛反撃を受けることになりまして、非常に混乱が続いたわけであります。
 そういう状況の中で、当時の竹下県知事が間に立ちまして、解放同盟と教職員組合、さらには同和教育研究協議会に加えまして県知事と県会議長と教育長の三者が加わりました形で確認書がつくられたわけでございます。今、八者懇の確認書と言われておりますけれども、これでございますが、問題はその中に同和教育や差別問題については解放同盟と連携を密にしてやるという内容の文書があったわけでございます。これをもとにいたしまして、解放同盟は大手を振って広島県の教育現場に入ることができるようになったわけでございまして、一段と厳しくなったわけであります。
 そういう流れの中で、平成四年でございますけれども、これも二・二八文書とよく言われておりますけれども、当時の教育長であった菅川先生が出された文書がございまして、これが解放同盟と教職員組合に出された確認書でございますが、その文書の中は、文言的にも非常に問題があるし、国民的に国旗・国歌は、日の丸・君が代は国民的なコンセンサスをまだ得ていないというふうな表現になり、いろいろと問題があるので、その意味ではこういうことを教育的内容として盛り込む必要があるんだということを書かれた文書を出されたわけであります。
 それ以降、平成四年の春から国旗は一〇〇%上がるようになりましたけれども、しかしその前提としては、校長先生が必ず卒業式や入学式の日か前の日に生徒を集めて国旗の意味をちゃんと説明するように、ということはどういうことかというと、日本が侵略戦争において使ってきた日の丸の旗なんだと、そういったことで非常に厳しい面での歴史的意味をちゃんと説明するようにということが条件になって、広島県の公立学校ではこれがずっと繰り返されてきたわけであります。
 そういうふうな状況の中で、昨年の参議院の予算委員会で小山先生の紹介によりまして福山の中学校の佐藤先生という先生が参考人として立たれて、広島県の教育現場の荒れようを率直に話されました。それで、文部省もこれは大変だということで四月に調査に入られまして、そして十数項目にわたって是正勧告を出されたわけでございますけれども、その中にこの国旗の掲揚、国歌の斉唱ということが入っておったわけでございます。
 そういうことから、県の教育委員会は教育長を中心にしまして是正勧告を実施して、そして改善を図っていきたいという努力を続けておられますけれども、そうした中で世羅高校の校長先生の自殺という事件が起こったわけでございますので、その背景を御理解いただきたいと思うわけであります。
 私もあれ以来、三度ばかり仏壇参りをしてまいりました。五月の連休明けに参ったとき、ちょうど四十九日の後でございましたけれども、そのときに参り、またさらに七月に参りましたけれども、ここで驚いた事実を皆さん方にお話し申し上げたいと思います。
 もうかれこれ四カ月も五カ月もたつんですけれども、しかしいまだに、かつて石川校長先生と職場をともにしておられた世羅高校の先生方がだれ一人として線香を一本も上げに来ていないという事実であります。私は驚きました。人間としてこういうことが許されるのかということでございます。石川先生も非常にまじめな方で、気もそんなに強くなかったんだと思うんですけれども、そういうことでみずから命を絶たれたわけであります。先生方とそんな大きなトラブルがなかったように聞いておりますから、恨まれてあの世に行かれたわけではないんですから、一人ぐらいは線香を上げに来ましたという先生がおってもいいんじゃないかと思うんですが、ゼロということに驚いたわけであります。
 そうすると、数十名の世羅高の先生方が完全にマインドコントロールされているのか、あるいは何かが怖くて参ることができないのか、私は二つに一つだろうと思うわけでありますけれども、そういう意味では、全員がマインドコントロールされて人の心を失ってしまったとは私は思いたくありません。ですから、私はやはり怖いんだろうと思うんです。何が怖いのかというと、これは推測でございますけれども、解放同盟であり教職員組合だろうと私は思うわけでございます。
 このように大変大きな問題になっておりまして、そうした状況につきまして私は本当にこれじゃいけないなという思いを強くしたわけでございますが、こうした広島県の教育現場のありようにつきまして、官房長官並びに文部大臣に御感想をお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →
野中広務#26
○国務大臣(野中広務君) 広島県立世羅高校の石川校長がみずからの命を絶たれましたことは、今、亀井委員から御指摘がございましたように、県下それぞれの学校における国旗の掲揚、国歌の斉唱に端を発して、そして教職員組合や解放同盟等の激しい糾弾の中でついにみずからの命を絶たれたということを私どもも承知をしたわけでございまして、まことに痛ましい事件でございました。心から改めて深い哀悼の意を表したいと思うわけでございます。
 今、それから数カ月を経た経過を亀井委員からお伺いをしながら、私は、一人の校長先生を死に追いやるに至って、その後一人も線香を上げることがないということは、その先生を死に追いやるところまで追い込んだ先生方がどうして一人も石川校長の心情をわかってやろうとしなかったんだろうと思うと、まことに教育の現場を思う者として非常に悲しく思うものでございます。その背景となるものにまた問題を感じるわけでございます。
 その後、先日も触れましたけれども、民放の報道を通じまして小森委員長が言っておる宮澤大蔵大臣に対する言葉を聞きながら、私はこういう先生方が石川校長の霊前に行きたくとも行けない背景を知らざるを得ない。そう考えるときに、やはり国旗・国歌を法文化して明確にして、そしてこれが強制じゃなく、強圧じゃなく、学校の場で自然に、そして過去の歴史のゆがめられたところは率直にゆがめられたところとして教育の中にこれが生かされて、そしてそれがこれから我が国の国旗・国歌として定着をしていくように、そして学校現場では、先ほど申し上げましたように、強制的にこれが行われるんじゃなく、それが自然に哲学的にはぐくまれていく、そういう努力が私は必要ではなかろうかと思うわけでございます。
 再びこういうことによって先生が死を選ばれたり、あるいはそのことが新たなる差別につながるようなことのないように、我々は文部省を含め万般の努力を重ねてまいらなくてはならないと思うわけでございます。
この発言だけを見る →
有馬朗人#27
○国務大臣(有馬朗人君) ただいま御答弁になられました官房長官と私は考え方を全く同じくしている人間でございますが、ともかく石川校長先生が、今春の卒業式における国旗・国歌の実施をめぐりまして、学校内外の厳しい状況の中で深く悩まれ、孤立感を抱かれて、結果としてみずから命を絶たれたということは大変痛ましいことで、私といたしましても心から哀悼の意を表したいと思います。
 広島県教育委員会の報告によりますと、世羅高等学校におきましては、実質的に職員会議が最高議決機関として機能しております。そして、校長の自主的な権限の発揮が阻害されていたほか、校長を中心にすべての教職員が協力して学校運営を行っていくという体制が十分には確立しておりません。そういうことから、国旗・国歌の実施に関しましては、最終的に校長一人が全く孤立する状況に陥っていたということでございます。
 世羅高校の先生方がどなたも線香を上げに来なかったという御指摘でございますが、さまざまな来られない事情があるのであるかと思っております。
 私といたしましては、このような痛ましい事件を二度と起こさないためにも、このたびの法制化によりまして、学校現場において国旗・国歌に対する正しい理解がさらに促進されることを期待いたしている次第でございます。
この発言だけを見る →
亀井郁夫#28
○亀井郁夫君 どうもありがとうございました。
 国旗・国歌の法制化によりまして、これまで広島県の教育の現場で繰り返されておった日の丸が国旗か国旗でないか、また君が代が国歌であるかないかという不毛の議論は繰り返さなくてよくなるわけでございますので、一歩前進ということになるわけであります。そういう意味では、石川校長先生の死を契機にしてこの問題が解決の道へ進むということは、先生もまた喜んでおられることだと思うわけでございますが、これから広島県の公教育は第二段階に入るわけでございます。そういう意味では、これまで反国旗・反国歌、そしてまた反学習指導要領の一連の運動を激しく続けてきた組合であり、あるいは解放同盟でございますので、相当組織的な抵抗がこれからもあるものだと思うわけでございます。
 そういう意味では、特に国旗・国歌の法制化について官房長官の方から、国旗・国歌の法制化が行われても国民の内心に入ってまで強制するものではないというお話、それと同時に、片方では文部省の学習指導要領の問題がございますので、これまでもこの点については何度も確認され、御答弁いただいたのでございますけれども、特にこれから大きな問題になる可能性がございますので、改めてこの問題についてお話を承りたいと思うわけでございます。
この発言だけを見る →
野中広務#29
○国務大臣(野中広務君) 繰り返し御答弁申し上げておりますが、国旗・国歌の法制化と憲法十九条の思想及び良心の自由との関係につきましては、政府といたしましては、法制化に当たりまして、国旗の掲揚及び国歌の斉唱に関しまして義務づけを行うようなことは一切考えていないところでございまして、各人の内心にまで立ち入って国旗・国歌に対する思いを強制するものではないという亀井委員の御指摘はまさにそのとおりでございます。
この発言だけを見る →
← 戻る