大津健一の発言 (国旗及び国歌に関する特別委員会)

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○公述人(大津健一君) 私は、既に先生方のお手元に資料を渡してありますので、それに基づいて発言をさせていただきます。
 私は、日の丸・君が代を国旗・国歌と制定するための国旗及び国歌に関する法律案に反対します。これから述べることは、その反対の理由です。
 日の丸は、戦前、戦中、日本が侵略し、日本の植民地となったアジアの国々に対する日本の支配のシンボルとして掲げられていました。私は、一九八六年から九四年までの八年間、アジアのキリスト教関係の国際団体、アジアキリスト教協議会で働いた経験を持っております。アジアの多くのキリスト者やそうでない人々との出会いを通して、多くのアジアの人々が、五十数年たった今日も、日本の侵略や植民地支配に対して深い心の傷を持ち、日本人を許していないことを知らされました。また、政府は、今日までアジアの戦争被害者に対して、その補償と正式な謝罪を怠ってきました。このような中で、日本の侵略戦争のシンボルであった日の丸を国旗として認めることはできません。
 君が代は、天皇を賛美する歌です。
 一九三一年発行のキリスト教の賛美歌には、本書の歌にあらずとして、君が代が収録されていました。また、キリスト教の礼拝式の中で宮城遥拝が行われ、国歌奉唱が義務づけられていました。キリスト教会は、国家によって強制されたにせよ、神ならざるもの天皇を神として礼拝し賛美した誤りを犯したことに深い悔い改めの思いを持ってここにおります。
 一九三七年の小学校の教科書は、君が代について、我が天皇陛下のお治めになるこの御代は、千年も万年も、いや、いつまでもいつまでも続いてお栄えになるようにという意味だと教えました。この同じ君が代を政府は、君が代の「君」は、今の憲法では国と国民統合の象徴である天皇と語り、小渕首相は、その地位が主権の存する国民の総意に基づく天皇のことを指すと説明しております。
 しかし、一九八九年の新天皇の即位の礼や大嘗祭は、天皇が特別な神的権威を持つ宗教的存在であることを示しました。
 このような宗教的存在である天皇を賛美する歌、君が代を法制化して強制することは、私たちの魂の問題に介入することであり、憲法に保障された私たちの信教の自由を侵害するものであります。
 日の丸・君が代法制化は、強制化になると申し上げたいと思います。
 広島世羅高校の校長の自死は、教育委員会の学校指導要綱による日の丸・君が代の強制によるものと言われております。秋田市中学校総合体育大会の開会式で来賓のお一人が、日の丸の掲揚、君が代斉唱時に座っていた人に、起立しなかった人はこの会場から出ていっていただきたいと言ったと伝えられていますが、法制化によってこういう発言はもっと露骨になされる可能性があります。
 東京都教育委員会は、君が代伴奏を拒否した小学校のピアノ教師を地方公務員法に反したということで戒告処分を与えましたが、法制化後、こういうケースが起これば、もっと厳しい処分が行われるものと予想されます。
 今月二日の皆さん方の国旗・国歌特別委員会で文部省の矢野重典教育助成局長は、教職員が国旗・国歌の指導に矛盾を感じ、思想、良心の自由を理由に指導を拒否することまでは保障されていないと述べ、処分の対象になると言ったことは、法制化が現場の教師にはっきりと強制力を持つものであることを物語っております。
 日の丸を掲揚し、君が代を斉唱する自由があるとともに、自己の良心に従って日の丸・君が代を拒否する自由もあると考えるのが妥当であります。
 昨今のマスコミによる世論調査では、国民の間に法制化反対の意見が賛成の意見よりも大きくなっている現実の中で、国民の間に定着しているという理由だけで法制化をすることは、多くの国民の意思を無視することであり、それこそ憲法で保障された良心、思想、信教の自由を侵害することになります。
 日本の過去の侵略の歴史に誠実に向き合おうとしている多くの教師たちが、文部省による日の丸・君が代の押しつけという現実の前で苦しんでいることを、特別委員会の皆さんはどれほど知っておられるでしょうか。法制化することは、苦しんでいる教師たちに日の丸・君が代の踏み絵を踏ませることになり、教師の心に深い傷を残すことになります。
 日の丸・君が代を強制することは、教育基本法に定められた教育の自主性、自発性の尊重と矛盾することではないでしょうか。教師たちの良心の自由はどうなりますか。良心を持つ教師は要らないということでしょうか。教育の中心は、あくまでも一人一人の人格を持つ子供たちでありまして、国家のしるしとされる日の丸・君が代を強制することではありません。
 日の丸・君が代の法制化は、国家権力が教師や生徒や私たちの魂の内面まで入り込んで、私たちの魂を支配することになります。私は、私の神への信仰にかけてそれを認めることはできません。
 今日、日の丸・君が代の法制化に反対する人々の声が日々大きくなり、国民の考えが二分されているというふうに私は考えております。そして、この問題に対する十分な議論がなされないまま、皆さん方の特別委員会はもうすぐ採決をするのではないか、あるいは本会議で採決される日が近いというふうにマスコミなどで報じられております。
 私は、参議院は衆議院と違って良識の府であるというふうに思っておりまして、参議院が、国民が法制化についていろいろな疑義を表明しているこの現実の中で、ほんのわずかな審議の時間しかとらず、採決を拙速に行おうとすることは、私は参議院の本来のあり方からいっておかしいというふうに思っております。そして、このままで採決するならば、私は議会政治が本当に信頼をなくしていくことになるのではないか、そのように考えております。
 このような意味で、この問題について、ここで採決をして決着するのではありませんで、慎重に審議する時間を設けていただいて、次の国会で国民の幅広い論議する場所を設けていただいて、そして継続審議としていただくこと、そのことを心から願っております。

発言情報

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発言者: 大津健一

speaker_id: 32166

日付: 1999-08-05

院: 参議院

会議名: 国旗及び国歌に関する特別委員会