舩橋惠子の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(舩橋惠子君) 三点御質問があったかと思います。
まず一点目、性別役割分業意識を政策的にどのように変えていくことができるかということですけれども、性別役割分業というのは個人によって選び取られているものですから、個人生活に政府が介入する、政策的に介入するというのは大変難しい側面があります。しかし、父親の育児休業ですとか若い父親の出産立ち会いですとか、そういう目が覚めるような体験のきっかけを与えるような制度づくりは可能であろうかと思います。
ですから、北欧がやっているのは、北ヨーロッパで行われているのはそういう政策なんですね。育児休業期間のうちの一カ月は父親がとらないと権利が消失してしまう。その期間は、しかも九〇%、今は八〇に落ちているんですけれども、の給料が払われる。そうすると、とらなきゃ損ですからとるわけです。とって子供の面倒を見てみるとすごくおもしろいんですね。やってみないとつまらない、女がやることだと思っているんですけれども、やってみると結構おもしろくて、そういうことをきっかけに変わっていくというふうなそのきっかけを与えるということは可能だと思います。
それから、二番目ですが、家政は男の仕事であったというのを読んでいただいてありがとうございました。男は家事をしない、あるいは家のことにかかわらないというのは歴史的にずっとあったことではなくて、むしろ日本においてもヨーロッパにおいても、産業化が進んでくる段階の中で起こったことだという、そういう例えとして挙げたものです。
ですから、家政学というと何か女の学問というふうに思われてきたんですけれども、実際には男性が、家業ですので家で何かを生産していますので、子どもを育てることも次の世代の労働者育成で教育ですからとても大事なわけです。子育てにむしろ父親は歴史的に見るとかかわってきたのが近年になってかかわらなくなったのだという、そういうことです。
ですから、古今東西を比較するという観点からいうと、歴史的に見てもむしろ、先ほどレジュメでお話しさせていただいた二ページ目の人口構造の転換の図なんですけれども、一九五五年から二〇〇〇年という時代の方が特殊なんです、歴史的に見て。過去五十年は非常に特殊な時代であったということです。そんなことで説明になりますでしょうか。
それから、三番目の三歳神話ということですが、三歳神話というのは、まさにこの特殊な時期に広がり、固定化したものです。つまり、それ以前ですと、母親というのはかなりの数が農民でありまして、野良仕事で忙しいので、大体お姉ちゃんやお兄ちゃんが赤ん坊を背中にくくりつけていたり、それからおじいさんおばあさんが育てたりしておりまして、母親が育てていたケースというのはそんなに多いわけではないんです。それが戦後になって、やはり生産年齢人口が大変多いですから夫婦二人働いてもらう必要はないということで、専業主婦というのが適合的になってきたわけです。そういう中で適合的なイデオロギーとして三歳神話というのが輸入され、広がったんだというふうに思います。
具体的には、WHOの報告で、うんと条件の悪い乳児院を調査した結果、子供に発達のおくれがあるということで、マターナルなケア、母親的なケアが欠けると子供がうまく育たないという報告が出まして、それが日本に輸入されたときに、お母さんがみずからそばにいて育てないと子供はうまく育たないというふうに、ちょうど時代の状況と適合的だったので、そういう形にすりかえられ、広がってしまったということです。
七〇年代以降、欧米ではむしろWHO報告というのは修正されまして、生みの母親じゃなくてもよいと、保育者でも何でもいいんですが、少人数の温かな環境である程度丁寧なケアをされるということがあればいいんだというふうに変わってきたんですが、日本ではそのような修正はごく最近までなされませんでした。
それが余りにも根強くて、今日でも自治体の子育て学級なんかに行きますと、やはり母親の責任だから、つらいけれども我慢しなくちゃいけないと若いお母さんたちおっしゃるんですね。いや、むしろ少し突き放して考えた方があなたも楽になるし子供もむしろいいんだというようなお話をするんですけれども、これを改めていくというのは大変難しいと思います。多分いろんなところから変わっていかなければいけないんだと思います。保母さんですとか看護婦さんですとか、幼児教育にかかわる方たちの養成の場で例えばかなり古い心理学がまだ教えられているというようなこともありますし、いろいろなところから少しずつだというふうに考えております。