若林正俊の発言 (日米防衛協力のための指針に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○若林正俊君 きょうから本委員会におきましていわゆるガイドライン関連三法案の審議が始まります。きょうの審議はテレビを通じて全国の国民の皆さんが注視いたしております。
 この三法案は、昨年四月に衆議院に提出され、以来継続審議となっておりましたが、この四月二十七日に、一部修正の上、参議院に送付されてきたのであります。
 国民の中から、どうもこの周辺事態法案がわかりにくいという声が私たちのところにも伝わってきております。限られた時間でありますけれども、このガイドライン関連三法案が日本の平和と安全を確保するためにどのような役割を果たすことになるのか、時間を有効に活用して国民の皆さんに正しく理解していただけるように心がけて質疑を行いたいと思いますので、総理を初め関係大臣には率直にわかりやすい御答弁をお願い申し上げます。
 戦争のない平和な社会でありたいという願いは世界人類の共通の願いであります。しかし、第二次世界大戦の後、米ソの対立による緊張した冷戦状態が長く続き、その間にベトナム戦争などのような悲惨な戦争が幾つもありました。
 その冷戦がソ連の崩壊により終結をして、いよいよこれから世界は協調と共生の時代、平和の時代が来ると期待されましたが、冷戦の終結から十年、世界の各地で地域紛争やテロ事件が数多く発生し、また核兵器の保有国もふえ、さらに核兵器が広がる危険が出てきております。特に、アジア地域におきましては、朝鮮半島情勢を初め、平和と安全を脅かすような不安定な要因を抱えていますし、現にユーゴのコソボ地域をめぐる民族紛争で、NATO軍がユーゴスラビア連邦にミサイルによる空爆を始め攻撃を行っておりまして、情勢は泥沼化しつつあります。
 日本は、敗戦から今日まで幸いにして平和が続き、経済も成長発展をしてきましたが、反面、平和ぼけと言われるように、国を守るという防衛問題への国民の意識は余り高くありませんでした。
 しかし、昨年八月に北朝鮮のミサイルが何の予告もなしに日本列島を飛び越えて太平洋に撃ち込まれたり、また、北朝鮮の工作船と見られる不審な船が領海を侵し、海上保安庁と防衛庁の船がこれを追跡しましたけれども、結局拿捕できなかったこと、また、かねて北朝鮮が地下で核開発をしているという疑惑がありますことなどにより、このままで日本は大丈夫だろうかという疑問や不安が国民の間に高まってきています。国を守るということは、国民一人一人、愛する家族やふるさとを守るということだという理解も次第に深まってきているように思われるのであります。
 そこで、ガイドライン関連三法案の審議の開始に当たり、まず、日本の安全保障、国防の基本的なあり方、その中での日米安全保障条約の位置づけにつきまして再確認をしておく必要がある、このように思うのでございます。
 総理、このたびの訪米、御苦労さまでございました。このたびの訪米は、中曽根総理の訪米から十二年ぶりの公式訪問であり、自由と民主主義という基本的な価値観を共有する日米両国のトップが不安定な国際情勢の中で世界の平和と安全、経済、とりわけ景気の回復問題について率直に話し合い、日米の友好と信頼を深められたのであります。
 帰国早々に、五月七日には衆参両院本会議で総理から御報告がありましたけれども、本委員会の審議と深い関係がありますので、改めて総理御自身からこのたびの公式訪米の意義とその成果について簡潔に御説明をいただきたいと思います。

発言情報

speech_id: 114514963X00319990510_004

発言者: 若林正俊

speaker_id: 28629

日付: 1999-05-10

院: 参議院

会議名: 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会