宮澤喜一の発言 (日米防衛協力のための指針に関する特別委員会)

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○国務大臣(宮澤喜一君) 戦後、対日講和条約が結ばれましたのは一九五一年九月にサンフランシスコにおいてでございますが、私はそのときに随員として参加をいたしておりました。講和条約が結ばれました日の午後、別の場所で吉田首相が一人で日米安保条約に調印をせられました。これは、いわば戦後における我が国の重大な選択であったわけでございます。その選択の結果は今日まで続いておりまして、私は、恐らく若林委員がそうでいらっしゃいますように、その選択を大変に賢明であった、正しい選択であったと考えておりますけれども、全体として申しますならばこれについては若干の異論も世の中にあるように思います。
 ただ、今御指摘の経済面に限って申しますならば、その結果、我が国の国民がいわゆる重い軍備負担を免れた、それは戦後の我々がようやく立ち上がろうとするときから今日までのその累積的な効果ははかり知れないものがあると存じます。他方でまた、兵器生産に最小限のエネルギーを割くことで免れておったということも同様に累積的には大きな効果がございまして、経済面に関する限り、この条約が我が国の戦後の発展にあるいは国民生活の向上に大きく貢献したということは、恐らくこれはどなたも異論のないことではないかと存じます。

発言情報

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発言者: 宮澤喜一

speaker_id: 13804

日付: 1999-05-10

院: 参議院

会議名: 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会