栗山尚一の発言 (日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会)

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○公述人(栗山尚一君) 御指名をいただきました早稲田大学の栗山でございます。
 まず冒頭に、当委員会で御審議になられておりますいわゆる周辺事態の安全を確保するための法案、それからACSA協定の改正につきましての私の基本的な立場を述べさせていただきたいと思います。
 我が国をめぐる安全保障環境は、冷戦の遺産が完全に清算されていないということもございまして、不安定でありまして、それから将来の見通しについても不確実、不透明ということが申し上げられると思います。日米安保体制は、そのような我が国をめぐる安全保障環境のもとにおいて、我が国の平和と安全を守るために不可欠な枠組みであるというふうに私は認識をしておる次第でございます。また、我が国が死活的利害を有しておりますアジア太平洋地域、この地域の平和と安定のためにも安保体制というものは欠かせない存在であるというふうに考えております。
 以上のような認識に立ちまして、私は安保体制の抑止力の信頼性を高めることを目的としております本法案、それからACSAの協定改正を支持するものでございますし、またその速やかな成立を期待いたすものでございます。
 法案の柱の一つとなっておりますいわゆる船舶検査活動に関します規定が衆議院の段階で削除されましたことは残念に思っておりますが、近い将来、各党各派の御協議の結果が調いまして、適切な法体制の整備がこの問題についても行われるように期待しておる次第でございます。
 なお、一言つけ加えさせていただきますと、我が国の安全保障環境というものを今後改善していくためには、安保体制の抑止力を維持していくということだけでは当然のことながら不十分でございまして、先ほど申し上げましたような不安定性でありますとか将来の不確実性というものを減少させていくための積極的な外交努力というものがあわせて必要であるということを指摘させていただきたいと思います。
 次に、法案についての私の所見を述べさせていただく前に二つのことをお話し申し上げて、委員各位の御参考に供したいというふうに考えます。
 一つは、私が駐米大使を務めさせていただきました時代の私自身の体験からくる所感でございます。
 委員方が御記憶のとおり、九三年から九四年の前半にかけて、朝鮮民主主義人民共和国、すなわち北朝鮮の核兵器開発疑惑、それから北朝鮮のNPTからの脱退宣言、そういう問題をめぐって朝鮮半島の緊張が大変高まった時期がございます。
 このとき、日米両政府の関係者は、北朝鮮の軍事的暴発という不測の事態が発生した場合に、日米両国の防衛協力のために必要な我が国の国内体制というものが整備されておらないために、安保体制というものがそのような事態に効果的に対応できないのではないかという非常な危機感を共有したというふうに私は考えております。
 この危機感が、その後、三年前の日米安保共同宣言、それから二年前の新しいガイドラインについての合意、それから今般、当委員会で審議をされておられます周辺事態法案というものにつながってきたというふうに私は認識しておりますが、私が申し上げたいのは、当時、このような安保体制の基本的な脆弱性というものが北朝鮮の誤った判断というものを誘発して、かえって緊張を一層増大させるのではないかということを私個人といたしましては大変に心配したということを申し上げたいわけでございます。
 次に御紹介申し上げたいのは、最近のアメリカの一般国民の世論でございます。
 シカゴ外交評議会という団体が従来からアメリカの外交政策について定期的に世論調査を行っておりますが、昨年行いました調査の結果が最近公表されました。その中で、外交評議会が回答者に対して出しました一つの質問は、アメリカの同盟国あるいは友好国が侵略を受けた場合にそれを守るために米軍の派兵というものを支持するかどうかという質問でございました。
 私の注目を引きましたのは、この質問に対する回答ぶりでございまして、一つの例を申し上げますと、北朝鮮によって韓国が侵略を受けた場合に派兵を支持するかという問いに対しまして、イエスと答えたのが一般国民の中では三〇%であったということでございます。これはオピニオンリーダーに対して別途質問をしておりますが、オピニオンリーダーの回答で派兵を支持すると言いましたのは七四%でございまして、オピニオンリーダーと一般国民との間に非常に著しいギャップがあるということを申し上げたいわけであります。
 それからもう一つ、この同じ質問に対する回答で御紹介したいのは、派兵の支持率が五〇%を上回った国は約十カ国の中で一つもないということでございます。一番高かったのはサウジアラビアでありまして、サウジアラビアの場合に派兵を支持すると回答したものが四六%でございます。
 この数字が何を意味しているかということでございますが、これを考えますと、今日のアメリカの国民は、アメリカの同盟国あるいは友好国というものを守るために戦う、あるいは血を流すということに対して、極めて慎重であり消極的であるということでございます。
 そういうアメリカの国民の非常に内向きの心理状況というものを踏まえて考えてみますと、アメリカの同盟国側、日本を含めましてでございますが、アメリカの同盟国側におきましては、同盟関係の信頼性というものを維持していくためには平素から相当な努力を払う必要があるということを申し上げたいわけでございます。
 次に、法案につきましての私の所見を三点に絞って申し上げたいというふうに思います。
 第一は、同盟関係というものは同盟国同士による公正な責任の分担というものがあって初めて成り立つということでございます。責任の分担というのは、同盟関係を結ぶということに伴いまして生じますさまざまな政治的、経済的、あるいは場合によっては軍事的なリスクとコストというものを分担するということでございます。これは別の言い方で申し上げますと、共通の目的、すなわち平和を守るということのために、それぞれの同盟国がある一定の範囲で自国の行動の自由に対する制約というものをお互いに受け入れるということを意味するものであるというふうに私は考えております。
 別の例で申し上げますと、連立政権を組むための政党間の協力でございますとか、合弁事業を行う場合の企業間の協力についても今私が申し上げたようなことと全く同じことが言えるのではないかというふうに思います。
 そのような責任あるいはリスクとコストの分担というものがなければどういうことが起こるかということを申し上げますと、相手国はいざというときには自分自身の判断で独自の行動をとる、勝手な行動をとるということになるわけでございまして、これは同盟関係が崩壊するということにほかならないのであります。
 本法案の本質は何かというふうに考えますると、アメリカとの同盟関係において、安保体制の枠内でガイドラインに基づきまして我が国が分担をする責任というものを果たしていくために必要な国内の法体制というものを整備するんだというふうに理解をすることが必要であろうというふうに考えます。
 二番目に申し上げたいのは、いわゆる国連と安保体制との関係でございます。
 国連というのは、御承知のように国際社会が一体となって違法な武力行使というものに対抗して国際社会の平和を守るために存在する、いわゆる集団安全保障体制というものを実行していくための国際的な組織でございます。したがいまして、個別の加盟国によります自衛権の行使、それが集団的自衛権であるか個別的自衛権であるかを問わず、自衛権の行使というものは国連が効果的な集団安全保障措置をとるまでの間の暫定的なものだということで認められているわけでございます。この点は国連憲章の五十一条にも明記されているとおりでございます。安保体制というものもそのような国連の集団安全保障体制の枠内でその正当性というものが認められておるものでございまして、この点は委員各位御承知のとおり、安保条約の第一条あるいは第五条に明記されておるところでございます。
 したがいまして、国連と安保体制との関係というものは決して二者択一的な関係ではありませんで、後者、すなわち安保体制というものはあくまでも国連の集団安全保障体制というものを補完するためのものであるというふうに考えます。他方、このことは、国連が効果的な措置をとるまでの間は、我が国の平和と安全というものは安保体制によって守らなければならないということを意味しております。
 国連がいざというときに効果的な対応ができるためには、御案内のように国連の安保理の常任理事国の足並みがそろうということが必要条件でございますが、関係国の複雑な利害が絡んでおります我が国の周辺の国際環境というものを考えますと、今申し上げましたような必要条件というものが必ず満たされるという保証はないように思います。この点を十分に認識しておくことが必要であろうというふうに思います。
 最後に、第三点でございますが、防衛協力というのは一体だれのためのものなのかということについての私の考えを簡潔に申し上げたいと思います。
 ガイドラインや本法案をめぐりますマスコミ等の国内論議を拝見しておりますと、後方地域支援あるいは後方地域捜索救助活動といった防衛協力というのは我が国が攻撃を受けていない事態のもとでの協力でございますが、そうであるためにどうもこれはアメリカのための協力ではないかという論調が多く見られるやに思われます。しかし、よく考えてみますと、そもそも周辺事態というのは、この法案に定義されておりますように、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態ということでございますから、実はアメリカが効果的に対応してくれないと困るのは我が国自身なのでございます。
 したがいまして、後方地域支援等の防衛協力というものは我が国自身のために行うものであるという理解が必要だろうというふうに思います。そのように理解されれば、憲法の枠内、憲法が許します範囲で最大限の協力をするということは、これは当たり前のことであるというふうに考えられるというふうに存じます。空港でありますとか港の使用でありますとか、あるいは輸送、医療といった分野でこの法案が想定をしております地方公共団体等に求められます協力、それからそういう協力のために一般国民が受け入れなければならないさまざまな不便、そういったものは我が国自身、我々自身の平和と安全のために払わなければならないコストであるというふうに考えるべきだろうと思います。
 本法が単に紙切れにとどまりませんで真に機能していくためには、この点についての国民の理解というものが不可欠であろうというふうに存じますし、大変僣越でございますが、そういった国民の理解を確保するということは政治の責任であるのではないかというふうに考えるということを最後に申し上げまして、私の陳述を終わらせていただきます。(拍手)

発言情報

speech_id: 114514964X00119990518_003

発言者: 栗山尚一

speaker_id: 31365

日付: 1999-05-18

院: 参議院

会議名: 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会