日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会
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会
会議録情報#0
平成十一年五月十八日(火曜日)
午前九時開会
─────────────
委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
佐藤 泰介君 谷林 正昭君
寺崎 昭久君 今泉 昭君
荒木 清寛君 魚住裕一郎君
加藤 修一君 沢 たまき君
弘友 和夫君 風間 昶君
福島 瑞穂君 田 英夫君
入澤 肇君 月原 茂皓君
五月十八日
辞任 補欠選任
今泉 昭君 足立 良平君
内藤 正光君 山下八洲夫君
緒方 靖夫君 畑野 君枝君
宮本 岳志君 富樫 練三君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 井上 吉夫君
理 事
鈴木 正孝君
竹山 裕君
山本 一太君
若林 正俊君
齋藤 勁君
柳田 稔君
日笠 勝之君
笠井 亮君
山本 正和君
委 員
市川 一朗君
加納 時男君
亀井 郁夫君
木村 仁君
世耕 弘成君
常田 享詳君
長谷川道郎君
橋本 聖子君
畑 恵君
松村 龍二君
森山 裕君
矢野 哲朗君
依田 智治君
吉村剛太郎君
足立 良平君
伊藤 基隆君
石田 美栄君
今泉 昭君
木俣 佳丈君
久保 亘君
谷林 正昭君
前川 忠夫君
山下八洲夫君
魚住裕一郎君
風間 昶君
沢 たまき君
小泉 親司君
富樫 練三君
畑野 君枝君
宮本 岳志君
田 英夫君
田村 秀昭君
月原 茂皓君
椎名 素夫君
山崎 力君
島袋 宗康君
事務局側
常任委員会専門
員 櫻川 明巧君
公述人
早稲田大学法学
部客員教授 栗山 尚一君
全日本海員組合
教宣部長 平山 誠一君
元陸上幕僚長 冨澤 暉君
上智大学法学部
教授 猪口 邦子君
株式会社岡本ア
ソシエイツ代表
取締役 岡本 行夫君
軍事評論家 藤井 治夫君
─────────────
本日の会議に付した案件
○日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間に
おける後方支援、物品又は役務の相互の提供に
関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間
の協定を改正する協定の締結について承認を求
めるの件(第百四十二回国会内閣提出、第百四
十五回国会衆議院送付)
○周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保
するための措置に関する法律案(第百四十二回
国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付)
○自衛隊法の一部を改正する法律案(第百四十二
回国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付
)
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この発言だけを見る →午前九時開会
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委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
佐藤 泰介君 谷林 正昭君
寺崎 昭久君 今泉 昭君
荒木 清寛君 魚住裕一郎君
加藤 修一君 沢 たまき君
弘友 和夫君 風間 昶君
福島 瑞穂君 田 英夫君
入澤 肇君 月原 茂皓君
五月十八日
辞任 補欠選任
今泉 昭君 足立 良平君
内藤 正光君 山下八洲夫君
緒方 靖夫君 畑野 君枝君
宮本 岳志君 富樫 練三君
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出席者は左のとおり。
委員長 井上 吉夫君
理 事
鈴木 正孝君
竹山 裕君
山本 一太君
若林 正俊君
齋藤 勁君
柳田 稔君
日笠 勝之君
笠井 亮君
山本 正和君
委 員
市川 一朗君
加納 時男君
亀井 郁夫君
木村 仁君
世耕 弘成君
常田 享詳君
長谷川道郎君
橋本 聖子君
畑 恵君
松村 龍二君
森山 裕君
矢野 哲朗君
依田 智治君
吉村剛太郎君
足立 良平君
伊藤 基隆君
石田 美栄君
今泉 昭君
木俣 佳丈君
久保 亘君
谷林 正昭君
前川 忠夫君
山下八洲夫君
魚住裕一郎君
風間 昶君
沢 たまき君
小泉 親司君
富樫 練三君
畑野 君枝君
宮本 岳志君
田 英夫君
田村 秀昭君
月原 茂皓君
椎名 素夫君
山崎 力君
島袋 宗康君
事務局側
常任委員会専門
員 櫻川 明巧君
公述人
早稲田大学法学
部客員教授 栗山 尚一君
全日本海員組合
教宣部長 平山 誠一君
元陸上幕僚長 冨澤 暉君
上智大学法学部
教授 猪口 邦子君
株式会社岡本ア
ソシエイツ代表
取締役 岡本 行夫君
軍事評論家 藤井 治夫君
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本日の会議に付した案件
○日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間に
おける後方支援、物品又は役務の相互の提供に
関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間
の協定を改正する協定の締結について承認を求
めるの件(第百四十二回国会内閣提出、第百四
十五回国会衆議院送付)
○周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保
するための措置に関する法律案(第百四十二回
国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付)
○自衛隊法の一部を改正する法律案(第百四十二
回国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付
)
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井
井上吉夫#1
○委員長(井上吉夫君) ただいまから日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日、佐藤泰介君、寺崎昭久君、弘友和夫君、加藤修一君、荒木清寛君、福島瑞穂君及び入澤肇君が委員を辞任され、その補欠として谷林正昭君、今泉昭君、風間昶君、沢たまき君、魚住裕一郎君、田英夫君及び月原茂皓君が選任されました。
また、本日、内藤正光君及び緒方靖夫君が委員を辞任され、その補欠として山下八洲夫君及び畑野君枝君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日、佐藤泰介君、寺崎昭久君、弘友和夫君、加藤修一君、荒木清寛君、福島瑞穂君及び入澤肇君が委員を辞任され、その補欠として谷林正昭君、今泉昭君、風間昶君、沢たまき君、魚住裕一郎君、田英夫君及び月原茂皓君が選任されました。
また、本日、内藤正光君及び緒方靖夫君が委員を辞任され、その補欠として山下八洲夫君及び畑野君枝君が選任されました。
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井
井上吉夫#2
○委員長(井上吉夫君) 日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援、物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する協定の締結について承認を求めるの件、周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律案及び自衛隊法の一部を改正する法律案の三案件を一括して議題といたします。
本日は、三案件の審査のため、公述人の方々から御意見を承ります。
午前は、早稲田大学法学部客員教授栗山尚一君、全日本海員組合教宣部長平山誠一君、元陸上幕僚長冨澤暉君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
公述人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
本日の議事の進め方でございますが、公述人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
それでは、まず栗山公述人からお願いいたします。栗山公述人。
この発言だけを見る →本日は、三案件の審査のため、公述人の方々から御意見を承ります。
午前は、早稲田大学法学部客員教授栗山尚一君、全日本海員組合教宣部長平山誠一君、元陸上幕僚長冨澤暉君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
公述人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
本日の議事の進め方でございますが、公述人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
それでは、まず栗山公述人からお願いいたします。栗山公述人。
栗
栗山尚一#3
○公述人(栗山尚一君) 御指名をいただきました早稲田大学の栗山でございます。
まず冒頭に、当委員会で御審議になられておりますいわゆる周辺事態の安全を確保するための法案、それからACSA協定の改正につきましての私の基本的な立場を述べさせていただきたいと思います。
我が国をめぐる安全保障環境は、冷戦の遺産が完全に清算されていないということもございまして、不安定でありまして、それから将来の見通しについても不確実、不透明ということが申し上げられると思います。日米安保体制は、そのような我が国をめぐる安全保障環境のもとにおいて、我が国の平和と安全を守るために不可欠な枠組みであるというふうに私は認識をしておる次第でございます。また、我が国が死活的利害を有しておりますアジア太平洋地域、この地域の平和と安定のためにも安保体制というものは欠かせない存在であるというふうに考えております。
以上のような認識に立ちまして、私は安保体制の抑止力の信頼性を高めることを目的としております本法案、それからACSAの協定改正を支持するものでございますし、またその速やかな成立を期待いたすものでございます。
法案の柱の一つとなっておりますいわゆる船舶検査活動に関します規定が衆議院の段階で削除されましたことは残念に思っておりますが、近い将来、各党各派の御協議の結果が調いまして、適切な法体制の整備がこの問題についても行われるように期待しておる次第でございます。
なお、一言つけ加えさせていただきますと、我が国の安全保障環境というものを今後改善していくためには、安保体制の抑止力を維持していくということだけでは当然のことながら不十分でございまして、先ほど申し上げましたような不安定性でありますとか将来の不確実性というものを減少させていくための積極的な外交努力というものがあわせて必要であるということを指摘させていただきたいと思います。
次に、法案についての私の所見を述べさせていただく前に二つのことをお話し申し上げて、委員各位の御参考に供したいというふうに考えます。
一つは、私が駐米大使を務めさせていただきました時代の私自身の体験からくる所感でございます。
委員方が御記憶のとおり、九三年から九四年の前半にかけて、朝鮮民主主義人民共和国、すなわち北朝鮮の核兵器開発疑惑、それから北朝鮮のNPTからの脱退宣言、そういう問題をめぐって朝鮮半島の緊張が大変高まった時期がございます。
このとき、日米両政府の関係者は、北朝鮮の軍事的暴発という不測の事態が発生した場合に、日米両国の防衛協力のために必要な我が国の国内体制というものが整備されておらないために、安保体制というものがそのような事態に効果的に対応できないのではないかという非常な危機感を共有したというふうに私は考えております。
この危機感が、その後、三年前の日米安保共同宣言、それから二年前の新しいガイドラインについての合意、それから今般、当委員会で審議をされておられます周辺事態法案というものにつながってきたというふうに私は認識しておりますが、私が申し上げたいのは、当時、このような安保体制の基本的な脆弱性というものが北朝鮮の誤った判断というものを誘発して、かえって緊張を一層増大させるのではないかということを私個人といたしましては大変に心配したということを申し上げたいわけでございます。
次に御紹介申し上げたいのは、最近のアメリカの一般国民の世論でございます。
シカゴ外交評議会という団体が従来からアメリカの外交政策について定期的に世論調査を行っておりますが、昨年行いました調査の結果が最近公表されました。その中で、外交評議会が回答者に対して出しました一つの質問は、アメリカの同盟国あるいは友好国が侵略を受けた場合にそれを守るために米軍の派兵というものを支持するかどうかという質問でございました。
私の注目を引きましたのは、この質問に対する回答ぶりでございまして、一つの例を申し上げますと、北朝鮮によって韓国が侵略を受けた場合に派兵を支持するかという問いに対しまして、イエスと答えたのが一般国民の中では三〇%であったということでございます。これはオピニオンリーダーに対して別途質問をしておりますが、オピニオンリーダーの回答で派兵を支持すると言いましたのは七四%でございまして、オピニオンリーダーと一般国民との間に非常に著しいギャップがあるということを申し上げたいわけであります。
それからもう一つ、この同じ質問に対する回答で御紹介したいのは、派兵の支持率が五〇%を上回った国は約十カ国の中で一つもないということでございます。一番高かったのはサウジアラビアでありまして、サウジアラビアの場合に派兵を支持すると回答したものが四六%でございます。
この数字が何を意味しているかということでございますが、これを考えますと、今日のアメリカの国民は、アメリカの同盟国あるいは友好国というものを守るために戦う、あるいは血を流すということに対して、極めて慎重であり消極的であるということでございます。
そういうアメリカの国民の非常に内向きの心理状況というものを踏まえて考えてみますと、アメリカの同盟国側、日本を含めましてでございますが、アメリカの同盟国側におきましては、同盟関係の信頼性というものを維持していくためには平素から相当な努力を払う必要があるということを申し上げたいわけでございます。
次に、法案につきましての私の所見を三点に絞って申し上げたいというふうに思います。
第一は、同盟関係というものは同盟国同士による公正な責任の分担というものがあって初めて成り立つということでございます。責任の分担というのは、同盟関係を結ぶということに伴いまして生じますさまざまな政治的、経済的、あるいは場合によっては軍事的なリスクとコストというものを分担するということでございます。これは別の言い方で申し上げますと、共通の目的、すなわち平和を守るということのために、それぞれの同盟国がある一定の範囲で自国の行動の自由に対する制約というものをお互いに受け入れるということを意味するものであるというふうに私は考えております。
別の例で申し上げますと、連立政権を組むための政党間の協力でございますとか、合弁事業を行う場合の企業間の協力についても今私が申し上げたようなことと全く同じことが言えるのではないかというふうに思います。
そのような責任あるいはリスクとコストの分担というものがなければどういうことが起こるかということを申し上げますと、相手国はいざというときには自分自身の判断で独自の行動をとる、勝手な行動をとるということになるわけでございまして、これは同盟関係が崩壊するということにほかならないのであります。
本法案の本質は何かというふうに考えますると、アメリカとの同盟関係において、安保体制の枠内でガイドラインに基づきまして我が国が分担をする責任というものを果たしていくために必要な国内の法体制というものを整備するんだというふうに理解をすることが必要であろうというふうに考えます。
二番目に申し上げたいのは、いわゆる国連と安保体制との関係でございます。
国連というのは、御承知のように国際社会が一体となって違法な武力行使というものに対抗して国際社会の平和を守るために存在する、いわゆる集団安全保障体制というものを実行していくための国際的な組織でございます。したがいまして、個別の加盟国によります自衛権の行使、それが集団的自衛権であるか個別的自衛権であるかを問わず、自衛権の行使というものは国連が効果的な集団安全保障措置をとるまでの間の暫定的なものだということで認められているわけでございます。この点は国連憲章の五十一条にも明記されているとおりでございます。安保体制というものもそのような国連の集団安全保障体制の枠内でその正当性というものが認められておるものでございまして、この点は委員各位御承知のとおり、安保条約の第一条あるいは第五条に明記されておるところでございます。
したがいまして、国連と安保体制との関係というものは決して二者択一的な関係ではありませんで、後者、すなわち安保体制というものはあくまでも国連の集団安全保障体制というものを補完するためのものであるというふうに考えます。他方、このことは、国連が効果的な措置をとるまでの間は、我が国の平和と安全というものは安保体制によって守らなければならないということを意味しております。
国連がいざというときに効果的な対応ができるためには、御案内のように国連の安保理の常任理事国の足並みがそろうということが必要条件でございますが、関係国の複雑な利害が絡んでおります我が国の周辺の国際環境というものを考えますと、今申し上げましたような必要条件というものが必ず満たされるという保証はないように思います。この点を十分に認識しておくことが必要であろうというふうに思います。
最後に、第三点でございますが、防衛協力というのは一体だれのためのものなのかということについての私の考えを簡潔に申し上げたいと思います。
ガイドラインや本法案をめぐりますマスコミ等の国内論議を拝見しておりますと、後方地域支援あるいは後方地域捜索救助活動といった防衛協力というのは我が国が攻撃を受けていない事態のもとでの協力でございますが、そうであるためにどうもこれはアメリカのための協力ではないかという論調が多く見られるやに思われます。しかし、よく考えてみますと、そもそも周辺事態というのは、この法案に定義されておりますように、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態ということでございますから、実はアメリカが効果的に対応してくれないと困るのは我が国自身なのでございます。
したがいまして、後方地域支援等の防衛協力というものは我が国自身のために行うものであるという理解が必要だろうというふうに思います。そのように理解されれば、憲法の枠内、憲法が許します範囲で最大限の協力をするということは、これは当たり前のことであるというふうに考えられるというふうに存じます。空港でありますとか港の使用でありますとか、あるいは輸送、医療といった分野でこの法案が想定をしております地方公共団体等に求められます協力、それからそういう協力のために一般国民が受け入れなければならないさまざまな不便、そういったものは我が国自身、我々自身の平和と安全のために払わなければならないコストであるというふうに考えるべきだろうと思います。
本法が単に紙切れにとどまりませんで真に機能していくためには、この点についての国民の理解というものが不可欠であろうというふうに存じますし、大変僣越でございますが、そういった国民の理解を確保するということは政治の責任であるのではないかというふうに考えるということを最後に申し上げまして、私の陳述を終わらせていただきます。拍手
この発言だけを見る →まず冒頭に、当委員会で御審議になられておりますいわゆる周辺事態の安全を確保するための法案、それからACSA協定の改正につきましての私の基本的な立場を述べさせていただきたいと思います。
我が国をめぐる安全保障環境は、冷戦の遺産が完全に清算されていないということもございまして、不安定でありまして、それから将来の見通しについても不確実、不透明ということが申し上げられると思います。日米安保体制は、そのような我が国をめぐる安全保障環境のもとにおいて、我が国の平和と安全を守るために不可欠な枠組みであるというふうに私は認識をしておる次第でございます。また、我が国が死活的利害を有しておりますアジア太平洋地域、この地域の平和と安定のためにも安保体制というものは欠かせない存在であるというふうに考えております。
以上のような認識に立ちまして、私は安保体制の抑止力の信頼性を高めることを目的としております本法案、それからACSAの協定改正を支持するものでございますし、またその速やかな成立を期待いたすものでございます。
法案の柱の一つとなっておりますいわゆる船舶検査活動に関します規定が衆議院の段階で削除されましたことは残念に思っておりますが、近い将来、各党各派の御協議の結果が調いまして、適切な法体制の整備がこの問題についても行われるように期待しておる次第でございます。
なお、一言つけ加えさせていただきますと、我が国の安全保障環境というものを今後改善していくためには、安保体制の抑止力を維持していくということだけでは当然のことながら不十分でございまして、先ほど申し上げましたような不安定性でありますとか将来の不確実性というものを減少させていくための積極的な外交努力というものがあわせて必要であるということを指摘させていただきたいと思います。
次に、法案についての私の所見を述べさせていただく前に二つのことをお話し申し上げて、委員各位の御参考に供したいというふうに考えます。
一つは、私が駐米大使を務めさせていただきました時代の私自身の体験からくる所感でございます。
委員方が御記憶のとおり、九三年から九四年の前半にかけて、朝鮮民主主義人民共和国、すなわち北朝鮮の核兵器開発疑惑、それから北朝鮮のNPTからの脱退宣言、そういう問題をめぐって朝鮮半島の緊張が大変高まった時期がございます。
このとき、日米両政府の関係者は、北朝鮮の軍事的暴発という不測の事態が発生した場合に、日米両国の防衛協力のために必要な我が国の国内体制というものが整備されておらないために、安保体制というものがそのような事態に効果的に対応できないのではないかという非常な危機感を共有したというふうに私は考えております。
この危機感が、その後、三年前の日米安保共同宣言、それから二年前の新しいガイドラインについての合意、それから今般、当委員会で審議をされておられます周辺事態法案というものにつながってきたというふうに私は認識しておりますが、私が申し上げたいのは、当時、このような安保体制の基本的な脆弱性というものが北朝鮮の誤った判断というものを誘発して、かえって緊張を一層増大させるのではないかということを私個人といたしましては大変に心配したということを申し上げたいわけでございます。
次に御紹介申し上げたいのは、最近のアメリカの一般国民の世論でございます。
シカゴ外交評議会という団体が従来からアメリカの外交政策について定期的に世論調査を行っておりますが、昨年行いました調査の結果が最近公表されました。その中で、外交評議会が回答者に対して出しました一つの質問は、アメリカの同盟国あるいは友好国が侵略を受けた場合にそれを守るために米軍の派兵というものを支持するかどうかという質問でございました。
私の注目を引きましたのは、この質問に対する回答ぶりでございまして、一つの例を申し上げますと、北朝鮮によって韓国が侵略を受けた場合に派兵を支持するかという問いに対しまして、イエスと答えたのが一般国民の中では三〇%であったということでございます。これはオピニオンリーダーに対して別途質問をしておりますが、オピニオンリーダーの回答で派兵を支持すると言いましたのは七四%でございまして、オピニオンリーダーと一般国民との間に非常に著しいギャップがあるということを申し上げたいわけであります。
それからもう一つ、この同じ質問に対する回答で御紹介したいのは、派兵の支持率が五〇%を上回った国は約十カ国の中で一つもないということでございます。一番高かったのはサウジアラビアでありまして、サウジアラビアの場合に派兵を支持すると回答したものが四六%でございます。
この数字が何を意味しているかということでございますが、これを考えますと、今日のアメリカの国民は、アメリカの同盟国あるいは友好国というものを守るために戦う、あるいは血を流すということに対して、極めて慎重であり消極的であるということでございます。
そういうアメリカの国民の非常に内向きの心理状況というものを踏まえて考えてみますと、アメリカの同盟国側、日本を含めましてでございますが、アメリカの同盟国側におきましては、同盟関係の信頼性というものを維持していくためには平素から相当な努力を払う必要があるということを申し上げたいわけでございます。
次に、法案につきましての私の所見を三点に絞って申し上げたいというふうに思います。
第一は、同盟関係というものは同盟国同士による公正な責任の分担というものがあって初めて成り立つということでございます。責任の分担というのは、同盟関係を結ぶということに伴いまして生じますさまざまな政治的、経済的、あるいは場合によっては軍事的なリスクとコストというものを分担するということでございます。これは別の言い方で申し上げますと、共通の目的、すなわち平和を守るということのために、それぞれの同盟国がある一定の範囲で自国の行動の自由に対する制約というものをお互いに受け入れるということを意味するものであるというふうに私は考えております。
別の例で申し上げますと、連立政権を組むための政党間の協力でございますとか、合弁事業を行う場合の企業間の協力についても今私が申し上げたようなことと全く同じことが言えるのではないかというふうに思います。
そのような責任あるいはリスクとコストの分担というものがなければどういうことが起こるかということを申し上げますと、相手国はいざというときには自分自身の判断で独自の行動をとる、勝手な行動をとるということになるわけでございまして、これは同盟関係が崩壊するということにほかならないのであります。
本法案の本質は何かというふうに考えますると、アメリカとの同盟関係において、安保体制の枠内でガイドラインに基づきまして我が国が分担をする責任というものを果たしていくために必要な国内の法体制というものを整備するんだというふうに理解をすることが必要であろうというふうに考えます。
二番目に申し上げたいのは、いわゆる国連と安保体制との関係でございます。
国連というのは、御承知のように国際社会が一体となって違法な武力行使というものに対抗して国際社会の平和を守るために存在する、いわゆる集団安全保障体制というものを実行していくための国際的な組織でございます。したがいまして、個別の加盟国によります自衛権の行使、それが集団的自衛権であるか個別的自衛権であるかを問わず、自衛権の行使というものは国連が効果的な集団安全保障措置をとるまでの間の暫定的なものだということで認められているわけでございます。この点は国連憲章の五十一条にも明記されているとおりでございます。安保体制というものもそのような国連の集団安全保障体制の枠内でその正当性というものが認められておるものでございまして、この点は委員各位御承知のとおり、安保条約の第一条あるいは第五条に明記されておるところでございます。
したがいまして、国連と安保体制との関係というものは決して二者択一的な関係ではありませんで、後者、すなわち安保体制というものはあくまでも国連の集団安全保障体制というものを補完するためのものであるというふうに考えます。他方、このことは、国連が効果的な措置をとるまでの間は、我が国の平和と安全というものは安保体制によって守らなければならないということを意味しております。
国連がいざというときに効果的な対応ができるためには、御案内のように国連の安保理の常任理事国の足並みがそろうということが必要条件でございますが、関係国の複雑な利害が絡んでおります我が国の周辺の国際環境というものを考えますと、今申し上げましたような必要条件というものが必ず満たされるという保証はないように思います。この点を十分に認識しておくことが必要であろうというふうに思います。
最後に、第三点でございますが、防衛協力というのは一体だれのためのものなのかということについての私の考えを簡潔に申し上げたいと思います。
ガイドラインや本法案をめぐりますマスコミ等の国内論議を拝見しておりますと、後方地域支援あるいは後方地域捜索救助活動といった防衛協力というのは我が国が攻撃を受けていない事態のもとでの協力でございますが、そうであるためにどうもこれはアメリカのための協力ではないかという論調が多く見られるやに思われます。しかし、よく考えてみますと、そもそも周辺事態というのは、この法案に定義されておりますように、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態ということでございますから、実はアメリカが効果的に対応してくれないと困るのは我が国自身なのでございます。
したがいまして、後方地域支援等の防衛協力というものは我が国自身のために行うものであるという理解が必要だろうというふうに思います。そのように理解されれば、憲法の枠内、憲法が許します範囲で最大限の協力をするということは、これは当たり前のことであるというふうに考えられるというふうに存じます。空港でありますとか港の使用でありますとか、あるいは輸送、医療といった分野でこの法案が想定をしております地方公共団体等に求められます協力、それからそういう協力のために一般国民が受け入れなければならないさまざまな不便、そういったものは我が国自身、我々自身の平和と安全のために払わなければならないコストであるというふうに考えるべきだろうと思います。
本法が単に紙切れにとどまりませんで真に機能していくためには、この点についての国民の理解というものが不可欠であろうというふうに存じますし、大変僣越でございますが、そういった国民の理解を確保するということは政治の責任であるのではないかというふうに考えるということを最後に申し上げまして、私の陳述を終わらせていただきます。拍手
井
平
平山誠一#5
○公述人(平山誠一君) 本日は、こうした場所で発言の機会を与えていただきまして、深く感謝を申し上げたいと思います。本来であれば組織の代表者である組合長の中西が出席をして発言するところでありますが、本日、重要な機関会議と重なりまして、本問題に関する組織の広報窓口を担当しております責任者であります私が出席いたしました。御了承いただきたいと思います。
全日本海員組合は、我が国の外航・内航海運、長距離フェリーや旅客船、港の中で活躍するタグボートやはしけなどで働く船員、また遠洋、近海、沿岸で操業する漁業船員を中心に、約四万人を組織する個人加盟方式の産業別労働組合であります。また、ナショナルセンター連合に加盟し、連合運動の前進に積極的な役割を果たすとともに、国際的にも国際運輸労連の一員として活躍している組合であります。
次に、船員はなぜこの新ガイドラインとその関連法案に反対するのか、このことについて述べたいと思います。このために、戦前、戦後を通しまして、船員という職業、しかも戦後においては明確に一民間人という立場でありながら、船員職業を選択したことによってどのような体験を強いられてきたのか、若干時間をとって述べてみたいと思うわけであります。
全日本海員組合は、終戦直後の一九四五年十月五日、全国に先駆けて組合を創立いたしましたが、その前身といたしまして、戦前には日本海員組合、海員協会の労働運動がありました。太平洋戦争突入前夜の一九四〇年、日本海員組合、海員協会十五万人の労働組織は解散を余儀なくされ、海運報国団に統合、海運戦時統制のもと、船員はすべて徴用の対象とされました。また、当時の艦隊決戦最優先主義に固執する戦争指導部は、海上輸送路を護衛する戦略もなく、戦場の海に丸裸同然のまま駆り出されることになったわけであります。
こうした結果、連合軍の徹底した通商破壊作戦によりまして日本商船隊は文字どおり壊滅しました。二千五百三十四隻、八百九十万総トンが沈められ、六万二千名に及ぶ船員が逃げ場のない海で戦没したわけであります。これは、動員された員数に対する犠牲者の割合という点で見れば、陸軍・海軍軍人と比較しても大きく上回るというまことに痛ましいものでありました。
当然のことながら、戦後の海員組合は、二度と再びこの悲劇を繰り返してはならないという不戦の誓いを根底に再建、創立されたわけであります。しかしながら、戦後、戦争のない平和な社会を実現した日本、平和憲法により武力の行使を放棄した日本ではありますが、船員を職業とする者にとっては陸上の皆さんほど安寧であったわけではありません。
一九四五年九月には、再び船員は戦時体制と同様に総動員されました。海外に残された軍人軍属、一般邦人の復員輸送に従事したわけであります。一万一千個と言われる日本沿岸に投下された米軍機雷がきばをむく海域を、それこそ身命を賭して、航海の安全を確保しつつ、六百四十万同胞と中国大陸や朝鮮半島から強制連行された人々など百三十万人、合計七百七十万人の輸送活動をほぼ無事故で完遂したわけであります。
その後も、戦後だけでも百八十六隻、七百七十八名の犠牲者というこの投下機雷による船舶被害に日々恐怖しながらも、戦後復興の先頭に立って船員は活躍してきたわけであります。
一九五〇年四月には、海運の国家一元管理体制が解除されまして、民営還元が行われました。船員にとってもようやく平和な戦後を迎えることになったわけでありますが、この年の六月に勃発した朝鮮戦争は、再び船員を直接戦争に巻き込むことになりました。
戦後の日本の進路を決めた第二の転換点とも言われる朝鮮戦争でありますが、言うまでもなく半島に展開する主力米軍の後方基地として日本は大きな役割を果たしました。日本の海運会社もまた、連合軍占領下の中で、米国軍事海上輸送部の要請に応じ、開戦数カ月間で貨物船など約七十隻、三十四万重量トンが直接の用船契約に基づいて提供されたと言われておりまして、船員も半ば強制的に数千人規模でこれら船舶の運航に従事させられたと推定しているところであります。
その後も、日本人船員は、国内海上輸送はもとより、世界の海に展開し、我が国の国民生活、経済活動に必要な物資の海上輸送に従事するわけでありますが、四次にわたる中東戦争やベトナム戦争、比較的最近の例としてはイラン・イラク戦争や湾岸戦争と、絶えず国際間の武力衝突や地域紛争に巻き込まれ、その都度生命の危機にさらされてまいりました。
イラン・イラク戦争について若干公述いたしますので、皆さんに資料など配付しておりますので、参考にしていただければと思います。
一九八〇年から八年間続いたイラン・イラク戦争では、開戦初頭、四隻の日本船と乗組員が戦闘地域に孤立しまして、その脱出のために大変な苦労を強いられました。このほか、イラン、イラク両国によるペルシャ湾内に就航する中立国船舶をも巻き込んだ船舶に対する無差別攻撃によりまして、体験した者しか語れない恐怖と戦争のすさまじい現実を体験することになるわけであります。数字だけで見ても、この間、四百七隻の船舶が攻撃を受け被弾し、三百三十三名の死者、三百十七名の負傷者を出すという、世界じゅうの船乗りにとって悪夢のような八年間であったわけであります。
日本人船員の乗り組む船舶は、中立国・非交戦国表示を徹底いたしまして、具体的には舷側や甲板上に百畳もあるような大きな日の丸をかいて就航したわけでありますが、戦闘が激化した後半、とりわけ反イラン・親イラク側にありました米軍の艦艇がクウェート船籍の船舶を護衛するようになりましてから、イラン側と見られる小型ボートによる機銃掃射や携帯型ロケットを使用したゲリラ的な船舶攻撃が激発しました。また、これに対抗するイラク側の報復攻撃もエスカレートいたしました。
こうした戦場を支配する狂気の中で、日本人船員の乗り組む船舶も相次いで攻撃を受け、十二隻が被弾、二名のとうとい犠牲者を出したわけであります。
ペルシャ湾から日本への航路は、別名オイルロードと呼ばれまして、日本のエネルギーの大動脈であります。当時、ペルシャ湾内には常時十数隻の日本タンカーが就航しておりまして、組合も経営側も労使共同して、何としても日本人船員の生命の安全を確保しつつ国民生活のためにもこのオイルロードを維持しなければならない。こうした使命感の中で、文字どおり昼夜毎日、懸命の情報収集と分析、戦闘の激化が予想される場合には航行ストップを指示する、小康状態を見計らってゴーサインを出す、こうしたストップ・アンド・ゴー方式、また船内では、ブリッジから居住区域におきましては攻撃に備えて土のうを積み上げ、戦闘用のヘルメットや防弾コートで身を包む等、可能な限りの安全対策を講じて対処してきたところであります。浮遊機雷が遊よくし、船舶の臨検、拿捕、威嚇など日常茶飯事でありました。乗組員も労使も、日本が中立国である、非交戦国である、紛争当事国でないということを唯一の誇りある正当なよりどころとして、粉骨砕身このオイルロードを維持してきたわけであります。
さらに、その二年後、今度はイラクのクウェート侵攻により発生した湾岸戦争にも日本人船員は深くかかわることになります。
当時、政府の強い要請で、中東貢献策の目玉として日本船舶による物資輸送の協力を求められるわけでありますが、組合も厳しい選択を迫られることになりました。一切の武器弾薬、兵員など直接戦闘行為に供する物資の輸送があってはならないこと、乗組員個々の就航拒否権を完全に保証することなど、政府と組合との間で特別な協定を締結いたしまして、日本人船員の乗り組む日本船二隻ほか三隻が建設資材等を積み込んでサウジアラビア方面に二航海程度就航したわけであります。
その後、本船のキャプテンが組合機関誌のインタビューに答えまして、日本に帰ってきて、ああ、生きて帰ってきたんだな、日本は本当に平和な国だと思った、世界の海に真の平和が訪れ、日本国憲法が世界的に理解されることを望んでいると結んでいるところであります。本船近くにスカッドミサイル飛来の情報が飛び交うなど、当時の生々しい詳細な体験談は時間の都合で紹介できませんけれども、この船長の思いこそ海洋国日本に国籍を持つ日本人船員全員の共通のキーワードであります。
次に、こうした体験を持つ船員の立場から、簡潔に新ガイドラインとその関連法案の問題点について触れてみたいと思います。
まず、法案審議におけるこれまでの政府答弁を聞いておりますと、現行憲法では明確に禁じられていると政府みずから明確にしておられる武力行使と、いわゆる民間に協力してもらおうとする後方支援との関係であります。政府は、両者の関係には明確に一線が引かれるので後方支援が武力の行使と一体化することはあり得ないと繰り返し述べておられますが、私どもの過去の経験から見ますと、とりわけ海上輸送におきましては、全く現実離れした見解としか聞こえません。皮肉な言い方を許していただくならば、全くの机上の空論であり、平和ぼけ、こう言わざるを得ないところであります。
最も身近な例では、NATO軍によるユーゴ空爆が四月に入ってからコソボ地域のユーゴ軍の補給路を遮断する作戦、すなわち後方支援活動を主たる攻撃目標とし、このための補給路である橋や鉄道、道路などが次々に破壊されています。ユーゴ空爆の正当性に対する疑問はさておきましても、経験的に申し上げれば、戦争は一たび戦端が開かれますと確実にエスカレートするわけであります。やがては民間も巻き込んで、後方地域に対する攻撃はもとより、誤爆、誤射、味方同士の相互攻撃、いわば何でもあり、何が起きても不思議はないというのが戦場を支配する論理であることをこの際申し上げておきたいと思います。
また、周辺事態というあいまいな規定が想定していると言われる朝鮮半島、台湾海峡有事などについて申し上げれば、日本海、対馬海峡、黄海、東シナ海、バシー海峡から南シナ海周辺に、恐らく複数の米空母機動部隊が展開し、作戦行動するものと想定されますが、これら海域、船舶の航路帯は極めて狭い限定されたものであります。この狭い限定された海域に、米軍作戦の後方支援のために就航する船舶は、必然的に米軍作戦行動の傘の下に入ることになります。一体、どこに武力行使と一線を画す安全な後方地域が存在するのか、御存じの方は具体的にチャートの上で線引きをしていただきたいと思います。米軍の護衛のもとでの後方支援活動は、まさに武力行使との一体化そのものではないでしょうか。
このように国民生活に決定的な影響を及ぼす自治体協力や民間協力について、法案では一切具体的、明確な内容が示されないばかりか、後方支援イコール安全、あとは白紙委任してくれと、政府答弁が繰り返されるたびに私どもは、この法案の危険性、危うさとともに、国民生活を初め、直接後方から前方へ兵たん活動を担う船員はもとより、陸上、航空、港湾の交通運輸労働者の命にかかわる深刻な事態を痛感せざるを得ないのであります。
船員は、昔から板子一枚地獄という過酷な職場で働いてきました。海の日が国民の祝日として制定されるなど、だれしもが日本を海洋国家と認めるように、国民の日常の暮らしや文化、経済活動は深く海に依拠しているわけでありますが、コスト競争力のない日本人は不要である、こうした大合唱の中で、船員職業の魅力は喪失し、船員の減少にも歯どめがかからない深刻な現実がある一方、依然として海難事故も多く、陸上に比べて労働災害も少なくありません。こうした中でも、遭難した仲間は見捨てない、こうした船員社会の不文律を大切にし、我が組合員だけでも毎年二百名を超える人命救助を行っている、そういう職業集団であります。人道的な立場においては、時としてみずからの命を賭して職に当たってまいりましたし、そのことについては全くやぶさかではありません。
しかしながら、船員は弾雨飛び交う戦場の海はもう御免であります。しかも、他国の戦場にみずから当事者となって後方支援という兵たん活動の先頭に立てなど、本人はもとより家族の皆さんにどう説明がつくのでしょうか。
来るべき戦争に備えよと声高に叫ぶ前に、なぜ、世界に誇る憲法の平和主義をはぐくみ、武力なき平和の実現に向けて目に見える具体的な努力ができないのか、理解できません。
どうかこの新ガイドラインと関連法案につきましては、一たん白紙撤回していただき、二十一世紀日本のあるべき針路は本当にどの方向なのか、徹底した国民討議の上、総選挙で信を問うていただき、それでも必要というのであれば国民投票で決めていただきたい。
最後にこの点を訴え、私の公述といたします。
どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →全日本海員組合は、我が国の外航・内航海運、長距離フェリーや旅客船、港の中で活躍するタグボートやはしけなどで働く船員、また遠洋、近海、沿岸で操業する漁業船員を中心に、約四万人を組織する個人加盟方式の産業別労働組合であります。また、ナショナルセンター連合に加盟し、連合運動の前進に積極的な役割を果たすとともに、国際的にも国際運輸労連の一員として活躍している組合であります。
次に、船員はなぜこの新ガイドラインとその関連法案に反対するのか、このことについて述べたいと思います。このために、戦前、戦後を通しまして、船員という職業、しかも戦後においては明確に一民間人という立場でありながら、船員職業を選択したことによってどのような体験を強いられてきたのか、若干時間をとって述べてみたいと思うわけであります。
全日本海員組合は、終戦直後の一九四五年十月五日、全国に先駆けて組合を創立いたしましたが、その前身といたしまして、戦前には日本海員組合、海員協会の労働運動がありました。太平洋戦争突入前夜の一九四〇年、日本海員組合、海員協会十五万人の労働組織は解散を余儀なくされ、海運報国団に統合、海運戦時統制のもと、船員はすべて徴用の対象とされました。また、当時の艦隊決戦最優先主義に固執する戦争指導部は、海上輸送路を護衛する戦略もなく、戦場の海に丸裸同然のまま駆り出されることになったわけであります。
こうした結果、連合軍の徹底した通商破壊作戦によりまして日本商船隊は文字どおり壊滅しました。二千五百三十四隻、八百九十万総トンが沈められ、六万二千名に及ぶ船員が逃げ場のない海で戦没したわけであります。これは、動員された員数に対する犠牲者の割合という点で見れば、陸軍・海軍軍人と比較しても大きく上回るというまことに痛ましいものでありました。
当然のことながら、戦後の海員組合は、二度と再びこの悲劇を繰り返してはならないという不戦の誓いを根底に再建、創立されたわけであります。しかしながら、戦後、戦争のない平和な社会を実現した日本、平和憲法により武力の行使を放棄した日本ではありますが、船員を職業とする者にとっては陸上の皆さんほど安寧であったわけではありません。
一九四五年九月には、再び船員は戦時体制と同様に総動員されました。海外に残された軍人軍属、一般邦人の復員輸送に従事したわけであります。一万一千個と言われる日本沿岸に投下された米軍機雷がきばをむく海域を、それこそ身命を賭して、航海の安全を確保しつつ、六百四十万同胞と中国大陸や朝鮮半島から強制連行された人々など百三十万人、合計七百七十万人の輸送活動をほぼ無事故で完遂したわけであります。
その後も、戦後だけでも百八十六隻、七百七十八名の犠牲者というこの投下機雷による船舶被害に日々恐怖しながらも、戦後復興の先頭に立って船員は活躍してきたわけであります。
一九五〇年四月には、海運の国家一元管理体制が解除されまして、民営還元が行われました。船員にとってもようやく平和な戦後を迎えることになったわけでありますが、この年の六月に勃発した朝鮮戦争は、再び船員を直接戦争に巻き込むことになりました。
戦後の日本の進路を決めた第二の転換点とも言われる朝鮮戦争でありますが、言うまでもなく半島に展開する主力米軍の後方基地として日本は大きな役割を果たしました。日本の海運会社もまた、連合軍占領下の中で、米国軍事海上輸送部の要請に応じ、開戦数カ月間で貨物船など約七十隻、三十四万重量トンが直接の用船契約に基づいて提供されたと言われておりまして、船員も半ば強制的に数千人規模でこれら船舶の運航に従事させられたと推定しているところであります。
その後も、日本人船員は、国内海上輸送はもとより、世界の海に展開し、我が国の国民生活、経済活動に必要な物資の海上輸送に従事するわけでありますが、四次にわたる中東戦争やベトナム戦争、比較的最近の例としてはイラン・イラク戦争や湾岸戦争と、絶えず国際間の武力衝突や地域紛争に巻き込まれ、その都度生命の危機にさらされてまいりました。
イラン・イラク戦争について若干公述いたしますので、皆さんに資料など配付しておりますので、参考にしていただければと思います。
一九八〇年から八年間続いたイラン・イラク戦争では、開戦初頭、四隻の日本船と乗組員が戦闘地域に孤立しまして、その脱出のために大変な苦労を強いられました。このほか、イラン、イラク両国によるペルシャ湾内に就航する中立国船舶をも巻き込んだ船舶に対する無差別攻撃によりまして、体験した者しか語れない恐怖と戦争のすさまじい現実を体験することになるわけであります。数字だけで見ても、この間、四百七隻の船舶が攻撃を受け被弾し、三百三十三名の死者、三百十七名の負傷者を出すという、世界じゅうの船乗りにとって悪夢のような八年間であったわけであります。
日本人船員の乗り組む船舶は、中立国・非交戦国表示を徹底いたしまして、具体的には舷側や甲板上に百畳もあるような大きな日の丸をかいて就航したわけでありますが、戦闘が激化した後半、とりわけ反イラン・親イラク側にありました米軍の艦艇がクウェート船籍の船舶を護衛するようになりましてから、イラン側と見られる小型ボートによる機銃掃射や携帯型ロケットを使用したゲリラ的な船舶攻撃が激発しました。また、これに対抗するイラク側の報復攻撃もエスカレートいたしました。
こうした戦場を支配する狂気の中で、日本人船員の乗り組む船舶も相次いで攻撃を受け、十二隻が被弾、二名のとうとい犠牲者を出したわけであります。
ペルシャ湾から日本への航路は、別名オイルロードと呼ばれまして、日本のエネルギーの大動脈であります。当時、ペルシャ湾内には常時十数隻の日本タンカーが就航しておりまして、組合も経営側も労使共同して、何としても日本人船員の生命の安全を確保しつつ国民生活のためにもこのオイルロードを維持しなければならない。こうした使命感の中で、文字どおり昼夜毎日、懸命の情報収集と分析、戦闘の激化が予想される場合には航行ストップを指示する、小康状態を見計らってゴーサインを出す、こうしたストップ・アンド・ゴー方式、また船内では、ブリッジから居住区域におきましては攻撃に備えて土のうを積み上げ、戦闘用のヘルメットや防弾コートで身を包む等、可能な限りの安全対策を講じて対処してきたところであります。浮遊機雷が遊よくし、船舶の臨検、拿捕、威嚇など日常茶飯事でありました。乗組員も労使も、日本が中立国である、非交戦国である、紛争当事国でないということを唯一の誇りある正当なよりどころとして、粉骨砕身このオイルロードを維持してきたわけであります。
さらに、その二年後、今度はイラクのクウェート侵攻により発生した湾岸戦争にも日本人船員は深くかかわることになります。
当時、政府の強い要請で、中東貢献策の目玉として日本船舶による物資輸送の協力を求められるわけでありますが、組合も厳しい選択を迫られることになりました。一切の武器弾薬、兵員など直接戦闘行為に供する物資の輸送があってはならないこと、乗組員個々の就航拒否権を完全に保証することなど、政府と組合との間で特別な協定を締結いたしまして、日本人船員の乗り組む日本船二隻ほか三隻が建設資材等を積み込んでサウジアラビア方面に二航海程度就航したわけであります。
その後、本船のキャプテンが組合機関誌のインタビューに答えまして、日本に帰ってきて、ああ、生きて帰ってきたんだな、日本は本当に平和な国だと思った、世界の海に真の平和が訪れ、日本国憲法が世界的に理解されることを望んでいると結んでいるところであります。本船近くにスカッドミサイル飛来の情報が飛び交うなど、当時の生々しい詳細な体験談は時間の都合で紹介できませんけれども、この船長の思いこそ海洋国日本に国籍を持つ日本人船員全員の共通のキーワードであります。
次に、こうした体験を持つ船員の立場から、簡潔に新ガイドラインとその関連法案の問題点について触れてみたいと思います。
まず、法案審議におけるこれまでの政府答弁を聞いておりますと、現行憲法では明確に禁じられていると政府みずから明確にしておられる武力行使と、いわゆる民間に協力してもらおうとする後方支援との関係であります。政府は、両者の関係には明確に一線が引かれるので後方支援が武力の行使と一体化することはあり得ないと繰り返し述べておられますが、私どもの過去の経験から見ますと、とりわけ海上輸送におきましては、全く現実離れした見解としか聞こえません。皮肉な言い方を許していただくならば、全くの机上の空論であり、平和ぼけ、こう言わざるを得ないところであります。
最も身近な例では、NATO軍によるユーゴ空爆が四月に入ってからコソボ地域のユーゴ軍の補給路を遮断する作戦、すなわち後方支援活動を主たる攻撃目標とし、このための補給路である橋や鉄道、道路などが次々に破壊されています。ユーゴ空爆の正当性に対する疑問はさておきましても、経験的に申し上げれば、戦争は一たび戦端が開かれますと確実にエスカレートするわけであります。やがては民間も巻き込んで、後方地域に対する攻撃はもとより、誤爆、誤射、味方同士の相互攻撃、いわば何でもあり、何が起きても不思議はないというのが戦場を支配する論理であることをこの際申し上げておきたいと思います。
また、周辺事態というあいまいな規定が想定していると言われる朝鮮半島、台湾海峡有事などについて申し上げれば、日本海、対馬海峡、黄海、東シナ海、バシー海峡から南シナ海周辺に、恐らく複数の米空母機動部隊が展開し、作戦行動するものと想定されますが、これら海域、船舶の航路帯は極めて狭い限定されたものであります。この狭い限定された海域に、米軍作戦の後方支援のために就航する船舶は、必然的に米軍作戦行動の傘の下に入ることになります。一体、どこに武力行使と一線を画す安全な後方地域が存在するのか、御存じの方は具体的にチャートの上で線引きをしていただきたいと思います。米軍の護衛のもとでの後方支援活動は、まさに武力行使との一体化そのものではないでしょうか。
このように国民生活に決定的な影響を及ぼす自治体協力や民間協力について、法案では一切具体的、明確な内容が示されないばかりか、後方支援イコール安全、あとは白紙委任してくれと、政府答弁が繰り返されるたびに私どもは、この法案の危険性、危うさとともに、国民生活を初め、直接後方から前方へ兵たん活動を担う船員はもとより、陸上、航空、港湾の交通運輸労働者の命にかかわる深刻な事態を痛感せざるを得ないのであります。
船員は、昔から板子一枚地獄という過酷な職場で働いてきました。海の日が国民の祝日として制定されるなど、だれしもが日本を海洋国家と認めるように、国民の日常の暮らしや文化、経済活動は深く海に依拠しているわけでありますが、コスト競争力のない日本人は不要である、こうした大合唱の中で、船員職業の魅力は喪失し、船員の減少にも歯どめがかからない深刻な現実がある一方、依然として海難事故も多く、陸上に比べて労働災害も少なくありません。こうした中でも、遭難した仲間は見捨てない、こうした船員社会の不文律を大切にし、我が組合員だけでも毎年二百名を超える人命救助を行っている、そういう職業集団であります。人道的な立場においては、時としてみずからの命を賭して職に当たってまいりましたし、そのことについては全くやぶさかではありません。
しかしながら、船員は弾雨飛び交う戦場の海はもう御免であります。しかも、他国の戦場にみずから当事者となって後方支援という兵たん活動の先頭に立てなど、本人はもとより家族の皆さんにどう説明がつくのでしょうか。
来るべき戦争に備えよと声高に叫ぶ前に、なぜ、世界に誇る憲法の平和主義をはぐくみ、武力なき平和の実現に向けて目に見える具体的な努力ができないのか、理解できません。
どうかこの新ガイドラインと関連法案につきましては、一たん白紙撤回していただき、二十一世紀日本のあるべき針路は本当にどの方向なのか、徹底した国民討議の上、総選挙で信を問うていただき、それでも必要というのであれば国民投票で決めていただきたい。
最後にこの点を訴え、私の公述といたします。
どうもありがとうございました。拍手
井
冨
冨澤暉#7
○公述人(冨澤暉君) 冨澤であります。
私は、ガイドライン関連法案という略称を使わせていただきますが、この法案に対しまして全面的に賛成であります。考えてみますと、恐らくこの五十年で初めてできる有事法制だと思いますが、まさに待望のものであります。一日も早く成立していただくことを皆様にお願いしたいと思います。
それでは、なぜ私がこの法案に賛成するのかということをまず述べさせていただきます。
ここに、対話と抑止と対処という言葉が書いてございます。現在、特に、例えば朝鮮半島をめぐって対話が続いております。これを太陽政策とかあるいは宥和政策と申しておりますが、これはそういう太陽だけが一つ存在するのではないのでありまして、必ずその後ろには抑止というものがあり、そして抑止につながる対処計画があるというところでこの対話が成り立っているものと考えます。
すなわち、北風には北風をということではないのでありまして、北風には北風よけをしっかり持って、そしてその上で太陽をということだと認識しております。つまり、互いに北風の冷たさをよくわかる者にとって初めて太陽の暖かさがわかるんだ、こういうことであると認識いたします。まさにこの法案は、そういう意味で対処の計画をつくるもととなり、それがしっかりした抑止につながり、その上で太陽の対話政策を進めるというものであるというふうに認識いたします。
また、有事法制と申しますと、有事法制というのは有事が本当に近づいてきたらつくればいいじゃないかと、こう言う方がおります。これが全く私は違うと思うのであります。有事法制というのは平時につくる。つまり、対話というのは平時に行われます。有事になったらもう対話はなくなるわけです。対話が大切なんです。ですから、対話をつくるために平時に有事法制をつくって、それに基づいてしっかり訓練をして即応の態勢を保つことによって初めて抑止ができる。その抑止という土台の上に本当の対話ができるんだろう、このように思います。
その意味で、今私は平時だと思っております。この平時に有事法制ができるということはすばらしいことだ、そうでなければならない、このように考えております。これによって、まさに三者のバランスのとれた外交が我が国の平和と安定をもたらすものであろうというふうに考えますので、この法案に賛成するわけであります。
次に、個別的自衛、集団的自衛、集団的安全保障という言葉が書いてございます。これは皆さん既に御承知のとおりでございますが、この中で一体何が大事かといいますと、これは言うまでもなく個別的自衛が一番大事であります。なぜ個別的自衛が一番大事かと申しますと、残念ながら世界の現状は他国をそこまで一〇〇%信じられないような状態にあるからであります。私は、現在は残念ながらそういう集団的なものにすべてをかけることはできないと思いますので、個別的自衛が一番大切であるとは思いますが、だからといって個別的自衛しかやらないという体制は、またこれは非常に困ったものであります。
個別的自衛しかやらないということは他人と組まないということでありますから、当然その国は孤立いたします。孤立するということは発言力をなくすということであります。発言力をなくすということは自主性を失うということであります。自主性を失うということは、その国の存在がもうなくなるということであります。防衛の目的そのものが失してしまうということであります。ですから、個別的自衛は大切でありますが、個別的自衛だけではだめだということであります。
我が国はこの数十年間、その個別的自衛すらどうだという議論がありまして、また、そのために個別的自衛そのものの準備も極めていまだに不十分であります。そういう事情もあろうと思いますが、そのために余りにも集団的自衛とか集団的安全保障とかということについての議論がありませんでした。したがって、それが一国平和主義とかあるいは日本は核武装をするんじゃないかなんということの原因になっているわけであります。
要するに、一国平和主義ということは、自分だけで何でもやるということですから、世界のあらゆる脅威に対応しなきゃいけない。世界の脅威で一番怖いのは核兵器です。そうなりますと、スイスのように日本じゅうをシェルターで取り巻くか、あるいは核兵器を持つのじゃないか、シェルターの方が高いでしょうから核兵器を日本は持つのじゃないのと、キッシンジャーだけじゃなくて、私も外国へ行くといろんな人に聞かれるわけであります。こういう誤解を招いているもとを絶つためにも、やはり我が国の防衛はこれから集団的なものにシフトしていくべき時期だと思います。
そういう意味で、今回のこの法案に関する審議というものは、我が国が一国平和主義から脱却する第一歩を踏み出したという意味で極めて画期的なものだと思いますし、この法案が成立すればまさにそれが実行に移るわけでありますから、そういう意味で大変結構だ、こういうふうに思うわけであります。
しかし、それじゃこの大変結構な法案ができれば、この法案に基づいて米軍を支援して、あとは米軍に任せれば我々は平和で安穏と暮らしていけるのかという問題になりますと、私はこれはノーである、このように考えます。なぜノーなのかということであります。
まず、我々が考える周辺事態、いろいろございますけれども、基本的に米軍に支援するわけですから米軍が周辺事態で戦うという前提だと思いますが、その場合、米軍及び米軍とその関係する当該国が、それぞれ個別的自衛あるいはその当該国と米軍との間の集団的自衛によって自衛戦争を始めます。この自衛戦争というのがどのくらい続くかというのはよくわかりませんが、私はこの自衛戦争の期間というのは意外に短いのではないか、こういうふうに考えております。短いということはどういうことかというと、比較的早く国連軍、多国籍軍が出現するだろう、このように考えております。
具体的に、例えば朝鮮の場合を申しますと、一九五三年に御承知のように休戦協定が結ばれましたが、このときにそれまで国連軍として参加していた韓国を除く十六カ国は、この協定を認めるけれども、この協定が破られてもしもこの地で再び侵略が起こった場合は我々はここに再結集して戦うと共同宣言をしております。そして、それを受けるかのように、その後、国連軍は、部隊はほとんど帰ってしまいましたけれども、いまだになお韓国ソウルには国連軍の司令部がございます。そして我が日本にも、キャンプ座間に国連軍司令部の後方部門がございます。これらの部門は、いつでも、今は比較的少ないですが、その人員を拡大して国連軍を再結集して戦える準備を整えております。
すなわち、休戦が破れれば同時に休戦以前の状態に戻る、つまり戦争の状態に戻る。そこで、休戦協定をした人は南側の国連軍総司令官マーク・クラーク大将ですから、その人はもうもちろんおられませんが、それを継ぐ人が当然それを受けて国連軍を再発動するということが考えられるわけであります。
しかし、先ほど栗山公述人のお話にもありましたように、実際の現在の国連の状況とか、またアメリカと国連との関係がありますので、必ずしもこの国連軍がそのとおり成るかどうかということは私も一〇〇%申し上げることはできません。しかし、そういう場合には、私は、必ずそれにかわる、今度は国際慣習に基づく多国籍軍というのができるだろうというふうに考えております。
また、逆に言いますと、いつまでたっても国連軍も多国籍軍もできないような状態の戦争のときに、日本が本当に支援しなきゃいけないのかどうかということは、また別途議論する必要が出てくるような話だろう。事ほどさように、恐らく国連軍、多国籍軍というのができるのだろう、こういうふうに考えるわけであります。
当然、こういうものができれば、米国による米国の自衛のための戦争というのは終わるわけであります。ここのところが重要であります。そういう状態になったときに、我が国が米軍や国連軍の部隊にどういう支援ができるのかということでありますが、米軍に対しては、現在持っております米軍の地位協定と、それから今回できますガイドライン関連法案で引き続き支援が可能なのかと思います。
ただ、私、一つだけちょっと懸念するのは、今回のガイドライン関連法案というのは日米安全保障条約に基づくものであります。この日米安保条約というのは、確かに我が国からの集団自衛権の行使はないということになっておりますが、アメリカ側からの集団的自衛権の行使は多分期待しているんだと思いますし、よくよく考えてみますとこれは同盟条約でありますから、社会常識から考えるとこれはもともとは相互の集団自衛権に基づいて締結された条約であろうと。
そうしますと、この条約から出てきたガイドライン関連法案でもって自衛戦争を終わった米軍に本当に支援できるのかどうか。私は法律の専門家でありませんのでよくわかりませんが、ちょっと疑義がありますが、そのときは多分政府はこれは集団的自衛権に全く関係しないということで引き続き支援を続けることは多分できるのかなとも思います。
それでは、一方、米軍を除くその他の国連軍に対してはどういう支援ができるのかといいますと、現在、一九五四年にできました国連軍地位協定、日本国における国連軍との地位協定というのがございます。これに基づいてそういった国々を支援できるということになるわけでありますが、それは実は米軍との地位協定と同じようなものでありまして、端的に言うと日本における基地をどういうふうに貸すかという協定であります。ですから、これでは基地を貸すことについてはある程度できると思いますが、今回のガイドラインで決まったようないろいろな行動に関する支援というのはとてもできないというふうに考えます。
それからまた、基地についても、実は一九五四年当時とは基地の状況が全然変わっております。沖縄を除いては日本に外国軍のための基地というのは激減しておりますから、そういうところで基地についても私は十分にこの国連軍に対して支援ができないだろうというふうに思います。
その結果どういうことになるかというと、日本という国は米軍にはこれだけ支援するけれども何だと、友好国軍には一切支援しないのかということになります。これは非常に大きな問題であります。こういう話を私どもの仲間でしますと、私どもの仲間の中には、いや大丈夫だよと、これは米軍にさえ支援しておけば米軍がトンネルになって横流しで全部行くんだから結果は同じだよと言うんですが、私はこれは困ると思うんですね。これこそ、こういったことを認めるということこそ日本の自主性をなくすことであります。国連軍が出てきたら国連軍参加一国一国との間にきちんとした協定なり条約を結んで、それに支援するような体制をとらなきゃいけないというふうに思うわけであります。
じゃ、どうしたらいいかということでありますが、比較的事は簡単でございまして、今回このガイドライン関連法案で米軍に支援するという内容が決まりましたら、その内容をそのまま国連軍ができたらばその国連軍にも適用するというふうに決めていただければいいわけであります。ただ、当ガイドライン関連法というのはあくまでも日米安保条約の枠内のものでありますから、これをそのまま適用するわけにはいきません。したがって、的枠組みだけは別にしなきゃいけないということであります。当関連法が憲法違反でないとするならば、これもまた当然憲法違反じゃないわけでありますから、全く法律をつくるのに当たっては問題ないと考えております。
ただ、国連軍についてはもう現実に国連憲章がありますし、司令部が現に日本にありますし、地位協定もありますから余り問題ないと思いますが、多国籍軍というのは国際慣習でありますし、まだ現実に見えていないものですから、これを対象に立法ができるかどうかは私はわかりません。そういうときには国連支援のための法律の中にそれを含めるとか、それがどうしてもできないのだったら政治的宣言にとどめておくというのも一案かと思います。そういうことが必要じゃないかということを皆様に御提言申し上げたいと思います。
要するに、現在の日本の防衛というのは余りにも個別的防衛に偏しておりました。その我が国の防衛の実態を多少なりとも集団的なものに修正してきたという点でガイドライン関連法案の議論というのは大変大きな成果をおさめたものと思います。
しかし、一方でそれはいいけれども、何となく米国一辺倒なんじゃないかなという感じを国民に与えていることもまた否めないと思います。そういうような感じを払拭するためにも、今こそ国連軍とか多国籍軍とかPKOとかいういわゆる集団的安全保障の分野に目を向ける時期だと思います。
要は国連軍、それから多国籍軍のことについて主として申し上げましたけれども、実はその他にも残っている問題がたくさんございます。この下に書いてございますけれども、私ども何十年と長い間待望しておりました本来の日本有事における法制の整備、それから最近問題になっております領域警備あるいは部隊警備というようなことに関する任務、権限を自衛隊に付与すること。さらに、今PKF凍結解除をしようという話がたくさんあるようでありますけれども、それは大変結構ですが、そうした場合に武器使用基準が今のままでできるのかというような非常に重要な問題があります。
これらの問題は当法案と直接関係するものではございませんが、我が国の平和と安定のために大変大事である、この有事法制をできるだけ早くこの平時のうちにつくっておいていただきたいということをお願いしまして、私の話を終わらせていただきます。拍手
この発言だけを見る →私は、ガイドライン関連法案という略称を使わせていただきますが、この法案に対しまして全面的に賛成であります。考えてみますと、恐らくこの五十年で初めてできる有事法制だと思いますが、まさに待望のものであります。一日も早く成立していただくことを皆様にお願いしたいと思います。
それでは、なぜ私がこの法案に賛成するのかということをまず述べさせていただきます。
ここに、対話と抑止と対処という言葉が書いてございます。現在、特に、例えば朝鮮半島をめぐって対話が続いております。これを太陽政策とかあるいは宥和政策と申しておりますが、これはそういう太陽だけが一つ存在するのではないのでありまして、必ずその後ろには抑止というものがあり、そして抑止につながる対処計画があるというところでこの対話が成り立っているものと考えます。
すなわち、北風には北風をということではないのでありまして、北風には北風よけをしっかり持って、そしてその上で太陽をということだと認識しております。つまり、互いに北風の冷たさをよくわかる者にとって初めて太陽の暖かさがわかるんだ、こういうことであると認識いたします。まさにこの法案は、そういう意味で対処の計画をつくるもととなり、それがしっかりした抑止につながり、その上で太陽の対話政策を進めるというものであるというふうに認識いたします。
また、有事法制と申しますと、有事法制というのは有事が本当に近づいてきたらつくればいいじゃないかと、こう言う方がおります。これが全く私は違うと思うのであります。有事法制というのは平時につくる。つまり、対話というのは平時に行われます。有事になったらもう対話はなくなるわけです。対話が大切なんです。ですから、対話をつくるために平時に有事法制をつくって、それに基づいてしっかり訓練をして即応の態勢を保つことによって初めて抑止ができる。その抑止という土台の上に本当の対話ができるんだろう、このように思います。
その意味で、今私は平時だと思っております。この平時に有事法制ができるということはすばらしいことだ、そうでなければならない、このように考えております。これによって、まさに三者のバランスのとれた外交が我が国の平和と安定をもたらすものであろうというふうに考えますので、この法案に賛成するわけであります。
次に、個別的自衛、集団的自衛、集団的安全保障という言葉が書いてございます。これは皆さん既に御承知のとおりでございますが、この中で一体何が大事かといいますと、これは言うまでもなく個別的自衛が一番大事であります。なぜ個別的自衛が一番大事かと申しますと、残念ながら世界の現状は他国をそこまで一〇〇%信じられないような状態にあるからであります。私は、現在は残念ながらそういう集団的なものにすべてをかけることはできないと思いますので、個別的自衛が一番大切であるとは思いますが、だからといって個別的自衛しかやらないという体制は、またこれは非常に困ったものであります。
個別的自衛しかやらないということは他人と組まないということでありますから、当然その国は孤立いたします。孤立するということは発言力をなくすということであります。発言力をなくすということは自主性を失うということであります。自主性を失うということは、その国の存在がもうなくなるということであります。防衛の目的そのものが失してしまうということであります。ですから、個別的自衛は大切でありますが、個別的自衛だけではだめだということであります。
我が国はこの数十年間、その個別的自衛すらどうだという議論がありまして、また、そのために個別的自衛そのものの準備も極めていまだに不十分であります。そういう事情もあろうと思いますが、そのために余りにも集団的自衛とか集団的安全保障とかということについての議論がありませんでした。したがって、それが一国平和主義とかあるいは日本は核武装をするんじゃないかなんということの原因になっているわけであります。
要するに、一国平和主義ということは、自分だけで何でもやるということですから、世界のあらゆる脅威に対応しなきゃいけない。世界の脅威で一番怖いのは核兵器です。そうなりますと、スイスのように日本じゅうをシェルターで取り巻くか、あるいは核兵器を持つのじゃないか、シェルターの方が高いでしょうから核兵器を日本は持つのじゃないのと、キッシンジャーだけじゃなくて、私も外国へ行くといろんな人に聞かれるわけであります。こういう誤解を招いているもとを絶つためにも、やはり我が国の防衛はこれから集団的なものにシフトしていくべき時期だと思います。
そういう意味で、今回のこの法案に関する審議というものは、我が国が一国平和主義から脱却する第一歩を踏み出したという意味で極めて画期的なものだと思いますし、この法案が成立すればまさにそれが実行に移るわけでありますから、そういう意味で大変結構だ、こういうふうに思うわけであります。
しかし、それじゃこの大変結構な法案ができれば、この法案に基づいて米軍を支援して、あとは米軍に任せれば我々は平和で安穏と暮らしていけるのかという問題になりますと、私はこれはノーである、このように考えます。なぜノーなのかということであります。
まず、我々が考える周辺事態、いろいろございますけれども、基本的に米軍に支援するわけですから米軍が周辺事態で戦うという前提だと思いますが、その場合、米軍及び米軍とその関係する当該国が、それぞれ個別的自衛あるいはその当該国と米軍との間の集団的自衛によって自衛戦争を始めます。この自衛戦争というのがどのくらい続くかというのはよくわかりませんが、私はこの自衛戦争の期間というのは意外に短いのではないか、こういうふうに考えております。短いということはどういうことかというと、比較的早く国連軍、多国籍軍が出現するだろう、このように考えております。
具体的に、例えば朝鮮の場合を申しますと、一九五三年に御承知のように休戦協定が結ばれましたが、このときにそれまで国連軍として参加していた韓国を除く十六カ国は、この協定を認めるけれども、この協定が破られてもしもこの地で再び侵略が起こった場合は我々はここに再結集して戦うと共同宣言をしております。そして、それを受けるかのように、その後、国連軍は、部隊はほとんど帰ってしまいましたけれども、いまだになお韓国ソウルには国連軍の司令部がございます。そして我が日本にも、キャンプ座間に国連軍司令部の後方部門がございます。これらの部門は、いつでも、今は比較的少ないですが、その人員を拡大して国連軍を再結集して戦える準備を整えております。
すなわち、休戦が破れれば同時に休戦以前の状態に戻る、つまり戦争の状態に戻る。そこで、休戦協定をした人は南側の国連軍総司令官マーク・クラーク大将ですから、その人はもうもちろんおられませんが、それを継ぐ人が当然それを受けて国連軍を再発動するということが考えられるわけであります。
しかし、先ほど栗山公述人のお話にもありましたように、実際の現在の国連の状況とか、またアメリカと国連との関係がありますので、必ずしもこの国連軍がそのとおり成るかどうかということは私も一〇〇%申し上げることはできません。しかし、そういう場合には、私は、必ずそれにかわる、今度は国際慣習に基づく多国籍軍というのができるだろうというふうに考えております。
また、逆に言いますと、いつまでたっても国連軍も多国籍軍もできないような状態の戦争のときに、日本が本当に支援しなきゃいけないのかどうかということは、また別途議論する必要が出てくるような話だろう。事ほどさように、恐らく国連軍、多国籍軍というのができるのだろう、こういうふうに考えるわけであります。
当然、こういうものができれば、米国による米国の自衛のための戦争というのは終わるわけであります。ここのところが重要であります。そういう状態になったときに、我が国が米軍や国連軍の部隊にどういう支援ができるのかということでありますが、米軍に対しては、現在持っております米軍の地位協定と、それから今回できますガイドライン関連法案で引き続き支援が可能なのかと思います。
ただ、私、一つだけちょっと懸念するのは、今回のガイドライン関連法案というのは日米安全保障条約に基づくものであります。この日米安保条約というのは、確かに我が国からの集団自衛権の行使はないということになっておりますが、アメリカ側からの集団的自衛権の行使は多分期待しているんだと思いますし、よくよく考えてみますとこれは同盟条約でありますから、社会常識から考えるとこれはもともとは相互の集団自衛権に基づいて締結された条約であろうと。
そうしますと、この条約から出てきたガイドライン関連法案でもって自衛戦争を終わった米軍に本当に支援できるのかどうか。私は法律の専門家でありませんのでよくわかりませんが、ちょっと疑義がありますが、そのときは多分政府はこれは集団的自衛権に全く関係しないということで引き続き支援を続けることは多分できるのかなとも思います。
それでは、一方、米軍を除くその他の国連軍に対してはどういう支援ができるのかといいますと、現在、一九五四年にできました国連軍地位協定、日本国における国連軍との地位協定というのがございます。これに基づいてそういった国々を支援できるということになるわけでありますが、それは実は米軍との地位協定と同じようなものでありまして、端的に言うと日本における基地をどういうふうに貸すかという協定であります。ですから、これでは基地を貸すことについてはある程度できると思いますが、今回のガイドラインで決まったようないろいろな行動に関する支援というのはとてもできないというふうに考えます。
それからまた、基地についても、実は一九五四年当時とは基地の状況が全然変わっております。沖縄を除いては日本に外国軍のための基地というのは激減しておりますから、そういうところで基地についても私は十分にこの国連軍に対して支援ができないだろうというふうに思います。
その結果どういうことになるかというと、日本という国は米軍にはこれだけ支援するけれども何だと、友好国軍には一切支援しないのかということになります。これは非常に大きな問題であります。こういう話を私どもの仲間でしますと、私どもの仲間の中には、いや大丈夫だよと、これは米軍にさえ支援しておけば米軍がトンネルになって横流しで全部行くんだから結果は同じだよと言うんですが、私はこれは困ると思うんですね。これこそ、こういったことを認めるということこそ日本の自主性をなくすことであります。国連軍が出てきたら国連軍参加一国一国との間にきちんとした協定なり条約を結んで、それに支援するような体制をとらなきゃいけないというふうに思うわけであります。
じゃ、どうしたらいいかということでありますが、比較的事は簡単でございまして、今回このガイドライン関連法案で米軍に支援するという内容が決まりましたら、その内容をそのまま国連軍ができたらばその国連軍にも適用するというふうに決めていただければいいわけであります。ただ、当ガイドライン関連法というのはあくまでも日米安保条約の枠内のものでありますから、これをそのまま適用するわけにはいきません。したがって、的枠組みだけは別にしなきゃいけないということであります。当関連法が憲法違反でないとするならば、これもまた当然憲法違反じゃないわけでありますから、全く法律をつくるのに当たっては問題ないと考えております。
ただ、国連軍についてはもう現実に国連憲章がありますし、司令部が現に日本にありますし、地位協定もありますから余り問題ないと思いますが、多国籍軍というのは国際慣習でありますし、まだ現実に見えていないものですから、これを対象に立法ができるかどうかは私はわかりません。そういうときには国連支援のための法律の中にそれを含めるとか、それがどうしてもできないのだったら政治的宣言にとどめておくというのも一案かと思います。そういうことが必要じゃないかということを皆様に御提言申し上げたいと思います。
要するに、現在の日本の防衛というのは余りにも個別的防衛に偏しておりました。その我が国の防衛の実態を多少なりとも集団的なものに修正してきたという点でガイドライン関連法案の議論というのは大変大きな成果をおさめたものと思います。
しかし、一方でそれはいいけれども、何となく米国一辺倒なんじゃないかなという感じを国民に与えていることもまた否めないと思います。そういうような感じを払拭するためにも、今こそ国連軍とか多国籍軍とかPKOとかいういわゆる集団的安全保障の分野に目を向ける時期だと思います。
要は国連軍、それから多国籍軍のことについて主として申し上げましたけれども、実はその他にも残っている問題がたくさんございます。この下に書いてございますけれども、私ども何十年と長い間待望しておりました本来の日本有事における法制の整備、それから最近問題になっております領域警備あるいは部隊警備というようなことに関する任務、権限を自衛隊に付与すること。さらに、今PKF凍結解除をしようという話がたくさんあるようでありますけれども、それは大変結構ですが、そうした場合に武器使用基準が今のままでできるのかというような非常に重要な問題があります。
これらの問題は当法案と直接関係するものではございませんが、我が国の平和と安定のために大変大事である、この有事法制をできるだけ早くこの平時のうちにつくっておいていただきたいということをお願いしまして、私の話を終わらせていただきます。拍手
井
井上吉夫#8
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。
これより公述人に対する質疑に入ります。
なお、公述人の方々にお願い申し上げます。
御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
それでは質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。
これより公述人に対する質疑に入ります。
なお、公述人の方々にお願い申し上げます。
御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
それでは質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
加
加納時男#9
○加納時男君 自由民主党の加納時男でございます。
栗山、平山、冨澤三公述人の先生方には、大変有意義なお話をありがとうございました。今のお話に基づいて一、二質問させていただきたいと思います。
最後にお話しなされました冨澤暉公述人から集団的自衛権と個別的自衛権のお話がございました。ここからスタートしてみたいと思います。
日本国憲法の中に、今お話しの集団的自衛権、これはないとか、個別的自衛権、これはあるというふうに明文では書いていない、これは確かでございます。したがって、憲法解釈の問題だというふうに理解しております。
集団的自衛権というのはこの席で何度も実は議論されてまいりました。これは国際法上の概念で、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止することが正当化されるという地位であると我々は理解しておりまして、これは国連憲章にも集団的自衛権というのは明記されておりますし、また日本国とアメリカ合衆国との相互協力並びに安全保障条約にも明記してあるところでございます。
ところで、日本の憲法第九条はよく問題になりますけれども、確かに「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」ということで書いてございますが、これは個別的自衛権の放棄ではないというふうに私ども理解しているわけでございます。これは憲法の前文の中に、我々は「平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とありますし、また十三条でも、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、」「最大の尊重を必要とする。」とありますので、国民の平和に生きる権利というものは明確に保障されておりますし、これを侵すものに対しては国民を守ること、すなわち個別的自衛権はあるというふうに私は考えているわけでございます。
ところで、きょうまさにお話しなされたのは、この自衛権があるとして、これを発動する場合にこれを極力狭く限定的に解釈してきたというのがあるかと思っております。冨澤さんはお話の中で、個別的自衛権が集団的自衛権そして集団的安全保障の中でも最も基本にあり、最も大切であるけれどもこれだけでは十分でないと言われたんですが、その個別的自衛権そのものが、日本ではいわば三原則等が御存じのとおりありまして、日本に対する急迫不正の侵害がある、そしてこれを排除するためにほかに適当な手段がない、こういうときに発動するんですが、それでもなお必要最小限の実力行使にとどまるべきというふうになっております。
この表現は自衛隊法ですとか警察官職務執行法ですとか、関係する法律全部にありまして、何かやるに当たってもやることは最小限にということで、私も基本的にはこの考えは賛成でありますが、その結果被害が最大限になってはならないということも同時に強く申し上げておきたいと思います。
そこで質問に入りたいと思うんですけれども、できれば三人の先生方に一言ずつでもお答えいただけたらと思っております。
私の質問は、集団的自衛権は国際法上存在するが憲法上行使できないということが国会でよく議論されます。こういう憲法解釈、これは政府の憲法解釈でもありますが、こういう解釈があるのは事実であります。
これに対して、日本の同盟のパートナー、例えばアメリカということでございますが、そこから見て、今、冨澤さんも引かれましたように、日本の一国平和主義というような国際的誤解を受ける可能性があるのではないかとか、このためにアメリカ人はどのように考えるのか、こういったことについて御感想を伺えたらと思います。
なお、栗山元大使には、申しわけないんですが、先ほどのお話の中で、これに関係しますので、シカゴ外交評議会が去年行った世論調査、大変参考になりましたけれども、この中で、例えば同盟国が侵略を受けたときにアメリカの派兵に対してイエスと言った者はどのくらいあるのか。五〇%を超えたものは十カ国の中で一つもないというお話がさっきございました。トップがサウジアラビア、四六%と言われていました。韓国が三〇%ですか、日本は何%だったかも含めてお答えいただけたらと思います。
この発言だけを見る →栗山、平山、冨澤三公述人の先生方には、大変有意義なお話をありがとうございました。今のお話に基づいて一、二質問させていただきたいと思います。
最後にお話しなされました冨澤暉公述人から集団的自衛権と個別的自衛権のお話がございました。ここからスタートしてみたいと思います。
日本国憲法の中に、今お話しの集団的自衛権、これはないとか、個別的自衛権、これはあるというふうに明文では書いていない、これは確かでございます。したがって、憲法解釈の問題だというふうに理解しております。
集団的自衛権というのはこの席で何度も実は議論されてまいりました。これは国際法上の概念で、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止することが正当化されるという地位であると我々は理解しておりまして、これは国連憲章にも集団的自衛権というのは明記されておりますし、また日本国とアメリカ合衆国との相互協力並びに安全保障条約にも明記してあるところでございます。
ところで、日本の憲法第九条はよく問題になりますけれども、確かに「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」ということで書いてございますが、これは個別的自衛権の放棄ではないというふうに私ども理解しているわけでございます。これは憲法の前文の中に、我々は「平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とありますし、また十三条でも、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、」「最大の尊重を必要とする。」とありますので、国民の平和に生きる権利というものは明確に保障されておりますし、これを侵すものに対しては国民を守ること、すなわち個別的自衛権はあるというふうに私は考えているわけでございます。
ところで、きょうまさにお話しなされたのは、この自衛権があるとして、これを発動する場合にこれを極力狭く限定的に解釈してきたというのがあるかと思っております。冨澤さんはお話の中で、個別的自衛権が集団的自衛権そして集団的安全保障の中でも最も基本にあり、最も大切であるけれどもこれだけでは十分でないと言われたんですが、その個別的自衛権そのものが、日本ではいわば三原則等が御存じのとおりありまして、日本に対する急迫不正の侵害がある、そしてこれを排除するためにほかに適当な手段がない、こういうときに発動するんですが、それでもなお必要最小限の実力行使にとどまるべきというふうになっております。
この表現は自衛隊法ですとか警察官職務執行法ですとか、関係する法律全部にありまして、何かやるに当たってもやることは最小限にということで、私も基本的にはこの考えは賛成でありますが、その結果被害が最大限になってはならないということも同時に強く申し上げておきたいと思います。
そこで質問に入りたいと思うんですけれども、できれば三人の先生方に一言ずつでもお答えいただけたらと思っております。
私の質問は、集団的自衛権は国際法上存在するが憲法上行使できないということが国会でよく議論されます。こういう憲法解釈、これは政府の憲法解釈でもありますが、こういう解釈があるのは事実であります。
これに対して、日本の同盟のパートナー、例えばアメリカということでございますが、そこから見て、今、冨澤さんも引かれましたように、日本の一国平和主義というような国際的誤解を受ける可能性があるのではないかとか、このためにアメリカ人はどのように考えるのか、こういったことについて御感想を伺えたらと思います。
なお、栗山元大使には、申しわけないんですが、先ほどのお話の中で、これに関係しますので、シカゴ外交評議会が去年行った世論調査、大変参考になりましたけれども、この中で、例えば同盟国が侵略を受けたときにアメリカの派兵に対してイエスと言った者はどのくらいあるのか。五〇%を超えたものは十カ国の中で一つもないというお話がさっきございました。トップがサウジアラビア、四六%と言われていました。韓国が三〇%ですか、日本は何%だったかも含めてお答えいただけたらと思います。
冨
冨澤暉#10
○公述人(冨澤暉君) 集団的自衛権と憲法の関係をどう考えるか、こういうことでよろしゅうございますか。
私は、個人の考えで申しますと、現在の日本国憲法の第九条というのは、一九二八年のケロッグ・ブリアン不戦条約というのがございますが、その精神を受けているだけであって、文言は、前項のためにとかいろんなものがついておりまして、陸海軍を持たないとか、交戦権を持たないとか書いてありますが、それは一九二八年の不戦条約と内容は基本的に同じでございまして、その中で、個別的自衛権を持たないとか集団的自衛権を持たないとか、ましてやその集団的安全保障には参加しないとか、そういうことはどこにも書いていないんじゃないか。私は素人ですからわかりませんが、憲法を読んでもそれを読み切れないんです。
先般、「諸君!」という雑誌に篠沢さんという学者の方が私と同じような見解のことを書いておられました。全く同意でございまして、当然、集団的自衛権も個別的自衛権も持っておりますし、それから集団的安全保障には、もちろんこれは権利じゃないので、責務ですから参加しなければいけない、このように解釈するのが正しいと思っております。
ただ、憲法が自衛権を必要最小限にするということでありますが、必要最小限とは何かという問題がありますけれども、それはそれで構わないと思うんです。この自衛権の問題というのは権利の話ですから、権利というのは主張もできますけれども自制することもできるわけです。ですから、日本ができるだけこの自衛権の発動は最小限に自制するんだということは、それはそれで結構なのじゃないか、このように思っております。
ただ、集団的安全保障の方は、これは権利でございませんので、明確に責務とも書いておりませんけれども、国際慣習による多国籍軍への参加であろうと国連軍への参加であろうと、これは明らかにみんなで一緒にやろうという話ですから、これに参加してはいけないなんということはもちろん憲法に書いていないわけですから、これの方こそ積極的に自制することなくやるべきだ、このように私は解釈しております。
この発言だけを見る →私は、個人の考えで申しますと、現在の日本国憲法の第九条というのは、一九二八年のケロッグ・ブリアン不戦条約というのがございますが、その精神を受けているだけであって、文言は、前項のためにとかいろんなものがついておりまして、陸海軍を持たないとか、交戦権を持たないとか書いてありますが、それは一九二八年の不戦条約と内容は基本的に同じでございまして、その中で、個別的自衛権を持たないとか集団的自衛権を持たないとか、ましてやその集団的安全保障には参加しないとか、そういうことはどこにも書いていないんじゃないか。私は素人ですからわかりませんが、憲法を読んでもそれを読み切れないんです。
先般、「諸君!」という雑誌に篠沢さんという学者の方が私と同じような見解のことを書いておられました。全く同意でございまして、当然、集団的自衛権も個別的自衛権も持っておりますし、それから集団的安全保障には、もちろんこれは権利じゃないので、責務ですから参加しなければいけない、このように解釈するのが正しいと思っております。
ただ、憲法が自衛権を必要最小限にするということでありますが、必要最小限とは何かという問題がありますけれども、それはそれで構わないと思うんです。この自衛権の問題というのは権利の話ですから、権利というのは主張もできますけれども自制することもできるわけです。ですから、日本ができるだけこの自衛権の発動は最小限に自制するんだということは、それはそれで結構なのじゃないか、このように思っております。
ただ、集団的安全保障の方は、これは権利でございませんので、明確に責務とも書いておりませんけれども、国際慣習による多国籍軍への参加であろうと国連軍への参加であろうと、これは明らかにみんなで一緒にやろうという話ですから、これに参加してはいけないなんということはもちろん憲法に書いていないわけですから、これの方こそ積極的に自制することなくやるべきだ、このように私は解釈しております。
栗
栗山尚一#11
○公述人(栗山尚一君) 加納先生の御質問にお答えさせていただきます。
まず、集団的自衛権の問題でございますが、集団的自衛権というものを放棄しておるという状況のもとでそれは同盟国にどのように見られるだろうかというのが御質問であったというふうに理解いたしましたけれども、アメリカの一般の国民からいたしますと、国際法上の自衛権というものは何であるか、あるいは集団的自衛権、個別的自衛権というものはそもそも何であるかということを理解している人は、あえて申し上げれば、ほとんどいない。学者その他の専門家は別とすれば、アメリカ国民の九〇%以上の人は、それは何かということは理解していないと思います。
だから、重要なことは、いざというときに、アメリカの国民自身が戦わなければならない、同盟国のために血を流さなければならないというときに、同盟国は本当にどこまでアメリカに協力してくれるんだろうかという実態的な問題でございます。
そこで、もし同盟国が普通、常識上考えられるようなアメリカに対する支援とか協力というものを何らかの理由で行えないというのであれば、それはそんなことはおかしいじゃないかということが当然アメリカの国民の反応として出てくるだろうというふうに、これは間違いないことだというふうに思います。
それから、第二のシカゴ外交評議会の世論調査でございますが、これは冷戦が終わりまして、日本それから西ヨーロッパの諸国に対する武力攻撃、侵略というものは、現実の可能性としては考えられないという前提で、その質問の対象の国としては日本、西ヨーロッパというのは挙げられていないのでございます。したがいまして、韓国でございますとか、それからヨーロッパで申し上げますとポーランドでございますとか、あるいはイスラエルとか台湾とか、そういう国が対象になって質問になっております。
この発言だけを見る →まず、集団的自衛権の問題でございますが、集団的自衛権というものを放棄しておるという状況のもとでそれは同盟国にどのように見られるだろうかというのが御質問であったというふうに理解いたしましたけれども、アメリカの一般の国民からいたしますと、国際法上の自衛権というものは何であるか、あるいは集団的自衛権、個別的自衛権というものはそもそも何であるかということを理解している人は、あえて申し上げれば、ほとんどいない。学者その他の専門家は別とすれば、アメリカ国民の九〇%以上の人は、それは何かということは理解していないと思います。
だから、重要なことは、いざというときに、アメリカの国民自身が戦わなければならない、同盟国のために血を流さなければならないというときに、同盟国は本当にどこまでアメリカに協力してくれるんだろうかという実態的な問題でございます。
そこで、もし同盟国が普通、常識上考えられるようなアメリカに対する支援とか協力というものを何らかの理由で行えないというのであれば、それはそんなことはおかしいじゃないかということが当然アメリカの国民の反応として出てくるだろうというふうに、これは間違いないことだというふうに思います。
それから、第二のシカゴ外交評議会の世論調査でございますが、これは冷戦が終わりまして、日本それから西ヨーロッパの諸国に対する武力攻撃、侵略というものは、現実の可能性としては考えられないという前提で、その質問の対象の国としては日本、西ヨーロッパというのは挙げられていないのでございます。したがいまして、韓国でございますとか、それからヨーロッパで申し上げますとポーランドでございますとか、あるいはイスラエルとか台湾とか、そういう国が対象になって質問になっております。
平
平山誠一#12
○公述人(平山誠一君) 海員組合としての公式な見解というのは、今の加納先生の御質問について明確なものを持っているわけではありません。
ただ、今回、我々は先ほど公述させていただきましたけれども、そうした立場でこの法案に反対しているわけでありますが、現行の政府が見解を出されている自衛隊の存在の理由あるいは安保条約存在の理由、こうしたものについては我々も肯定的に理解しているわけであります。すなわち、自衛隊につきましては、まさに日本の領域が侵略をされる、そういう状況の中で自衛隊が役割を果たすという観点、あるいは、そのために一定の協力関係を日米安全保障条約で持っているということについては、我々は理解する立場であります。
それとあわせて申し上げますと、我々のまさに国民サイドから見るこの法案的な立場から見れば、もちろん今回の法案が憲法上どういうポジションにあるのか、そうした国際法上から見てどうかという論議があるわけですけれども、何よりもやはり現在のユーゴ、NATOの空爆にさらされる、あるいはまたコソボにおきましてはそうした治安部隊の衝突がある、難民が発生する、まさにそういう状況がこの法案によって、まさに先ほど栗山公述人が申されたような、ある種の我々のコストとして払わなきゃならないという問題がもし仮に提起されているとするならば、これは大変な問題でありまして、どうかこれは広範な国民に判断をゆだねてもらいたい、まさにそういうふうに我々は思う次第であります。そういう観点で申し上げておきたいと思います。
質問の答えになったかどうかはありますけれども、御容赦いただきたいと思います。
〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
この発言だけを見る →ただ、今回、我々は先ほど公述させていただきましたけれども、そうした立場でこの法案に反対しているわけでありますが、現行の政府が見解を出されている自衛隊の存在の理由あるいは安保条約存在の理由、こうしたものについては我々も肯定的に理解しているわけであります。すなわち、自衛隊につきましては、まさに日本の領域が侵略をされる、そういう状況の中で自衛隊が役割を果たすという観点、あるいは、そのために一定の協力関係を日米安全保障条約で持っているということについては、我々は理解する立場であります。
それとあわせて申し上げますと、我々のまさに国民サイドから見るこの法案的な立場から見れば、もちろん今回の法案が憲法上どういうポジションにあるのか、そうした国際法上から見てどうかという論議があるわけですけれども、何よりもやはり現在のユーゴ、NATOの空爆にさらされる、あるいはまたコソボにおきましてはそうした治安部隊の衝突がある、難民が発生する、まさにそういう状況がこの法案によって、まさに先ほど栗山公述人が申されたような、ある種の我々のコストとして払わなきゃならないという問題がもし仮に提起されているとするならば、これは大変な問題でありまして、どうかこれは広範な国民に判断をゆだねてもらいたい、まさにそういうふうに我々は思う次第であります。そういう観点で申し上げておきたいと思います。
質問の答えになったかどうかはありますけれども、御容赦いただきたいと思います。
〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
加
加納時男#13
○加納時男君 少し法案の中身に触れて御意見を伺えたらと思っております。
幾つか論点が出ているんですが、その一つに後方地域の問題がございます。周辺事態法案では、後方地域というのを「我が国領域並びに現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる我が国周辺の公海及びその上空の範囲」と定義をしまして、さらに物品の提供等では、武器弾薬は含まず、また物品とか役務の提供に当たっては、「公海及びその上空で行われる輸送を除き、我が国領域において行われるものとする。」という注釈がついているわけでございます。
私の質問でございますが、ところで戦闘行為が行われないと考えている公海で、仮にそういう状態が変わった場合、例えば戦闘行為が行われると変わってきますとどうなるのか。そうすると、自衛隊がそこに出動していたとしてこれがそこからいなくなる、撤退することになると思うのでございます。
これは冨澤公述人に伺いたいと思うんですけれども、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態、いわゆる周辺事態というときの話でございます。よその国の話ではない、コソボの話ではないわけですが、日米安保条約の目的の達成に寄与する活動として行っている米軍が目の前にいるときに、日本はいや危険ですから自衛隊は下がりますといって下がるというのが今の解釈でございます。私は、この解釈は今の法律を読むとそのとおりだ、間違っていないと思っております。
私の質問は、こういった日本側の行動に対して一体全体第三者から見たらどう思うだろうか、冨澤さんはどう思われるか。これは栗山公述人もアメリカに大使として長くいらっしゃったので、例えば日米の信頼関係への影響はどうなのか、なぜ日本の自衛隊が危ないからといっていなくなったところでアメリカ人が血を流さなきゃいけないんだといったことに対するアメリカ人の国民感情というのをよく元大使は御存じだと思うんですが、この辺、軍事的な面から冨澤公述人に、それから日米関係という視点から栗山公述人にお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →幾つか論点が出ているんですが、その一つに後方地域の問題がございます。周辺事態法案では、後方地域というのを「我が国領域並びに現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる我が国周辺の公海及びその上空の範囲」と定義をしまして、さらに物品の提供等では、武器弾薬は含まず、また物品とか役務の提供に当たっては、「公海及びその上空で行われる輸送を除き、我が国領域において行われるものとする。」という注釈がついているわけでございます。
私の質問でございますが、ところで戦闘行為が行われないと考えている公海で、仮にそういう状態が変わった場合、例えば戦闘行為が行われると変わってきますとどうなるのか。そうすると、自衛隊がそこに出動していたとしてこれがそこからいなくなる、撤退することになると思うのでございます。
これは冨澤公述人に伺いたいと思うんですけれども、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態、いわゆる周辺事態というときの話でございます。よその国の話ではない、コソボの話ではないわけですが、日米安保条約の目的の達成に寄与する活動として行っている米軍が目の前にいるときに、日本はいや危険ですから自衛隊は下がりますといって下がるというのが今の解釈でございます。私は、この解釈は今の法律を読むとそのとおりだ、間違っていないと思っております。
私の質問は、こういった日本側の行動に対して一体全体第三者から見たらどう思うだろうか、冨澤さんはどう思われるか。これは栗山公述人もアメリカに大使として長くいらっしゃったので、例えば日米の信頼関係への影響はどうなのか、なぜ日本の自衛隊が危ないからといっていなくなったところでアメリカ人が血を流さなきゃいけないんだといったことに対するアメリカ人の国民感情というのをよく元大使は御存じだと思うんですが、この辺、軍事的な面から冨澤公述人に、それから日米関係という視点から栗山公述人にお伺いしたいと思います。
冨
冨澤暉#14
○公述人(冨澤暉君) 海上においてはどういうことになるのか、私、海上の専門家じゃないのでわかりませんが、一つの例として、現在PKOというのに出ております。
実は、このPKO法案ができましたころ私まだ現職だったんですが、そのときにPKF、本当は外国ではPKFとPKOと分けていないんですが、日本ではPKFというのとPKOというのは分けました。それで、PKFというのは言うなれば私どもで言うと普通科部隊、昔の言葉で言うと歩兵部隊等が行って実際に兵力を分離したり警備をしたり、非常に武器を使う頻度の高そうな仕事をやるということでありました。それに比べましてPKOと日本で決めたものは、後方であって比較的安全である、だから武器を余り使うことがないだろうということで判断しまして、PKOの方だけ行くことになりました。
そのときに、私どもの気持ちの中では、本当はPKO、後方部隊でも危ないことは十分にあるので、きちんとそういうときに、単に正当防衛、緊急避難だけではなくて、任務遂行のために必要があるときには武器使用ができるというような条件にしてほしいと心の中では願ったわけでありますが、そういうことはできませんでした。ただ、確率としては確かに後方部隊はそういう武力抗争に巻き込まれる公算というのは、全くないとは言いませんが極めて少ない。それならばいいだろうということで私たちも同意してPKOに参加いたしました。
ただ、現実に行ってみますと、諸外国の軍隊からは不思議に思われているらしい。ですから、ゴラン高原へ行っても、最初はゴラン高原の歴代の司令官が、日本の軍隊は何だ、我々と一緒にPKO活動をやるならば一緒に何かあった場合の訓練も同じようにやって、そしていざという場合にお互いに協力し合ってやれる体制をつくらなければ本当のPKO部隊とは言えないじゃないかとはっきりと物を申した司令官が何人もいたというふうに私は聞いております。
〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
そういう実態でありますから、私個人としましては、これはまさに、実は特にPKOとかこういうものは戦争とかなんとかという話じゃなくて、いわゆる任務遂行のための武器使用というのは、先ほど言います範囲で言うと、どちらかというと領域警備とかあるいは部隊警備とかというような話に近いんです。そういうようなものは、これはいわゆる先ほど言ったケロッグ・ブリアン協定で禁じられたような戦争行為とは仮に同じような武力行使であっても全く意味が違うわけでありますから、こういうのは本当は憲法で違うものだというふうに別にして、諸外国の軍隊並みに全部一緒に使わせていただく、こういうふうにしていただく方が私はよいと思っておりますが、憲法解釈は政府の方でいろいろあるようでございますから。
以上であります。
この発言だけを見る →実は、このPKO法案ができましたころ私まだ現職だったんですが、そのときにPKF、本当は外国ではPKFとPKOと分けていないんですが、日本ではPKFというのとPKOというのは分けました。それで、PKFというのは言うなれば私どもで言うと普通科部隊、昔の言葉で言うと歩兵部隊等が行って実際に兵力を分離したり警備をしたり、非常に武器を使う頻度の高そうな仕事をやるということでありました。それに比べましてPKOと日本で決めたものは、後方であって比較的安全である、だから武器を余り使うことがないだろうということで判断しまして、PKOの方だけ行くことになりました。
そのときに、私どもの気持ちの中では、本当はPKO、後方部隊でも危ないことは十分にあるので、きちんとそういうときに、単に正当防衛、緊急避難だけではなくて、任務遂行のために必要があるときには武器使用ができるというような条件にしてほしいと心の中では願ったわけでありますが、そういうことはできませんでした。ただ、確率としては確かに後方部隊はそういう武力抗争に巻き込まれる公算というのは、全くないとは言いませんが極めて少ない。それならばいいだろうということで私たちも同意してPKOに参加いたしました。
ただ、現実に行ってみますと、諸外国の軍隊からは不思議に思われているらしい。ですから、ゴラン高原へ行っても、最初はゴラン高原の歴代の司令官が、日本の軍隊は何だ、我々と一緒にPKO活動をやるならば一緒に何かあった場合の訓練も同じようにやって、そしていざという場合にお互いに協力し合ってやれる体制をつくらなければ本当のPKO部隊とは言えないじゃないかとはっきりと物を申した司令官が何人もいたというふうに私は聞いております。
〔理事竹山裕君退席、委員長着席〕
そういう実態でありますから、私個人としましては、これはまさに、実は特にPKOとかこういうものは戦争とかなんとかという話じゃなくて、いわゆる任務遂行のための武器使用というのは、先ほど言います範囲で言うと、どちらかというと領域警備とかあるいは部隊警備とかというような話に近いんです。そういうようなものは、これはいわゆる先ほど言ったケロッグ・ブリアン協定で禁じられたような戦争行為とは仮に同じような武力行使であっても全く意味が違うわけでありますから、こういうのは本当は憲法で違うものだというふうに別にして、諸外国の軍隊並みに全部一緒に使わせていただく、こういうふうにしていただく方が私はよいと思っておりますが、憲法解釈は政府の方でいろいろあるようでございますから。
以上であります。
栗
栗山尚一#15
○公述人(栗山尚一君) お答えいたします。
今、加納先生御質問の点は、実は私が個人的に最も心配している点でございまして、実はそういう点については昨年新聞に投稿もさせていただいたという経緯もございますが、一般のアメリカの国民から見ますと、今の加納先生が例示されましたような事態がもし仮に起これば、これはアメリカの国民は大変怒るだろう、これはもう間違いないところだろうというふうに思います。
その点で、私は、今の法案の背後にございます政府の憲法解釈については、個人的には従来から非常に問題があって、必ずしもいわゆる常識に合致した解釈ではないんではないかというふうに私は個人的に考えておる次第でございます。
この発言だけを見る →今、加納先生御質問の点は、実は私が個人的に最も心配している点でございまして、実はそういう点については昨年新聞に投稿もさせていただいたという経緯もございますが、一般のアメリカの国民から見ますと、今の加納先生が例示されましたような事態がもし仮に起これば、これはアメリカの国民は大変怒るだろう、これはもう間違いないところだろうというふうに思います。
その点で、私は、今の法案の背後にございます政府の憲法解釈については、個人的には従来から非常に問題があって、必ずしもいわゆる常識に合致した解釈ではないんではないかというふうに私は個人的に考えておる次第でございます。
加
加納時男#16
○加納時男君 ありがとうございました。
平山公述人にひとつ伺いたいと思いますが、海を守るお立場でとても一生懸命やっていらっしゃるお話、責任感を持ってやっていらっしゃるお話、感銘深く伺いました。
私は、憲法の前文というのが大好きなんですけれども、そこに、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」、こうあって、私の一番好きなところの一つでございます。
私もこの諸国民の公正と信義に信頼したいんですけれども、現実には、例えば最近で言うと、テポドンを日本の頭越しに発射したり、あるいは不審な工作船を侵入させたり、あるいは十五万人と言われておりますけれども、特殊秘密工作員、武装ゲリラをできるような、そういう人間も養成しているといった情報もございます。こういう国が目の前にあるということは公正と信義に信頼できない状況も起こるのではないかということが非常に心配でございます。
日本の国内では、一連のガイドライン論議の中で、一部のマスコミの中にはアメリカの軍事行動に巻き込まれるとか、戦争に参加させられると。戦争参加だという意見もこの国会でもございます。私は国民の圧倒的多くではないと思っております。
また、政党の中ではこのガイドラインについてもいろんな意見がございますが、例えば日本共産党の綱領の第七章の最後の方を見ますと、当面アメリカ帝国主義と日本独占資本と闘い、人民革命の勝利のために闘うと、こうありますので、いろんなお立場を私は国民が選択されるのはいいと思うのでございますけれども、この公正と信義に信頼して諸国民の信頼のもとに日本が生きていくというのは、私は本当にうれしいと。そうしたいんですけれども、それができないような状況がある中で、平山公述人としては、本当に海を守るお立場でジレンマに陥っていらっしゃるんじゃないかと思います。御感想を一言いただけたらと思います。
この発言だけを見る →平山公述人にひとつ伺いたいと思いますが、海を守るお立場でとても一生懸命やっていらっしゃるお話、責任感を持ってやっていらっしゃるお話、感銘深く伺いました。
私は、憲法の前文というのが大好きなんですけれども、そこに、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」、こうあって、私の一番好きなところの一つでございます。
私もこの諸国民の公正と信義に信頼したいんですけれども、現実には、例えば最近で言うと、テポドンを日本の頭越しに発射したり、あるいは不審な工作船を侵入させたり、あるいは十五万人と言われておりますけれども、特殊秘密工作員、武装ゲリラをできるような、そういう人間も養成しているといった情報もございます。こういう国が目の前にあるということは公正と信義に信頼できない状況も起こるのではないかということが非常に心配でございます。
日本の国内では、一連のガイドライン論議の中で、一部のマスコミの中にはアメリカの軍事行動に巻き込まれるとか、戦争に参加させられると。戦争参加だという意見もこの国会でもございます。私は国民の圧倒的多くではないと思っております。
また、政党の中ではこのガイドラインについてもいろんな意見がございますが、例えば日本共産党の綱領の第七章の最後の方を見ますと、当面アメリカ帝国主義と日本独占資本と闘い、人民革命の勝利のために闘うと、こうありますので、いろんなお立場を私は国民が選択されるのはいいと思うのでございますけれども、この公正と信義に信頼して諸国民の信頼のもとに日本が生きていくというのは、私は本当にうれしいと。そうしたいんですけれども、それができないような状況がある中で、平山公述人としては、本当に海を守るお立場でジレンマに陥っていらっしゃるんじゃないかと思います。御感想を一言いただけたらと思います。
平
平山誠一#17
○公述人(平山誠一君) 質問にお答えしたいと思います。
昨年、テポドンが日本海を渡りまして日本上空を越えて太平洋におっこったと。この段階において、我々は直ちに北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国とうちとの交流関係もあります向こうの労働組合、水産関係、海運関係の労働組合でありますけれども、これはちょっと船乗りの常識からしてやや外れているんじゃないですかと。あの辺は日本の航行船舶も多いわけでありますし、漁船の就航もありますから、そういうところへいきなり不意にどかんとおっこってくるというのは、これはちょっとやり過ぎだろうと、こういうことで実は抗議をしているところであります。
また、先ほど不審船の問題が出されましたが、これは海員組合もこの不審船の問題について、特に公式な見解ということで出しているわけではありませんけれども、若干組合の中でふだんの会話として論議されていることなんかを紹介して、考え方の一端とさせていただきたいと思います。
まず、この手の船、不審船と言われる、これは何をもって不審船と言うのかというのはいろいろあるわけですが、どうも正体のはっきりしない船舶というのは日本の海域、日本沿岸を含め、相当いろいろあるわけであります。私は日本海を就航した経験というのはそう多くはありませんけれども、日本海を主として就航する船乗りあるいはそういう経験を持つ皆さんからは、あんな船はよく見かけますよと、こういう話が出てくるわけであります。そうした我々はマラッカ海峡におきましては海賊とも対峙をしなきゃいかぬと、こういう職業集団でありまして大変な思いをしているわけでありますが、我々の第一印象としては、なぜこの時期にああいう反応を政府なりがとられたのかなと。これは、そうした一般的な我々の職業的な体験から、やや奇異に感じたというところがあるわけであります。
その後、我々は北朝鮮の、先ほど述べました若干交流のあるそうした労働組合関係のパイプを通しまして、北朝鮮に行くという話に実はなっているわけであります。日本は北朝鮮とは外交関係が途絶して、その後なかなか対話もないようでありますが、我々はあくまでもそうした不信感、新聞報道等で拉致事件の問題であるとかいろいろ書かれていますから我々も非常に心配をしているわけでありますけれども、いずれにしても対話を続ける、平和的な方向でそうした問題を解決する以外にないわけであります。イラン・イラク戦争もそうでしたけれども、いろんな戦争を見ても、無条件降伏でサインをするのか、あるいはもうへとへとになって、国民、民間にも多数の犠牲が出た上で妥協を図って停戦をするのか、結局はその先の見えるそういう経過をたどって戦争というものはいくのだろうというふうに思います。
それは我々の実体験であるということで御理解いただきたいし、そういうことで我々も船乗りの立場としてそういう努力も重ねているということを御理解いただいて、先生の質問に答えたことになりましょうか、御容赦いただきたいと思います。
この発言だけを見る →昨年、テポドンが日本海を渡りまして日本上空を越えて太平洋におっこったと。この段階において、我々は直ちに北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国とうちとの交流関係もあります向こうの労働組合、水産関係、海運関係の労働組合でありますけれども、これはちょっと船乗りの常識からしてやや外れているんじゃないですかと。あの辺は日本の航行船舶も多いわけでありますし、漁船の就航もありますから、そういうところへいきなり不意にどかんとおっこってくるというのは、これはちょっとやり過ぎだろうと、こういうことで実は抗議をしているところであります。
また、先ほど不審船の問題が出されましたが、これは海員組合もこの不審船の問題について、特に公式な見解ということで出しているわけではありませんけれども、若干組合の中でふだんの会話として論議されていることなんかを紹介して、考え方の一端とさせていただきたいと思います。
まず、この手の船、不審船と言われる、これは何をもって不審船と言うのかというのはいろいろあるわけですが、どうも正体のはっきりしない船舶というのは日本の海域、日本沿岸を含め、相当いろいろあるわけであります。私は日本海を就航した経験というのはそう多くはありませんけれども、日本海を主として就航する船乗りあるいはそういう経験を持つ皆さんからは、あんな船はよく見かけますよと、こういう話が出てくるわけであります。そうした我々はマラッカ海峡におきましては海賊とも対峙をしなきゃいかぬと、こういう職業集団でありまして大変な思いをしているわけでありますが、我々の第一印象としては、なぜこの時期にああいう反応を政府なりがとられたのかなと。これは、そうした一般的な我々の職業的な体験から、やや奇異に感じたというところがあるわけであります。
その後、我々は北朝鮮の、先ほど述べました若干交流のあるそうした労働組合関係のパイプを通しまして、北朝鮮に行くという話に実はなっているわけであります。日本は北朝鮮とは外交関係が途絶して、その後なかなか対話もないようでありますが、我々はあくまでもそうした不信感、新聞報道等で拉致事件の問題であるとかいろいろ書かれていますから我々も非常に心配をしているわけでありますけれども、いずれにしても対話を続ける、平和的な方向でそうした問題を解決する以外にないわけであります。イラン・イラク戦争もそうでしたけれども、いろんな戦争を見ても、無条件降伏でサインをするのか、あるいはもうへとへとになって、国民、民間にも多数の犠牲が出た上で妥協を図って停戦をするのか、結局はその先の見えるそういう経過をたどって戦争というものはいくのだろうというふうに思います。
それは我々の実体験であるということで御理解いただきたいし、そういうことで我々も船乗りの立場としてそういう努力も重ねているということを御理解いただいて、先生の質問に答えたことになりましょうか、御容赦いただきたいと思います。
加
齋
齋藤勁#19
○齋藤勁君 民主党・新緑風会の齋藤でございます。どうぞよろしくお願いいたします。きょうは本当にありがとうございます。
短時間でございますので、私の方の質問も端的にさせていただきたいというふうに思います。御協力をお願い申し上げます。
最初に冨澤公述人でございますけれども、今回のガイドラインの関連法案、総合的に評価をされて、一番最初に五十年来待っていたというようなそういう御表現だったでしょうか。有事という言葉もたびたび使われているんですけれども、今回の法案の一つのこれからの流れの中で、いわゆる有事法制についてやはり検討すべきであると。有事法制について早く検討して、きょうのレジュメにもお書きいただいていますけれども「日本有事の法制整備」と。長く自衛隊の陸幕におられたんですが、今、内部ではどういうような検討状況、もう内部案というのはあるんでしょうか。
この発言だけを見る →短時間でございますので、私の方の質問も端的にさせていただきたいというふうに思います。御協力をお願い申し上げます。
最初に冨澤公述人でございますけれども、今回のガイドラインの関連法案、総合的に評価をされて、一番最初に五十年来待っていたというようなそういう御表現だったでしょうか。有事という言葉もたびたび使われているんですけれども、今回の法案の一つのこれからの流れの中で、いわゆる有事法制についてやはり検討すべきであると。有事法制について早く検討して、きょうのレジュメにもお書きいただいていますけれども「日本有事の法制整備」と。長く自衛隊の陸幕におられたんですが、今、内部ではどういうような検討状況、もう内部案というのはあるんでしょうか。
冨
冨澤暉#20
○公述人(冨澤暉君) これは御案内のとおりにもう昔の栗栖発言から始まりまして、またそういう指示もありまして、有事法制を検討しなさいという話がありまして、防衛庁内で相当昔から検討してきた問題であります。
それで、私はちょっと詳しいことはわかりませんが、それを幾つかに分類しまして整理していると思います。ただ、その多くは防衛庁内だけでできる問題ではなくて、他官省庁にかかわる問題とかいろいろございますので、まだすぐにこれを法制化するというような段階に至っているというふうには私は認識しておりません、それらをすべて含めてですね。
もちろん、その中には幾つか、こういったものはすぐにでも国会で審議されて法制化すればできるというものはあると思います。ですから、それらの全部を一緒に完全な形として法制化するか、そのうち合意できるものから法制化していくかという、そのアプローチの仕方はいろいろあるのではないかと思いますが、いずれにしても基本的にほとんど有事法制と言われるものはないということであります。
これが私は非常に大きな問題だと思うんですね。要するに、私ども、いろいろ高い予算で装備等を買っていただいております。また、それに伴って訓練をしております。しかし、有事法制というソフトウエアがないと全くこのハードは機能しないという感じを持ってずっと何十年と自衛隊の中で暮らしてまいりました。
したがいまして、現在相当に準備されたものがあると思いますので、ぜひそれに取りかかって、他官省庁との調整による部分がまだちょっとあるかもしれませんが、それもぜひ政府の方にハッパをかけていただいて準備をして、それを法制化していただくことを私は望んでいるところであります。
この発言だけを見る →それで、私はちょっと詳しいことはわかりませんが、それを幾つかに分類しまして整理していると思います。ただ、その多くは防衛庁内だけでできる問題ではなくて、他官省庁にかかわる問題とかいろいろございますので、まだすぐにこれを法制化するというような段階に至っているというふうには私は認識しておりません、それらをすべて含めてですね。
もちろん、その中には幾つか、こういったものはすぐにでも国会で審議されて法制化すればできるというものはあると思います。ですから、それらの全部を一緒に完全な形として法制化するか、そのうち合意できるものから法制化していくかという、そのアプローチの仕方はいろいろあるのではないかと思いますが、いずれにしても基本的にほとんど有事法制と言われるものはないということであります。
これが私は非常に大きな問題だと思うんですね。要するに、私ども、いろいろ高い予算で装備等を買っていただいております。また、それに伴って訓練をしております。しかし、有事法制というソフトウエアがないと全くこのハードは機能しないという感じを持ってずっと何十年と自衛隊の中で暮らしてまいりました。
したがいまして、現在相当に準備されたものがあると思いますので、ぜひそれに取りかかって、他官省庁との調整による部分がまだちょっとあるかもしれませんが、それもぜひ政府の方にハッパをかけていただいて準備をして、それを法制化していただくことを私は望んでいるところであります。
齋
齋藤勁#21
○齋藤勁君 ありがとうございます。
さて、先ほど平山公述人から、いわゆる後方支援地域は安全なところにあるんだろうか、どこで線を引くんでしょうか、こういうお話がございました。そして、前駐米大使の栗山公述人からは、昨年の五月に読売の「論点」で「防衛協力欠かせぬ常識」ということで、第一、第二の常識ということで幾つかお書きになって、拝見をさせていただいているんですが、これは全部読みますと時間がなくなっちゃうので、関連するところでお尋ねする点を読み上げさせていただきますけれども、「ここで問題とされるのが米軍に対する後方地域支援である。同法案によれば、「後方地域」とは、「わが国領域並びに現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められるわが国周辺の公海及びその上空」」、これが法案であり、ずっと衆議院も参議院もこういうことを繰り返し繰り返し私どもはここで、国会でやりとりをしているわけです。
ところが、後方地域に安全なところがあるんだろうかというようなことも確かに委員からも指摘もございました。
ここでの一つの想定としては、常識という言葉を使っているんですが、法案が定義しているような事態が現実に起きる可能性があるのは朝鮮半島有事の場合ではないだろうかというくだりの中で、ここの今申し上げましたいわゆる後方地域ということで、「朝鮮半島有事の場合に、「戦闘行為が行われることがないと認められる」ような地域が日本海に存在するであろうか。」という、想定としては朝鮮半島と、そしてまた後方地域の今度の法案ということなんですが、ここはもう極めて今回の政府とやりとりをしていく中で論争点なわけですけれども、栗山さんも平山さんも線引きするところはないとはっきりお話しになっているわけなので、ある意味では、栗山さんもこの論点で言えば御同様な立場に立つのではないかというふうな私は受けとめ方をするわけです。
いわゆるここでの常識論ということと、そして栗山公述人にお尋ねしたいんですが、今、政府がこの法案について、こういう私どもの提案、そして論戦をしているんですが、このことに対してのここでの政府に対する感想と申しましょうか、きょうは政府はいません。聞いているかもわかりませんけれども、やっぱり国民に説明すべきではないかということも含めてお話しいただければありがたいと思います。
この発言だけを見る →さて、先ほど平山公述人から、いわゆる後方支援地域は安全なところにあるんだろうか、どこで線を引くんでしょうか、こういうお話がございました。そして、前駐米大使の栗山公述人からは、昨年の五月に読売の「論点」で「防衛協力欠かせぬ常識」ということで、第一、第二の常識ということで幾つかお書きになって、拝見をさせていただいているんですが、これは全部読みますと時間がなくなっちゃうので、関連するところでお尋ねする点を読み上げさせていただきますけれども、「ここで問題とされるのが米軍に対する後方地域支援である。同法案によれば、「後方地域」とは、「わが国領域並びに現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められるわが国周辺の公海及びその上空」」、これが法案であり、ずっと衆議院も参議院もこういうことを繰り返し繰り返し私どもはここで、国会でやりとりをしているわけです。
ところが、後方地域に安全なところがあるんだろうかというようなことも確かに委員からも指摘もございました。
ここでの一つの想定としては、常識という言葉を使っているんですが、法案が定義しているような事態が現実に起きる可能性があるのは朝鮮半島有事の場合ではないだろうかというくだりの中で、ここの今申し上げましたいわゆる後方地域ということで、「朝鮮半島有事の場合に、「戦闘行為が行われることがないと認められる」ような地域が日本海に存在するであろうか。」という、想定としては朝鮮半島と、そしてまた後方地域の今度の法案ということなんですが、ここはもう極めて今回の政府とやりとりをしていく中で論争点なわけですけれども、栗山さんも平山さんも線引きするところはないとはっきりお話しになっているわけなので、ある意味では、栗山さんもこの論点で言えば御同様な立場に立つのではないかというふうな私は受けとめ方をするわけです。
いわゆるここでの常識論ということと、そして栗山公述人にお尋ねしたいんですが、今、政府がこの法案について、こういう私どもの提案、そして論戦をしているんですが、このことに対してのここでの政府に対する感想と申しましょうか、きょうは政府はいません。聞いているかもわかりませんけれども、やっぱり国民に説明すべきではないかということも含めてお話しいただければありがたいと思います。
栗
栗山尚一#22
○公述人(栗山尚一君) 先ほど、加納先生からも同様な御質問がありまして、ちょっと簡単にお答えさせていただいたわけでございますが、まさに私が書きました新聞への寄稿を齋藤先生が御引用になられましたので、大変恐縮なのでございますが、私は政府の憲法解釈は憲法解釈といたしまして、二つのことを申し上げてお答えにさせていただきたいというふうに思うわけでございます。
一つは、加納先生にも申し上げましたが、もし洋上での後方地域支援というものが一たん決定されて実行されるような段階になりまして、それからその後、法案が禁止をしているような状況が発生をしたということで後方支援を中止する、そのために従事している自衛隊が引き揚げるということになりましたときに、アメリカの一般の国民がどういうふうに反応するかという問題を考えますると、これは私は率直に申し上げて、恐らく日米同盟というものはその日限りでおしまいになるだろうというふうに思っております。これは私の個人的な見解でございます。
それから、憲法解釈の問題につきましては、私は、以前から、武力行使と一体化というものは禁止されているんだ、集団的自衛権に当たる可能性があるので憲法九条のもとでは認められないんだという政府の考え方そのものについて、若干実は疑問を持っております。
個人的には、集団的自衛権というものを余りにも広く解釈をし、他方において国際法上認められております個別的自衛権というものを極めて厳格に狭く解釈をし、その結果として九条のもとではできないというものが非常に広がっている、その結果、国際的には常識として通用しない理論というものが日本の憲法解釈として存在をしている、そのことが持つ日本の安全保障にとっての意味あるいは対米関係にとっての問題というのは非常に深刻なものがあるのではないかというふうに私はかねがね考えている次第でございます。
この発言だけを見る →一つは、加納先生にも申し上げましたが、もし洋上での後方地域支援というものが一たん決定されて実行されるような段階になりまして、それからその後、法案が禁止をしているような状況が発生をしたということで後方支援を中止する、そのために従事している自衛隊が引き揚げるということになりましたときに、アメリカの一般の国民がどういうふうに反応するかという問題を考えますると、これは私は率直に申し上げて、恐らく日米同盟というものはその日限りでおしまいになるだろうというふうに思っております。これは私の個人的な見解でございます。
それから、憲法解釈の問題につきましては、私は、以前から、武力行使と一体化というものは禁止されているんだ、集団的自衛権に当たる可能性があるので憲法九条のもとでは認められないんだという政府の考え方そのものについて、若干実は疑問を持っております。
個人的には、集団的自衛権というものを余りにも広く解釈をし、他方において国際法上認められております個別的自衛権というものを極めて厳格に狭く解釈をし、その結果として九条のもとではできないというものが非常に広がっている、その結果、国際的には常識として通用しない理論というものが日本の憲法解釈として存在をしている、そのことが持つ日本の安全保障にとっての意味あるいは対米関係にとっての問題というのは非常に深刻なものがあるのではないかというふうに私はかねがね考えている次第でございます。
齋
齋藤勁#23
○齋藤勁君 ありがとうございます。
次に、今回、衆議院から参議院に送付されてきた法案の中では、いわゆる船舶検査の条文については削除されております。それから、いわゆる自自公の修正の中で、周辺事態を厳密に定義し直すということで、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態という政府案の規定があったわけですけれども、「放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」という例示を加えました。これは従来の法案と全く変わりがないんだというのが政府であり、ここに来られている自自公の方々の説明のやりとりなんです。
しかし、大方は、なぜそれならば法案を修正したんだろうか、新たにそういうことを加えたんだろうかということで、これに対する一つの疑義としてかねがね修正を加える側の政党の方々にしたのは、周辺事態協力は自衛権の発動ではないという政府あるいは自民党の方々の見解というのと、それは自衛権に踏み込むものだということの論争がずっとある中でこの法改正に至ったわけですから、それは解釈が違うのではないか、解釈の違う方々がこの法案の修正に乗っているといいましょうか前提になっているということをいろいろ指摘させていただいているんですが、なかなかそこら辺はかみ合っていない議論としてございます。
そこで、お三方に伺うというのも恐縮でございますけれども、一般的に国民が、きょうは公述人も国民代表ということで来ていただいていますが、ここの法案の根幹にかかわる修正をめぐってどうもあいまいさが残っているというふうに受けとめざるを得ませんということで、このことに対しての御意見をいただければありがたいというふうに思います。
栗山公述人からそれぞれお聞かせいただければありがたいと思います。
この発言だけを見る →次に、今回、衆議院から参議院に送付されてきた法案の中では、いわゆる船舶検査の条文については削除されております。それから、いわゆる自自公の修正の中で、周辺事態を厳密に定義し直すということで、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態という政府案の規定があったわけですけれども、「放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」という例示を加えました。これは従来の法案と全く変わりがないんだというのが政府であり、ここに来られている自自公の方々の説明のやりとりなんです。
しかし、大方は、なぜそれならば法案を修正したんだろうか、新たにそういうことを加えたんだろうかということで、これに対する一つの疑義としてかねがね修正を加える側の政党の方々にしたのは、周辺事態協力は自衛権の発動ではないという政府あるいは自民党の方々の見解というのと、それは自衛権に踏み込むものだということの論争がずっとある中でこの法改正に至ったわけですから、それは解釈が違うのではないか、解釈の違う方々がこの法案の修正に乗っているといいましょうか前提になっているということをいろいろ指摘させていただいているんですが、なかなかそこら辺はかみ合っていない議論としてございます。
そこで、お三方に伺うというのも恐縮でございますけれども、一般的に国民が、きょうは公述人も国民代表ということで来ていただいていますが、ここの法案の根幹にかかわる修正をめぐってどうもあいまいさが残っているというふうに受けとめざるを得ませんということで、このことに対しての御意見をいただければありがたいというふうに思います。
栗山公述人からそれぞれお聞かせいただければありがたいと思います。
栗
栗山尚一#24
○公述人(栗山尚一君) お答え申し上げます。
私はもちろん政府の人間ではございませんものですから、法案の改正がどういう経緯でこのようになったかということをつまびらかにいたしませんが、そういう前提でこれを拝見したところでの感想を申し上げますと、これはここに書いてある「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」というのが周辺事態の一つのケースであるということは、これは当然だろうというふうに私も理解いたします。
他方、要するにこれだけがいわゆる後方地域支援等が発動されることを許容する事態かといいますと、それは全く普通に考え、常識的に考えましてそうではないであろう、日本に直接の武力攻撃が至らないような事態であっても、間接的に日本の平和と安全に非常に重要な影響を与える事態というのがほかにもいろいろ考えられるのではないかというふうに私自身も思いますので、この改正というのは、これはこれで私は特に異存がございませんけれども、これに限定されるという趣旨がもし改正を提案された方の御意図であるとすれば、それは若干この法案の性格を変えてしまうものではないかというふうに推察いたします。
この発言だけを見る →私はもちろん政府の人間ではございませんものですから、法案の改正がどういう経緯でこのようになったかということをつまびらかにいたしませんが、そういう前提でこれを拝見したところでの感想を申し上げますと、これはここに書いてある「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」というのが周辺事態の一つのケースであるということは、これは当然だろうというふうに私も理解いたします。
他方、要するにこれだけがいわゆる後方地域支援等が発動されることを許容する事態かといいますと、それは全く普通に考え、常識的に考えましてそうではないであろう、日本に直接の武力攻撃が至らないような事態であっても、間接的に日本の平和と安全に非常に重要な影響を与える事態というのがほかにもいろいろ考えられるのではないかというふうに私自身も思いますので、この改正というのは、これはこれで私は特に異存がございませんけれども、これに限定されるという趣旨がもし改正を提案された方の御意図であるとすれば、それは若干この法案の性格を変えてしまうものではないかというふうに推察いたします。
平
平山誠一#25
○公述人(平山誠一君) 衆議院におきましてこの法案が自民党、自由党、公明党の各政党によって一部修正されたということについては、我々も十分理解しておるわけであります。
その上に立ちまして、先ほど後段で私が公述させていただきましたように、やはりこの程度の修正で国民生活、我々に直接影響のある部分、とりわけ民間協力、自治体協力を含めて、何もこの法案の本質的なところでは変わっていないという立場に立ちまして、先ほど述べましたように、これは一たん白紙撤回していただきたい。それで、徹底していろいろ法案の内容についても、先ほど栗山公述人の方からも日本海の話も出たわけでありますが、国民から、我々から見るそれこそ日本海の問題も実はあるわけでありまして、そういうことを含めてひとつ本当のところを、この法案は何を言っているのか、もっともっとやはり国民によく理解してもらう。言われるように、国民の安全、平和を維持するために、我々の生命や財産を守るために必要なコストを払わなきゃいかぬのだというのであれば、そのことについてやはり徹底した国民的な論議が必要なのではないかと思います。
しかも、肝心な後方支援地域なんかの問題については、これは別の見方を我々はするわけでありますけれども、公海から先へ行かないような話なんということは船舶の場合にあり得ないと思っておるわけであります。そういうことも含めてまだまだ全く明らかになっていない隠された部分、この法案によって何が起こるのかということを想定できないような、そういうものが相当隠されている。しかも、それを全部白紙委任しろ、これは我々国民の立場から見ればどうしても承服できない。
こういう立場で、修正をされた法案でありますけれども、我々としては白紙撤回を最後まで求めていきたいというふうに考えております。
この発言だけを見る →その上に立ちまして、先ほど後段で私が公述させていただきましたように、やはりこの程度の修正で国民生活、我々に直接影響のある部分、とりわけ民間協力、自治体協力を含めて、何もこの法案の本質的なところでは変わっていないという立場に立ちまして、先ほど述べましたように、これは一たん白紙撤回していただきたい。それで、徹底していろいろ法案の内容についても、先ほど栗山公述人の方からも日本海の話も出たわけでありますが、国民から、我々から見るそれこそ日本海の問題も実はあるわけでありまして、そういうことを含めてひとつ本当のところを、この法案は何を言っているのか、もっともっとやはり国民によく理解してもらう。言われるように、国民の安全、平和を維持するために、我々の生命や財産を守るために必要なコストを払わなきゃいかぬのだというのであれば、そのことについてやはり徹底した国民的な論議が必要なのではないかと思います。
しかも、肝心な後方支援地域なんかの問題については、これは別の見方を我々はするわけでありますけれども、公海から先へ行かないような話なんということは船舶の場合にあり得ないと思っておるわけであります。そういうことも含めてまだまだ全く明らかになっていない隠された部分、この法案によって何が起こるのかということを想定できないような、そういうものが相当隠されている。しかも、それを全部白紙委任しろ、これは我々国民の立場から見ればどうしても承服できない。
こういう立場で、修正をされた法案でありますけれども、我々としては白紙撤回を最後まで求めていきたいというふうに考えております。
冨
冨澤暉#26
○公述人(冨澤暉君) 私が個人的にこの修正のことを新聞で読みましたときにどう感じたかといいますと、先ほど栗山公述人が申されておりましたけれども、要するにこのような米軍に対する支援というのは、日本のためではなくてアメリカのためにやるんだというような国民一般の反感を抑えるために、そうではないんだ、これは日本のためなんだということを強調するために日本有事に移るおそれのある場合ということを入れたんだろうと解釈しました。
そういう意味では、それはそれでよろしいのじゃないかと思いますけれども、では日本有事になるおそれのある場合というのは具体的にどういうことかというと、非常にその解釈がまた難しくなってくる。先ほど、これまた栗山公述人が言われましたけれども、それに至らない段階でもやはり全般の地域の安全のためには支援しなきゃいけないということも、当然そういうエリアもあるのだろうというふうに思います。
だから、そういうところでは一切今度はやらないんだと逆にとられるとまずいんじゃないかと思いますが、そんなような感触を持ったということを申し上げます。
この発言だけを見る →そういう意味では、それはそれでよろしいのじゃないかと思いますけれども、では日本有事になるおそれのある場合というのは具体的にどういうことかというと、非常にその解釈がまた難しくなってくる。先ほど、これまた栗山公述人が言われましたけれども、それに至らない段階でもやはり全般の地域の安全のためには支援しなきゃいけないということも、当然そういうエリアもあるのだろうというふうに思います。
だから、そういうところでは一切今度はやらないんだと逆にとられるとまずいんじゃないかと思いますが、そんなような感触を持ったということを申し上げます。
齋
齋藤勁#27
○齋藤勁君 栗山公述人にお尋ねいたします。
今回の法案だけに限らないのですけれども、日本が日本の国益の立場に立ち、国民の生命、財産を守る立場に立ち、今度とりわけガイドライン法案はそうだと思うんですが、自主的に判断する、判断できる、そうして日米が対等に話し合いをしてその結果を出していくということが私は必要だというふうに思っています。
長く外交官として御活動されまして、とりわけ駐米大使として御活躍をされていますけれども、今よく日米対等のパートナーシップとか日米対等と言う。我が国の総理大臣もアメリカに行き、大統領も日本に来る。対等、パートナーという、こういう表現も新聞報道等の中ですとか、あるいは首脳も言われるわけですが、現時点で日米対等であるかどうかということについて、大変茫漠としたお尋ねの仕方なんですけれども、そんなことをちょっとお聞かせいただければありがたいなというふうに思います。
そして、先日、これはもう相当前のことでございますが、昨日もこの委員会で一、二やりとりもございましたけれども、「核搭載船日本寄港に大平外相「了解」」ということで、いわゆる核搭載の一時通過、トランジットをめぐって、日本への寄港、通過を一九六三年四月に当時の大平外相が米側に認めていたということの文書がアメリカの公文書館で見つかったということが、これは一、二の新聞で明らかにされたわけです。
この日米対等、そして事前協議ということになるんですが、これは事前協議と、今までそういう事例がなかったということで、日本の政府側の方の私どもに対する答弁として一貫をしているわけですけれども、ここら辺の対等であるという言い方。これは、そう言うと巻き込まれ論ではないか、巻き込まれ論に入っているんではないかというふうにいろいろ言う人もいるんですけれども、対等であるということ、そして事前協議、岸・ハーター交換公文が空文化をしていると、ずっと国会では明らかにしているんです。
もう一つは、この事前協議というあり方について、日米対等ということ、そして事前協議、とりわけこの米公文書の大平外相当時のことについては具体的になるのでなかなかお触れできないかもわかりませんが、ここら辺についての御見解をいただければありがたいなというふうに思います。
この発言だけを見る →今回の法案だけに限らないのですけれども、日本が日本の国益の立場に立ち、国民の生命、財産を守る立場に立ち、今度とりわけガイドライン法案はそうだと思うんですが、自主的に判断する、判断できる、そうして日米が対等に話し合いをしてその結果を出していくということが私は必要だというふうに思っています。
長く外交官として御活動されまして、とりわけ駐米大使として御活躍をされていますけれども、今よく日米対等のパートナーシップとか日米対等と言う。我が国の総理大臣もアメリカに行き、大統領も日本に来る。対等、パートナーという、こういう表現も新聞報道等の中ですとか、あるいは首脳も言われるわけですが、現時点で日米対等であるかどうかということについて、大変茫漠としたお尋ねの仕方なんですけれども、そんなことをちょっとお聞かせいただければありがたいなというふうに思います。
そして、先日、これはもう相当前のことでございますが、昨日もこの委員会で一、二やりとりもございましたけれども、「核搭載船日本寄港に大平外相「了解」」ということで、いわゆる核搭載の一時通過、トランジットをめぐって、日本への寄港、通過を一九六三年四月に当時の大平外相が米側に認めていたということの文書がアメリカの公文書館で見つかったということが、これは一、二の新聞で明らかにされたわけです。
この日米対等、そして事前協議ということになるんですが、これは事前協議と、今までそういう事例がなかったということで、日本の政府側の方の私どもに対する答弁として一貫をしているわけですけれども、ここら辺の対等であるという言い方。これは、そう言うと巻き込まれ論ではないか、巻き込まれ論に入っているんではないかというふうにいろいろ言う人もいるんですけれども、対等であるということ、そして事前協議、岸・ハーター交換公文が空文化をしていると、ずっと国会では明らかにしているんです。
もう一つは、この事前協議というあり方について、日米対等ということ、そして事前協議、とりわけこの米公文書の大平外相当時のことについては具体的になるのでなかなかお触れできないかもわかりませんが、ここら辺についての御見解をいただければありがたいなというふうに思います。
栗
栗山尚一#28
○公述人(栗山尚一君) 最初の、日米の対等かどうかということについての御質問でございますが、パートナーシップとか同盟関係というのは、一方が他方に全面的におんぶするという関係ではこれは成り立たないわけでございまして、基本的に対等な国家間それぞれが独自の意思を持ち、国益というものを持って、その上でお互いに協力をしていく、平和を守るという共通の目的のために協力していくという関係でございますから、本来、対等な関係でなければならないというふうに考えるわけでございます。
そこで、対等の関係になるために必要なことというのは何かということでございまして、これは本日私が公述させていただきました中でも申し上げたことでございますが、やはりパートナーシップとかあるいは同盟関係とかいうものは、お互いに責任の分担というものがきちんとなされているということが前提でございまして、そういう責任の分担がなされないままに、一方的に一方の国が他方に責任を押しつける、あるいはそれに伴うリスクとかコストというものは相手の方に押しつけて、自分の方は負わないということをもしやろうとすれば、それは必然的に対等な関係にはなり得ませんし、相手の国は、そんなことであればそんな国と相談してもしようがないから、自分は自分の国益に従って独自の行動をとる、そういうことに結局なるわけでございますので、対等というためにはやはりそれなりの責任を日本が持つということが大前提になる。安全保障の分野におきましては、従来そういう意味での責任の分担というものが、憲法の制約を前提といたしましても必ずしも十分なかったのではないかというふうに私は感じておるわけでございます。
それから、核兵器の持ち込みの問題につきましては、これは私がかつて外務省におりましたときから、今新聞記事に出ましたようなことというのはしばしば巷間言われていることでございます。今さら私、既に政府の人間ではございませんので、余り私が申し上げることは意味がないというふうに思いますが、当時から政府が申し上げていたことは、大平外務大臣がそのような了解を当時のライシャワー大使に与えたというようなことは、どこにもそういうものは記録としても存在しないし、そういうことはないんだというふうに言っているということで、それ以上私は今つけ加えて何か先生にお答えできるような材料を持ち合わせておりません。
この発言だけを見る →そこで、対等の関係になるために必要なことというのは何かということでございまして、これは本日私が公述させていただきました中でも申し上げたことでございますが、やはりパートナーシップとかあるいは同盟関係とかいうものは、お互いに責任の分担というものがきちんとなされているということが前提でございまして、そういう責任の分担がなされないままに、一方的に一方の国が他方に責任を押しつける、あるいはそれに伴うリスクとかコストというものは相手の方に押しつけて、自分の方は負わないということをもしやろうとすれば、それは必然的に対等な関係にはなり得ませんし、相手の国は、そんなことであればそんな国と相談してもしようがないから、自分は自分の国益に従って独自の行動をとる、そういうことに結局なるわけでございますので、対等というためにはやはりそれなりの責任を日本が持つということが大前提になる。安全保障の分野におきましては、従来そういう意味での責任の分担というものが、憲法の制約を前提といたしましても必ずしも十分なかったのではないかというふうに私は感じておるわけでございます。
それから、核兵器の持ち込みの問題につきましては、これは私がかつて外務省におりましたときから、今新聞記事に出ましたようなことというのはしばしば巷間言われていることでございます。今さら私、既に政府の人間ではございませんので、余り私が申し上げることは意味がないというふうに思いますが、当時から政府が申し上げていたことは、大平外務大臣がそのような了解を当時のライシャワー大使に与えたというようなことは、どこにもそういうものは記録としても存在しないし、そういうことはないんだというふうに言っているということで、それ以上私は今つけ加えて何か先生にお答えできるような材料を持ち合わせておりません。
齋
齋藤勁#29
○齋藤勁君 事前協議、そして対等ということ、そして日米同盟の中での日米安保、地位協定、そして在日米軍基地の果たす役割が極東、そして周辺の安全のみならず第七艦隊の寄港としてアジア太平洋、インド洋まで大変広くなっています。この在日米軍基地を提供する、そしてさまざまな思いやり予算ということで、アメリカとの同盟国はいろいろありますが、これだけ負担をしている国はないのではないかというふうに私は思っているわけです。
そういう意味では、先ほど来、栗山公述人のお話の中で、もう少し何かアメリカに日本がしなきゃならないのではないかという、そんなふうに受けとめられるんですけれども、もう少しグローバルにその点を考えてみても、ある意味では同盟国として他の同盟国にないほどの、そういう意味では負担と提供を十分しているのではないかというふうに思います。その点はいかがでしょうか。
この発言だけを見る →そういう意味では、先ほど来、栗山公述人のお話の中で、もう少し何かアメリカに日本がしなきゃならないのではないかという、そんなふうに受けとめられるんですけれども、もう少しグローバルにその点を考えてみても、ある意味では同盟国として他の同盟国にないほどの、そういう意味では負担と提供を十分しているのではないかというふうに思います。その点はいかがでしょうか。