山下栄一の発言 (文教・科学委員会)
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○山下栄一君 僕は、貧しくておくれた時代、そういう時代もあったわけで、そのころには、そういう優秀な国家に役立つ人材をつくらなきゃいかぬという、そういうことからもともと育英事業というのは始まった歴史的な背景があるというふうに思うんです。
それで、今は少子高齢時代だと。子供をどう育てていくか、子育てが難しい。また、子育てに大変な不安があると同時に教育コストが大変かかるということもある。少子高齢時代に向けた奨学金のあり方というか、こういう抜本的な考え方、理念の考え方の変更が必要なのではないかという観点から申し上げているわけで、子供は単にお父さんお母さんの後継者、宝という観点だけではなくて、社会の宝であり、そして後継者なんだという観点から、みんなで応援をするんだ、税金を使って応援しようと。財政投融資というよりも、僕の考え方はそうなんです。そういうふうな子育て観といいますか、そういうようなことが必要ではないか。
と同時に、先ほど申しましたように、学力ということも、新しい学力観ということが今言われているわけで、一人一人の個性を大事にしようと。それは、数字で三・五以上とかであらわせるものでないものを大事にしていこうというのが新しい学力観であろうと思うし、総合的な学習時間というのも数値で評価しないということを決めているわけだから、総合的な学習時間の評価はたしかそうだと思うんです。
そうすると、学力に対する学業優秀というのは、点数であらわされることを中心に今までやってきた。成績優秀というのはどこで基準を決めるんだと、それは五段階の何点以上とかいうようなことになってくるわけで、そういう考え方そのものを変えることが今求められている。心の教育というのはそういうことなんだという観点から考えると、この育英奨学金という考え方そのものもやはり見直す時代を今迎えている。少子高齢時代の中における奨学金のあり方、これをやはり考えていくことが必要なのではないか。
日本育英会法第一条の目的に書いてある、「優れた学生」とか、「経済的理由により修学に困難があるものに対し、」とか、「国家及び社会に有為な人材の育成に資する」という、こういう考え方そのものを変えなきゃいかぬのではないかということを私は申し上げているわけです。
少子高齢化時代における奨学金、みんなで応援して、どの子も人材なんだ、能力は全部違うんだという考え方に立って支援する、そういうふうな一律的な数字であらわせないものを大事にしていこうという観点からの奨学金のあり方、これをやはりこれから検討していく必要があるのではないかというふうに思っております。
大臣の所見をお伺いしまして、終わりたいと思います。