宮澤喜一の発言 (本会議)
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○国務大臣(宮澤喜一君) かつてのバブルの発生と崩壊についての責任についてお尋ねがございまして、この点は昨年の本院の本会議におきまして反省しております点を幾つか申し上げたところでございますが、一九八五年の九月にプラザ合意がございましたときの円は二百四十二円でございますが、そこから何人の予測にも反して円が急上昇を始めまして、その年の暮れには二百円になりました。翌年の七月に私は大蔵大臣を仰せつかりましたが、そのときには百五十円台になっておりました。
非常に急激な円の上昇でございましたから、我が国の企業は輸出志向が多うございますので、ほとんどパニッキーな状態になりまして、政府はなぜこれを放置するのかというような非常な批判があり、また、企業城下町などでは有効求人倍率が極端に低下するようなことであったわけでございます。
私どもとしましては、したがって補正予算を組んで財政からの支えをすると同時に、直接マーケットに介入をいたしました。ドルを買って円を売るという支えをしたわけでございますが、大きな日には二十億ドル、当時の金で三千億円に近うございますが、一日に買いましても、当事者からいいますと、本当にブラックホールに金をつぎ込んだように相場は何にも動かない、二、三日するとまた円が上がるというようなことを繰り返してまいりましたから、かなり大きな過剰購買力が放出をされたという、これはもう疑いのないところであります。
結果といたしまして、だんだん日本経済が対応する、あるいは企業が東南アジアに投資をしたのはこのときでございまして、今日の東南アジアの繁栄のもとともなりましたが、日本としては空洞化するというようなことでございました。
翌年の、八七年の十月にブラックマンデーがございまして、ニューヨークで動揺しましたときはもうかなり我が国の経済はしっかりしておったように思いますし、少しずつまた税収がふえかかってきたり、この辺のところが私は実は非常に問題であったのだろうと今思うわけでございます。政府は、比較的早くから銀行の融資の規制であるとか、土地取引についての警告を発しておりますけれども、いわば流されるようなことで効果がなかった。
これだけのことを総括して申し上げますと、後になって統計を見て、マクロの潮目がいつだったかということはわかりますけれども、そのときにはミクロはまだ非常に苦しんでいる。したがって、政府がそこを非常に早く金融規制なりあるいは土地売買の規制なりをすべきであった。マクロの資料がなくてもそこはやはり私は政治の責任であったのだということを強く思っておりまして、そのことを反省しておりますと昨年も申し上げたのでございます。
このことにつきましては、昨年の暮れに経済企画庁がバブル崩壊の十年という報告をしております。私も、これからいろいろ報告が出ると思いますのでよく勉強をして、二度とこういう過ちが行われないようにという自省をいたしておるところでございます。
それから、アジアの危機について、通貨のことについてお尋ねがございまして、確かに梶原議員の言われますとおり、一昨年のアジアの危機というものは短期的あるいは投機的な資金の激しい移動が新興市場国を混乱させたということは、マハティール首相の言われるほどでないにしても、事実であったというのが国際的なコンセンサスになりつつあると思います。したがいまして、最近でもこのヘッジファンドをどうするかということは、つい先週の会議でも話題になりましたし、間もなくG7でもまた議論になると思いますが、少なくともそのヘッジファンドに金を貸した、あるいはみずからそれに加入した銀行は、これは規制を受けている業務でございますから、銀行には報告をさせる義務があるというふうに考えられます。
それから、ヘッジファンド自身は、いかにノンバンクといえ、あれだけのことをして何もディスクローズしないということは、それでいいのかというところぐらいまでが少しずつ国際的なコンセンサスに育ちつつございますので、やがて、ことしはサミットがコロンでございますので、そのころまでには何とか結論を出したいと考えております。
そのほかには、そういうふうに攪乱されました新興市場について、すぐにもし流動性の付与ができれば、ああいう攻撃を受けないで済むわけでございますから、IMF等あるいは我々も加わって、そういうときに早く流動性を付与できないかといったようなことも、有効な手段としてこれから考えなければならないのではないかと思っております。(拍手)
〔国務大臣宮下創平君登壇、拍手〕