上田清司の発言 (大蔵委員会)
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○上田(清)委員 たくさん失敗をした方を苦労されたというようなことを言うんだったら、たくさん失敗した人たちはどんどんいろいろなところで採用されるということになってしまいます。私は、海軍大将井上正美さんが一切戦後表に出なかった、やはり戦争責任のことをきちっと自覚された、そういう生き方にむしろ共鳴する人間でございます。
そういう意味において、やはり信賞必罰、過去においてさまざまな重大な過失を犯した方に対して、どうしてそういう形で採用されるのか。先ほどの日本政策投資銀行、濱本当時の北東公庫の総裁、人物、見識は立派な方です。多分、西村元銀行局長も立派な方でしょう。しかし、現実に失敗を犯された人たちがそういう形で採用されるということは、責任をとらなかったという、そういう見方しか国民にとっては見えません。
民間において銀行経営に失敗すれば、当然責任を問われ、場合によっては刑罰すらも起こり得る。そういうにもかかわらず、何ら責任をとることなく、辞職した後さらに、場合によってはそうした特殊法人の理事や副総裁に迎えられる。これは大変国民をばかにした話だと私は率直に思います。この点については意見が食い違っておりますが、こういう意見を国民を代表する国会議員の立場の中で私は強く申し上げておりますから、国民はそういう感覚だということをぜひ総裁には理解していただきたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。
それから、国民金融公庫の貸し付け等について、貸し渋り問題あるいは商工ローン問題とどのような関連があるかということについて、少し仮定のいろいろな計算をしてみました。総裁も、昨年の十一月の「実業界」という雑誌のインタビューに答えられて、貸し渋りが熾烈な今こそ国金の出番、駆け込み寺として思い切り頼りにしていただきたい、このような趣旨をインタビューに答えて述べておられます。大変、その言やよし、まさに国金の出番だ、私もそう思っております。
そこで気になるところでは、それでは昨年度あるいはことしの半期、一昨年あるいはその前の年に比べて、国民金融公庫の貸付額がふえてきたのかどうか、そんなことを気にしまして、資料を取り寄せましたところのものが二の資料でございます。表の下の方でありますが、「国民金融公庫の貸付実績及び貸付計画」という形で出ております、九二年度から九九年度。九二年度や九三年度はほぼ満額に近い形で出ております。九四年、九五年、進捗率からいけば相当進んでいるところでございますが、実は九六年度もほぼ満額に近いぐらい計画どおり貸付実績が上がっております。
ところが、いわゆる貸し渋りが始まった時期から、国金そのものも貸し渋りが始まっているんではないか、こういう統計がたまたま私には目に見えました。そして、たまたま九八年度の貸付実績と貸付計画の差額七千億が、ちょうど商工ファンドと日栄の貸付額を足し算するとぴったり合うという、余り喜ばしくない符合が、一致するだけでも不愉快になるようなことでございますけれども、このように見ると、必ずしも国金が駆け込み寺として機能を果たしているのかどうか、このことについて私は疑問を持っております。
ただ、一方においては総裁は、駆け込み寺でいかなくちゃいけないということでありますが、債務超過状態にある事業者が融資の申し込みに来られる、国金といえども金融機関でありますから、いろいろ財投であり国民の財産ですからということで、適正な審査を行って、無節操な融資は慎まなければなりません、まさに無節操な融資はいけないと。しかし、一方では、国民金融公庫の不良債権比率は三%程度でございまして、ある一面、非常に立派な融資をされておりますが、いわば災害にも似た今日の大不況時代に、余りにも立派な融資がいいものかどうかということについて疑問を持ちます。
そして、九七年、九八年、あるいはまた九九年は、この状態でいけばさらに貸付計画と貸付実績の乖離が開く。一体全体、この計画と実績はどのようにして判断されておられるのか、このことも含めて、国金において貸し渋りがないのか、改めてお伺いしたいと思いますが、総裁、いかがでしょうか。