水野誠一の発言 (本会議)
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○水野誠一君 参議院の会を代表して、原子力防災対策二法案について、総理並びに関係大臣に質問をいたします。
一九六六年に原子力発電が開始されて以来、今日、原子力発電は日本の発電量の三割以上を占めるまでに発展してきました。その間、一貫して言い続けられてきたのが、原子力はクリーンで安全なエネルギーというスローガンでありました。しかし、ジェー・シー・オーの臨界事故などにより、このスローガンは、絶対安全をうたい続けてきた行政に対する国内外の信頼とともに、もろくも崩壊してしまいました。我が国の原子力政策及びエネルギー政策は、あらゆる意味において窮地に立たされたものと考えます。
殊に、今回の事故で露呈したのは、事故原因のお粗末さのみならず、一たん事故が起きた後の処理の被曝を覚悟した決死の水抜き作業や土のう積みといった前近代的な処理方法でした。政府は、原子力事故が万一起きてしまったときの対策を、もっとシステム的かつ科学的に準備するリスクマネジメントの根本的再構築を図るべきだと考えます。
必要なのは、ただ単に絶対安全だから安心せよと訴え続けることから、原子力はメリットもあるが使い方を誤ると危険なものだという姿勢への転換であり、その観点からすると、保安教育や避難訓練の義務づけ、自衛隊の派遣要請手続などを含んだ今回の法案は、我が国が原子力と向き合う姿勢に新たな一歩を示したものと考えます。
そこで、総理に伺います。
二重、三重の事故再発防止対策に努力することはもとより当然であります。しかし、今後も原子力を必要な施策としていくのであれば、原子力が持つリスクをいかに適切に管理するかという観点に立った緊張関係を国民と共有し、結果として安全な原子力の確保を目指すことこそが失った信頼回復への近道であると考えます。原子力政策に関する情報公開をさらに進めると同時に、ひたすら原子力の安全を訴え続けてきた従来の姿勢からの脱却をお示し願いたいと思います。
さて、今回の法案においては、原子力保安検査官、原子力防災専門官を規定する内容が盛り込まれております。しかし、今回のジェー・シー・オー臨界事故の遠因として、原子力を規制する側と推進する側が明確に分離されていないことが重ねて指摘されてきましたが、本法案でも、いわば規制を行う保安検査官などの職務に推進側である科学技術庁などの職員が当たるとの説明がされていることに、いささか違和感を覚えるものであります。
保安検査官などが高度な専門的知見と判断能力を求められることはもちろんですが、住民の安全を守るという大きな責任を果たすため、推進側の論理に流されず、チェックする側としての職務を十分遂行し得る環境をどのように確保するのか。そのためには、むしろ原子力安全委員会に属させるべきなどの意見もあると思いますが、いかがお考えか、総理並びに科学技術庁長官に伺いたいと思います。
政府が推し進める核燃サイクル構想には、高速増殖炉の実現性、放射性廃棄物処理問題など、いずれも解決困難な課題が山積しております。加えて、今回の事故を契機に各地でプルサーマル計画の延期などが決定されました。
そこで、今国会冒頭の代表質問において、今後の原子力発電の新規立地計画について変更の余地はないかと通産大臣にお尋ねしたところ、安定供給、経済成長、環境保全の観点から、方針をいささかも変えるつもりはないという趣旨の御答弁をいただいております。
しかし、先日、原子力委員会が進めている原子力研究開発利用長期計画の見直し作業において、ジェー・シー・オーの事故を受けて、原子力発電推進の是非にまで立ち戻った議論が始まっているという報道がありました。五年置きに実施されてきた過去の改定作業が原子力推進を大前提として進められてきたのに対して、今回はいわば異例の展開であり、原子力発電を進めるかどうかを原点から議論しないと国民の理解は得られないなどの意見も見られたようであります。
この際、原子力政策の根本的な是非論にも真摯な姿勢で取り組むとともに、二〇一〇年において三・一%とする新エネルギー構成比見通しの引き上げなども含めて、エネルギー政策全体の将来像を描き直すことも必要だと考えますが、総理並びに通産大臣の御決意を再度伺って、質問を終わります。(拍手)
〔国務大臣小渕恵三君登壇、拍手〕