伊藤公介の発言 (外務委員会)

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○伊藤(公)委員 伊藤公介でございます。
 きょうは質疑時間がわずか二十分でありますので、どうしようかと考えましたが、解散も近そうだし、この機会に河野外務大臣に質問をしないと、ひょっとすると外務大臣としての河野大臣に質問する機会がなくなるかもしれない、あるとすれば、総理としてまた質問する機会もあるかと思いますが、そんな思いを込めて私はあえて質問をさせていただくことになりました。
 私は、昭和五十一年に、河野代表とともに日本の政治を変えようといって、三十五歳で初当選をさせていただきました。それ以来、大変お世話になりました。
 河野外務大臣も御記憶だと思いますが、あのときの選挙の最終日、私の選挙区に来ていただきました。多摩ニュータウンを初め、私の町田の団地は、河野洋平と一言かけると、夕暮れ迫る団地の窓が、本当に一軒残らず全部ドアがあいていきました。私は、政治はドラマだと思いました。それから国会に出させていただいて、勉強させていただいてまいりました。
 河野外務大臣も、既に三内閣の外務大臣を務めておられます。そして、今度の新内閣の誕生に当たっても、総理候補と言われた外務大臣でもあります。自由民主党にありましては、橋本前総理、河野洋平代議士、石原慎太郎代議士、当時サンフレッチェと言われて、自民党きってのつやのある、数少ない政治家の一人だと私は思っています。
 今、日本を取り巻く外交問題は山積をしています。私は冒頭申し上げましたが、外務大臣というのはそんなにしょっちゅうかわらない方がいい。総理になるというなら別ですけれども、河野外務大臣に期待をする声は高いと私は思います。
 かつて自由民主党が野党で苦しかったとき、今日の総理大臣、森幹事長、そして時の総裁は河野総裁でした。だから、私は、今、ぜひこのコンビで内政も外交も、二十一世紀に向かって我が国がどのように世界に向けてアナウンスできるか、そして日本の国民の皆さんがどれだけ勇気を出して——戦後五十年間、私たちは世界一のトランジスタ製品をつくり、今日なお世界一のエンジンをつくってきました。今地上を走れば、あの山梨のリニアは五百五十二キロ、世界一です。
 私は、二十代、ドイツで生活をして、あの当時、ちょうどオリンピックの年でしたけれども、メーン通りのショーウインドーにドイツの人たちが黒山になっていました。行ってみますと、そのショーウインドーの向こうには、いずれもメード・イン・ジャパンのトランジスタ製品がありました。私は、二十代の日本人として、大変誇りを持ったものであります。
 私は、二〇〇〇年から二十一世紀に向かう今、この大事なときに、特にこの新しい内閣の主要外務大臣として諸問題に積極的に取り組んでいただきたいと思います。
 そうした中で、森新総理は、一昨日の党首討論の中で、時代が大きく変わった、戦後五十年、憲法の見直し、教育基本法を見直すという示唆をされました。そして、世界はグローバル、少子化時代あるいは情報化時代などなど、大きな変化の中で新しい時代に立ち向かわなければならないとディスカッションをされました。既に憲法も教育基本法も見直しをする作業がスタートしています。私は、国際情勢もまた、これまでの五十年間を振り返りながら、新しい我が国の外交を展開していかなければならないと思います。
 新しい森内閣の中で、そして主要実力外務大臣として、河野外交は何を目指そうとしているのかをまずお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 伊藤公介

speaker_id: 33876

日付: 2000-04-21

院: 衆議院

会議名: 外務委員会